冬至祭・4(終)
今日2話目でございます。
『……未来の伴侶を見る占術?』
「はい、ご存知ですか?」
『街で占い師にでも何か言われたのか?」
小さなフェリクスが消えた、その少し後。
鏡は今度こそちゃんと、現在のフェリクスにつながった。もらった鏡への礼と、しばらくぶりの声と姿への胸の高鳴りをひとしきり伝えてから、アウローラはフェリクスに、『未来の伴侶を映す占術があると聞いたのですが』と聞いてみた。
「いえ、……まあ、そんなところですわ。何か言われたわけではないのですけれども」
『確かに、女性の好きそうな占術ではあるな』
恋占の占術などは、魔女や魔術師が小遣い稼ぎに、街角で露天を開いていることも多い。アウローラは見てもらったことはないが、侍女たちにはそういった辻占いで恋愛の運勢や恋人との相性を見てもらった、という話をすることがある。
そういった話題のひとつだろうと判断したらしく、フェリクスは鏡の向こうで腕を組んで頷いた。
『そのような占術は確かに存在する。相性の良い人間を探すもの、身近にいる人間の内で相性の良いものを見つけるもの、未来視の一種など、色々と種類がある。クラヴィスにも伝わっていて、それは未来視に近いものだ』
「未来視」
『かつてクラヴィス家が王家の神官騎士だった時代に、王の妻を探す為に使っていたと伝わっている。もっとも、具体的に人を映すというよりも、「金髪、18歳、小柄、三年後、方角は東」など、条件を絞り込むような術だったようだが』
アウローラはぱちくりと目を瞬かせた。つい先程、小さいフェリクスと会話をした時は、もっとずっと具体的というか、当人同士がつながったのだが、本来、そうはっきりとしたものではなかったらしい。
「……でも、そこまで絞り込めれば、身分などを鑑みると、ほとんど当人にあたりますね」
『今ならそうだろうな。ただ昔の王族は今ほど身分がはっきりしていなかったと言うか、豪族たちの長、というような立場だったという。ほとんど農民同然だった田舎の豪族の娘が美しさから王に見初められた、というような故事はいくらでもある』
村娘までを対象に入れると、これではなかなか難しかっただろう、とフェリクスは付け足した。
『過去の記録を見ると、幾人か見つけ出してあとは国王当人に選ばせたり、幾人か見つけ出したあとその中から更に一人を絞るような占術を使ったりしたこともあるようだ』
「そうなのですね……」
『……そういえば、その占術を習った時に、試してみたことがあったな。今の今まで忘れていたが』
(……!)
ボソリとつぶやいたフェリクスに、アウローラの背がぴんと伸びる。
「そ、それはどういう結果に……? わ、わたくしに似た条件が提示されたのでしょうか?」
ドキドキと胸を高鳴らせ、アウローラは恐る恐る聞いた。小さなフェリクスとははっきりと会話を交わしたが、フェリクスはそのことをどこまで覚えているのだろう。
『それが……』
しかし、フェリクスの言葉は酷く歯切れが悪かった。覚えていなければはっきりそう言うだろう彼には非常に珍しいことで、アウローラは首を傾げる。
『残念ながら、結果を覚えていないのだ。……その占術を試した後、高熱を出して寝込んでな』
「ええっ?!」
アウローラはぎょっとして飛び上がった。話していたのはほんの数分だったが、魔力の消費が激しかったのだろうか。小さい子に大魔術を使わせた状態だったのだと思い当たって、アウローラは背筋の凍る思いで鏡にすがりついた。
「だ、大丈夫だったのですか?!」
『……ああ。情けない話しなのだが、風邪を引いてな』
「風邪を……」
『……4歳の時の話なのだが。丁度、祖父に占術を習い始めた頃で、冬至の祭日に水盤をもらってな。覚えたての占術を試してみたくて仕方がなかったのだが』
フェリクスは苦虫を噛み潰したような顔で続けた。
『禊と清めた水と月の明かりが必要で、特に冬至だと成功しやすいと言われ、まさに今日ではないかと、子供の頃の私は居ても立ってもいられなかったらしい。寒い日だったので少し長めに風呂に入れられた後、脱衣所から飛び出して、屋敷の中で行方不明になったのだそうだ』
「わ、わんぱくですね……」
『それで、どうやら水盤と水差しを持って、月明かりの差し込むサンルームに忍び込んで、占術を行っていたらしいのだが、どうも、水を張った水盤は子供の腕には重かったらしくてな。片付けの時に盛大にひっくり返して、水を被ったらしいのだ。屋敷中を探し回っていた使用人に発見された時は私は、空っぽの水盤を抱えて水浸しの床の上で、呆然としていたらしい』
「あら、まあ……」
『……風呂上がりにガウンも着ず、暖炉の火もないサンルームで身体を冷やした後に、更に冷たい水を被ったら、それはまあ、風邪を引くだろう。それでそのまま三日三晩寝込んで、起きた時は、自分が直前何をしていたのか、まるで覚えていなかった。――そんなわけで、占術の結果に関しては記憶がないのだ』
アウローラは口元を押さえた。あんな小さな子が高熱にうなされていただなんて、考えるだけでも痛ましい。
(もっとちゃんと気をつけて、なにか言って上げればよかったわ……)
今更最早仕方のないことだが、アウローラは悔いて胸を押さえた。
『……記憶はないが』
顔を歪めたアウローラを慰めようと思ったのか、フェリクスが続けて口を開く。
『熱にうなされた幻聴と混じっているのかもしれないが、占術を試して、ぼんやりと、優しい声を聞いたような、そんな気はするのだ。……貴女に似た』
「……わたくしにですか?」
『今更だが、貴女に似ていたように思うのだが……、二十年近く前の話だからな。ただ、その声に酷く嬉しく思ったような、そんな気はする』
フェリクスの言葉に、アウローラは目を丸くして、頬を染めた。幼い子どもの心の片隅に、ほんの微かにでも引っかかっていたら、それはなんとなく、嬉しい事のように思って。
『……あとから同じ占術を使ったことはないが、その年の冬至は満月という非常に珍しいタイミングだったようでな。そういう時は予期せぬ精度で魔術が発動することもある。覚えていないのが口惜しいが、きっと、アウローラの声を聞いたのだろう』
「……フェリクス様」
『ひょっとすると、無意識のどこかでそれを覚えていたのかもしれないな』
フェリクスの目が、優しく細められた。そのどこか嬉しげな表情に、鏡越しに見た小さな子どもの笑顔が重なって見えて、アウローラもまた、微笑む。
(……ほらね、ちゃんと会えたでしょう?)
脳裏の小さなフェリクスに囁やけば、時を超えた遠い向こうで、満足げに頷く小さな子どもの表情が浮かんだ気がした。
*
『……しかし、よく考えるとその頃のアウローラは赤子だな』
「……そうですわね」
しばらくしてからふと思い出したように、フェリクスはそう呟いた。
『私が4歳ということは、アウローラは1歳か。……それはそれで可愛いだろうが』
「……1歳児はまだ、片言じゃあないでしょうか? 言葉の早い子なら、会話になるかもしれませんけど……わたくしの声とは似ていないのでは?」
『……それもそうだな?』
はて? と不思議そうに首を傾げるフェリクスに、アウローラは思わず噴き出す。
『……アウローラ?』
どこか不満げなフェリクスの顔に、再び幼いフェリクスのそれが重なって見えて、アウローラは更に笑ってしまう。
(フェリクス様、意外と、表情、変わらない……!)
『何がそんなに面白いんだ』
「ご、ごめんなさい、赤ん坊のわたくしと、小さいフェリクス様がおしゃべりしていたら、面白い光景だわと思ってしまって……」
不満げだったフェリクスだが、アウローラが楽しげに笑っているのを見ている内に機嫌が回復したらしい。
『……まあ、私も見目だけは可愛い子どもだったと母が言っていたし、傍目には可愛らしい光景だったかもしれないな』
「フェリクスさまは愛らしかったこと間違い無しですもの、可愛らしい光景だったことは間違いないですわ! ……ただ、あの、わたくしは赤ん坊のころは、男の子みたいだったそうですけど」
『幼いアウローラを見てみたかったものだな。……クストディレ城には姿絵はないのか?』
「あ、ありますけど……、絵姿を見る限り、赤子のわたくしはそう可愛いものではありませんでしたわよ? 健康的な赤ん坊と申しますか……! な、なのであまりお見せしたくありません!」
『健康的なのが一番ではないか。……しかしそうなると、未来に期待するしかないな』
「……未来に?」
どういう意味だと首を傾げるアウローラに、フェリクスは何ということもないような声色と表情で告げた。
『将来、アウローラがアウローラに良く似た可愛らしい娘を産んでくれたら、見られるだろう?』
「………………はいっ?!」
言われた言葉を理解した途端、アウローラの喉から、素っ頓狂な甲高い悲鳴が漏れた。
「んな、そ、そんな、なにを言って!」
『アウローラに似た子供なら何人でも欲しい』
甘い笑みで、しかし真剣にそう囁かれ、アウローラは絶句して顔面を真っ赤に染め上げた。フェリクスは目を細め、喉を鳴らして楽しげに笑う。
「も、もう! フェリクス様ッ!」
『よろしく頼む』
「もううう!!」
――寒い寒い、冬至の夜。
ふたりの鏡越しの逢瀬は、寒さを感じさせない温度で、夜が更けるまで続いたのだった。
※クストディレ城はポルタ家の居城の名前でございます
※多分フェリクス君は、翌日非番だったんじゃないかと思いました




