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指輪の選んだ婚約者  作者: 茉雪ゆえ
番外編

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冬至祭・1

三巻ありがとうございますと、クリスマス祝いを兼ねて。

2話か3話で終わる、いつもよりちょっとファンタジー強火で短い小話です。

2巻と3巻の間くらいの、お話。

「おーいお嬢ー、速達で小包来てたぞー」


 ポルタ伯爵家の居城、クストディレ城の、主一家の居間にて。

 輝く金の実をたわわにつけた『マギの実』と、鮮やかな緑の針葉樹で飾られた暖炉の前でぬくぬくと温まりながら、チクチクと刺繍に勤しんでいたアウローラは、掛けられた声に顔を上げた。

 見れば、居間の入口のあたりに立った、従兄にしてアウローラの護衛であるカイ・フィーニスが、油紙で厳重に包まれたレンガ2つ分ほどの大きさの包みを、ブンブンと振っている。


「小包? わたし宛に? ……どなたかしら」


 カイの手の中の小包を見上げ、アウローラは怪訝な顔をしてコテンと首を傾げた。

 確かに今日は『冬至祭』だが、今朝のうちに家族――父母からも祖母からも兄からも、贈り物は全て受け取ったあとだったのだ。

 そんな顔をしたアウローラにぱちくりと目を瞬かせると、カイは小包にくくりつけられていたタグをちらりと見直し、うん、と頷いた。


「間違いなくお嬢宛だぜ。さっき騎士団の通信室に届いてたんだ」

「……今日届いた、ってことは『冬至祭』の贈り物よね、多分」

「だろうな。ちなみに送り主は『フェリクス・イル・レ=クラヴィス』」


 差出人の名を聞いて、アウローラは飛び上がる。ニヤニヤと笑うカイを睨めば、カイはほーれほれ、と空中で小包を揺すってみせた。


「よかったなー? お嬢。もう『家族』枠みたいだぜ?」

「わ、わたしだって贈り物したもの! ちょっと! 小包、もう少し大切に扱ってもらえる?!」


 手にしていた刺繍枠を、傍らに置いた籠に放り込み、アウローラは小包に飛びついた。



 そう、今日は、1年で最も昼の短い日、冬至。


 『魔は光を嫌う』という言い伝え(実際、複雑な魔術は昼間よりも、夜間の方が成功率が高いという統計もあるらしい)の通り、1年で最も魔が力を持つと言われるこの日は、ウェルバム王国では『冬至祭』という名の休日である。

 この『冬至祭』、隣国である北の魔術大国(マグナ・マギア)では、一年で最も華やかな祭りの日だが、ウェルバム王国においては一般に、家族揃って家にこもって過ごす、穏やかな一日である。魔力を持たぬ人にとっては非常に恐ろしい日なので、出来るだけ表に出ないように、ということらしいが、起源は定かでない。

 家にこもった人々は、永遠を象徴する針葉樹と、陽の光の結晶との別名もある『マギの実』を暖炉に飾り、家族で揃って食事をし、ささやかなものを贈り合うのだ。


「……まあ」


 カイから奪った小包を握りしめ、足取りも軽く部屋に戻ったアウローラは、誰もいない部屋でひとり、気ぜわしく包みを解き、感嘆の息を漏らした。

 油紙の中から現れたのは、美しいマーブルの模様が刷られた紙に包まれた片手で持てるほどの小箱で、更にその中には、柔らかな紺のビロードに包まれて凛と輝く、手のひらほどの大きさの手鏡が鎮座していたのである。


「なんて、きれいなの……」


 持ち手はなく、代わりに雫のような形をしていて、その頂点のところに、フェリクスの瞳の色によく似た絹の房がぶら下がっている。

 鏡面は丸く、とろりとつややかな、銀。表面は滑らかで、歪み、曇りのひとつもない。

 縁をぐるりと覆うのは銀星花の彫りで、それを、波を模したと思われる曲線が支えている。

 ちょっとした芸術品のような手鏡である。


 アウローラは吐息を漏らしながら、くるりと手鏡を裏返してみた。裏側には美しい水の妖精の姿が彫られていて、その脇には何らかの魔術陣が僅かな青の光をまとって輝いている。


「フェリクス様の魔力だわ……」


 アウローラの白い指先が、魔術陣をそっとなぞった。

 魔力の色は、瞳の色に似るという。それは、当人の本質を表しているという魔術師もいる。フェリクスの魔力は、彼の瞳によく似た僅かに紫色を帯びた瑠璃のような静謐な青で、時たま、真冬の湖面に浮かぶ氷のような淡い色が交じる、大変美しいものだ。


「氷月の騎士、なんて言われていたそうだけど……」


 凍れる騎士だとか、銀月の騎士だとか、氷冷の騎士だとか。

 無口かつ硬質な美貌で知られた彼は、長年そんな評判で、王都の人たちに呼ばれていたけれど、この1年ですっかり、その評判を返上している。心の内側には、彼の苛烈な姉とよく似た、情熱的な隠し持っていたのだと、あの青は氷の青ではなく、完全燃焼した時の炎の色だったのだと、もっぱらの評判なのだ。


 その評判に不本意であるという顔を隠さずに憮然としていたフェリクスを思い出し、アウローラはふふっと微笑んだ。指先から伝わってくる彼の魔力は、確かに冷たいが、どこか暖かくもある、不思議な熱をアウローラに伝えてくる。


(会いたくなってしまって、困るわ)


 アウローラは、ふう、と細く長く息を吐き出した。

 今は社交のオフシーズン。その上、ポルタ領は雪も深い。クラヴィス領まで行くにも、ソリや馬車でいつもよりも数日余計に旅程が掛かるし、そもそも近衛騎士であるフェリクスには、長期休暇などないのである。おそらくは冬至祭の日であったとしても、王宮に詰めているはずだった。


(年越しに合わせて実家に戻る必要がある、って言ってらっしゃったし、かえって冬至祭には休めないんだろうな)


 会えないことは百も承知。けれども、あの優しい温度を思い出してしまえば、辛い。


(家族になれば、冬至祭でも会えるんだろうな)


 早く家族になりたい、そんな言葉が脳裏に浮かんで、アウローラは慌ててブンブンと頭を振った。部屋には誰もいないというのに、何やら少しばかり恥ずかしい。


「……でも、この魔術陣、何の魔術が仕込まれているのかしら? そう言えば、カードが見当たらなかったわね。奥にこっそり入れたのかしら?」


 手鏡を膝に置き、アウローラは箱の中、包み紙の奥をゴソゴソと探る。すると案の定、奥の方に控えめに、淡いブルーの小さなカードがひっそりと紛れていて、そこには見慣れた几帳面な文字が丁寧に綴られていた。


「なになに……『冬至祭おめでとう。この鏡はいわゆる「通信鏡」だ。貴女の魔力と私の魔力が反応すれば声と姿を届ける事ができる魔術具で……』……『通信鏡』ですって!?」


 アウローラはあっけに取られてカードから目を離し、鏡を覗き込んだ。

 『通信鏡』は軍や商会などで、魔術師同士が連絡を取り合うために使う魔術具である。互いが魔力を流しながら決められた合言葉を口にすることによって起動し、ほんの短時間、姿と音を交わすことができるのだ。非常に珍しい魔術具で、勿論、非常に高価な代物である。

 硬質な輝きを放つ鏡面は静かにアウローラの緑の瞳を映しているだけだ。


「……ってそうよね、合言葉がないと起動しないんだったわ」


 カードに視線を戻し、アウローラは続きを読む。そこには合言葉がきちんと記されていた。


「ええと……『銀星花の指輪』、と……きゃあ!?」


 アウローラが鏡面に指を当て、合言葉を唱えたその途端。

 鏡面は目を焼くほどのまばゆさで輝き始め、アウローラは思わず目をつぶる。


 時間にすればおそらく数秒。けれどひどく長く思えた時が流れて、赤く見えた瞼の裏がようやく暗く戻ってから、アウローラはそろそろと瞳を開けた。そして、鏡面にぼんやりと人影が映っている事に気がついて、慌ててそれを覗き込む。


「えっ?」


 そこに映っていたのは、見慣れた美しい、銀の騎士の姿ではなく。


 4つか、5つか。そのくらいの年の頃の、銀の髪に青い瞳をした天使のように愛らしい顔立ちの子供が、目を大きく見開いてこちらを覗き込んでいる姿だった。




……年内には小話終わると良いな……!!

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