第82話 鍵音と足音。
「せんせー! さっきのじゃ反応が遅すぎる! 風の魔法でなつの炎を逸らしたのはいいけど、反対側がガラ空きだったよ!」
悠貴は腕の痛みに耐えながらなつみの諫言に耳を貸す。その悠貴の横でゆかりが治癒魔法をかけ続けている。
研修も1ヶ月が過ぎ、午前の演習は教官を相手にする模擬戦闘の演習に移っていた。自身の体に魔力を纏わせて強化する魔装、魔力を加工し攻撃を防ぐ盾の訓練は概ね順調に終わっていた。
他のグループでは教官と研修生1人が対戦する形式になっていた。しかし、G1では『なつ天才過ぎるから、1人1人だと相手にならないのよね。それに面倒だし、5人一気にかかってきて』と5対1での対戦となっていた。その状況でもなつみは5人を蹴散らしていた。
「悠貴君……、大丈夫? 少しは楽になってきた……?」
悠貴はなつみの魔法で負傷した腕を曲げたり伸ばしたりする。ゆかりの魔法で傷はなくなり、痛みもだいぶ薄れた。
「大丈夫……そうですね。さすがゆかりさん。自分で言うのも何ですけど、あんなに大怪我したのに……」
なつみが近づき、悠貴の腕を掴んでよく改める。感心した顔で口を開く。
「確かにね……。私でもこんなきれいには治せないかも。ゆかりさん、この1ヶ月でホント治癒魔法上達したわね。治癒ってことだけなら今回の研修生たちの中では一番かもねっ」
そんなことは……、と恐縮するゆかり。
なつみは悠貴の腕から手を離して立ち上がる。
そして、近くで休憩している俊輔や聖奈、宗玄たちに話し掛けた。
「俊君は熱くなり過ぎるのよ。せっかくスピードはあるのに攻撃がバカ正直で見え透いてるのよ。俊君的には裏をかいているつもりかもだけど……、うん、バレバレよ」
と、しゃがみながら話したなつみを一瞥した俊輔だったが反論はしない。なつみは次いで聖奈を見る。
「お姫様はまだまだこれからね。なまじ魔力自体が尋常じゃないからコントロールが難しい……。威力だけなら、悔しいけど……なつと同等かそれ以上かもね。でもそれをちゃんと活かせないと宝の持ち腐れよ」
「は、はいっ。頑張ります!」
と聖奈はなつみに返す。
「じゅーしょくさんは……、うん、地味! せっかく物体をあれだけ浮かせて自在に動かせるんだから、攻撃でも防御でももっと前に出られるのに……。もしかして、わざと自分の力、押さえていませんかー?」
そう言って探るような顔を宗玄に向けるなつみ。
「ほっほっほ。教官殿にそう言って頂けるとは感無量。じゃが、この老いぼれにとってはこれくらいが関の山。買い被りすぎですな」
と笑う宗玄に、ふーん、となつみは返してG1の5人を見回す。
「取り敢えず……、この1ヶ月でみんな、ホント強くなったね。まあなつの教え方が良いから当然のことと言えば当然なんだけどねっ」
特に……、となつみは改めて悠貴に近づき、
「せんせーは頑張れてるかなっ。こてつ無しとは言え、この私にかすり傷をつけたんだからねー。久しぶりに痛いって思ったわよ。いつぶりかしらね」
と、言いながら自身の腕についた細い傷を治癒魔法で治していく。5人で作戦を立て、連携してなつみと戦った。攻撃は悉くかわされ、早々にゆかりと俊輔が倒された。聖奈の一撃をかわすなつみの僅かな隙を突いて辛うじて悠貴の風の魔法がなつみの腕を掠めた。
広い演習場に散る各グループもG1同様に演習に励んでいる。白銀一色の世界でその演習場だけが季節を先取りして色を取り戻しているかのようだった。
日々の実技演習で研修生たちが放つ各種の魔法。夜に積もった雪も翌日午前の演習で宙に舞い、溶かされていき、地面は露出していることの方が多かった。
火や光、電撃などの魔法の熱で季節の移り変わりを前のめりに感じ取った木々にはまだ2月だというのに小ぶりな芽が出始めていた。
2週間が過ぎた頃からは研修生たちを包んでいた高揚感は薄まり、研修の日々が彼らにとっての新たな日常となっていた。
昼下がり。午後の1コマ目の講義が休講となった悠貴たちG1の面々は1階のテラスにいた。
遠く、施設を囲う塀や山々を眺めるテラス。近くには森も見てとれた。
晴れ渡った空の青は白銀の山野のそれとは対照的にどこまでも濃い。雲ひとつ無い抜けるような冬の空はどこか寒々さを感じさせるが今日ばかりは清々しかった。
昼食中に休講が伝わり、聖奈は沸き立って横にいた宗玄に雪で遊びたいとせがんだ。特にすることもなかったのでG1の5人でテラスへ出た。
悠貴の目の前で雪と戯れる聖奈と、その相手をする宗玄。
「じーさん、元気だなぁ……」
と、半ば感心、半ば呆れといった様子の俊輔。
「ホント……、私も寒いのは苦手……」
首を竦めて縮こまるゆかりが俊輔に応じる。2人の様子をテラスから眺めていた悠貴たちだったが、直ぐに聖奈がゆかりも呼びつけた。
ゆかりが雪遊びに加わり、今は雪だるまを作ろうと雪の礫を転がして大きくしている。
悠貴は視界の端で何かが動いたのを見留め、そちらに目を移す。悠貴たちが立つテラスと建物の中を仕切るガラス戸。その向こうから悠貴に向かって手を振る姿があった。
G3リーダーの北畠真美。
軽く手を上げて応じた悠貴に、真美はガラス戸を開けてテラスまで出てきた。
「こんにちは、悠貴さんっ。何してるの?」
「ああ、ちょっと雪で遊びたいって聖奈が」
と言って雪で遊ぶ聖奈たちをチラリと見る悠貴。悠貴に倣って聖奈たちを見た真美が、
「この寒い中、よく外に出ようって気になれるね……。私なんて自分の魔法属性が『雪』だから、演習のとき以外は雪なんて見たくないよ」
と両手で体を抱き締めて震えて見せた。
「真実は何してたんだ?」
「あー、私たちはね、G3の皆で私の部屋に行くところだったの」
と真美はガラス戸の向こうを見る。悠貴の目にもガラス戸の向こうで楽しそうに話すG3の4人の姿が入ってきた。
俊輔が、
「G3の連中って仲良いよなー」
と口にしたのに真美が応じる。
「まあねー。私たちのグループは偶然だけど全員が高校生か中学生だったからね。共通の会話も多かったし、打ち解けるまでが早かったってのが大きかったかな。あ、悠貴君、今夜って確かリーダーの集まりがあったよね?」
そう言えばそんなことをなつみに言われたような気もする……。たった今思い出したことが顔に出てしまったのか、真美はクスッと笑った。
「ふふっ。ここで私と会えて良かったね。あ、じゃあ私、そろそろ行くね。また夜のミーティングで」
と真美は建物の中へ戻っていった。真美を待っていた4人は何やら真美をからかっているようだ。真美が怒ると4人は走って逃げ、真美が追いかけていった。
それを見ながら俊輔は口を開く。
「悠貴、お前、何気に顔広いよな」
自覚はないがそうなのかもしれないと悠貴は思った。何日かに1回はリーダーで集まる機会があるし、それをきっかけに他のグループの同期研修生と話すこともある。実際、リーダー仲間の真美と仲良くなったことで他のG3の研修生たちとも会えば挨拶をするくらいの仲にはなっている。
悠貴と俊輔を呼ぶ声があった。気付けば雪だるまとなる胴体と頭部分はそれぞれ相当な大きさになっている。どうやら頭部分を3人では持ち上げられなかったようだ。期待に満ちた聖奈の声に悠貴と俊輔は苦笑してテラスを降り、雪を踏みしめながら3人に近づいていった。
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「四国州……ですか?」
手塚は目の前で後ろ手を組み、自分に背を向ける人物から伝えられた言葉に、感情を乗せない声色でそう返した。
手塚は横に控える副官の武井を一瞥したがすぐに視線を男の背中に戻した。
手塚にそう返された人物は窓から外を眺めている。
「そう……、四国だ。性懲りもなくまた残された人々が集まって、何かを企てているようだ。そうだったね、瀬野君」
瀬野と呼ばれた男が手塚に向けて淀みなく状況の説明を始める。
四国州都市圏は旧高松市街に広がる。東部にはいくつかの川が流れ、西に進むと丘陵になっている。南は山塊に接しており、もともと都市を容易に拡張することは出来ない地形だったこともあり、都市圏の形成がなかなか進んでいない。
都市圏から溢れた人口は都市圏周辺に応急で作られた収容施設でも補いきれていない。
「せっかく我々が四国中から残りなくかき集めた国民ですが、住む場所もなく、一部が元の居住地などに戻っています。やはり、都市圏外となると情報統制も難しくなります。そういった国民は国に反感を持つことが多く……。都市圏の拡張も急がせてはいますが……」
そこまで言った瀬野に男が振り向き、ただならぬ視線を送る。静まる室内。タイミングを見計らって男は口を開く。
「瀬野君……。君は何か勘違いをしているのではないか? 都市圏から出ていった連中は、既に我々が奉仕すべき国民ではない。奴らはただの残された人々だ。我々にとっては不要な連中だ。呼び方に気を付けたまえ」
男の声は低く冷静だったが、一方で明らかに苛立ちも含まれていた。瀬野は姿勢を正し、
「は! 閣下!」
と、特高式の立礼をした。瀬野に閣下と呼ばれた男は何度か浅く頷き、改めて手塚に目をやった。
「まだまだ我々は侮られている。いいか、手塚君。徹底的に、完膚なきまでに、情け容赦ない攻撃を加えて反徒に国の威光を知らしめるのだ。我々が目指すべき新しい国体にああいう連中の居場所はない」
手塚は無表情で軽く立礼した。それを見て頷いた男は続ける。
「手塚君が四国州に行っている間、研修の運営は……」
男は指をならす。
その音が響き終わる前にドアが開き入ってくる男があった。男に続いて副官の女も入ってくる。男は手塚の横に並ぶと勢い良く立礼をした。
「東部軍第一師団の大塚君だ。大塚君、研修生たちに喝をいれてやってくれ。彼らが最良の人々となるよう育ててくれ」
は、と大塚と呼ばれた男が返答する。
話は以上、と男は瀬野を伴い部屋を出ていった。
室内に残された手塚、武井。そして大塚とその副官。大塚が口を開く。
「東部軍第一師団特務隊所属、二等補の大塚であります。手塚首席参謀の代役を拝命し、身に余る光栄に存じます。討征のご無事を祈念申し上げると共に、ご帰還まで全身全霊で職務に邁進致します」
慇懃な笑みを浮かべ、手塚に向かって特高式立礼をする大塚。後ろに控えた大塚の副官もそれに倣う。踵を返し、副官を伴い部屋から出ていった。
大塚と副官の足音が完全に遠ざかった辺りで武井が口を開いた。
「参謀……、やはり四国でしたね」
「あぁ、予想通りだ。そろそろとは思っていたけど、抑えが効かなくなってきているね……」
手塚はそこまで言って窓の外を見る。冬の空は鮮やかで、澄み渡っている。
「頼む」
と、一言だけ手塚は口にし、武井は足早に去っていった。
明朝。手塚と武井は部隊を伴って研修施設を四国州へ向けて出立した。
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「それにしても今日の夕飯は豪華だったねぇ……」
ゆかりが満足そうな顔をしながら口にした言葉に悠貴たちも頷く。
「内務省の関連団体から差し入れがあったんだとよ。じきに魔法士になる研修生たちのご機嫌とりだろうよ。ま、悪い気はしねぇけどさ」
俊輔も夕食に満足したのか機嫌よく話す。
それは悠貴も同じで、満腹感から心地よい眠気に包まれていた。その悠貴の前を歩く聖奈がふらついた。
「おっと。聖奈、大丈夫か?」
と支えてくれた悠貴に聖奈は、
「ご、ごめんなさい……。何だか……凄く、眠くて……」
と重い瞼に抗いながら答える。
「疲れが出たんだろうよっ。ふぁー……。ん……、なんだよ、聖奈の眠気が移ってきたのか……。俺まで眠くなってきた……」
と、俊輔が目を擦る。
(確かに今日は早朝訓練があったしな。午前の演習もなつはいつも通り容赦なかったし……。疲れも溜まってるのかもな)
そんなことを考えながら悠貴はそこでG1の他の4人とは分かれた。
リーダーたちが集まってのミーティング。
いつもの8人が集まる。特高の隊員が指示内容を伝える。
各グループのリーダーたちはメモを取る。
伝えるべきことを伝えると隊員は足早に去っていった。
(明日も早朝練習あり……。うわ、4時起きかよ……。グループのメンバーに早く寝るように伝えろって言われたけど、言われなくても寝るしかないだろ)
と思った悠貴は目を擦る。夕食を終えてから眠気が増している。このままだと今から寝ても明日の早朝練習に向けて起きられるか……。頭を振って眠気を追い払おうとする悠貴。
カタン、と何かが落ちる音がした。
下を見るとボールペンが落ちている。横の真美を見るとこくりこくりと船を漕いでいた。
高校3年生の真美。学校の成績は良く、生徒会長でもあると聞いた。大学も指定校推薦で決めているとも。リーダーたちのミーティングでも率先してまとめていたし、悠貴も真面目だという印象を持っていた。
(珍しいな……)
と、悠貴は真美の肩を揺する。
目をあけた真美に、
「ほら、落としたぞ。疲れてるんじゃないか、無理すんなよ」
と悠貴はボールペンを手渡した。
「あ、ありがとう……。あれ、おかしいな……。私、結構体力には自信あって。テスト前も徹夜で……」
最後の辺りの台詞が途切れ途切れになる真美。
4階にある部屋に真美を送り届けた悠貴。3階にある自分の部屋に戻ろうと階段を下りる。踊り場で膝をつく。眠気で体に力が入らない。
手摺に掴まり、悠貴は何とか部屋に辿り着き、そのままベッドに倒れ込む。
(明日、ちゃんと起きら……れる……か……)
そう言えば明日の早朝練習のことをG1の4人に伝えていない……。直ぐに起きて伝えにいかなければと思うが体を起こせない。自分が早く起きて皆を……。
悠貴の意識はそこで途絶えた。
──深夜。研修施設の至る所で鍵音と足音が響いた。
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