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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第78話 彼の挑戦

 二日酔いとまではいかないがダルさが(ぬぐ)えない。目を覚ました悠貴は頭を軽く振ってベッドから出て、書卓の上に置いてあったペットボトルの水を飲む。



 昨夜。途中からなつみも加わって開かれたG1懇親会は夜更けまで続いた。途中、施設の職員が、大丈夫か、と様子を見に来たが、教官用ローブを纏うなつみが研修の一環だと告げるとおとなしく引き下がっていった。


 うとうととしていた聖奈が完全に寝てしまい、自分もそろそろ寝ると言ったゆかりが聖奈を背負って自室へ戻っていった。

 暫く残った面子で語り合い、解散した頃には日付は変わっていた。



 部屋の空気を入れ替えようと悠貴は窓辺へ向かい、カーテンを開いて窓を開け放つ。冬の青空が広がっていた。


 景色を眺めながら悠貴はこれからの研修のことを考えた。昨日は互いの魔法の披露に終始した午前中の実践演習も、オリエンテーション止まりだった午後の講義も本格的に始まる。新人研修の全体責任者も後れ馳せながら今日の午前中には到着するという。



 悠貴は時計に目をやり、食堂へ向かった。G1の円卓には既に宗玄と俊輔がいた。おはよう、と宗玄が悠貴に声を掛ける。宗玄に返事をしながら悠貴は宗玄の横で突っ伏している俊輔を見る。


「俊輔……、どうしたんだ?」


 と問う悠貴に、


「じ、じーさんが……また暗い内から経を……」


 と顔を上げずに俊輔は返した。宗玄のせいで4時間しか寝られなかったと俊輔は訴えたが、当の宗玄には気にする様子が全くない。悠貴は俊輔の肩に手を置いた。


 直ぐに聖奈とゆかりも姿を見せ、G1の5人は共に朝食をとり、そのまま演習場へ向かった。



「よし、今日は俺とじーさんとゆかりさんが魔法を見せたらそのまま実践演習だな!」


 眠気を押し込め、息を吹き返した俊輔が揚々と声を上げる。


 昨日、なつみの一声で予定外に聖奈の魔法の披露が対人形式になり、宗玄、俊輔、ゆかりの魔法の披露は今日に回されていた。


 盛り上がる俊輔を見る悠貴も同様に沸き立つ。残る3人の魔法を見るのも楽しみだし、対戦形式に心が踊る。



 演習場へ進む5人。その先頭に聖奈が立つ。辺りを覆う雪にはしゃぎ、自然と早足になっている。



 演習場には既に他のグループが集まっていた。教官も揃ったグループから実技の演習を始めている。


 G1のポールが立つ辺りに着いた悠貴たち。辺りを見回すがまだなつみがいない。そうこうしている内に悠貴たちG1を除く他の全てのグループが実技演習を始めてしまった。


 ウズウズする気持ちを抑えながら待っている5人の前に、それから少ししてなつみが教官用のローブを纏って現れる。寝癖がついた髪に、明らかに寝起きの顔。


「ごめんごめんっ! 予想はしてたけど、やっぱ起きらんなかったー」


 と相変わらず軽い調子のなつみ。ため息混じりに5人はなつみを迎える。


 さて、となつみが仕切り、昨日の続きを再開する。なつみが宗玄を指名し、魔法を見せるように告げる。


「そう言えば、じーさんの属性って何だったっけか?」


 と俊輔に問われた宗玄は、


「ほっほっほ。まあ、見ていなされ」


 と返し、手を(かざ)す。翳した先には大きな岩があった。宗玄の背丈よりも大きな岩。

 宗玄が力を込めると岩はふわりと宙に浮いた。翳した手を空に向かって上げていくと岩もそれに応じて高度を上げる。そして、ぬん、と宗玄が更に力を込めると、岩に亀裂が入った。幾つかの塊に分かれた岩。それらの岩が地上に降り注いだ。


「すげー! ただの読経じーさんじゃなかったんだな!」


 俊輔は感嘆の声を上げる。横にいるなつみもへぇ、と感心している。


「『動』の属性ね。念動系の魔法って人によって、転移させたり滑らせたり形状を変化させたりって色々と違うけど、宗玄さんのは浮遊させるってのが基本みたいね」


 なつみの解説を聞いたゆかりが、


「すごいですねぇ……、でも雷とか風とかと違ってなんだか手品みたいですねぇー」


 と目をキラキラとさせている。


 そのゆかりが次いでなつみに指名され、魔法を披露する。ゆかりが手を翳して力を込めると両手が光を放った。


「私の属性は『光』だよ。でも、まだこれを使って攻撃とかはしたことがなくて、目眩ましくらいにしかならないんだけどね……」


 はは、とゆかりが乾いた笑いを発した。


「あら、ゆかりさん。実は光の魔法ってけっこう使えるのよっ。魔力を凝縮して光線で攻撃したりできるし、何より光の魔法の盾は上手くやれば相手の魔法を反射することもできる。上手くやれば、だけどね」


 と、なつみはゆかりに言い、続けて、


「さあ、次は俊くんね。私と同じ『火』の属性の」


 と俊輔に近寄る。同じ属性である辺りを、どこか挑戦的な声色で強調し、俊輔を見上げる。



 舌打ちをしてなつみを見返す俊輔。見てろよ、となつみに言い放ち、5人から離れる。俊輔が拳を握る。拳を火が包む。火は次第に大きくなる。構える俊輔。突き出した拳から飛び出した火球が空に放たれる。




「おー、凄いー。なかなかだねっ」


 なつみは手を叩いて俊輔の魔法を褒める。魔法を放ってそのまま立つ俊輔に近寄って、


「うんっ、凄いよ、俊くん。ビギナーでこれだけ出来れば十分。まあなつが初心者だった頃と比べるとまだまだだし、今のなつと比べたら天と地ほどの違いがあるけどね。これから少しでもなつに近づけるように頑張ってねっ」


 冗談っぽく、なつみは言った。



 他のG1のメンバーのもとに向かって歩き出そうとするなつみ。そのなつみを俊輔が静かに呼び止める。


「なあ、なつさ。お前って……俺より絶対に強いって言いきれるのかよ?」


 同学年でもあるなつみと俊輔。昨日の懇親会でも、学校での休み時間にクラスメート同士が戯れるようになつみがコミュ力を全開にして俊輔に絡んでいたが、その俊輔はというとどこか憮然としていた。


 呼び止められたなつみ。立ち止まって、何故そんなことを聞くのだろうと不思議そうな顔をする。首を傾げ、口許に指を当てて答える。


「え、あ、うん。強いよ?」



 俊輔の顔に怒りが(にじ)む。

 俊輔は拳を握り、炎を(まと)わせる。



「なぁ、なつ。昨日、聖奈に魔法を披露させたとき、自分に向かって放たせたよな。てことは対人の演習も駄目って訳じゃねぇんだろ?」


 俊輔の拳の炎が辺りを照らす。雪が解け、湿った土が露出するがすぐに乾燥していく。


 なつみは、くすっ、と薄く笑って答える。


「そうだね……、駄目、ではないよ。基本的な流れってのは一応あるけど、教官に一任されてるからね。あー、俊くん、もしかして……なつと勝負したいとか? あはははっ、止めておいた方がいいと思うよー? まさか研修2日目でケガしてベッドで……」


 なつみがそこまで言った所で俊輔が口を挟む。


「やるのか? やらねぇのか? まさか、びびってんじゃねえよな?」


 なつみの体がぴくっと震える。


 なつみは、ふぅ、と一息ついて悠貴たちに少し離れるように伝える。戸惑う悠貴たち。しかし教官であるなつみがそう言う以上従うしかない。心配そうに俊輔のことを見ながらも下がっていく。


 悠貴たちが安全な辺りまで下がったことを確認したなつみは俊輔に向かい合う。


「なつ、こういうときって手加減できないから……。後悔しないでね?」


 人懐っこく笑顔が絶えないなつみ。そのなつみが見せた底冷えがするような無表情に俊輔は一瞬たじろいだが、


「お前がな!」


 とだけ言い放ち、飛び出す。駆けながらなつみに向かって拳を包む火球を投げつける。なつみは自身の魔力を凝縮して(シールド)を作り、俊輔の火球を防ぐ。


 俊輔はある程度の所まで近寄るとそこで止まり、そこから火の球をなつみに放ち続ける。時に盾で防ぎ、時に舞うようにして火球を避けるなつみ。



 悠貴たちはハラハラしながらその様子を見守る。


「ああ、もう2人とも熱くなっちゃって……。と、とめなくていいのかなぁ……。ど、どうしましょう!?」


 ゆかりはそう言って宗玄にしがみつく。


「ほっほっほ。ゆかりさんや、落ち着きなさい。これも演習の一環。それにな、2人は言うほど熱くはなっておらんよ」


 悠貴は宗玄の言葉に頷く。駆ける俊輔がそのままなつみの懐に飛び込もうとするなら心配もしたが、俊輔はなつみの反撃のことを考えて距離をとっている。

 自分たちはまだ魔力の(シールド)を作ることができない。まだ教わっていない。反撃があれば避けるしかないが、その為に必要な距離を俊輔は分かっている。なつみの挑発に気持ちは高ぶっているが我を忘れているわけではなさそうだ。


 しかし……、


(そのまま距離をとって攻撃しているだけだとジリ貧だ……。いずれ魔力は尽きる。俊輔、どうするつもりだ……、なつだってそのうち反撃してくるぞ)


 そう悠貴が思った時だった。


 俊輔が火球を放つ。その火球はなつみの手前の地面に着弾する。雪と土を舞い上がらせる。


「ごほごほ……、な、何よー。俊くん、手元でも狂ったの……」


 なつみがむせて、目を(こす)る。



 その隙をついて俊輔が駆け出す。距離を詰めていく。火の球を放つ。


「ったく、ワンパターンなのよ。俊くんの魔法じゃなつの盾は抜けないって分からないのかなぁ、そろそろこっちからいくわよー」


 余裕な表情のなつみは駆けてくる俊輔に手を翳す。


「は、ワンパターンで悪かったな! じゃあこれでどうだ!?」


 拳から火の球をなつみの盾に向かって放つ俊輔。同時に自身の体の周りに幾つかの火球を作り、なつみの四方八方から向かわせる。


「なっ……」


 驚いたなつみに火球が迫る。


「誰も火球が同時に1つしか作れねぇとは言ってねぇぞ!」


 俊輔の台詞の直後、なつみの周辺を幾つもの火球が襲う。雪と土が舞い上がり爆音を立てる。





「なつー!」


 叫んだ悠貴がなつみの元へ駆け寄ろうとする。それを宗玄が制した。


「住職! なつが!」


「悠貴君、落ち着きなさい。……ほれ」


 舞い上げられた土と雪が棚引いていく。宗玄が指差す先を悠貴は見る。浮かび上がってくるなつみの姿。なつみは事も無げに立っている。長い髪をくるくるとしながら遊んでいる。



 俊輔の表情が凍りつく。そんな俊輔の様子を見て笑みを浮かべるなつみ。


「凄いねっ、俊くん。なつびっくりしたよ……でも……」


 そこまで言ってなつみは片手を天に(きざ)す。燃え盛る炎が辺りを照らす。瞬時に溶けた周囲の雪。見上げるような高さまで巨大化した炎は徐々に、生き物のような体躯に変じていく。竜のようにも見える。炎を操るなつみは低い声で続けた。


「同じ属性の魔法士同士が戦う場合のことなんだけどね、やっぱ耐性……っていうのかな、どうやって呼んで、どうやって使って……っていうのが感覚的に分かるじゃん? そうすると、自然とどうすれば中和できるか、防げるかっていうのが分かるよね……」


 俊輔は一歩も動くことが出来ない。

 なつみの頭上に浮かび上がった炎の竜が俊輔を見据える。更になつみは続けた。


「特にね、同じ属性だったら下位の魔法士の魔法は上位の魔法士にはほぼ効かないって思ったほうがいいわ。だからね、そういう場合は近接戦闘に持ち込んで、相手が防げない至近距離から魔法を放つか、物理的に攻撃をした方がいいの。どう、勉強になったかな?」


 やはり俊輔は動けない。頭ではなつみの攻撃に備えなければ、攻撃に移らねばと思うが、それが体に伝わらない。


「あのね、俊くんが悪いわけじゃないの、それは勘違いしないでねっ。むしろ強い。凄いなって思うよ。でもね……」


 なつみは竜に向かって翳す手を少しだけ俊輔の方へ傾けた。それに反応して竜は体勢を変える。


 明らかに竜は攻撃する構えに入っている。それを見留めた俊輔だったがそれでも動けない。そんな様子の俊輔を見てなつみは満足そうな笑みを浮かべて口を開いた。



「ごめんね、相手が悪かったの。ただそれだけなの」

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は10月12日(月)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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