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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第99話 遠ざかる山小屋

 一度は眠りに落ちた悠貴だったが直ぐに目が覚めた。


 悠貴は上半身を起こして寝室を見回す。ゆかりに治癒魔法をかけていたなつみの仲間の魔法士の姿はもうなかった。良く見ると他のベッドはほとんど埋まっている。


 人数と比べてベッドの数が足りない。1階に簡易的に横になれる様にはしてあったがあくまで仮眠用だった。それを分かっている真美は眞衣とひとつのベッドの中で寄り添い合って寝ている。


 寝つけそうにない。思った悠貴はベッドを出て1階へ向かう。階段を下りながら耳をすませるが特に人の声はしない。


 階段を下りてきた悠貴を迎えたのは宗玄だった。宗玄は暖炉の前で縄で束ねられた薪を椅子代わりにして腰かけていた。


「おお、羽田君じゃったか……。もう体は大事ないかの?」


 頷く悠貴に、火にあたれ、と勧める。暖炉の横に立て掛けられていた薪の束を宗玄と同じようにして椅子代わりにして悠貴も腰かける。


「住職が火の番だったんですね……。あの、なつとか他の人は?」


 なつ……、と言われ、はて、と返す宗玄。


「あぁ、教官殿のことじゃな……。連れてきた魔法士の人たちと見回りに行くと言って出ていったよ。あとは……、ほれ」


 宗玄が目で示した方を見る悠貴。部屋の中心に置かれた円卓。突っ伏して寝ているのは琥太郎と憲一だった。2人とも毛布を首もとまで掻き寄せている。


 悠貴は暖炉の方へ向き直る。宗玄が暖炉の中の薪をいじる。細くなった薪を横に寄せると薪は乾いた音を立てて折れた。火の粉が静かに舞い上がる。




「何を悩んでおる?」


 唐突に宗玄にそう言われて悠貴は困惑した。悩んで、と言われても心当たりがなかった。怪訝そうにする悠貴を見て宗玄は笑う。


「ほっほっほ。まだ気付かんと見えるの。頭でそうと気付く前に顔に出ることがある。寺の住職なんて言うと偉そうに聞こえるが要は愚痴聞き屋じゃよ。ご近所から持ち込まれる相談事は絶えない。そうやって人の相談に耳を傾ける内にな、人は、自分でも気付いていない感情が所作や表情に出ることがあると分かってきたんじゃよ。今のお前さんのようにな……」


 悠貴の瞳に暖炉の揺らぐ火が映る。



(俺が……悩んでいること……)


 悩みかどうかは分からないが、突如込み上げてきた感情があった。悠貴はそれを口にする。


「住職……、俺、強くなりたいです……」


 ほう、とだけ返した宗玄は穏やかな笑みを浮かべながら暖炉を見つめる。


「なぜ、とは聞かないんですね……?」


「ほっほ。人が強くなりたいと口にするときの理由は相場は決まっとる……。愛、じゃよ」


 愛、とだけ呟いた悠貴に宗玄が続ける。


「そう……、愛、じゃ。愛する者を守りたいと思ったとき。守っていきたいと思えるくらい愛する者ができたとき。それと……、自分への愛が強くなったとき。その愛すべき自分が傷つけられて守りたいと思ったとき……。そういう時、人は強くなりたいと願うんじゃよ。人は、それぞれ、色んな理由で強くなりたいと願うが、その理由は最後には他人への愛か自分への愛のどちらかに辿り着くものじゃよ」



 そうかもしれない、と悠貴は思った。


「俺は……、守りたいような誰か、が思い浮かびません。てことは……、俺は、俺のために強くなりたいんですかね……」


 悠貴にはよく分からなかった。それでも、確かに考えてみると、こうやってなつみに助けられ、何も出来ない自分に対する怒りがあった。



「自分の為に強くなろうとすること……、それ自体は決して悪いことではあるまい。結果としてそれが周りを助けることもある。じゃが……」


 宗玄は目線の先を暖炉から悠貴へ変える。僅かに顔を引き締め、


「自分のことを愛して求めた強さの先に、その者が求めた答えがあるとは、ワシには到底思えん」


 と言い、また暖炉の方を見た。足元の細い鉄棒で暖炉の中の薪をいじる。




「住職は……、なんで魔法士になろうと思ったんですか?」


 暖炉の中をいじっていた宗玄は悠貴の言葉にふと手を止め考え込む。


「実はな……、ワシにもよう分からんのじゃよ。いや、理由らしきものじゃったら並び立てることはできるんじゃが……。まあワシのような凡人が思う理由じゃ、凡百なものじゃろう。そうじゃな……、むしろ凡百なものであってほしいのぉ」


 どこか寂しそうに笑いながら宗玄はそう言った。怪訝そうにする悠貴に宗玄は続けた。


「いやぁ、すまんすまん。歳をとると説教くさくなる上にどうも言い方が迂遠になる。いずれ、お前さんにならそのあたりの理由を話すことができる日がくるかもしれんのぉ。おや……」


 宗玄が振り向く。玄関のドアを開ける音が聞こえたからだ。


「うぅ……、寒いぃ……。なつ、寒いの苦手……。いっそのこと魔法でこの辺りの雪を一掃してやろうかしら……」


 震えるなつみはローブにつく雪を払い落とす。そうして部屋を見たなつみの目に悠貴の姿が映った。



「あ、せんせー。ちょうど良かった! 明日、研修施設に帰れるわよっ。まあ、正確には施設の近くまで……だけど。迎えのヘリが来るわ」


 なつみが腰に手をあてて自慢げに悠貴にそう言った。立ち上がる悠貴。


「そうか! なつ……、ありがとな!」


「もっと超絶感謝してくれてもいいのよ? あー、これでせんせーに貸しを作っちゃったわねぇ。いつかちゃんと返してねっ」


 軽やかな足取りでなつみは階段をかけ上がっていった。そのなつみの後ろ姿を見つめる悠貴。振り向いて宗玄を見る。


「やりましたね、住職」


「うむ。じゃが……、先ほどの教官殿の口ぶりからすると、直接施設に向かう訳でもないようじゃの……」


 それでも、取り敢えずは良かったと悠貴と宗玄は喜びあった。2人は暖炉の前で語り合いを続けた。施設に戻ってからのこと。今回の研修のこと。宗玄の地元のこと。


 疲れが見えてきた悠貴に休むように勧める宗玄。2階へ上がる悠貴の背中が見えなくなり、1階を見回した。


 なつみと共に戻ってきた魔法士が壁に寄りかかって休んでいる。円卓に突っ伏している琥太郎と憲一は微動だにしなかった。




 宗玄は独り、暖炉に向かう。


 火の揺らめきを見つめる宗玄。魔法士になる理由。悠貴に尋ねられ改めて考えてみる。


(わしの、いや、わしらの想い……、お前さんのような前途ある若者が継いでくれれば……)


 宗玄は先程までそうしていたように、足元に置いてあった棒で薪をいじり火を加減する。宗玄の、ふぅ、と静かに吐く息に、微かに震える声が混じる。瞳にはうっすらと滲むものがあった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「やったぞー! 助かったー!」


 空に向かって叫ぶ俊輔。他の研修生たちからも歓声が上がる。


 はいはい、と手を叩くなつみ。


「俊君落ち着いて、皆も。気持ちは分かるけど、まだ敵の襲撃があるかもしれないし安心は出来ないわよ……。 迎えのヘリが来る所まで案内するから出発の用意を急いで!」


 なつみの声に研修生と魔法士たちが慌ただしく動き始める。残っていた食料や使えそうな物をかき集める。ゆかりや佑佳はまだ十分には動けなかった。2人に悠貴や真美が肩を貸し、一行は森を進んだ。



 なつみとその仲間の魔法士たちを先頭に悠貴たちは森を進む。てっきり山を下ると思っていた悠貴だったが、実際には山を登っていった。


 途中、池の畔を通り過ぎる。


「ここって……、あの、私たちが話した所ですね……」


 横に並ぶ眞衣にそう言われた悠貴は、眞衣と2人で話したときのことを思い出す。


(そう言えば……、何かもう色々あり過ぎて忘れてたけど、こいつとは……)


 聖奈を人質にとって対峙した時の面影は今の眞衣にはない。悠貴の横で機嫌良く歩く眞衣。雪に足をとられ、転びそうになる。


「わわっ、えへへ……」


 悠貴を見上げてはにかむ眞衣。





 悠貴たちは池から更に森を進む。そうして進んだ先、唐突に森は途切れ、平坦な雪原が広がっていた。


 なつみの傍らにいた魔法士のうちの2人が、それぞれ火と風の魔法で雪を溶かしたり払ったりしていく。


 程なくして大型のヘリが姿を表した。悠貴たちの頭上で暫くホバリングした後、魔法士たちが雪を無くした場所へゆっくりと降りてきた。


 地上へ降り立つヘリ。中から出てきたのは特高の制服を着る男だった。険しい顔つきで悠貴たちに近づいてくる。


 なつみの前まで進む男。

 なつみはその男に感情を含まない業務的な声で、ご苦労様、とだけ言った。



「これは後で問題になりますよ……。わ、我々は貴女に脅されただけで責任は……」


 言いかけた男をなつみは目で黙らせる。


「責任……ねぇ。あのさ、後のことなんて考えてる余裕、ないんじゃない? ここでなつの言うこと聞かなかったら……、一瞬で黒こげになるわよ? それって後で責任云々ってことよりも貴方たちにとって大事なことだと思うんだけどな」


 低く言ったなつみに特高の男は、ひっ、と甲高い声を上げ、出立の用意をするよう部下に命じた。



 その様子を満足そうに見つめるなつみ。そのなつみの横に並んだ悠貴の顔がひきつる。


「なつ……、詳しくは分からないけど、いいのか? こんなことして……」


「いいのよ、これで……。出来ればあんな奴らの力は借りずに皆のこと助けたかったんだけど、流石にこの人数を運ぶとなるとね……」


 そこまで言ってなつみはその場にいる全員にヘリに乗り込むように告げる。なつみたち魔法士、悠貴たち研修生を収容したヘリが飛び立つ。



 悠貴は窓から下を眺める。

 どこまでも白く、広い世界。山々の間を縫うように沢が流れていた。そのうちの一筋の沢に沿って目を移していく。



(あ……)



 さっきまでいた山小屋(コテージ)があった。あの場所に辿り着けなければ、自分たちも真美たちも確実に死んでいた。


 その山小屋で影の獣たちに襲われ、ほんの一時とは言え、眞衣たちとは敵対もした。良い思い出ばかりとは言えない。それでも遠ざかっていく山小屋を悠貴は寂しく思った。






「おい! 見ろよ!」


 俊輔の声に研修生たちが一斉に外を見る。

 研修施設が見えてきた。


「わぁ……、こうして見るとホント広いんだね。まだ遠いのにあんなにはっきりと。中にいると分からないものね」


 悠貴は真美の言葉に頷きながら施設を見た。

 本当に広い。そして、その周囲を囲う塀。この距離でも塀の高さが分かる。




 なつみの言った通り、ヘリは一度は近づいた施設を視界にとらえながら、遠ざかる。施設から離れた森の中に仲間たちを待機させているとなつみは言った。




 広がる白銀の森。


 速度を落としたヘリが降下していく。


 悠貴は窓から下を覗く。雪に覆われた森の中、開けた場所があった。


 着地するヘリ。

 まずなつみと仲間の魔法士たちが降り、研修生が続いた。


 雪を踏みしめ、ヘリから離れる悠貴たち。悠貴の目にある1人の人物の姿が入ってきた。


「悠貴さん!」


 そう叫んで悠貴に駆け寄ってきたのは侑太郎だった。雪に足を取られながら駆け寄った侑太郎は悠貴の手をとった。


「うぅ、悠貴さん……、皆さんも……よくご無事で……。なつさんにはここで待てと言われてたんですが気が気じゃなくて……」


 涙ぐむ侑太郎。その侑太郎になつみは手に持っていた荷物を押し付けた。


「はいはい、そう言うのは後でやって。怪我人もいるから手伝って」


「はい!」


 侑太郎は自分と同じように待機していた魔法士たちと直ぐに動き出す。魔法士たちがゆかりや佑佳に肩を貸し森へ向かって歩き出す。



「あ、侑太郎、テントはもう大丈夫?」


 なつみが侑太郎を呼び止める。


「もちろんですっ。ただ、見つからないよう少し森の奧に入ったところに……。なので少し距離がありますが我慢してください。さあこちらです!」


 言って歩き出そうとした侑太郎をなつみが制す。


 特高の男が近づいてきた。

 なつみの前まで進み、男は強張る表情で口を開いた。


「も、もうこれでいいか? 我々が出来るのはここまでだ……」


 なつみは男を目で刺しながら口を開いた。


「えぇ、ご苦労様。ありがとう。もう行って良いわよ。あ、分かってると思うけど……このことは秘密よ? 貴方たちは定時訓練の途中、不具合でたまたま2回だけ不時着した……。ただそれだけ。これは脅しじゃないわよ、なつ、有言実行がモットーだから……。バラしたら貴方と貴方とお仲間は間違いなく炭になる。足元から焼いてあげるわ……。そうやって自分の体が炭になっていく光景を見て、グリルされる魚の気分を味わいたくなければ一生黙ってなさい」


 青ざめた男はヘリへ向かって駆け出した。途中、雪に足をすくわれた男は這いつくばるようにしてヘリに乗り込む。ヘリは直ぐに上昇し、空に消えた。



 ヘリが消えていった空を見続けるなつみに悠貴が恐る恐る尋ねる。


「なつさ……、ホント、大丈夫なのか? 特高の連中にあんな啖呵(たんか)きっちゃって……」


 ふん、と悠貴の方を向くなつみ。


「……良いのよ、あんな奴ら……。普段から好き放題やってるんだから、たまにはこれくらい言ってやらなきゃ! ふー、なんかスッキリした! やっぱり言いたいこと言うっていうのは気持ちいいね、せんせっ。あ、それよりも早くテントへ行きましょう! 怪我人だっているんだし……、これまでのこと、これからのことを皆に話さないと」


 なつみは改めて侑太郎に先導するように伝える。侑太郎を先頭に一行は森へ入っていった。

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は1月1日(金)の夜を予定しています。



次回は節目の100回となります。物語的には特に節目というわけではありませんが……。


活動報告でここまで来れたことへの皆さま方へのお礼などお伝えさせて頂ければと思います。



宜しくお願い致します!

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