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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第85話 『22』

 雪の斜面を登り、平らかな山の中腹に出た5人。少し離れた正面に山小屋(ロッジ)があった。


「地図に書いてあった三角点は……、あれで間違いなさそうだな」


 と、悠貴は身を屈めながら横の俊輔、次いで後ろの3人も見て言った。よし、と(はや)る俊輔が山小屋へ進もうとするのを悠貴は制した。


「ん、何だよ、悠貴。行かねぇのか?」


 悠貴にローブのフードを掴まれた俊輔は怪訝(けげん)そうに尋ねた。



 山小屋からここまでは遮るものがない。もし山小屋の中からこちらを窺う誰かがいれば自分たちは丸見えだろう。悠貴は懸念を4人に伝える。


「あの……、あっちから行くのはどうですか?」


 遠慮がちにそう口にした聖奈が指差す先を残りの4人が見る。山小屋の左側。森の一部がせりだしていた。季節を映して葉はないが、木々は山小屋の手前まで迫っていた。


「ふむ……、確かにこのまま正面から向かうよりは良さそうじゃな」


 と呟いた宗玄に一同は頷く。


 後退し、雪に足をとられながらも5人は一度森へ入り、そこから山小屋(ロッジ)に迫り、さっきまで遠目に見ていた木に身を隠す。



 悠貴は木の幹から顔だけ出して山小屋の様子を窺う。近くで見ると山小屋は大きく、2階にはベランダまでついていた。地面よりも一段高い1階のテラスはさっきまで自分たちがいた斜面の方へ向かってせりだしていた。テラスの奥にドアがあり、その左右に窓があった。

 寒さと疲労が早く中へという気持ちを(はや)らせるが、おいそれと山小屋へ駆け込める状況でもない。なにしろ、自分たちは薬を盛られて雪山に捨て置かれたのだ。誰の手によるかは判然としないが、この山小屋に導かれたのもその延長線上でのことだ、軽々しく行動は出来ない。



「ど、どうするの……? 段々暗くなってきたよ……」


 悠貴と俊輔の後ろにいたゆかりが口を開く。悠貴は空に目を移す。空を行く薄い雲には茜色が(にじ)む。


 時間がない。いつまでもここでこうしている訳にもいかない。悠貴はひとつ、大きく息を吐いた。



「俺と俊輔で先に行きます。大丈夫そうだったら合図をしますから、そうしたら続いてください」


 言った悠貴は俊輔と目配せをして小屋へ近寄っていく。テラスに上がる前、悠貴は拳に風を(まと)わせ、俊輔は掌に小さく火球を浮かばせた。そうやって不測にも対処できるようにしながら山小屋のドアに張り付く。


 ドアの横に窓があった。俊輔が身を屈めながら窓の下まで移動する。窓から中の様子を窺った俊輔。再び姿勢を低くして悠貴を見て顔を横に振る。


 どうやら窓から中の様子は分からなかったらしい。悠貴はドアに耳をつける。物音はしない。ドアをそっと引く。隙間から中の様子を窺うが、やはり人はいなさそうだった。



 悠貴は改めて俊輔に目配せをした。俊輔が頷くのを見る留め、悠貴は中へ駆け込み、俊輔がそれに続く。


 それぞれが魔法を(まと)わせ、部屋を見回す。薄暗い山小屋の中に2人の息づかいの音だけが響く。



 誰もいない室内。部屋の奥に階段があった。悠貴に目配せをした俊輔が慎重に2階へ上がっていく。悠貴は一度ドアの外へ顔を出し、残る3人を手で招く。


 小走りで外の3人が中に入ったところで俊輔が下りてきた。


「2階にも誰もいないぜ」


 俊輔の言葉を聞き、悠貴たちの緊張が解ける。


「はぁ……、ドキドキした……。敵とか、何か変なのが出てきて戦いにでもなったらどうしようかなって」


 ゆかりはそう言って魔装を解いた。


「ゆかりさん……、まだ完全に油断しちゃダメですよ……。取り敢えず手分けして、中を調べよう」


 悠貴の言葉に4人は頷き、それぞれ散っていった。


 冷蔵庫には食料が入っていた。水も出る。発電機はあったが電気を使った明かりはなかった。


 ゆかりからそれを聞き、


「ふぅ。なら、あれを使うしかねぇか。寒さだって何とかしなきゃならねぇしな。俺がやるぜ、直ぐに火つけられるしな」


 と俊輔はローブを脱いで、1階奥の暖炉に向かう。興味があるのか聖奈も暖炉に近づいていく。


 部屋の中央に木で作られた円卓と椅子があった。暖炉のことは俊輔と聖奈に任せ、残りの3人は椅子に座った。


「取り敢えず……良かった、って言っていいのかな」


 悠貴はそう言って円卓に突っ伏した。地図を見ながら必死にここまで来た。無視していた疲労感が一気に押し寄せてきた。


「もう私、足がぱんぱんで……。一回こうやって落ち着いちゃったから、今日はもう動くの無理だなぁー……」


 言ったゆかりは円卓の上に倒れ込む。その様子に目を細めた宗玄が口を開く。


「研修を受けていたわしらがなぜ洞窟に棄て置かれ、蝋燭(ろうそく)に隠されていた地図でこうしてここへ誘導されたかは分からん。まあ、取り敢えず、ここにいれば雨風は(しの)ぐことができ、食料も当面は安泰そうじゃ。今はそれで良しとしよう」


 聞いた悠貴は本当にその通りだと思った。今朝、5人で目覚めた洞窟。リュックの中の僅かばかりの食料。まだ安心はできないが、それでも今朝までの状況とは雲泥の差だ。



「よし、こんなもんか……」


 と俊輔が立ち上がる。暖炉の中を綺麗にし、横に積まれていた薪を組んだ。指の先に火を浮かべ、


「じゃあこれで薪に……、ん、聖奈、どうかしたか?」


 暖炉の近くで俊輔の手伝っていた聖奈。立ち上がった俊輔には目もくれず、何かをじっと考えているようだった。


 どうかしたか、と悠貴も声を掛けようとした時だった。



 聖奈が立ち上がる。


「蝋燭……。地図……。あの、ちょっと思ったんですけど……、もしかしたら、ここにも同じように何かをヒントになるようなものがあるんじゃないかなって……」


 突っ伏していた悠貴とゆかりが身体を起こす。宗玄は立ち上がり、俊輔は指先の火を消した。


「それは……あり得る……」


 呟いた悠貴。さっきまで山小屋の中を一通り見て回ったが、調べたというには程遠かった。一度休んでしまって疲労感が纏わりつくが……。


「聖奈の言う通りだ。皆でもう一度、暗くなる前に調べてみよう!」



 改めて5人で散り、変わった所はないかと調べて回る。少しでも明るさがある内にヒントがあるなら見つけてしまいたい。5人はそれぞれに物をどかしてみたり物陰を覗いてみたりする。



 2階へ上がる悠貴。悠貴の歩みに合わせて木でできた階段が(きし)む。2階にはすでにゆかりがいて廊下を調べていた。四つん這いになりながら床を擦ったり壁を叩いたりしている。


「ゆかりさん、こっちの部屋はもう調べました?」


「あ、悠貴君。そっちは寝室みたいよ。まだ調べてないからお願いできる?」


 了解、と返事をした悠貴はドアを開け部屋に入る。思ったよりも広い室内にベッドが5つあった。


 部屋の奥の窓から外の景色が見える。山の稜線に陽が沈みかけている。薄く照らされた室内。


 夜は目の前だ。早速悠貴はベッドの下を覗き込む。何もない。起き上がって部屋を見回す。取り立てて変わった所はないように思えた。


 ベッドの布団を(まく)ってみるがやはり何もない。枕の下も一応調べてみたが結果は同じだった。そうやって部屋の奥の方まで調べた悠貴が、ふう、と息をついた時にゆかりが入ってきた。


「どう? 悠貴君」


「いや、何も……。そっちはどうですか?」


 悠貴に尋ねられ、首を横に振るゆかり。



 ゆかりの方を向く悠貴。入り口に一番近いベッドのナイトテーブルの上。何か光って見えたような気がした。近づく悠貴。光っていたのはカードだった。部屋の奥の方に気を取られていて気がつかなかった。



「わあ、綺麗なカードね」


 とゆかりは何枚か手にとって眺める。悠貴も1枚手にしてみた。悠貴が手にしたカード。肩に担ぐ棒の先に荷をくくりつけた1人の男が崖に向かって歩いていた。


 悠貴は他のカードに目を移す。1枚1枚のカードは大きくはない。同じ絵柄はなくバラバラだった。


 老人、金貨、塔、太陽、杯……。



 何なんだろう、と悠貴が口にしようとした矢先、ゆかりが、タロット、と口にした。


「タロット?」


「悠貴君は知らない? 遊びとか占いで使うカード。本当は全部で78枚なんだけど、そんなには無いね……。なんでタロットカードがこんな所に……」


 ゆかりは無造作にナイトテーブルの上に置かれていたカードを集めて1枚ずつ目を通していく。


 ゆかりの横に立つ悠貴はふと壁に掛かっていた額を見た。よく見ると額には絵が無かった。その代わり、いくつもの長方形の窪みがあった。

 悠貴は何気なく窪みの数を数えてみた。22だった。数え終わった悠貴が、22、と口にした直後、ゆかりが声を上げる。


「分かったわ、悠貴君! 大アルカナよ!」


 ゆかりが何を言っているのか分からない悠貴。ゆかりは続ける。


「えと、あのね、タロットカードの78枚は大アルカナと小アルカナっていう大きく2つの組に分かれるの。そして、その大アルカナに入るカードの数が……」


「22なんですね!」


 悠貴も声を上げた。額の窪みの数も22。ただの偶然とは思えない。悠貴は試しにガラス越しに、窪みにカードを重ねてみる。


「ピッタリだ……。ゆかりさん、俺が入れていくんで、22枚のカード選んでいってください!」


 すぐにゆかりはカードを選んでいく。


 悠貴は額を外して床に置いた。金具を外して額の裏を外す。そして、ゆかりが選んだカードを額の窪みに入れていく。



 カードを選び終わったゆかりが悠貴にカードを手渡していく。落ち着けと自分に言い聞かせながら悠貴はカードをはめていく。



 22枚目のカードをはめ終えた、その瞬間。


 ピッという電子音がした。




 悠貴とゆかりは同時に、えっ、と声を上げる。


 額の裏を見る。よく見ると小さな電子パネルがあった。そして、そこに表示された『2:54』の文字。


 悠貴が(まばた)きをした次の瞬間、文字は『2:53』へ変わっていた。



「な、なんだよこれ!」


 と声を上げた悠貴に、


「どうしようどうしよう!」


 とゆかりが狼狽する。


「落ち着いてゆかりさん! 大アルカナ、でしたっけ、選んだカードは間違ったりはしてませんか!?」


 悠貴の声を受け、気を取り直したゆかりが額に視線を這わせる。


「うんうん……、これで、間違ってはいないはず……」


 ゆかりにそう返された悠貴は、パネルに目を移す。表示された『2:14』。


「ねぇ……、悠貴君……。この数字ってさ、カウントダウンだったりするのかな……。だとしたら、これって0になったら……」


 悠貴は血の気が引いた。同時にゆかりが、


「きゃーーーー!」


 と叫び声を上げて悠貴に抱きついた。


「ちょ、ゆかりさん、落ち着いて!」


 と、悠貴はゆかりを引き剥がしにかかる。



 ゆかりの叫び声を聞き付けた残りの3人が駆け上がってくる。



「どうした!?」


 と、俊輔が部屋に入ってきた。俊輔の目に悠貴とゆかりの姿が目に入る。


「な、何やってるんだよお前ら!? こんな時に……」


「違う違う! これ、これ!」


 また抱きついてきたゆかりを何とか引き剥がし、悠貴は額を指差す。『1:43』になっていた。


「な、なんだよ、これ……」


 俊輔が言い切る前に、追い付いてきた宗玄と聖奈が俊輔の横から顔を出す。額を見た聖奈が、


「これ……、もしかして爆弾ですか!? 私、テレビでこういうの見たことあります!」


 と口にした。それを聞いたゆかりが、


「や、やっぱりぃー! 逃げなきゃ!」


 と改めてパニックに陥る。



「聖奈の魔法で遠くまで吹き飛ばそう!」


 と俊輔は声を上げた。確かに、と悠貴も続こうとしたが、


「いや、待つのじゃ。これにも何かヒントが隠されているかもしれん」


 と、宗玄が返す。



 その可能性はある……。悠貴はそう思いながら深く呼吸をしてカウントを刻む額を見る。


(何か……、何か変わった所は……)


 悠貴は自身がはめ込んでいった22枚のカードを順に見ていく。ゆかりが選び間違えていないとしたら特に変わった所はなかった。


 『0:58』





「あ……!」


 ゆかりが声を上げる。そして、叫ぶ。


「悠貴君! その、男が描いてあるカード! 上下を逆にしてみて!」


 悠貴はゆかりが指差したカードを見る。カードの男は木を背にして足を組んで立っている。


「そのカードの名前は『吊るされた男(ハングドマン)』なの! だから普通は足を上にして頭を下にするの!」



 ゆかりの言葉を聞いた悠貴。



『0:17』



「皆、下がってろ!」


 悠貴は言うのと同時に額を持って窓の側まで駆ける。もう一度ゆかりが指摘したカードの位置を確認してそのカードを引き抜く。



 悠貴は、ゆかりが口にした、吊るされた男、のカードの名前の通り、足を上、頭を下の向きにしてカードを同じ位置にはめた。悠貴は即座にパネルに目を移す。





 『0:08』








 『0:08』






 悠貴は大きく息を吐き、親指を立て4人に示す。


「よっしゃー!」


 と、跳び跳ねる俊輔。聖奈とゆかりも抱き合って喜ぶ。宗玄は合掌していた。



 その光景を目にした悠貴は脱力し、手近なベッドに倒れ込んだ。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は11月6日(金)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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