14.未だ語られぬ奇跡
仕事を手伝うようになってから、エドガルドとはこうして休憩時間を共にすることが増えた。
こうなるとラナとは卓を共にすることができないのが寂しいが、その分朝食について我儘を聞いて貰い彼女と共に摂っている。夕食はエドガルドと摂るときもあれば、ラナと摂るときもある。
現在の灯花は客人という形で辺境伯家に滞在しているが、家族扱いに片足を踏み入れている気がする。それが良いのか悪いのかはわからないが、嬉しいのであまり気にしないことにした。
「パイ美味しい……紅茶も合うけど『珈琲』が欲しい……」
「こーひーとは前も言っていた苦いやつだったか?」
「あっ」
灯花がこちらの言葉に慣れてきたためか、ポロッとこぼれる言葉もこちらの言語になることが増えた。そうするとエドガルドは逃さず拾ってくる。
以前、ラナとの雑談でチョコレートの話もしたのだが、それもいつの間にか拾われていた。おそらく灯花を喜ばせたいラナからのリークだろうが、忙しいのに細かいことを覚えていて灯花は驚く。
「思いついたことがあれば何でも言ってくれ。侯爵の交易の種になるかもしれない」
リラックスした表情でエドガルドが言う。
聞けば、恩師ともいえる侯爵様が暑い地域の国との交易に力をいれはじめたらしいが、どういうものがこの国に受け入れられるかはやはり難しい判断があるという。
灯花はこの国の食文化を難なく受け入れたため、彼女の好みに合う他国のものなら可能性が高いとエドガルドは考えている。
恩人に少しでも恩を返したいエドガルドのいじらしい弟子心だと灯花は感心したので、当人が「少しでも貸しを作りたい」と言っていることについては聞かなかったことにした。
ところで熱帯方面の特産といって思い出すのはサトウキビである。甘味調味料といえばビート糖や蜂蜜が主流のこの国で、それらとはまた違った甘みのあるキビ砂糖は強敵になり得る。ビート糖は辺境伯領でも作っているので灯花はそれを懸念している。
畜産は魔物の被害を耕種以上に受けるらしく主産業にはなれない。そのためこの地でその農作物が打撃を受けるのは好ましくない。
ついでに本音を言えば灯花は日本人として米が欲しいが、これは色々と難しい気もする。いや、ジャポニカ米的なものではなくもっと粘り気の少ない品種ならリゾットやパエリアのような調理法で受け入れてもらえそうな気がする……などと巡る思考に耽った。
あくまで希望の話なので、それらが種として存在するかはまた別の話だ。
「……トウカもすっかり辺境伯領の一員だな」
「それはもう、お世話になってますから!」
そうやって相談したり、悩んだりしているとエドガルドから嬉しい評価が届く。
王城に居た頃の硬さなどは露ほども見せず、灯花はほがらかに笑えた。
灯花を見るエドガルドの目つきは鋭いが、その瞳はとても柔らかい。彼女は一瞬ドキリとするが、これは子どもに向ける慈しみに近いものだと自らに言い聞かせる。
(だっていつも子どもにするように頭を撫でてきて――あれ、最近は無いな?)
思い返すと、エドガルドはいつだって優しいが王城に行く前のように触れてこなくなった。
とはいえ客人として正しい距離は今だと思うので、灯花はそのちょっとした寂しさに蓋をする。
灯花の奇跡が発現したことについて、エドガルドは王城に報告しないままでいた。
もともと、おとぎ話の存在と思われていた漂流人に関する報告義務があるわけでもない。漂流人を保護したことそのものは一度国に報告しているので別に良いだろうと彼は言う。
ハイ・ポーションでも治せない大怪我から即座に復帰させる力が灯花にあることについて、王城が知ったら連れ戻される可能性がある。だが、エドガルドは彼女が王城に戻りたがっていないことを知っている。
そしてエドガルドは守護兵団にて大々的に奇跡を行使することを強要してこない。瀕死状態やひどい後遺症が残りそうな怪我人が出た場合は相談するというが、今のところそこまでの事態は発生していないらしい。
ごく普通の会社員だったので大した知識や技術など持っていないが、少しでもエドガルドの助けになるのであれば灯花は頑張りたかった。だが、奇跡についてだけは怖かった。




