とある子爵令嬢は見た!
この章は本編には出てこないいわゆる「モブ」な人たちから見た、本編中のアウローラとフェリクスを追っかける1話完結型の小話集です。5本程度投稿の予定。
……夜会? ラエトゥス公の?
ええ、もちろん参加していたけど。ダイアン、貴女出ていなかったの? まあ、そうだったの。それは残念だったことね。素晴らしい夜会だったわよ!
でも、どうして急に? ……ああ! 分かった、クラヴィス様のお話を聞いたんでしょう! それを聞きたいのね? もう、貴女ったら、ホントに噂話が好きなんだから! でも、それならわたくしに聞いて正解よ。だってわたくし、運良くポルタ伯爵令嬢の近くにいたんですもの!
とは言っても、わたくしもずっと見ていたわけじゃあないから、すべてをお話できるわけでもないんだけれど。だってね、わたくしその時、ダンスに疲れて、飲み物を飲もうととしていたところだったの。ロイが甘酸っぱい果実水を持ってきてくれて――ああ、違うわよ婚約者じゃないわ、従兄弟よ従兄弟! 誓って本当! ――ええと、そう、果実水を受け取ったところでね、急にあたりが静かになって。なにかと思ってあたりを見渡したら、クラヴィス様が目の前にいらっしゃったの。わたくし、本当にびっくりしたわ! クラヴィス様って、ルナ・マーレ様の弟君でしょう。ラエトゥス公にとっては義弟ですもの、主催者のところにいらっしゃるはずの方が、どうしてこんな壁際に? って!
……それにしても、クラヴィス様って本当に、お美しい方よね。間近で見てしまったのだけれども――ええ、あんなに近くで見たのは初めてよ! ダイアン貴女、お側で見たことがあって? ふふふ、羨ましいでしょ。でも、目が眩むかと思ったわ。浮かれたところの少しもない、青い瞳が冷ややかで、銀の髪も輝いてらして。お衣装もモードでエレガントで! よく通るお声もひんやり冷たくてね。さすが、白銀の騎士、月光の貴公子様。魔法種族めいた美貌って言われるのは伊達じゃあないのよ!
ああ、あの冷たい目で睨まれてみたい……想像するとゾクゾクしちゃう。……やだ、そういうアレじゃあないわよ! 下世話ね、もうっ。
ええと、どこまで話したかしら。……あらやだ、まだ入り口じゃあないの。
それでね、何事かしらと思って、わたくしクラヴィス様をじっと見ていたのよ。そしたらね、クラヴィス様は、ポルタ辺境伯のご令嬢をじっと見ていらっしゃったの。
ポルタ辺境伯のご令嬢はアウローラさんとおっしゃるのだけど……あら、知っているの? わたくし、面識がなかったのよ。ほら、ポルタ辺境伯もご令息も、あまりアウローラさんをお連れにならないでしょう。とても可愛がっていらっしゃって、ポルタ領から滅多に連れ出さないのですって。なのにその日は、アウローラさんが一人でいらしていて。ポルタ家で何かあったのじゃないか、ってアンナ・ニーナが言っていたわ。あの子本当に情報通ね。
アウローラさんのお見かけ? そうねえ……特別美人、という感じではなくて、ごく普通の伯爵令嬢、といった感じだったのけれど、雰囲気の良い方だったわ。ヒトが悪そうな感じも、媚びた感じもしない方。ほら、いるでしょう、男性の前で猫をかぶるとか、女らしさをこれ見よがしに見せつけようとする人とか、必要以上に賢しらに振る舞う方とか。アウローラさんはそういうのがなさそうな、スッキリした雰囲気の方だったわ。すっと背筋が綺麗に伸びていらして、品のいいドレスを着てらしたわねえ。
ああ、また話がそれちゃったわ。ええとね、そう、クラヴィス様は結構長い間、アウローラさんを見ていらしたの。どんなお顔をされていたかは、見えなかったわ。でもきっと、一目惚れされたんじゃないかと思うのよ。だって本当に、ずうっと、穴が開きそうなくらい長いこと、見つめていらしたんですもの。
でもアウローラさんったら全然気が付かなくてね。ご自身のお手元をじっと見てらしたのよ。――ええ、そう。そうなのよ。貴女も聞いたのね? アウローラさんがあの『指輪』を拾った方だったの。
でも、その時のわたくしは、何がおきたのか知らなかったの。だから、本当に驚いて!
だって、クラヴィス様ったら、ようやく動いたと思ったら女性の――アウローラさんの手を、剣の柄でも握るみたいに、ガシッと掴まれたのよ! アウローラさんも、ものすごくびっくりしていらしたわ。扇子で口元を覆うのも忘れて、口を開けて……分かるわ、突然、美しい貴公子に手首を掴まれたなら、誰だってあんな顔になってしまうわよ。
アウローラさんは、何かしらクラヴィスさまに話しかけていらっしゃったわ。この指輪は貴方のものですか、とか、何かございましたか、とか言っていらしたんじゃないかしらと思うのだけど、残念だけど、あまり良くは聞こえなかったわ。でもね、クラヴィス様の声はよく聞こえたの。
そう、それよ!
『指輪が選んだのは、この人だ!』
『私はこの人を妻にする!』
……って。
わたくし思わず、きゃあ、って声を上げてしまったわ。
だって、クラヴィス様が一目惚れしたご令嬢に、強引に迫ったみたいに見えてしまったんだもの! あの、クラヴィス様がよ? 女性に話しかけられても、最低限のお返事しかくださらない、女性に囲まれてもちらりとも微笑まない、どんな美女が迫ってもあしらわれてしまうというあの、硬派で冷静なクラヴィス様が! まさか勢いで、女性に婚姻を申し込むなんて!
その頃にはもう、クラヴィス様とアウローラさんの周りには、人がぐるっと集っていたの。わたくしの周りにも、わたくしと同じくらいの年の頃の女性がたくさん集まっていたわ。わたくし、最初から近くにいたでしょう? だからみんなに小さな声で状況を説明しながら、クラヴィス様とアウローラさんを目で追ったのよ。
アウローラさんを連れて、クラヴィス様は主催者席の方に戻られて。ラエトゥス公やルナ・マーレ様、いらしていたクラヴィス侯と、お二人は何か会話していらしたわ。アウローラさんはずっとびっくりした顔のままで、クラヴィス様もなんだか緊張したようなお顔をしていらしたわ。
……その頃にはもう、静まり返っていた広間は、もとに戻っていたわ。でもあちらこちらでみんな、興奮したまま、今の出来事を話し合っていたの。自分があの場所に立っていたなら、って悔しがっていた方もたくさんいらしたけれど、もう、誰も彼もがお二人の話で持ちきりだったわ。
そうこうしているうちに、最後のワルツの時間になったの。そうしたらね、お二人がまず、広間の真ん中に出ていらしたのよ! もう、わたくしたち興奮して、踊るどころではなかったわ! クラヴィス様が踊られるところは初めて見たし、アウローラさんもとてもダンスがお上手でね。最初の一曲の間、お二人以外、誰も踊ろうとはしなかったわ。踊るクラヴィス様の素敵なことと言ったらもうね……、一度でいいからわたくしも、あんな美しい殿方に手を取られて、広間の真ん中で踊ってみたいわ。わたくしきっと、年をとっても、あの日のことを思い出して、子どもたちに語るでしょうね!
でもね、アウローラさんも素晴らしかったの。だってあの、あのクラヴィス様と一緒に踊っていて、全く取り乱したところもなくてね。ステップひとつ、間違わなかったのよ。貴族令嬢たるもの、こうあらねばならないわ、とわたくし、強く思ったわ。ああいう方でないと、素敵なご縁を引き寄せることなんてできないのよ、きっと。
まあ、これが、あの夜会の顛末なのだけれど。
……改めて考えたら、本当にびっくりよね。だって、普通に考えたら、こんなの仕込みだって思うじゃない? それが、そうじゃなかったっていうんですもの。クラヴィス様とアウローラさんはあの時初めて顔を合わせた、ってあとから聞いて本当に驚いたわ。……そう、そうなの、みんな茶番だとか仕込みだとか、余興的な演出だとか言っていたのよ。だって、侯爵家のご長男の結婚が、そんな風に決まることなんてありえないじゃない? そうしたら、ルナ・マーレ様が、全てがまったくの偶然で、クラヴィス様が気まぐれを起こされた結果だ、っておっしゃったの。もう、何度びっくりしたらいいのかわからなかったわ。
これこそ運命じゃない? だってそうでしょう?
いつもは夜会に出席されないアウローラさんが出ていたことも偶然だし、指輪がアウローラさんにぶつかったのも偶然。アウローラさんが程よいお年だったことも偶然だし――アウローラさんのお隣にいらしたのは五十代の男爵夫人だったのですもの、危なかったと思うわ――アウローラさんが婚約者にふさわしい身分だったことも偶然――だってわたくしだったら、子爵家ですもの、なかなか難しいものがあったと思うわ――。アウローラさんがご婚約に差し障りのある状態でなかった――まだご婚約もされていないし、恋人もいらっしゃらなかったんですって――ことも偶然で、そしてもちろん、クラヴィス様が指輪を投げられたのも、突発的な、予定外の出来事だっていうんですもの。
もしアウローラさんがどなたかと婚約されていたら、不祥事だったでしょう。お相手が侯爵家以上のご身分だったら、決闘騒ぎになっていたはずよ。偶然の重なりが運命だ、なんて話を聞いたこともあるし、わたくしもそう思う。驚くほどぴったりな方が偶然に現れるだなんて、運命以外の何があるというの? こんなにロマンティックな話、聞いたことがないわ!
――ダイアン、わたくしね、あの指輪が、すごい指輪だったんじゃないかって思っているの。聞いた話なのだけれど、あのとき投げられた指輪はクラヴィス家に歴代伝わる婚礼の指輪なのですって。だからきっと、長年クラヴィス家の方が持っていたことで、魔法具か何かになっていたんじゃないかしらって思うの。ほら、言うじゃない? 優れた魔術師の持ち物に精霊が宿ったり、精霊が生まれたりすることもある、って! ……まあ、やっぱりあるのね! そういえばダイアン、貴女のお家、魔術師の多いお家だったわね。
きっとそうよ! 指輪が、持ち主のために、運命の花嫁を見つけたんだわ!
ああ、わたくしも運命の恋がしたいわ! ねえダイアン、貴女もそう思うでしょう?
お嬢さんたちからみた二人って多分こんな感じだったんじゃないかと思う、という話。
こちらの章は毎回このテイストなわけではなく、三人称だったり一人称だったり伝聞体だったり日記調だったりして、いろいろ遊んでみたいと思います。
……次回は、騎士団ご来訪時の裏話の予定です。




