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指輪の選んだ婚約者  作者: 茉雪ゆえ
番外編:○○は見た!

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とある侍女たちは見た!

○○は見たシリーズ、最後のお話。

お喋りオンリーの形式でお送りいたします。


 それは、とある夜。

 主一家が寝静まった頃の、ポルタ家の女性上級使用人――侍女たちの部屋にて……。



「……さーぁて、ハンナ。キリキリ吐いてもらうわよぉ……?」

「……な、なにを?!」

「そんなの決まってるじゃない!」

「今日のお嬢様と、クラヴィスさまのデートについて、ですっ!」

「……あの銀の騎士様と同行なんて羨ましいいいい!」

「わたしも行きたかったーっ!」

「同行って言っても、私的なお声がけなんてわたしにはまったくありませんわよ?」

「そりゃそうでしょうけどでも!」

「あのお嬢様とご一緒の時のクラヴィス様を間近で堪能できるのは、羨ましい以外の何物でもないですっ!」

「ねーっ!」

「で、どうだったんですか?」

「そ、そうねえ……」


「まず、今日の行き先はメゾン・バラデュールでしょう、それから手芸店にちょっと寄って、最後にカフェー」

「うわあ完全にお嬢様だけが楽しいコースじゃないのそれ」

「カフェー!? すごい! お洒落!」

「……そういうものなの?」

「そうですよぉ、今、流行ってるんですよ! デートでカフェーに行くの!」

「えー? ちょっと不良っぽくない?」

「そうよねえ、カフェーって男性の社交場っていうか……」

「そこがいいんじゃないですかあー!! オトコの世界が垣間見えるっていうか! 最近の小説とか、みんなデートはカフェーですよ! さすがクラヴィスさま! マリーさんもハンナさんも遅れてますっ!」

「そ、そうなの……?」

「まあでも、貴族のお嬢様だとまだまだ珍しいんじゃない?」

「そんなことないですっ! 最近、婚約者と外出でカフェーに寄って、焼き菓子を食べるのが若いお嬢様の間で流行している、ってお嬢様の社交界通信にコラムがありましたっ!」

「ああ、あの雑誌……」

「奥方様もお嬢様全然読んでないのになんで購読してるんだろって思ってたけどあんた読んでたのね……」

「アレは旦那様のご趣味ですよ! 女性の心を掴むのに大事なんですって!」

「流石旦那様、元春妖精の貴公子……」

「えっそのお噂ってホントなんですか」

「そうらしいわ。綺麗なお嬢さんたちあちらこちらで気を持たせて、刃傷沙汰一歩手前になったこともあるとか」

「ひえーっ」

「まあ、でも、旦那様っていわゆる『甘いマスク』だもんね、若い頃はさぞかしだったんでしょうよ」

「奥方様はどうして旦那様と結婚されたんでしょう……奥方様って、騎士家の方ですよね?」

「そうですよ。話すと長くなるから割愛しますけど」

「えーっ」


「それより今日は、お嬢様のデートよ、デート! どうだったの?!」

「どうと言われても……。まず、午前中にメゾン・バラデュールを訪問して」

「訪問して?!」

「どうも、ラエトゥス公爵夫人が事前にお話を通してくださっていたらしくて、工房の『えっそこ見せていいの?』みたいなところまで案内してくださって」

「うんうん」

「お嬢様は大感激で、バラデュールのオーナーの執事を質問攻めで……」

「想像できるわー……」

「もう、クラヴィス様そっちのけですの」

「あー……」

「さすがお嬢様……。でもそれ、クラヴィス様にとってはつまらなかったでしょうね、それ」

「そう思うでしょう? でも、もう、なんていうの? はしゃぐお嬢様を眺めるクラヴィス様の目がね……」

「目が……?」

「あま~くて……。凍れる騎士様なんてあだ名、誰が付けたの?! みたいな……、冷徹な騎士様って呼ばれている人とはとても思えないような……?」

「うわあ!」

「そこ! 詳しく!」

「美形は何をしていても美形だけれど、恋をしていると色気がとんでもないですわね……」

「きゃーっ!」

「近くで見てるだけで眼福どころか、こう、見てはいけないものを見た……みたいな……?」

「きゃーっ?!」

「どういうこと? どういうこと?!」

「例えば、お嬢様が、夢中になって刺繍の図案集を見ているでしょう? そうすると、少しうしろで、クラヴィス様はじーっと、お嬢様の横顔を見ていらっしゃるのよ。可愛くて仕方がない、って雰囲気のお顔で……」

「うんうん」

「そうしてしばらくすると、お嬢様がハッと我に返られるの。同行者を放っていたことに気づくみたいで」

「で?」

「そうすると、ごめんなさいってお嬢様が振り返って仰るでしょう、そうすると」

「で?!」

「『刺繍に夢中な貴女は愛らしい』みたいなことを、目を細めて仰るのよ! あの美貌で! もう! 麗しすぎて目が潰れるかと!」

「きゃーっ!!!」

「ひゃーっ!!!」

「お嬢様、男性には免疫はあっても、恋愛には免疫がない方だから、もう、真っ赤になってどぎまぎしてしまうでしょう、そうするとね」

「すると?」

「すると!?」

「手を取って、労るように手首をさすって……それから頬を撫でて……口角を上げられて……!」

「上げられて……?!」

「『貴女の好きにして構わない』みたいなことをね……! あのお声で……!!」

「きゃー!!??」

「想像するだけで目眩がする……ッ! 腰が砕ける……ッ!!」

「ああっマリーさんしっかり!!」

「いくら、若様や旦那様で美形に慣れているとはいえ、あんなの目の当たりにして、お嬢様はよくぞ正気を保っていらっしゃるわと思ったわ。当てられて、同行中に空気に徹するのが難しいレベルでしたもの……。護衛なんて顔が死んでましたもの……」

「……そういえばあいつ恋人募集中だったわね」

「かわいそうに……」


「しっかし、あの方でも、女性に微笑んだりするのねぇ……意外だわ」

「びっくりですよね……」

「あたしはお嬢様がデビューする前から、時々タウンハウス勤務に駆り出されてたから、近衛隊の噂なんかはけっこう聞いてきたんだけど、クラヴィス様って何年か前から、冷たい顔でちらとも笑わないとんでもない美形騎士がいる、って噂になってたのよね」

「わたしも聞いたわ。わたしはお嬢様がデビューしてからのお噂しか知らないけれど、茶会や夜会に付き添うと、レディの付添人と侍女の間で話されているのよね。どこそこの騎士様がどうで、どこそこの貴公子がこうで……って。でもどの噂でもクラヴィス様は、どんな美女でも靡かない、微笑みさえ向けてくださらない、挨拶以外で声を聞いたこともない……ってお話だったの」

「ええっ、そうなんですか!」

「クレアは今年がはじめてだったわね、タウンハウス勤務」

「はい! わたし、『王都淑女案内』で王都の美形騎士はみんなチェックしてましたけど、そこではクラヴィス様は『孤高の麗しの騎士様』『誰の手にも届かない方』『氷のように冷たく、月のように美しい』みたいなことが書いてありました」

「なにそれ……」

「え、マリーさん知らないんですか! 中産階級女子向けの雑誌です! お嬢様たちの世界で流行りのドレスとか、お茶とか、お店とか載ってて、それに連載してる恋愛小説が最高なんですよ!」

「クレアのところはけっこう良いお家だったわね、そういえば」

「いやだ、うちはただの成金商家ですよぉ」

「うちは騎士家だもの。『王都淑女案内』とか、縁がないわあー。子供の頃一番身近だった雜誌ってあれよ、『ウェルバム騎士報』。しかも家で購入してるんじゃなくて、騎士団からの回覧」

「なんですか、それ?」

「国内の騎士団の情報が載ってる雜誌よ。国軍の人事とか、新装備とか新制服とか、演習のレポートとかそういう無骨な……」

「……また真逆の方向性の雜誌が出てきましたわね」

「でもそういう雜誌なら、クラヴィス様の話も載っていそうですね!」

「家を出てから読んでないからなあ……。クラヴィス様って21歳でしょう? あたしが読んでいた頃にはまだ載ってなかったわ」

「今なら載っていそうだし、『騎士報』奥方様のお部屋にありそうですけどね」

「奥方様の騎士団執務室の方にならあるんじゃない?」

「それこそ縁がないですね……おつかいくらいしか」

「まあ、それはともかくとして……噂なんて当てにならないってことが、よく分かったわ」

「ですよね。まったく、冷徹なんかじゃないんですもん」

「お嬢様に対してだけ、のような気はいたしますけれどね……」

「分かる! わかります!!」


「しかしまさか、ウチのお嬢様があんな優良物件に見初められるとはねえ……」

「正直びっくりですよねぇ」

「ですわねえ……。お嬢様、本当に素直で良い方ですけれども、すごい美人というわけでもないし、貴族のご令嬢としてはちょっと変わった方ですし……」

「ちょっとかしらね……?」

「だいぶ変わった方ですよね。あんなに刺繍好きなご令嬢他に聞いたことないですもん。刺繍で徹夜で隈ができて……って、貴族のお嬢様のすることじゃないですよね?! わたし、ご令嬢って美容に心血を注ぐものだと思ってました!」

「そういうお嬢様の方が多いと思うんだけどねえ。それに、普通はのめり込むような趣味は隠すものだし。うちのお嬢様の刺繍は趣味の域を越えてるわよねえ」

「ええーと……、偽らないのがお嬢様のいいところですわ」

「……クラヴィス様が見初めたのってやっぱりお嬢様のそういうところかしら?!」

「ええーと、よく言えば正直なところ?」

「悪く言えば取り繕えないところ?」

「……う、裏表がなくて、素直、ってこと、よね?」


「…………あーあ、でもこの分だと、お嬢様はきっと無事ご結婚、になるわよねー。あたしにも白馬の王子様が現れないかしらー」

「マリーさんだったら白馬の騎士様だったら現れるんじゃないですかー?」

「ウチの親族みんな騎士だから、騎士に夢は抱いてないの……」

「あー。でもそういうのありますよね! わたしも家が商家なんで、金持ちの商人には夢をもてませんー」

「えー、いいじゃない、裕福な商人のところに玉の輿!」

「えー、騎士様のほうがいいですよおー、絶対!」

「ないものねだりですわね」

「そういうハンナはどうなのよー」

「あっ、ハンナさん最近、クラヴィス様の執事の方とちょっといい雰囲気ですよね?!」

「な……っ」

「えっなにそれ詳しく?!」

「あのですね、ハンナさんこの前、クラヴィス様付きの執事の方に、お菓子頂いてたんですよ!」

「えーっ?! ハンナあんたホントなの?!」

「やっ、ちが、違います、ヘッセさんはそういうのじゃなくて、ただクラヴィス様がお嬢様にって手配されたクッキーが余ったからってお分けしてくださっただけで……っ」

「ヘッセさんって言うんだー? 知らなかったー」

「どんな方なんですかー?」

「だから、ち、違うんだったらー!! 大体ね、他所の執事の方なんてそんな……」



 ……賑やかな乙女たちの語らいは、夜が更けるまで続いたそうな。



というわけで、○○は見た、はおしまいです。

賑やかかしまし娘たちはいかがだったでしょうか。

会話のみ、って超難しいですね……! 難産でした。


アウローラは伯爵令嬢にしちゃ侍女が多い(ように見える)んですが実のところ、専属はハンナひとりで、あとは普段侍女を必要としてない母親付きの侍女とか、専属ではないけど刺繍の得意な侍女とかがローテーションで何人かついてるんですよ、というどうでも設定がありましてね……



そうそう、昨日、『指輪の選んだ婚約者2』が発売になりました。

よろしかったら、書店でどうぞ!

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