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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第91話 カルネアデスの板 Ⅵ

 真美たちが目印にしていた頂部が平らかな丘に登り、そのまま遠くに見える山を目指して一行は進む。地図の通りだとすれば、あの山に避難場所(シェルター)がある。



 陽が傾き始め、辺りを吹き過ぎていく風が冷たさを増していく。その中にあっても一行の先頭を進む新本は揚々としていた。


「おお、霞む程度に見えていた山がもうこんなに……。いやいや、避難場所(シェルター)とやらがどれ程のものかは知れんが、早く一息つきたいものだね」


「はははっ、まさにまさに。それにしても、あのボロ小屋からこんなに直ぐに避難場所(シェルター)まで辿り着けるとは……。流石は新本さんですよ」


 新本にそう迎合した男と真美は話したことがなかった。G4の研修生には中野と呼ばれていた。見た目は30代半ば。どこか演技がかった口調で新本に追従している。


 その2人の少し後ろを廣田がただ前を見据えて歩いている。G4のリーダーは廣田だったが、率先するのはいつも新本だった。新本が荒唐無稽に過ぎる時には流石に廣田も口を挟むが、そうでなけれな新本の意見を追認している。いまいち何を考えているか分からない。


 その廣田の後を眞衣の友達の(さかき)梨子と、三條陽菜乃が歩いている。梨子は自分の後ろに続く眞衣のことが気になるのか、時折振り返っては眞衣に向かって手を振っていた。



 真美は陽菜乃を見る。

 新本や、それに付き従うだけの中野にははっきりとした嫌悪感を持っていたし、前から同じリーダー仲間として知っていた廣田にも良い印象はなかった。

 しかし、陽菜乃にはそれとは違った不気味さを感じた。今も風に混じって陽菜乃の鼻唄が聞こえてくる。避難場所(シェルター)まではあと少しとは言え、あの余裕はどこから来るのだろう……。



 疲労から視線が下に向きがちな真美。ふと空を見る。傾いた陽がはっきりと西の空に移っていた。



 先を進んでいたG4の最後尾だった梨子が何度かチラチラと真美たちの方を振り返る。そして意を決したようにして立ち止まり、真美たちの方に近づいてきた。


「真美さん……。あの、なんだかすみません……。私たちのグループの人たちが、その、迷惑かけちゃって……」


 申し訳なさそうに梨子が口を開く。水の地図に気づき、避難場所までの道筋を知っていたのはG(グループ)3。今ではG4が先を進み、G3がそれに続く形になっていた。


「そんなことないよっ。気にしないで、梨子ちゃん。それに……、グループは違うけど、みんな同じ魔法士の研修生の仲間なんだから」


 真美の言葉を聞いても表情の晴れない梨子。(うつむ)き加減に歩く梨子に眞衣が抱きかかる。


「そうだよ、梨子っ、気にしないで! きっと避難場所に着けば、全部解決するんだからさ!」


 言った眞衣は梨子から離れ、拳をつきだした。梨子はクスッと笑い、眞衣と同じようにして拳を作る。拳を突き合わせる2人。そのままハイタッチをして2人は笑い合った。


「あ、これ私たちの部活でやるやつなんですっ。私たちの同じテニス部で……、しかも、りこと私、ダブルスのペアなんですよ!」


 真美の視線に気づいた眞衣が説明する。本当に仲が良いんだな、そう思った真美は目を細める。




 唐突に、近くを歩いていた憲一が口を開いた。


「でもさ……、避難場所(シェルター)って何人用なんだろうな。全部のグループが1ヶ所に集まるんなら良いけど……、ひとグループに避難場所(シェルター)がひとつだったりしてな……」


「ちょ、ちょっと、憲ちゃん!」


 真美が憲一に(とが)めるような目線を送る。真美は、大丈夫だから気にするな、と梨子に声を掛けようとしたが、既に梨子の顔は青ざめていた。


「た、確かに……。だとしたら、中にある食料とかも5人分しか……」


 梨子が口にした可能性は真美も考えていた。わざわざ研修生たちはグループ単位に分けて雪山に捨て置かれた。その経緯(いきさつ)からすれば、避難場所にしてもグループ単位である可能性は高い。


「で、でもね、梨子ちゃん。まだそうと決まった訳じゃないし……、確かめてみないと分からないから……」


 真美は梨子にそう話しながら、頭では逆のことを考えていた。避難場所(シェルター)に着いてから1グループ5人しか助からないのだと分かっても遅いのだ。しかし、だからと言って解決策は思い浮かばない。そうやってただ黙々とここまで歩いてきた。



 それ以上なにも言えなくなってしまった真美を見る梨子。


「ねえ、梨子……。大丈夫……、きっと大丈夫だから……、まずは避難場所行こうっ?」


 と眞衣が梨子の肩に手を置く。梨子は眞衣を見返すが、視線は泳ぎ、涙目になっている。



 その梨子に真美は何か声を掛けなければと考えるが……、言葉が出てこない。



 下を向く真美の目に入る、茜色に染まる雪。

 足元から伝ってくる冷気が幾重にも自身を包んでいるように感じる。




「どうした?」


 その茜色の雪に影がさす。真美は声から影の主が誰かは分かった。だからこそ中々顔が上げられない。


 近寄ってきた廣田は自身の問いに何も答えないで(うつむ)いたままの真美に更に一歩近づく。


 一行の先頭では新本が中野を従え、なぜ、足を止めているのかと不機嫌そうに真美たちの方を振り返っている。



 真美は廣田からの「どうした?」の問いにやはり何も答えることが出来ない。避難場所(シェルター)には定員があるかもしれない。自分たちが最初に見つけたのだからG4の5人には他の避難場所に向かうように伝える、逆に、この避難場所は譲り、自分たちは改めて他にあるかもしれない避難場所を探しに出る……。


(どっちも……、有り得ない……)


 思った真美だったが、考えれば考える程、このどちらかしか有り得ない気がしてくる……。


 真美は俯いたまま震えた。






 あの、と梨子が口を開く。真美と廣田が同時に梨子を見た。


「廣田さん! あの、私たちは……、別の避難場所へ向かいましょう!」


 廣田は怪訝そうな表情で梨子を見据える。榊君、と梨子を呼び、ため息混じりに続ける。


「何を言ってるんだ? 避難場所はもうそれ程遠くない。暗くなる前には着け……」


「そうじゃないんです! あの、その……、避難場所に着くことが出来ても……5人しか助からないんです!」


 廣田の射抜くような視線に臆しそうになり、それでも何とかして張り上げて言った梨子の声に応じたのは新本だった。


「な、なんだと!? どういうことだ、説明しろ!?」


 新本が梨子に詰め寄る。新本の圧に一歩下がった梨子だったが新本に応じる。


「言葉のままです……。眞衣ちゃんたちが見つけた避難場所(シェルター)。助かるのは5人……」


 新本が(わめ)き、中野は明らかに狼狽している。動揺するのはG3も同じだった。眞衣はただ黙って梨子を見ているが、佑佳や琥太郎、憲一は、どうするんだ、とばかり繰り返す。



 辺りを包む不穏な空気に、真美は改めて己の愚を悟る。早い段階でこのことをちゃんと話し合っておくべきだった。まだ、あくまでその可能性があるだけだ、そう周囲を(なだ)めようと真美が口を開こうとした時、


「確かにね……、梨子ちゃんの言う通りだわ。どうして気づかなかったのかしら……。1つのグループに1つの避難場所(シェルター)。5人しか助からない、その可能性に……」


 と、陽菜乃がおっとりとはしているが、それでいて良く通った声でそう言った。



 真美は目を見開いた。

 確かに自分も可能性のことを伝えようとはしたが、あの陽菜乃の言い方では可能性を煽り過ぎている。



 陽菜乃の言葉を耳にして更にヒートアップする新本に、梨子はすがりつき声を上げた。


「新本さん、私たち……、他の避難場所に行きましょう!? 今、向かっている避難場所は、眞衣ちゃんたちが見つけた、眞衣ちゃんたちの避難場所です! 私たちはそこに行っちゃいけないんです!」


「離せ! な、何を馬鹿なことを言ってるんだ!? 死にたいのか!? 他に避難場所があるかどうかなんて分からないんだぞ! あったとしてもそれがどこにあるのか全く分からないんだぞ!」



 新本の怒声が辺りに響く。新本の剣幕に、荒立っていた周囲は押し黙る。夕刻の雪原に新本の荒い息だけが伝わる。





「待ってください!」


 声を上げる真美。

 一同が真美を見る。真美は全員の顔を見回して続けた。


「あの、食べ物とか、そういうのを分けあって……、皆で協力し合えば全員が助かるかもしれません! ここで言い合っていても仕方ありません! 私たち……、同じ魔法士の仲間じゃないですか!?」


「し、しかしだな……」


 言いかけた新本だった真美の視線に怖じ気づく。真美は勢いを駆って更に続けようとした。


 しかし。


「なるほどねぇ、真美ちゃん。貴女の言うことにも一理あるわね。ただ……、この先どれくらいこの状況が続くかも分からない中で、5人分しかない食料を10人で分けて、どれくらいもつかしらね……」


 何故か、やはり良く通る陽菜乃の言葉が耳に入り、真美は目眩を覚えた。実際、景色が歪んだように見えた。



(どうしてこの人は……)



 思った真美が、とにかくどうにかしなければと口を開きかけた、その時だった。







 悲鳴が上がった。


 咄嗟に悲鳴のした方を向く真美。悲鳴の主は雪の上に倒れていた。一瞬何が起こったのか、分からなかった。無意識に悲鳴の主、倒れている少女の名前を叫んだ。


「佑佳ー!」


 倒れた佑佳に駆け寄る真美。茜に染まる雪。上塗りを施していくかのように佑佳の血が流れ伝っていく。見ればローブのあちこちが鋭利に切られていた。


 佑佳を抱き抱えた真美は傷口の1つに魔法で治癒を試みる。誰か手伝って……と叫ぼうとしたが声にならなかった。


 傍らに立つ廣田。

 魔装して(ほの)かな光を発しながら、廣田はただ黙って真美を見下ろしている。


「廣田さん……」


 呆然と廣田を見上げる真美。



 新本の上ずった声が響く。


「ひ、廣田君! 一体何を!?」


 その新本の声を拾った真美。思考が停止している。新本が発した言葉の意味を捉えかねるが……。



(廣田さんが……佑佳を……)



 思った真美は震えて佑佳を抱き締める。




 返り血に濡れる廣田は何の感情もない声で新本の方を向き、口を開いた。


「ああ。だって5人しか助からないということだったので……」




「真美! 佑佳!」


 魔装した琥太郎が飛び出し、廣田に向かって魔法を放ち、下がらせる。琥太郎は真美と佑佳を守るようにして立ち、憲一がそれに続いた。



 下がって距離をとった廣田はG4の4人の方を向き、言った。


「新本さん、何を躊躇(ためら)っているんです? 5人しか助からないんですよ? であれば避難場所はこの後も生き延びていける可能性が高い方が有効に使うべきですよ。中高生ばかりのG3よりも、我々のグループの方が生き延びる可能性は高いのでは?」



 言われた新本。徐々にどす黒い笑みが広がる。


「そうだ……。そうだな、そうなんだよ! いや、私もそうするべきだと思っていたんだがね!」


 新本が魔装する。横の中野がこれに続く。



「くらえ!」


 新本が放った火の魔法が合図となり戦闘が始まった。魔法が飛び交う中、真美は動かなくなった佑佳に治癒魔法をかけ、引きずりながら下がっていく。



 攻める廣田、新本、中野に、琥太郎と憲一が応戦する。立ち尽くす眞衣。


「止めて! 皆、止めて!」


 泣き叫ぶ梨子の声は誰の耳にも届かない。



 真美は佑佳の治癒に全力を傾けている。

 隙を見て真美と佑佳に向かって魔法を射掛ける新本と中野。それを琥太郎の(シールド)が防ぐ。


 琥太郎は(シールド)が得意だった。

 しかし、自分を守りながら、一方で真美たちも守るが文字通り防戦一方だった。


 廣田と対峙する憲一。

 実力差は圧倒的だった。風の魔法では悠貴が一目置かれていたが、それに続くのが廣田だった。廣田の攻撃を必死に防ぐ憲一だったが、目が廣田にばかり集中していた。


「横がガラ空きだぞ! 小僧!」



 側面から新本に放たれる火の魔法。憲一に直撃する。


「ギャアーーーー!」


 火に包まれた憲一は真美の近くまで吹き飛ばされた。


「憲ちゃん!」


 叫んだ真美の声に憲一は反応しない。

 プスプスと煙りが立ち上る憲一はピクリとも動かない。


 その光景を目の当たりにした眞衣。憲一に駆け寄って回復魔法をかける。苦しそうに焦げ臭い息を吐く憲一を心配そうに見て、そして梨子に視線を移す。


 梨子は変わらず、止めて、と泣き叫び続けている。


 憲一が倒れ、G4の3人の攻撃を一手に引き受けることとなった琥太郎。仲間たちの様子を見る。


 琥太郎は自身の属性の雷の魔法を放って相手を下がらせ、距離を作る。真美たちに駆け寄り、全員を大きく包む盾を作った。


「真美! ダメだ、 逃げよう! 佑佳も憲一もやられて勝ち目はない! ここで死んでもなんの意味もない!」


 逡巡する真美。


「ま、待って……。まだ……」


 話し合いを……、と続けようとした所にG4が放ってきた魔法が矢のように襲いかかる。


「きゃーーーー!」


 憲一に治癒魔法をかけ続けていた眞衣が叫ぶ。



 その眞衣を見る真美。その眞衣の腕の中で苦しそうに息をする憲一。自身が抱き抱える佑佳は段々と冷たくなっているような気がした。


 真美は目を閉じ、開くと同時に琥太郎に頷き、口を開いた。


「逃げましょう! 生き延びなきゃ……、私たち、生き延びなきゃ……。こんな終わり方……、絶対にダメだから……。眞衣、憲ちゃんをお願い! 佑佳は私が! 琥太郎!」


 

 真美と琥太郎が目を合わせる。


 反撃の無いG3に新本と中野は油断していた。


「ははは、何とも呆気ないものだな」


「いやいや、あいつらが弱かったんじゃなくて新本さんが強過ぎたんですよぉ。ねえ、廣田君?」


 そうやりとりをした新本と廣田が攻撃の手を緩めた瞬間だった。



 真美が『雪』の属性の魔法を全力で放ち、吹雪を辺りに巻き起こす。咄嗟に中野を盾にする新本。悲鳴と共に凍りついた腕を抱えて中野が倒れる。




「おい! 逃げられるぞ! (とど)めを!」


 言った新本が闇雲に魔法を放つが吹雪が周囲を包む。



 真美、琥太郎、眞衣は魔装して深傷を負った佑佳と憲一を抱え、逃れていった。





 吹雪が止む。


 真美たちが逃れていった方向を見据える廣田の横に新本が並ぶ。


「ふぅ……。逃げられてしまったか。まあ、あれではいくらももたないだろう。これで避難場所に入る5人は我々ということで決まったな。しかし、本当に大丈夫なのかね、廣田くん」


「問題ないですよ。緊急避難、ですね。私たちの行動は至極正当なものですよ」


 とだけ言った廣田は踵を返して目標にしていた山へ向かって歩き始める。新本がそれに続く。


 倒れていた中野に陽菜乃が近寄り治癒魔法をかける。起き上がった中野は新本の背中を追っていった。


 それを、ふふ、と見やった陽菜乃。


 梨子は廣田や新本に懇願する。


「お願いです! お願いです! まだ……、まだ間に合いますから眞衣ちゃんたちを助けてあげてください!」


 すがりつく梨子を振り払って廣田も新本も先を急いだ。中野は梨子を一瞥し、新本たちに続いた。


 

 しゃくり上げる梨子。膝をついて顔を覆う。


 陽菜乃は梨子の傍らにしゃがみ、声をかける。


「梨子ちゃんー。大丈夫?」


 梨子は顔を上げ、泣き叫んで(かす)れた声で陽菜乃の顔を見る。


「ひっく、ひっく。陽菜乃さん……。お願いです。お願いですから眞衣ちゃんたちを……。陽菜乃さんと私だけでもいいですから眞衣ちゃんたちを……」


 言った梨子を、陽菜乃はクスッと笑って抱き締める。梨子に這わせた陽菜乃の手が淡く光る。そして梨子の耳元で囁くように語りかける。


「梨子ちゃん、貴女、凄く優しいのね。私……、好きよ、優しい女の子。だから梨子ちゃんのことも大好き。だからね、本当は梨子ちゃんのお願い、聞いてあげたいの。でもね……、ダメなの。だってね……もう暗くなってきたから、避難場所(おうち)に帰らないと……」


 陽菜乃は空を見上げる。夜の帳は下りている。


 一度、ぎゅっと梨子を抱き締める腕に力を入れた陽菜乃。梨子を立ち上がらせる。



 ──行こっか。


 笑顔で言った陽菜乃に梨子は頷く。

 2人は手を繋いで、星の瞬きに合わせるような歩調で雪原を歩いていった。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は11月27日(金)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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