聖女になれなかった村娘の手記(中)
すみません、1話で収めきれませんでした。
上、中、下の三部、及び勇者とその嫁の後日談でフィニッシュとさせて下さい。
時を少し遡り、魔王を討ち取った直後の話になります。
勇者様は魔王を倒した事を魔王城の外で戦う兵士達へ示す為、魔王城の最上階から屋根に飛び乗り、勝ち鬨を上げました。
雷魔法を自らの剣に落し、金色に輝く剣を掲げて雄々しく叫ぶ勇者様の姿は正に英雄の中の英雄。
その姿を見て私は思いました。あぁ、他ならぬ彼の手によって世界は救われた――と。そして、胸がズキリと痛みました。その感情が何であったのか……当時の私には解りませんでした。
大歓声に包まれる魔王城。騎士達が私達を讃える声が響き、魔王軍残党は散り散りになって逃亡して行きます。
そんな中、勇者様は両足を失ったグレースさんを抱き抱えると、私に彼女の止血を頼みました。
「セリア、グレースの傷を診てくれる?」
勇者様の言葉を受け、私は慌てて回復魔法を発動します。
私は出血により気を失っているグレースさんを治療しながら、今の今まで彼女の容態を慮る事も出来ず、ただ茫然としていた自分を情けなく思いました。
◇ ◇ ◇
凱旋を終えた後、謁見の間にて国王陛下を始めとする、王国の要人達が私達を称えました。
その中には殉死したデボラさんのお父上、ゴリス騎士爵様の姿もあります。ゴリス様の抱えている剣はデボラさんが愛用していた騎士の剣。いつの間にか王国騎士達が回収して、ゴリス様の元へ届けていたようです。
元冒険者であり、冒険者ギルド長を経て王国騎士三番隊長まで成り上がったゴリス様は厳格な性格で知られている方です。そんな方が娘の使っていた剣を抱き、涙を流す様子は周りの涙を誘います。
見れば、私がお世話になった大聖堂において、事実上の責任者にあたるムルデル枢機卿やグレースさんのご尊父に当たるミューレン侯爵様の姿もあります。厳格な印象を持っていたムルデル枢機卿やミューレン卿も、満面の笑みで私達を迎えてくれました。
これで報われた。私はそう思いました。
祝勝パーティーやパレードが連日開かれ、忙しい日々が過ぎて行きました。
何故か連絡の取れなくなったクレマンさんを心配しつつ、訪れた平和を噛み締めていたところ、不意に大聖堂にある私の自室へオルトマンス大司教が訪れました。大司教は王都で修業をしていた際、大変お世話になった方です。
少し青褪めた顔をしたオルトマンス大司教は私に着いて来るよう促しました。私は「こんな夜更けに何用だろう」と疑問を抱きつつも大司教の後について行くと、大聖堂のとある一室へ通されました。
部屋の中には厳しい表情をしたムルデル枢機卿が座しており、私の姿を見て、対面のソファーへ座るよう促しました。
私がソファーに腰を降ろすと、隣にオルトマンス大司教が座りました。その横顔は先ほど以上に青褪めているように見えます。
ムルデル枢機卿は私と大司教を一瞥すると、徐に切り出しました。
「勇者アラン殿……いや、アラン=ヴォルチェ卿から婚約解消の申し込みがあった。セリア、何か言いたい事はあるか?」
勇者アラン様は国王陛下から正式に爵位を授与されました。勇者様が授与された爵位は特別なもので、特権階級として扱われます。お立場としては王族の親戚に当たる公爵家と同等となります。当然、王国内における立場はムルデル枢機卿よりも上です。
「……勇者様は何と仰いましたか?」
「ヴォルチェ卿は婚約解消の理由を言わなかったよ。だからこそ君の口から聞きたいのだ、セリア」
私が隣を盗み見ると、額に汗を浮かべたオルトマンス大司教が拳を握り締め、小刻みに震えていました。大司教の様子からして、ある程度の察しは付いていると見て間違いないでしょう。
勇者様が密告せずとも、立ち寄った町や村で私達とクレマンさんの距離感へ疑問を抱いた人がいるのかもしれません。
私達の知らない内に巷では噂になっていた可能性もあります。
「解りました。……最初からお話しします」
私は覚悟を決め、これまで起こった事を話し始めました。
王都から出発して直ぐ、使命感と希望に満ち溢れていた日々。勇者様の足を引っ張っているのではないかという不安を抱き始めた事や、荷物持ちとして加入したクレマンさんとの出逢い。そして彼と育んだ愛情。
最後に私のお腹にクレマンさんとの子が宿っている可能性がある事を告げると、ムルデル枢機卿の目が大きく見開かれました。枢機卿の驚いた顔を見るのはこれが初めてです。
いつかは説明せねばならない日が来ると思っていました。だから覚悟は出来ていた……そのはずでした。
私が話し終えると、ムルデル枢機卿は眉間に手を当て、険しい表情のまま考え込み、隣に座るオルトマンス大司教は頭を抱えて項垂れました。
「……オルトマンス大司教。こうして裏も取れた訳だが、貴公はどのような対応を取るつもりだ?」
「――っ!? は、はい! 俄には信じ難いと思っておりましたが、本人の口から語られた以上、聖女就任の件は……」
「ああ、当然であろう。勿論、代役は決まっているのだろうな?」
「も、勿論でございます、ムルデル枢機卿。既に容姿の似通った娘を見つけております」
ムルデル枢機卿が私に向き直ります。その鋭い視線は私の無き左腕へ注がれていました。
「娘の腕はどうするのだ? セリアは片腕を失っているが」
「……斬り落とします。代役の娘は貧しい田舎男爵家の末娘です。実家への莫大な援助金と引き換えならば……と、了解を得ております」
「……そうか。ならば、その通り推し進めよ」
困惑する私を他所に話が決まって行きます。
「お、お待ちください、枢機卿! 私はどうなりましょうか?!」
ムルデル枢機卿が怜悧な瞳を私へ向けます。
「名を変え、忍んで暮らせ。そして……この件を口外する事は決して許さぬ」
「横暴です! 私はただ自由な愛を求めたに過ぎません。運命を感じた人と愛を育む事がそんなに悪い事なのですか!?」
「小娘が綺麗事を……。セリア……いや、只の村娘よ。お前の行為は愛などではなく、我々や勇者であるヴォルチェ卿、ひいては王国への裏切りだ」
鋭い視線が私を射抜きます。
「お前は何故、勇者が魔王打倒の旅に出る際、ベテランの騎士や僧侶ではなく若い女ばかりが選ばれたのだと思う? 確かにお前は類稀な魔法の才を有してはいるが、他にも適任はいたはず……そう考えた事はなかったか?」
「……え?」
「その表情……解っておらなんだな。世界を救った勇者、そして共に旅し勇者を支えた僧侶は聖女となり、後の伴侶となる。そういう筋書きだった」
ムルデル枢機卿は静かに語り出しました。私やデボラさん、グレースさんが勇者様を王国へ繋ぎ止めておく為の楔であった事や、デボラさん、グレースさんとの婚約により、勇者様と王国(王国騎士隊や冒険者ギルドも含む)との繋がりを強化し、私との婚約により勇者様と教会との繋がりを強化する必要があった事。
王国はこれまで王国派と教会派に勢力が二分されていましたが、民から莫大な人気を誇る救世主たる勇者様が誕生した為、彼を支持、信奉する民が集まる事で新興勢力にして最大勢力に成長し得る可能性があった事。そして王国内の勢力を三分し、バランスを取る為の策として勇者様と私達が婚約する必要があった事。
語られる内容は政略絡みばかりで、私の気持ちなど考慮されてはいませんでした。
「そんな! 私に自由はないのですか!? 私の心はどうなりましょう!」
命を懸けて世界を救ったにも関わらず、自由な愛を求める事すら許されないなんて……納得できるものではありません。
「馬鹿か。……オルトマンス大司教、この件は速やかに動かねばならぬ。国王陛下に書状を出し、ヴォルチェ卿を王国に繋ぎ止めておく為の新たな措置を講ずる必要がある事を進言せねばなるまい。これはミューレン卿よりも先にだ。早急に動き誠意を示さねば、我々の立場も危ういぞ」
「は、はい! 直ちにっ」
「それとヴォルチェ卿へ支払う慰謝料の準備を。卿への謝罪は私が直々に向かうとしよう」
「ムルデル枢機卿、自ら……誠に申し訳ございません」
「オルトマンス大司教、貴公に小娘の教育係を任せたのは失敗であったな。このままでは教会側の権威が損なわれ、各勢力の均衡が崩れかねない。徹底的な情報規制を敷き、関係各所への根回し……迅速かつ抜かりなき対応をせよ。解っておるな?」
「勿論、解っております。直ちに着手致します!」
オルトマンス大司教はそう応えると、夜更けにも関わらず、部屋を飛び出して行きました。
急な展開について行く事ができず茫然とする私を残し、ムルデル枢機卿も重い腰を上げました。頭を抱えながらゆっくりと部屋を後にしようとした枢機卿ですが、ふと立ち止まり、振り返りました。
「そういえば……クレマンと言ったか。件の男は」
クレマンという名を聞いた瞬間、私は弾かれたように頭を上げました。
「もしや、クレマンさんの行方をご存じなのですか?!」
「……投獄されたと聞いている」
「えっ!?」
私の驚いた顔を見て、ムルデル枢機卿の口角が歪みました。
「自由な愛……か。それもまた良かろう。真実を知っても尚、それを求めるのならばな」
「クレマンさんを解放して下さい! 彼は何も悪くありません。私達は真剣に愛し合っていただけです!」
掴みかかるかのような勢いで立ち上がった私をムルデル枢機卿が手で制しました。
「勘違いしているようだが……クレマンとやらが投獄された理由は今回の件と無関係だ。奴が投獄された理由は――殺人だ」
続きます。




