冬至祭・3
おまたせしましてすみませぬ……!
ちょっと短めでござる。
「しょ、しょうらい、の、はんりょ?」
『ええと……おじいさまは、「およめさん」のことだっておっしゃいました!』
(『将来の伴侶』かー!!)
幼児の口から飛び出した単語に、アウローラは目を白黒させた。
幼児ではなかったとしても、アウローラと出会う前は女性を苦手とし(もっとも、今尚女性が苦手でなくなったわけではないようだが)、降り注ぐ釣書と縁談の山に辟易していたというフェリクスの口からは、出てこなさそうな単語である。
「そんな占術が、あるのですねえ……」
『はい!』
驚きに、アウローラがぽろりとそう呟くと、小さなフェリクスは元気いっぱいの返事をする。それを微笑ましく見守っていると、小さな彼はたどたどしく、しかし懸命に説明を始めた。
『みらいのおよめさんをみるせんじゅつは、はじめ、むかしのごせんぞさまが、おうさまのおきさきさまをさがすためにつかったのだそうです』
「クラヴィス家のご先祖様は、王様に仕える神官騎士だったそうですね」
『そうなのです。ごせんぞさまは、おうさまと、かみさまにおつかえしていたから、せんじゅつがとくいだったのだそうです』
「なるほど……」
ウェルバム王国の宗教は、国の祖を祀るものである。大陸で迫害を受けた魔女が、逃げ延びた先の土地――それがこのウェルバム王国のある盆地の、湖の中洲の島だという――で『知の神』と出会い、その知恵を借りて国を作った、という神話に基づいて、『始まりの魔女』と『知の神』の夫婦神を祀っている。
『始まりの魔女』の血をひく三人の王子が国を拓いたと言われている隣国の『魔術大国』でも同じ宗教が国教となっているが、国教としているのはこの二国だけであり、後は魔術師達が信仰するのみで、大陸全体から見ると、力のある宗教ではない。
それ故に、現在のウェルバム王国では、宗教はそれほど力をもたないし、政治と距離の近いものではない。しかし、かつて、まだ王族が『始まりの魔女』の血を濃く引いていた頃は、宗教と政治はイコールであった。それ故に、王に使える者たちは、神職を兼任しているものが多かったのだ。クラヴィス家もそのひとつだった。
(フェリクス様だと思うから、そんな占術を知っているのか! ってちょっぴり違和感を感じるけれど、クラヴィス家の方だと思えば、納得なのよねえ……)
当時は、翌日の天気から日取りの良し悪しといった細やかなことから、果ては政策の決定にまで、あらゆることに占術が使われていたというから、神官を兼ねていたクラヴィス家に、今ではもう使われなくなった王家のための占術が残っていたとしても、特別不思議はない。
『このせんじゅつには、みそぎと、きよらかなみずと、つきのあかりがひつようです。……ちょっとむずかしいせんじゅつだ、とおじいさまはおっしゃっていました』
「フェリクス君は、占術がお上手なのですね」
『……まだまだ、しゅぎょうちゅうのみです』
「フェリクス君は、大人になったら、占術師になりたいのですか?」
『ごせんぞさまみたいに、おうさまにつかえる、きしになりたいです!」
(ああーん、かわいい……! なんてかわいいの小さいフェリクス様……!)
小さなフェリクスははにかみながらも、今の彼からは考えられないような満面の笑顔を浮かべる。ほっこりと胸を温めつつ、アウローラはしみじみ考えた。
(それにしても、流石というか、なんというか、こんなにお小さい頃から、占術に優れていらっしゃったのねえ……。実際に自分の婚約者を見ることには成功しているのだから……)
それも、つながった先は未来である。これはひょっとして、未来視などの、とてつもない力なのではないだろうか?
(……だとしたらとんでもないことですわ)
アウローラは頬に手を当て、小さく息をついた。フェリクスは水盤の向こうで首を傾げていたが、不意にはたと気がついたように、目を見開いて水盤ににじり寄った。
『あのう……、ポルタじょうは、おとなですよね? ……おれのみらいのおよめさんなのですか?』
(……あら。そこに気が付きましたか……。なんとお返事したものかしら?)
アウローラはひとり思案した。アウローラの知る限り、あのラエトゥス家の夜会に参加するまで、彼はアウローラを知らなかったはずだ。もし、この小さなフェリクスが過去のフェリクスだというのなら、ここで明言してはいけないような気がする。
貴族では、歳の離れた夫婦というのも珍しくはないが、だいたいにおいて男性の方が上であり、この小さなフェリクスと今のアウローラほどの年の差の夫婦は、初婚ではあまりない話である。その不自然さは、幼いフェリクスにも感じ取れたのだろう。
「そうですね、わたくしはもう成人しています。……年上の女性はお嫌ですか?」
『えっと、よくわからないです……。でも、ポルタじょうは、いやじゃないです! おあいしてみたいっておもいます!』
拳を握って頬を染め、愛らしい幼児が言い募る。アウローラは頬を緩めた。
「……今はまだ、お会いできません。フェリクス君が、社交界に出る歳にならないとね」
『そうなのですか……?』
小さいフェリクスは明らかにがっかりした顔で、小さい指を折っている。年を数えているようだ。
『……おれが、おとなになるには、まだ、すごくありますね』
「そうですね。……だいぶ先ですけれど、大人になったら、ちゃんと会えますよ」
これから十数年後、彼とはあの衝撃の出会いが待っているのである。
額が赤くなる程の勢いで飛んできた指輪、わけがわからないまま踊った夜会のダンス、そして、後日の土下座まで。思わず思い出して、アウローラは肩を震わせた。
『ポルタじょう……?』
「ああ、ごめんなさい。楽しいことを思い出していました」
それから、まだ不満げなフェリクスに、微笑みかける。
「いっぱい眠って、いっぱい遊んで、いっぱいお勉強されて……大人になったら、わたくしを迎えに来てくださいな」
『……はい!』
元気に礼儀正しく返事をしたフェリクスだったが、眠って、という言葉に触発されたのか、口から小さなあくびが漏れる。彼はぐしぐしと目をこすり、もう一度湧き上がったあくびを噛み殺すと、水盤の前でぴしりと姿勢を正した。
『えっと、そろそろ、ばあやがきちゃうので、ねます』
「まあ、もうそんなお時間ですか」
『……はい! おあいできて、よかったです!』
礼儀正しい小さな子どもに、アウローラは笑みを浮かべたまま頷いた。
「では、おやすみなさい、フェリクス君」
『……おやすみなさい!』
笑顔の後にまた、小さなあくび。
その可愛さにアウローラが三度にっこりしたところで、水盤の表面はゆらりと揺れた。それと同時に鏡も曇り、一瞬の後、鏡面には笑顔のアウローラが映っていたのだった。




