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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第90話 カルネアデスの板 Ⅴ

「おーい」


 響いて伝わる呼び掛けに応じてG3の5人が声のして来た方を向く。遠くに人の姿が見えた。1人ではない。



 G3の5人は顔を見合わせたが、表情は一様ではなかった。眞衣や憲一は、仲間だ、助かった、と明るい顔をしている。一方で真美は猜疑(さいぎ)心を隠せない。仲間であれば……、と期待する気持ちはあるが、逆に自分たちを雪山に捨て置いた犯人たちかもしれない。駆け出してこちらから近づこうとした憲一の肩を掴み、同じように駆け出そうとしていた眞衣に、待って、と制する。



 眞衣と憲一は一刻も早く仲間かもしれない彼らと合流したい。何故駆けていってはならないのか、と不思議そうな顔を真美に向け、そして、人影が近づいてくる方へ向き直した。



 次第に近づいてくる人影。自分たちと同じ魔法士のローブを纏うのを見留め、その段になってようやく真美の警戒が和らぐ。それを見て眞衣や憲一が、おーい、と手を振って声を上げた。



 更に人影が近づき、1人1人の顔も分かるようになった辺りで眞衣が、


「梨子!」


 と駆け出した。眞衣を見留めた少女も同じように眞衣の名前を呼びながら眞衣に向かって駆け出す。2人は抱き合って喜びの声を上げた。


 その光景に目を細める真美。眞衣に聞いたことがあった。偶然にも同じ中学校の、同じクラスの友達とほぼ同時に魔法の力に目覚め、2人でこの研修に参加した。その友達の名前が確かに梨子で、彼女が加わっているのがG4だったはずだ。


 そこまで思い、そうして近づいてくる一団がG4だと分かり、真美の表情が曇る。同様に、真美の横に立つ佑佳と琥太郎の表情もなんとも言えないものになった。




「おい、君たち! 何で私たちがこんなことになっているんだ! 説明しろ!」


 一団の先頭に立つ男は同期を気遣う言葉も無く、ヒステリックにそう言った。


 新本(にいもと)公彦。評判の悪い男だった。上場企業の重役だという新本は異様に太っていた。興奮して(まく)し立てるのに合わせて肉が揺れている。魔法士のローブを羽織ってはいるが、腹が邪魔になっているのか、前で留められていない。


 同期の研修生には威圧的で、教官にすら悪態をつく新本だったが同じG4の研修生たちとは比較的上手くやっていた。一緒に過ごす時間も多く、新本の扱い方に慣れていった他のG4の4人は上手く新本を立て、表面的にはグループとしてまとまっていた。新本も新本で流石に同じグループの仲間とは揉め事を起こしたくないという気持ちが働いていた。



 真美は目の前まで来た新本を見る。二重になった顎から流れる汗が首に伝う。人間の首にこれほど肉がつくのかと半ば感心した真美だが、そこを伝う汗を見て生理的に無理だと目を背けた。



 真美の横にいた琥太郎が新本に答える。


「僕たちにも分からないんです……。気付いたら岩に囲まれた所に寝かされていて……。そこからここまで歩いてきたんです、1日かけて。新本さんたちは?」


「私たちは気付いたらみすぼらしい小屋にいたんだ。こういうときは無駄に動かない方が良い。私の指示で一晩小屋で過ごしたが救助も何もない。小屋の中にはリュックが1つ置かれていて、中に栄養食のクッキーが入っていただけだ。それも尽きてしまったので仕方なくこうやって外に出てきたんだよ」


 上背のある新本は一度琥太郎に見下すような視線を投げ、イラついた様子でそう答えた。



 やりとりを聞いた真美は内心驚いた。これからあとどれくらいこの状況が続くか分からない。リュックの中の食料は少しでも節約して長持ちさせなければならないことは少し考えれば誰にでも分かる。少なくとも自分たちはそうしている。空腹は辛いが後になって飢えるよりはマシだ。



「全く……、一体これはどういうことなんだ。何で私がこんな目に……」


 内心が(にじ)む真美の視線に頓着すること無く、新本はそうぶつぶつと口にする。先ほどまでは「私たち」と言っていた人称はついに一人称の単数になった。





「まあまあ、新本さん。落ち着きましょう」



 そう後ろから新本に声を掛けた男を真美は良く知っている。G4のグループリーダーの廣田だった。リーダー同士話す機会も多かったが、どこか冷たい印象のあるこの男のことが好きになれなかった。

 難関国立大学の大学生だという廣田は会話の端々に頭の良さが滲み出るが、物言いが冷淡だった。あまり他人に興味がないようで、真美が話し掛けてもあまり会話は続かなかった。結論を早く聞きたいのか、「それで?」と話の先を促された。会話のための会話が出来ない男だと真美は思った。




「それで、君たちは……、確かG3……だったかな、どこへ向かっているんだ?」



 新本を(なだ)めた廣田が淡々とした調子で聞いてきた。


 聞かれた真美は言葉に詰まる。向かっているのは避難場所(シェルター)だが……。


 困った真美はG3の仲間たちに視線を向けた。真美の迷いを嗅ぎ取った新本。


「おい、君たち! 何か知っているのか!? 何か知っているならちゃんと話しなさい! 仲間じゃないか!?」



 新本の口から出る仲間という言葉。あまりにも白々しく聞こえ、やはり答えに窮する真美。新本の横にいる廣田が続く。


「新本さん、落ち着いて下さい。それで、北畠さんたちは本当に今のこの状況について何か知っているのか? 良かったら教えて欲しい。これだけの人数の研修生がいるんだ。協力すれば何か活路が見出だせるかもしれない」


 新本の言葉には全く心が動かされなかった真美だが、廣田の言うことには一理ある。確かに今は協力できる仲間が欲しい。


 真美は改めて同じグループの他の4人の顔を見回す。4人が頷いたので真美は新本、廣田たちに岩場で見た水の地図、避難場所(シェルター)のことを話した。



 一頻(ひとしき)り真美からの話を聞き、廣田は口に手を当てて、なるほど、と考え込んでいる。


「よしよし……。じゃあその避難場所(シェルター)とやらに辿り着けば大丈夫そうだな! はははっ、なんだ楽勝じゃないか。研修の一貫とは思っていたが何とも拍子抜けだな」


 調子が良くなった新本はそう言って自身のグループの仲間の肩を叩いていた。叩かれた男が乾いた笑顔で応じる。



「さっそくそのシェルターとやらに向かおうじゃないか! どこにあるんだね?」


 言った新本に、琥太郎は岩場で見た水で作られた地図を思い浮かべ、今いる辺りのことを絡めながら、方向やおおよその距離を示す。横で聞く廣田が丘の向こうに目を向ける。


 説明を聞き終わった新本は琥太郎に何の一言もなく、行くぞ、とその場の全員に向かって号令を下して歩きだした。


 新本の声に反応して廣田とG4の男が1人の続いた。



 その新本たちを釈然としない気持ちで見る真美。背後から声を掛けられた。


「ふふっ。ごめんねぇ。あの人たち、真美ちゃんたちにお礼の一言もないなんてね……」


 振り向く真美。

 真美の目に入ってきたのは女。研修が始まってから直ぐの頃に何回か話したことがあった研修生だったが、グループも別で疎遠になっていた。名前が思い出せず言い淀む真美に女は、


「三條陽菜乃(ひなの)。ダメよ、真美ちゃん。ちゃんと自己紹介したじゃない」


 と、微笑みながら言った。


 名前を聞いて真美は思い出した。確かに悠貴と同じ大学に通う大学生だったはずだ。それを聞いて悠貴と引き合わせようともしたが、『どうせ学年も学部もキャンパスも違うから』とやんわりと断られていた。


「冗談よっ。そんな何回か話しただけの相手の名前なんてイチイチ覚えてられないわよね」


 と悪戯っぽく笑う陽菜乃に、そんなことは、と真美は返そうとする。


 その真美の唇に指をあてて制する陽菜乃。

 そして、微笑み、(きびす)を返して新本たちを追っていった。



 陽菜乃の背中を見やる真美。

 いきなり唇に触れられたことよりも、この状況にあって、どこか余裕を感じさせる陽菜乃から発せられる不自然さの方が気になった。



「真美、どうしたの? 行こう?」


 佑佳に肩を叩かれ我に返った真美。歩き始め、新本たちの後ろに続く。




 一行は真美たちが目印にしていた小高い丘を越える。山が深くなっていった。暫く進むと小さな湖の(ほとり)に出た。地図通りだった。


 日が射してきたこともあり、一度この辺りで休憩しようという話しになった。




 真美たちはG4の5人からは少し離れたところに腰を下ろした。


 琥太郎はリュックの中から栄養食のクッキーを取り出した。それを5人で分ける。リュックの中にはまだ半分以上ある。




「G4の人たちに……分けなくていいのかな?」


 と、琥太郎が遠慮がちに口を開く。


「え、でも……、あの人たちは自分たちの分はもう食べちゃったんだよね? それはもう自業自得というか、自己責任なんじゃ……」


 佑佳が琥太郎にそう応じる。横にいた健一が頷いた。



 でも、と言って眞衣が続ける。


「可哀想じゃないかな……。確かに自業自得だって……、佑佳ちゃんの言うことも分かるけど……」


 そう言いながら、ちらちらとG4の5人の方を見る眞衣。真美は、ああ、と納得した。友人の梨子のことを気にしているんだろう。



 真美が口を開く。


「まだ私たちの分は結構あるから少しだけ分けてあげよう? 頑張れば今日の夜には避難場所に着けそうだし、そしたらきっと食べ物の心配は無くなるから」


 えっ、と健一の驚いた声と眞衣の喜んだ声が重なる。


「まあ……、そうか、そうだよね……。仲間なんだし助け合わなきゃね!」


 佑佳はそう言って琥太郎を見る。琥太郎はリュックの中からクッキーを1袋取り出し真美に渡す。


 真美が立ち上がる。G4の5人の方へ向かって歩き出すと眞衣もついてきた。



 近寄ってきた真美と眞衣に梨子が気づく。

 真美は眞衣にクッキーを渡し、頷く。頷き返した眞衣がクッキーの袋を手にして梨子に駆け寄る。



「梨子、これ……」


 差し出されたクッキー。梨子はクッキーと、それを差し出す眞衣を見比べた。眞衣は梨子の手を取り、クッキーを握らせる。


「いいの……? あ……、ありがとう……、 ありがとう!」



 梨子は名前を呼んで眞衣を抱きしめ、横の真美にも何度も礼を言った。悩むところはあったがやはりこうして良かったと真美は微笑んだ。




 そのやりとりを遠巻きに見ていた新本が近づいてくる。 


「君たち、これは……?」


 と、梨子が手にするクッキーを見ながら新本は言った。



「いつ助かるか、これからどうなるかが分からなかったから節約して食べていたんです……。私たちの分はまだありますから、これは皆さんで……」


 出来るだけ、貴方とは違うという非難の気持ちがこもらないように淡々と真美は答えた。



 梨子はクッキーの袋を開け、5人で分けようとした。



「梨子ちゃん……、私はいいから4人で分けてね」


 言った陽菜乃。梨子は、そんな……、と言いかけたが、新本が梨子からクッキーの袋を取り上げる。


「本人がそう言ってるんだから遠慮無く頂こうじゃないか」


 新本は中に入る2本のクッキーをそれぞれ半分にして、自分の分を取って口に入れ、残りが入る袋を廣田に渡した。



 新本はクッキーをむさぼると唇についたカスも丁寧に舌で舐め取った。最後に名残惜しそうに指まで舐めた。


「全く……。あれしきの食料で一体どうしろと言うんだ……。おまけにリュックに入っていた薪もやたらと小さかったし、本数も少なかったし……」


 嫌悪感しかない新本の舌の動きを出来るだけ見ないように顔を背けていた真美だが、彼の言葉に引っ掛かりを感じた。


「薪……。薪が入っていたんですか!? 他には!?」


 いきなり声を上げた真美に驚く新本。気圧され気味に、他には何も、とだけ答えた。


「そう……ですか……」


 言って目を伏せる真美。


(私たちの例からしたら……、その薪は恐らく……)



 押し黙る真美を尻目に、思い出したように新本は語り始めた。


「そうそう、薪と言えばね、私が魔法で火を起こして、その薪を燃やして小屋を暖めたんだよ。そのお陰で我々G4はこの困難な中、雪山での一晩を乗りきれたという訳だ」


 そうですか、と真美は消沈する気持ちを全面に押し出して言ったはずだが、新本は得意気に続けた。


「いや、何ね、私が魔法で火を起こし続けていても良かったんだが、それだと流石の私も続かない。そこで少しでも魔力を温存しようと薪を使ったんだよ。私はこう見えても慎重なタイプなんだ。まあ廣田くん辺りは慎重と言うよりも神経質なタイプらしい。私が薪を燃やし始めると(しき)りに燃やしてしまって大丈夫かと尋ねてきたんだ。まあ確かに薪を節約しようという気持ちも分からなくはないがね」



 (うつむ)いていた真美は今度は天を仰ぐ。少なくとも廣田は何かしらの違和感を感じることはできたのだ。新本よりは状況を冷静に分析できているらしい。


 真美は新本を見据え、静かに言った。


「新本さんは……、この状況から考えて、リュックの中や薪をよく調べてみたりは……、しなかったんですか?」




 真美が何を言わんとしているのか分からないといった表情を浮かべる新本。


「凍える仲間を放っておけるのかい? 私は義理人情に厚い男なんだよ。()ずは暖かい場所を作り、腹ごしらえをして落ち着いて考える。その上で冷静な判断を下す。こういう状況の時こそ、そういうことが肝要なんだ。君にも分かるだろう?」

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は11月23日(月)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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