冬至祭・2
お待たせいたしまして……!
まさかの年を越えまくりでほんとうにすまない……
鏡にぼんやりと写った影が像を結んだ時、アウローラは束の間言葉を失った。そこに現れたのは、本来映るべき、手鏡の送り主ではなく。
(う、わあ! も、ものすごく、綺麗な子……!)
ぱちくり瞬く、瑠璃色の大きな瞳。
パッと朱の散った、薔薇色の頬。
雪のように白い、陶器のようになめらかな肌。
長いまつげ、通った鼻筋、薄い唇。
肩の上で切りそろえられた、サラリと揺れる、銀の髪。
――そこに映っていたのは、どのパーツを見ても一級品、将来は傾国の美女か絶世の美青年間違いなしの、とてつもなく整った容貌の子供だったのだ。
(び、びっくりしたわ。精霊みたいに綺麗な子! こんな子、いるのねぇ……)
アウローラはぽかんと開けていた口を閉じ、小さな子供を見つめてしみじみと息をついた。
驚きに見開かれた瞳がぱちぱちと瞬き、白い頬がうっすら薔薇色に染まっていなければ、最高の職人が作った人形だと言われても信じてしまいそうな端正さである。
(で、でも一体どちらのお子さんかしら? 銀髪に青い目だし、クラヴィス家縁の子だとは思うけど……)
アウローラは我に返り、よくよく見ようと鏡に顔を近づけてみた。アウローラの動作に何を思ったか、鏡の向こうの小さな子供は、ひどく不思議そうな顔をしてこてんと首を傾ける。動きに合わせ、銀糸の髪がさらりとこぼれた。
その表情に、見慣れた麗しい人の顔が重なって見えて、アウローラははっと息を呑んだ。
言葉無く首を傾げるその仕草は、アウローラのとりとめもない話を黙って聞いている時の、彼の人のそれにあまりにも似通っていたのだ。
(……ま、まさか! フェリクス様の、か、かくし、ご、とかじゃ、ないわよ、ね!?)
驚きのあまりに、そんなことまで考えてしまう。
勿論、女っ気がなさすぎて噂になってしまっていたという彼に限って、そんなことはないだろうとは思うのだが、年齢的にはありえないとは言い切れないのではないか。いわゆる私生子や庶子と呼ばれる子供は、貴族社会にはそれほど珍しい存在ではない。
(いやいやいや、フェリクス様に限ってそれは絶対にないわね……。ルーミス様ならまだしも)
アウローラはブンブンと頭を振った。いくらなんでもそれはない。可能性が高いのは、冬至祭を本家で祝うために集まった親族の子供、そのあたりだろう。
首を振るアウローラの動作に何を思ったか。子供は傾げていた首を戻して、小さな手でぴたんぴたん、と鏡の表面を叩くような仕草をした。その幼い仕草に目を細めつつ、アウローラが首を傾けると、子供の愛らしい唇が、おずおずと開かれる。
『あなたはだれですか?』
(……まぁ、声までかわいいわ!)
こぼれ落ちたのは、涼やかながら子供らしい、高く可愛らしい声。見た目を裏切らない、鏡越しに届いたそれに、アウローラはおもわず頬をほころばせた。
鏡を正面に持ち上げると愛らしい幼子に向かい、背筋を伸ばして微笑みを浮かべる。
「こんばんは、はじめまして。わたくしは、アウローラ・エル・ラ=ポルタ、といいます」
『ポルタ……きたのまちの?』
興味津々で鏡に手を付く子供の姿に、アウローラはニコニコして頷いた。
「はい。ウェルバム王国では『北部辺境』と呼ばれるところです。来たことはありますか?」
『おれ……じゃなくて、わたしはまだ、いったことはないです。でも、ちずはみたことがあります!』
(あ、男の子だった)
飛び出した一人称に、アウローラはまばたきする。フリルの付いた白い前掛けを着ているし、あんまり可愛らしいから女の子かと思っていたけれど、口調からするとどうやら男の子らしい。このくらいの年の頃の貴族の子供は、男女を問わず女の子のような服装をしていることが多いので、なかなか分からないのだ。
「あなたのお名前を教えてもらえますか?」
『あ! おれ……わたしは、フェリクス・イル・レ=クラヴィス、です。クラヴィスこうしゃくのちょうなんです。4さいです』
(うん!?)
おそらく、名乗りについては厳しく教育されているのだろう。4本の指を立てながら丁寧な口調で返された言葉に、アウローラはパカンと口を開けた。
大変、聞き捨てならない名前が聞こえた気がする。
「え……え? ちょっと、今、なんて!?」
『4さいです!』
「惜しい、その前! お名前のところ!!」
『わたしのなまえは、フェリクス・イル・レ=クラヴィスです!』
「フェリクス君、というの?」
『はい!』
聞き間違いじゃ、なかった。
アウローラは間抜けに開いた口を必死に閉じながら、鏡をしっかり覗き込む。
「……フェリクス君の親戚に、フェリクス君と同じお名前のお兄さんはいますか?」
『いません』
「…………フェリクス君には、お姉さんはいますか?」
『います』
「お名前を教えてもらってもいいですか?」
『あねは、ルナ・マーレ・エル・ラ=クラヴィスといいます』
「うっそ」
きっぱり。大きなフェリクスと同じように、短くはっきり肯定してみせた子供の発言に、アウローラは思わず声を上げ、頭を抱えた。
(……ど、どういうことなの!? に、人間が子供に戻る魔術なんて、聞いたことがないけど!? そんな怪しげな魔術っておとぎ話だと思ってたけど、現存するのかしら!? ……いや、でも、精霊のお力とか、妖精のまじないは、人間じゃ解明できないことも多いと言うし……、ひょっとして、ひょっとしなくても、こ、この、子、フェリクス様ご自身……!?)
『ポルタじょう、だいじょうぶですか?』
子供にしては表情が薄いが、それでも気遣わしげなその面差しには、確かに今のフェリクスの面影がある。アウローラは気を取り直して、鏡の向こうににっこり微笑みかけた。
「ええと……、フェリクス君は、どうしてこの鏡を覗いているの?」
『かがみ……?』
「……フェリクス君は、今、何を覗いているの?」
『すいばんです! きのう、おじいさまに、あたらしいせんじゅつをならったのです! それに、せんじゅつは、とうじのおまつりのひなら、せいこうしやすいのですって!』
(こ、この占術では口が滑らかになる感じ、間違いなくフェリクス様だわ……!! どんな魔術か分からないけれど、不思議なこともあるものね……)
確信を抱き、アウローラは小さく拳を握った。
どうやらこの小さいフェリクスは、確かにあのフェリクスのようだ。
「そうですか、では、その『占術』で水盤を覗いたら、何故かわたくしの鏡につながってしまった、ということですのね」
『ポルタじょうは、かがみをみているのですか?』
「そうなの。冬至祭に、離れたところにいる人とおしゃべりをするための魔道具になっている鏡をプレゼントしていただいたので、覗いていたのです」
『おれもとうじのおまつりに、このすいばんを、おじいさまにいただいたのです!』
「まあ、お揃いですね」
『……おそろいです』
はにかんで首を傾ける小さいフェリクスに、アウローラは胸をキュンと鳴らした。今のフェリクスには影も形もない幼さが、あまりにも可愛らしい。
(水盤をもらって喜んじゃうなんて、やっぱりフェリクス様だわ。……それにしても、こんなに愛らしいんじゃあ、不埒な輩に攫われてしまいそう。……ルナ・マーレ様もきっと妖精のように愛らしいお嬢さんだったでしょうし、姉弟で誘拐の危機に晒されたこともあったんじゃないかしら)
そんなことまで思い浮かんで、アウローラはふうとひとつ息を零した。
『ポルタじょう?』
「あ、ごめんなさい。なんでもありませんわ。フェリクス君は水盤で、何の占術を試していたのですか?」
『えっと……』
ぽわ、と小さなフェリクスの頬に朱が昇る。彼は口をもごもごと動かして視線をそらした。アウローラが思わず首を傾げると、鏡の向こうの子供は意を決したらしく、可愛らしい顔立ちをキリリとさせて、口を開いた。
『――おれの、「しょうらいのはんりょ」をうつす、せんじゅつです!』
予想通りの展開だったのではないでしょうか!
あと1話か2話。たぶん。たぶんね……?




