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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第89話 カルネアデスの板 Ⅳ

「悠貴君たちは起きたら洞窟に寝かされていたんだよね?」


 真美は暖炉の方を向きながら悠貴に尋ねた。真美の視線は暖炉の方を向いてはいたが、悠貴には真美の瞳に映っているのが暖炉だとは思えなかった。



 ──裏切られた。


 真美は確かにそう言った。言った真美は震えていた。湯に口を付けた真美は今は落ち着きを取り戻したようで、黙って悠貴の答えを待っている。



 ああ、と悠貴は静かに頷いた。




「私たちは、起きたら岩に囲まれた場所にいたの……」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 四方が平たい大きな岩に囲まれていた。人が出入り出来そうな隙間は1ヶ所。しかし、その他にも小さな隙間がいくつかあり、隙間から入ってきたか細い明かりが中を薄く照らす。


 か細い明かりに混じって、風に乗った粉雪が時折入ってくる。


 その1つが真美の手の甲に落ちた辺りで、真美は目をうっすらと開けた。



 真美はうつ伏せで寝る習慣があった。そうして顔を枕に半分埋め、枕の(はし)を掴むのが癖だった。


 真美の目に入ってくる土くればかりの地面。いつもは寝起きに握っているはずの枕の端はそこにはなく、代わりにただの小石を握っていた。


 それでも夢と現実の境を行き来して、状況が分からずにいた真美だったが、腹や胸から伝わる冷気に次第に意識が覚醒し、ばっと起きた。


(どこ……、ここは……)


 およそ自分が、自分たちがいた研修施設とは思えなかった。そこには岩と土しかなかった。


 多少狭くはあったが研修施設の自分の部屋は快適だった。枕は自宅から持ってきた。そして、G(グループ)3の仲間からは馬鹿にされたが、枕元に置いておくと何故か落ち着くぬいぐるみ。今は亡き祖母に買って貰ったものだった。


 書卓にも自分の好きな小説を何冊か並べた。お陰で荷物は少し多くなってしまったが、研修中を快適に過ごすため、背に腹はかえられない。そうやって研修施設の自室を自分の城に変えた。


 毎晩のようにG3の仲間が集まった。学校の教室、部室でそうするように他愛もない話で盛り上がった。仲間の私物が少しずつ自分の部屋に置かれていったのは少し嫌だったが……。そうやって1ヶ月かけて、形作られていった自室。




 その何もかもがここにはなかった。


 自失した真美だったが、その視界に横になっているG3の他の4人の姿が入り、我に返った。


「み、みんな!」


 悲鳴にも似た声でそう言った真美。


 体が鉛のように重かった。

 頭の中も(もや)がかかったようにはっきりとしない。


 それでも真美は這って進み、名前を呼びながら仲間の体を揺らした。


「佑佳! 佑佳!」


 揺らしながら真美は最悪の事態を想像してしまった。慌てて佑佳と呼んだ少女の口許に手をあてる。


(良かった……、息はある……)


 ホッとした真美。

 少しずつ、輪郭がぼやけていた思考がはっきりとしてきた。


 昨日。各グループのリーダーの集まりがあった。いつもの通り、G1のリーダーである悠貴の横に座り、後でグループメンバーに伝えるようにと指示されたことをメモしていた時に急に眠気が襲ってきて、体に力が入らなくなった。


 悠貴に支えられて自室のドアが目に入ってきて……、その先の記憶は判然としなかった。



(夢遊病……って訳じゃないわよね……)


 自分1人ならともかく、同じグループのメンバー全員が揃っているのだ。真美はゆっくりと立ち上がり、順に他の仲間の安否を確認していく。



 G3の5人は仲が良かった。年が近い5人が集まったのは全くの偶然。高3の真美を筆頭に、高2の外町琥太郎、同じく高2の内田佑佳、中3の烏丸憲一、そして、中2の神楽坂眞衣。


 中高生ばかりが集まったG3。研修中もどこか修学旅行のような雰囲気で過ごしていた。夕飯が終わるとロビーで話し、職員に部屋へ戻るようにと注意されるとその後は真美の部屋に移って話を続けた。



「あれ……、まみ? 私……」


 体を起こした佑佳も真美がそうしたように辺りを見回す。


「ここは……?」


 と不安そうに佑佳が真美に尋ねる。尋ねられた真美も途方に暮れながら、分からない、とだけ答えた。佑佳は立ち上がり、ふらふらとしながら岩の隙間から出て、辺りの様子を窺い、直ぐに戻り真美に首を横に振って見せた。



 そうしている内に琥太郎、憲一、眞衣ら残りの3人も目を覚ました。


 何故自分たちはこんな所にいるのか。

 そして何より ……、恐ろしく寒い。いつまでこんな所にいなければならないのか……。


 訳がわからないことだらけの中、憲一が、あっ、と声を上げた。


 その憲一が見つめる先、リュックがひとつ、ポツンと置かれていた。


「憲ちゃんの?」


 尋ねた真美に憲一は首を横に振る。

 真美は全員に同じ質問をしたが全員が自分の物ではないと答えた。



「と、取り敢えず開けてみよう!」


 琥太郎がリュックを手繰り寄せ、ファスナーを開く。リュックをひっくり返すと中身がドサドサっと落ちてきた。


「ちょ、ちょっと! 琥太郎っ、もう少し丁寧に取り出せないの!? 」


 佑佳が琥太郎に向かって声を上げた。

 詫びる琥太郎を他所(よそ)に真美はリュックの中から出てきた物を改めた。



 手にとって確認し、並べていく。


 栄養食のクッキーの箱が5つ。

 液体の入った瓶が3つ。


 真美は瓶の蓋を取り、匂いを嗅ぐ。

 同じように他の瓶を手にして匂いを嗅いでいた佑佳が、


「うーん、たぶん、普通の水かな」


 と言った。


「あー、良かったー。俺、喉乾いてたんですよー」


 と、憲一が残っていたもう1本の瓶を手にして中身を(あお)ろうとした。


 真美は憲一が手にしていた瓶を見つめる。


(あの瓶……。何か……不思議な……。感じる……)


 真美は身をのりだし、憲一から瓶を奪った。


「ちょ、ちょっと! 真美さん!? 俺が飲もうとしてたんだから順番を……」


 抗議する憲一。

 真美は両手で瓶を持ち、目を閉じた。


「真美?」


 佑佳が真美に呼び掛けたが真美は反応をしない。


「何か……語ろうとしている……」


 雪の属性の魔法を使う真美。

 雪を呼び、使う感覚は分かるが液体となると勝手が違った。しかし、瓶を持つ掌が、(かす)かに自分たちに向かって呼び掛ける、瓶の中の何かを感じ取った。


 真美は立ち上がり、そして瓶の中の水を地面にばらまいた。


「おい! 真美! お前何やってるんだよ!」


 琥太郎がそう言って、真美の肩を掴もうとした時。地面にばらまかれた水が青白く光った。



 水は土に染みていくことなく、光を発し、意思を持った生き物のように動き回り、そして急に動きを止めた。


「何……。これ……」


 そう口にした真美。左右に他の4人が並ぶ。


 最初はトリックアートのようなものかと真美は思った。しかし、実際に横から見ると水は宙に浮き、立体的で精緻な山や森、川を形作っていた。


「うわぁ……、綺麗ー!」


 と眞衣は場違いにはしゃいで浮かぶ水を指でつついている。憲一も便乗し、2人で物珍しそうに見ている。


「もしかして……!」


 言った佑佳は岩の隙間から外に飛び出した。直ぐに戻ってきて口を開いた。


「これ……、たぶんだけど地図だよ! 外を見たら山の位置とか、ほとんどこの通りだった!」


 真美と琥太郎も外へ出て確認してみる。確かに佑佳が言ったように概ね地形は一致しているようだった。


「確かに、佑佳が言った通りこれは地図みたいなものね。でも、何で地図なんかが……」


 言った真美は腕組みをして考える。


「まあ、普通に考えたら……、ここに行けってことなんじゃないか?」


 琥太郎が指差した所には三角点があった。

 地図には三角点が2ヶ所。地形から1ヶ所はこの場所だろうという話になった。


「琥太郎さんの言う通りですって! ここ……寒すぎですし、早く移動しましょうよ……」


 震える憲一に他の4人も頷く。不用心に地図には誘導されるのは怖いが他に当てがある訳でもなかった。


 5人はそれぞれに地図を凝視して頭に叩き込む。次第に青白い光は薄くなり、水の立体地図はピシャッと弾け、地面に落ちた水は土に染みていった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「やっぱ、これも研修の一貫なのかな?」


 先頭を歩く真美が後ろの4人に問いかける。


「そりゃそうだろう。でなきゃ雪山に放り出すなんてことはしないだろう」


 真美に応じた琥太郎がそう言って横を歩く憲一に顔を向ける。憲一も琥太郎を見返し、口を開く。


「うぅ、寒い……。まだ避難場所(シェルター)ってのには着かないんですか?」


 憲一が口にした避難場所。地図が消えて直ぐに文字が浮かび上がってきた。避難場所まで辿り着けば水も食料もあり、暖もとれると。



「まだまだだよー、憲ちゃん。さっきの地図、覚えてるでしょ? ほら、あと2つは大きな山を越えなきゃだよー」


 と佑佳は返し、憲一はガックリと肩を落とした。他の4人がそれを見て笑った。


「あ、じゃあいっそのこと魔装して進めばいいんじゃ……」


 言った憲一に眞衣が割り込む。


「無理ですって。確かに寒くはないかもですけど、今から魔装しても直ぐに魔力無くなっちゃいますよ? それで普通にすら歩けなくなったら私たち、憲一先輩のこと置いていっちゃいますからね?」


 そんな、と言った憲一が転び、雪まみれになった。山にG3の笑い声が響く。

 


 先頭を行く真美。そうやって一頻(ひとしき)り仲間と笑い合い、改めて進む先を見据える。


(私が、頑張らなきゃ……)


 自分たちが置かれた状況については未だ何ひとつ分かっていない。恐らくは自分たちをここまで運んできた人物が置いていったリュック。示された地図。その地図にあった避難場所(シェルター)。そこまで辿り着けば助かるという。

 どう考えても怪しすぎる。自分たちを、理由は分からないが、無下に雪山に捨て置いた人物だ。避難場所と言われてもにわかには信じられない。


 しかし、他にどうしようもないのも事実だった。あのまま岩場で僅かな食料を頼りに寒さにじっと耐えていたとしても助けが来るとは限らない。


 今はその避難場所とやらに向かうしかない。


 真美はそう思いながら、()()揚々と進んで見せた。眞衣や憲一は同期の魔法士研修生とは言え未だ中学生だ。佑佳や琥太郎にしても年上でもありグループリーダーでもある自分を頼りにしている。彼らに自分の不安を見せてはいけない。見せれば必ず伝播する。




 その日は夜営になった。


 真美が雪の魔法を使ってかまくらを作った。憲一と佑佳が火の魔法を使えたのが幸運だった。2人は交代で小さい火の玉をかまくらの中に浮かべた。そうやって何とかしてかまくらの中の温度を保っていた。


 冬の魔法士のローブは厚い。しかし、雪の上に横になっている。同じ向きで寝ていると冷たさが伝ってくる。頻繁に寝返りをうつ。どうしても眠りは浅くなった。特に憲一と佑佳はどちらかは起きていなければならなかった。



 真美にしても夜中に何度も起きた。火の熱で溶けた雪が雫となって落ちてきては真美が雪の魔法で固め直した。


 ウトウトとする真美がそれを何回か繰り返した頃に夜が明けた。



 真美が作ったかまくらと憲一、佑佳の魔法のお陰で今朝までは生き延びることができた。日が登り、5人はかまくらから出て、地図を思い浮かべながら向かうべき方向を確認した。


 琥太郎が指差した先を見据える真美。栄養食のクッキーもだいぶ節約していたのでまだ余りはある。しかし、疲労感のことを考えるとどうしても今日中には避難場所(シェルター)に入りたい。



 真美は大きく息を吸って吐き、パンパンッと頬を叩いた。振り返り、努めて明るく仲間に向かって声を出す。


「よし! あと1つ山を越えれば避難場所(シェルター)まではもうすぐだよっ。皆、頑張ろう!」


 鼓舞する真美の声に応じて4人も立ち上がる。それぞれクッキーをひと(かじ)りして出立した。


 雪原を進むG3の5人。越えなければならない山の手前に登頂部が平らな小高い丘があった。その丘を目印にして歩く。



 明け方にかまくらを発ち、日が南中する頃にはその丘の(ふもと)に着いた。丘に登る前に休憩しようと腰を下ろした5人を遠くから呼ぶ声があった。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は11月20日(金)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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