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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第92話 カルネアデスの板 Ⅶ

「それで……、何とか逃げ切って……、ここに辿り着いたのか……」


 悠貴は言いながら暖炉を見た。

 暖炉からするパチパチという火の音に混じって外から風の音が聞こえた。悠貴は立ち上がって歩き、カーテンを少しだけ開けて外の様子を窺った。暗くて良く見えないが吹雪いているようだった。



 振り返って円卓に戻ろうとした悠貴に、真美は目線を下に落としたまま口を開いた。


「私たちが……、ここに辿り着けたのは本当に運が良かったのよ……。G4の人たちから逃げて、私たちは方向を見失ったの。必死で逃げて……、それで、やっと、もう追ってこないって分かって立ち止まった時には自分たちがどこにいるのか分からなくなってて……。大体の地形から元にいた岩場に戻ろうかとも考えたけど、そうすると1日以上かかっちゃう……。佑佳と憲ちゃんを支えながらじゃ絶対に無理。それで、私たちが目指していた避難場所(シェルター)と同じような所が他の山の中にもあるかもしれないって……」


 腰かけて真美の話を聞く悠貴。悠貴には真美に掛ける言葉がなかった。この雪山で何の道標(みちしるべ)もなく、水も食料もなく、2日間さ迷った。魔装と治癒魔法がなければ、少なくとも佑佳と憲一は駄目だっただろう。魔法士(まほうつかい)だからこそ彼ら5人は生き延びることができた。



 そうやって絶望に握り締められながらここに辿り着いた。



 改めて悠貴は自分たちがした選択は正しかったのだと思った。思えた。



「だからね……、悠貴君も、他のG1の人たちも……本当にありがとう。私……、本当にもう駄目だと思ったんだ。口では皆を励ますようなこと言ってたけど……、心の中では、ああ、私、ここで死んじゃうんだな……って。もっともっとやりたいこと、あったのにな……って」


 真美の瞳から溢れた涙が頬を伝って(したた)り、円卓の木目に染みていく。


「それに……、私……、リーダーなのに……、一番年上なのに、全然、頼りにならなくて……、皆のこと助けてあげられなくて……」


 言葉に詰まる真美。

 震える自分の体を抱き締めて、ごめん、と繰り返す。


「そんなに自分のこと、責めるなって……。真美は自分に出来ることはちゃんとやったと思うし、それに、こうして助かったんだからさ……」


 真美は嗚咽を漏らして頷く。


 その真美を見ながら(いきどお)る悠貴。

 真美たちがヒントに気付き、目指していた避難場所(シェルター)。その避難場所を奪ったG4。彼らにしてもさ迷っていたのだし、気持ちが分からないでもない。しかし、それでももっと別の方法があったのではないか……。仲間同士で傷付け合わずに、助かる方法が。



 怒気に震える手を押さえながら、悠貴は真美が落ち着くのを静かに待って口を開いた。


「それで……、G4の人たちは……?」


「分からない……。私たちは逃げるのに必死だったから……。でも、避難場所は私たちが戦った場所からそう遠くなかったはずだから、たぶん無事に着けたんじゃないかな……」



 そうか、とだけ返して悠貴は俯く。

 G4の5人と再び会った時、自分は今の気持ちを抑えることができるだろうか……。






「うー、さみぃさみぃ……」


 山小屋(ロッジ)のドアが開いて、俊輔が入って来た。雪を落としながら入ってきたが、それでもローブに雪が残っていた。


「おう、俊輔。見回りお疲れ。異常はないか?」


 悠貴は真美をちらりと見た。俯いている真美の背中は小さい。悠貴は真美に、もう寝た方がいい、と声を掛けた。頷いた真美が2階へ上がる。


 俊輔は真美の足音が聞こえなくなった辺りで悠貴に答えた。


「ああ。と言っても外は真っ暗だからな、様子を窺うくらいしか出来ないけどよ。取り敢えず山小屋の周りには何もいなかったぜ」


 言った俊輔は体を(さす)りながら足早に暖炉の側まで行く。薪を椅子代わりに座る。その俊輔の横に座る悠貴。俊輔は脱いだ靴を暖炉の前に置いて乾かし、冷えた足を暖めている。



「真美たち、G4の連中にやられたみたいだ……」



 悠貴が重々しく口を開いたのとは対照的に俊輔は、だろうな、とやけにあっさりと答えた。悠貴が俊輔を見る。


「いや、俺だってG4が……ってとこまでは分からなかったけどよ、同じ研修生がやったんだろうなとは思ったよ。この雪山で、ローブが焦げて火傷するなんて……、魔法以外に考えられないだろ……」


 俊輔がなんとも言えない表情でそう言って、それを見た悠貴は暖炉に目を移した。


 火は静かに音をたてて揺らいでいる。火は俊輔が魔法で点けた。こうして今は自分たちを暖めてくれている同じ火の魔法が人を傷つけた。


 火だけには(とど)まらないかもしれない……。何しろ、8つのグループに避難場所(シェルター)が4つ。同じ避難場所に辿り着くように仕組まれているかもしれないし、真美たちのように偶然、他のグループと遭遇したり、他のグループの避難場所へ辿り着いたりする可能性もある。

 誰だって生き延びたい、助かりたい……、争いが起こるのは当然だ。思った悠貴はやるせない気持ちで暖炉の火を見つめた。



「何でさ、こんなことになっちまったんだろうな……。俺たち40人、ただ魔法士になりたいってんで、この研修に参加しただけなんだけどな……。同期の仲間だろ……、何で殺し合わなきゃいけないんだろうなぁ……」


 (おもむろ)にそう口にした俊輔。俊輔も悠貴と同じように暖炉の火から目を動かさない。


 少しの沈黙があって、俊輔が続ける。


「なぁ、悠貴さ、もしもの話なんだけど。もし、ここにもう1グループやってきたらどうする? 可能性としてはなくはないだろ? さすがに食料のことなんか考えても、もう5人は無理だ……。頭ではそう思っても、じゃあいざそうなった時に、俺はそいつらに魔法をぶっ放して追い払えるかって言われると、よく分からねぇ……。お前はどうだ?」


 悠貴は俊輔に言われて考えてみる。俊輔の言う通りもうここには収容できない。残る選択肢は、辿り着いたグループにここを去って貰うよう伝えるのみだ。もし奪いかかってきたら応戦するしかない。しかし……。


「その時になってみないと……、分からないな……」


 答えた悠貴に俊輔も、だよな、とだけ応じた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 翌日。


 G1の5人が交代しながら深夜まで治癒魔法を施したの甲斐もあり、深手を負った憲一、佑佳が目を覚ました。




「しかしよぉ、自分で言うのも変だけどさ……、魔法士ってすげぇよな。瀕死だった2人を一晩でここまで治しちまうんだからよ」


 感心したように頷きながら話す俊輔。


 真美たちG3の5人は肩を寄せあって憲一と佑佳の無事を喜んでいる。




「ごめんね……、真美。心配掛けちゃって……、ありがとう……」


 まだ体を起こすことができない佑佳はベッドの中から真美に涙声で話す。


「うんうん……、佑佳が無事で、それだけで私は……。それに、私は何もしてないの……。G1の人たちが助けてくれたんだよ……」



 G3の5人だけにしてやろうと、介抱していた宗玄と俊輔、ゆかりは部屋を出た。



 真美は経緯を話す。憲一と佑佳はG4の攻撃を受けた辺りからの記憶が無かった。目指していた避難場所(シェルター)へ向かうのは諦め、雪山をさ迷い、この小屋へ辿り着いた。中には既に悠貴たちG1の5人がいたが、悠貴たちの方から協力しようと言ってくれたことを伝える。



 真美は嬉しかった。

 絶望しかない状況。山小屋(ロッジ)を見つけ助かったと思った矢先、既に中に人がいることに気づいた。中に誰がいるのか分からない。G4とのこともあり、おいそれとは近づけなかった。寒さと疲労が体力と魔力を奪っていく。時間だけが無駄に流れていく中、悠貴たちが出てきて救ってくれた。それが、どれ程嬉しかったか。



 真美は揚々と語ったが、それに対して佑佳と憲一、そして眞衣は何も言わなかった。


 語り続ける真美に佑佳が割って入る



「あのさ……、真美。何であの人たち、私たちを助けてくれたのかな……」


 唐突に挟まれた佑佳の言葉の意味を真美は量りかねた。


「え、なんでって……」


 そうは言った真美だが、何故と言われてもその答えが上手く見つからなかった。答えに詰まる真美。佑佳の横のベッドに横になる憲一が、もしかして、と口を開く。


「油断させておいて、新本たちみたいに俺たちを攻撃してくるんじゃ……」



 真美は目を見開いて立ち上がる。


「馬鹿なこと言わないで! そんなわけないでしょ!? 一晩中佑佳と憲ちゃんを介抱してくれたのに……、食べ物だって分けてくれて……」


 真美が必死に反論する。

 そう、あり得ない。大体、もしそうなら始めから山小屋(ここ)に入れてくれる筈がない……。傷だらけだった自分たちだ。山小屋の中から魔法を少し射掛けるだけで自分たちは退散するしかない。



「真美の言う通り、取り敢えず今は助けて、協力してくれているよな……。でもさ、いざ食料が少なくなってきた時に、それでも俺たちのこと、助けてくれるのかな……」


 琥太郎がボソッと呟くように言った。


 佑佳と憲一は気を失っていたから仕方ないが、琥太郎は自分と同じで、悠貴たちG1の5人がどれほど献身的に自分たちに尽くしてくれたかを見ていた筈だ。その琥太郎の口から彼らへ向けての懐疑的な言葉が出た。


 そんな……、と言葉を失う真美。


 どうして助けてくれたのか……。その問いに、仲間だから……と口を開きかけた真美。しかし、実際には仲間であってもG4からは殺されかけて避難場所を奪われた。


 視線が泳ぐ真美。

 救いを求めるように声を上げた。


「ねぇ! 眞衣なら分かるよね!? 悠貴君たちが私たちのこと、どれだけ必死に助けてくれたのか!」


 佑佳や憲一とは違って眞衣は朦朧としながらも意識を保ってここまで来た。眞衣はG1の5人が自分たちにしてくれたことを見ている。その眞衣ならきっと自分たちを包みかけている疑念を追い払ってくれるだろうと真美は眞衣の言葉を待つ。



 眞衣は窓辺に(たたず)んでいた。叫ぶような真美の声に応じて、振り向き、そして、静かに言った。



「私は、もう、誰も信じない……」

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は11月30日(月)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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