第81話 式典にて
いただきます、と悠貴たち5人は声を揃えて夕食をとり始めた。
延着組が加わった研修2日目の夕食。人数が倍近くになったことに加え、研修生たち同士が打ち解けてきたこともあり、食堂内は賑やかだった。
悠貴たちG1。
悠貴の目の前では聖奈とゆかりが宗玄にこてつと遊んできたと熱く語っていた。
「……でな、俺はいつか絶対にあの女を超えて……って、悠貴、聞いてるのか?」
横の俊輔にそう言われて悠貴は、ああ、と適当な答えだけを返して食堂の入り口付近を見ていた。施設の職員が各グループの卓を回り、何かを伝えている。
その職員の内の1人が侑太郎だった。
侑太郎は悠貴たちG1の円卓まで足早に近づいてきた。
「あの職員、確か悠貴の知り合いだろ。何かあったのか? 急いでるみてぇだけどよ」
息を切らしながら近づいてくる侑太郎。悠貴も何事かと見つめる。
「ゆ、悠貴さん、お疲れ様ですっ。すみません、突然なんですが、夕食後に研修の開会の式典が開かれることになりまして……」
同じ卓の宗玄、ゆかり、聖奈も口を止め侑太郎を見る。
「んだよ、いきなりだな……。別にそんな急がなくても良いじゃねぇか。明日の朝とかでも良いだろうよ」
俊輔がため息混じりにそう言いった。
「はぁ、僕もそう思うんですが、まあ上の決めたことですから何とも……。あ、と言うわけで夕食の時間はあと15分で、その後、式典が開かれる講堂までご案内します」
侑太郎がそう伝えると、
「えぇー、わ、私まだ全然食べてないですー……」
と、ゆかりが急いで目の前の皿を平らげようと取り掛かる。他のグループからも不満の声が聞こえてきたが悠貴も急ごうと食べ始める。
侑太郎が悠貴に近づき、屈んで小声で話す。
「式典は特高の人たちが仕切ります……。ちょっとアレな雰囲気ですけど我慢してください」
悠貴にそう伝えた侑太郎は立ち去っていった。
研修生たちは施設職員に先導され、講堂に入った。
講堂の中を見回す悠貴。ここは他の場所とは違い、豪奢というよりは荘厳な感じがした。造りもそうだが、周りの雰囲気のせいでそう感じるのかもしれない。
研修生たちは講堂の中心にステージに向かうように整列をさせられ、その四方を正装をした特高の隊員が取り囲むようにして整列している。その隊員の誰もが緊張した顔をしている。
緊張は研修生たちにも伝わる。講堂の中は異様な雰囲気に包まれていた。
「おいおい、何だよ、この雰囲気……」
悠貴の横の俊輔がそう口にする。周囲があまりにも静かだったので本人が思っていたよりも周囲に声が伝ってしまった。俊輔は取り繕った顔をしているが何人かの特高隊員が俊輔に目を向けた。
ステージ横のドアが開く。
G1の5人は最前列右手に立っていたので様子が良く見えた。
誰が入ってくるのだろうか、とドアを見つめる悠貴。最初に入ってきたのはなつみだった。なつみは僅かにだが歩き方がたどたどしい。それを見た俊輔が軽く吹き出し、
「あいつ、ずっと正座してたんだな」
と囁くように言った。
続いて他のグループの教官たちも入ってきた。
8人の教官たちは悠貴たちから近いところに並ぶ。なつみはそうではなかったが、何人かの教官はローブの下に特高の制服を着ていた。
「筆頭参謀の入場です!」
教官たちに目をとられていた悠貴はその声でドアの方へ目を戻した。
ドアから入ってきたのは紛れもなく手塚だった。しかし、悠貴の目に映る手塚はどこか怜悧な感じで、合宿で助けてくれたときや、午前中になつみと戦っていた時の穏やかな感じとは違っていた。
ドアの側から大きく、敬礼、と声が発せられた。講堂内に隊員たちが立礼する音が響いた。隊員たちは皆一様に、顔を正面に向けたまま、上半身を傾けている。
手塚は講堂の中を進み、ステージへ上がる。壇上に用意された椅子に座る。それを合図に隊員たちは元の姿勢に戻り、そのまま直立不動の姿勢を保つ。
それを見留めた司会役の隊員がマイクへ向かって話し始める。
「これより魔法士新人研修の開講式を挙行致します」
静まり返る会場に司会の声が響く。
「冒頭ご紹介致します。只今壇上へ上がられましたのは東部軍……、あ、いや、もとい、東部方面隊統合幕僚部筆頭参謀の手塚栄一郎殿であります。手塚筆頭参謀は本研修の責任者でもいらっしゃいます」
手塚を紹介した司会は、続けて手塚に開会の挨拶を、と促す。
壇上の手塚はゆっくりとした動作で立ち上がり、置かれたマイクの前まで進み出る。立ち止まってからややあって手塚は口を開く。
「登録の申請をし、今後晴れて栄誉ある魔法士となる諸君らに私から……」
周囲は手塚の言葉を注意深く聞いている様子だったが、悠貴は自分でも驚くほど手塚の言葉が耳に入ってこなかった。凛とした声で、理路整然と、時に身振り手振りも交えながら語る手塚。
(本心じゃない……)
そう確信を持ち、悠貴は手塚を見つめる。
研修生を誉め囃し、国家国民のために刻苦勉励せよという手塚の言葉。悠貴の目に入る特高の隊員や研修生たちの中には感涙にむせぶ者もあった。
しかし、やはり悠貴にはどこまでも空虚に響いた。
割れんばかりの拍手に包まれながら手塚は壇上から下りる。手塚を見つめる悠貴。一瞬だけ、手塚が憂いを帯びた顔をしたように見えた。
式典は終わり、研修生たちはここで解散すると伝えられた。
悠貴たち5人は講堂の外のロビーへ出た。研修生の個室がある階まで下りようと階段へ向かって歩き出す。
徐に悠貴が口を開いた。
「そう言えば確か俊輔の親父さんて内務官僚だったよな?」
俊輔が答える前にゆかりが反応する。
「えぇー、俊輔君、そうなんだっ!? 凄いんだねぇ……、将来エリートコースまっしぐらだぁ……」
ゆかりが感嘆した声を漏らす。
「勘弁してくれよ、ゆかりさん……。見りゃ分かるだろ、どう見てもエリートになるような御大層な奴には見えねぇだろ。確かに親父は内務省の役人だけどよ。で、なんでそんなこと聞いたんだ?」
言い終わった俊輔が悠貴を見る。
「いや、さっきの司会が言ってた東部軍とか東部方面隊とかって……、何のことかさっぱりでさ。お前なら分かるかなって」
ああ、と納得したような顔を見せる俊輔。ゆかりと聖奈は別段、特高に興味はないようで、そこで分かれ、そのまま階段を下りていった。
悠貴と俊輔、宗玄はその階のロビーのソファーに腰かけた。
親父が言うにはさ、と俊輔は口を開いて続けた。
「特高っていうのは大きく3つの部隊に分けられているらしい。東日本を管轄する東部方面隊。西日本を管轄する西部方面隊。あとは首都圏に何かあった時に臨時に召集される中央即応集団。隊とか集団っていうのは建前でさ、やつらは自分たちのこと、軍、って呼んでやがる」
それでさっき司会は軍と言いかけたのか……。納得して頷いた悠貴。
それを見た宗玄が、
「羽田君は特高に興味がおありか? 」
と尋ねた。
「いや、興味というか……、知っておいた方がいいんじゃないのかなって」
何と答えたら良いか分からず、言い淀む悠貴。
「何だ、悠貴。お前、特高に入りたいのか? 俺は絶対に嫌だけど、希望すれば直ぐに入れるぞ?」
そうなのか、と意外な声で返した悠貴。
「ああ、喜ばれるぞ。特高にとって魔法士は貴重な戦力だからな」
と俊輔は窓の外を眺めながら言った。
「これこれ、俊輔君。軽々しく勧めるような類いのことでは……」
嗜めるようにそう言った宗玄は悠貴に向き直り、
「余程の覚悟が無ければ止めなされ。修羅の道を行くことになりますぞ」
と続けた。
「そーよ、そーよ。やめなされー」
とふざけたような声がした方を一斉に3人が向く。
「何だ、なつかよ……。びっくりさせんなって」
と胸を撫で下ろす悠貴。
「何だって何よー、せんせぇ。それよりも……、特高に入るとか、マジ止めた方いいよ? ホント根暗な奴ばっかだから」
何だかなつみが言うと軽く聞こえるな、と悠貴は苦笑した。それを見たなつみは頬を膨らませる。
「あー、せんせぃ、今なつのことバカにしたでしょ? これでもちゃんと心配してるんだからねっ」
と言ったなつみが軽く悠貴の腕を叩く。
「ほっほっほ。羽田君、教官殿の言われる通りじゃ。魔法士は確かに優遇される……、しかしな……」
宗玄はそこまで言い、静かに俯く。
言葉を途切れさせた宗玄を悠貴は見る。顔を上げた宗玄は、
「──魔法士だからこそ、止めておきなされ」
とだけ言って窓の外を見た。悠貴はどういうことかと尋ねようとしたが、宗玄は窓の外を眺めたまま振り向かない。なつみに水を向けようとしたが、なつみも窓の外を眺めていた。
悠貴も倣って窓の外を見る。
露天風呂に入っていた時には晴れていたが、今は雪が降っていた。風はない。雪はただ静かに、抗うでもなく、我先にと落ちていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
研修は日増しに厳しくなっていった。
早朝の基礎体力訓練が始まった。午前の実践演習では魔力を自身に纏わせて身体能力を向上強化させる魔装、魔力を凝縮し相手の攻撃を防ぐ盾の訓練が集中的に行われた。対人の演習も増えていき、治癒魔法の練習も加わった。
各グループからそれぞれリーダーが選ばれた。G1からは悠貴がリーダーに選ばれた。8人のリーダーは定期的に集まりグループの研修生たちのまとめ役や伝達役を担った。
研修は厳しく、辛いものになっていったが、グループ内の絆は深まっていった。雪山での訓練など共同作業では研修生たちは助け合い、補い合った。
励まし合いながら乗り越えていく日々の研修。
そうして1ヶ月が過ぎていった。
今話もお読み頂きありがとうございます!
次回の更新は10月23日(金)の夜を予定しています。
宜しくお願い致します!




