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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第77話 寒凪小夜は更けていく

「それにしても、聖奈の魔法はヤバかったな!」


 俊輔は興奮した様子で話す。午前の演習の後、研修生たちの話題は聖奈となつみのことで持ち切りだった。そもそも現役高校生でもあるなつみがG(グループ)1の教官に就いたこと自体で十分話題性があった。そのなつみに噂の天才少女である聖奈が前評判通りの強力な魔法を放った。それを難なく受け止めたなつみ。



 演習場では驚愕の余り、同じG1のメンバーですら聖奈に話しかけることに戸惑いがあったが、なつみが何事もなかったかのように聖奈に接していたので、昼食をとる頃には気軽い関係に戻っていた。



「確かに……。うーん、お姉さん、嫉妬しちゃうかも……。スゴいね、聖奈ちゃん」


 口許に手をあて、そう言いながらゆかりはもう片方の手で聖奈の頭を撫でている。



「流石は、天声の姫、じゃな」


 ゆかりの横で宗玄も感心したように(しき)りに頷いている。


 そうして聖奈の話題で盛り上がる俊輔、ゆかり、宗玄。その3人の中心でちょこんと座っている聖奈は恥ずかしそうに下を向いて、


「あ、あの、私……、全然そんな大したことなくて……えと……」


 と謙遜の言葉を並べている。


 そんな聖奈の様子に頓着することなく3人はわいわいと更に賑やかになっていく。



「聖奈が凄いのは……、それは、そうなんだけどさ……」


 急に立ち上がった悠貴がそう口を開いた。

 聖奈を囲んでいた3人はきょとんとして悠貴を見上げた。


「ん、どうしたんだよ、悠貴。お前も見ただろ、聖奈の一撃! いいか、俺だってこれからな……」


 と、俊輔は今後の自身の抱負を滔々(とうとう)と語り始める。


 わなわなと震える悠貴。俊輔の演説に割って入る。


「ちがーう! 何で俺の部屋に集まってるんだよ!?」




 夕食後、一度は解散した悠貴たち。

 遅れていたゆかりも合流したのだからと俊輔はG1の懇親会を開こうと思い立ち、悠貴以外のメンバーの部屋を訪ねた。全員が快諾し、悠貴を除く4人で1階にある売店に買いだしに行き、先ほど悠貴の部屋を訪れた。


 状況を飲み込めない悠貴を余所(よそ)に4人は部屋に入り込み、買い込んできた菓子類をベッドの上に散りばめた。飲み物を用意し始め、訳が分からずあたふたとする様子の悠貴にゆかりが飲み物が入った紙コップを渡し、「乾杯!」と懇親会を始めた。



「別に懇親会やるなら始めから俺にも声かけてくれよ……、俺だって売店で買ってきたいものとかあったんだし」


 ため息混じりにそう言った悠貴に俊輔が返す。


「ん? だって最初から悠貴も誘ってたら、自分の部屋で懇親会やるの嫌がっただろ?」



 それはまあ、と言いながらコップに口をつける悠貴の目の前でベッドにどんどん食べカスが落ちていく。ベッドの上で戯れるゆかりと聖奈。シーツも布団もぐちゃぐちゃになっていく。


 確かに俊輔の言う通り、懇親会自体は良いとして、自分の部屋でやることについては全力で止めていただろう。コップを空にしてため息をつく悠貴。


 そんな様子の悠貴を見留めたゆかりがコップに何かを注いできた。


「まあまあ、悠貴君。せっかくこうして5人で集まったんだし楽しくやらなきゃ、ね?」


 まあ、それは確かに……と悠貴は紙コップに注がれた飲み物に口をつける。


「……ってこれ、酒じゃないですか!?」


 悠貴の反応が意外だった様子のゆかりは、


「あれ、これはダメだった? 口に合わないかぁ。私は好きなんだけどな。でもね、大丈夫。安心して! 他にもこんなに種類が……」


 ゆかりは自分が持ってきた袋から瓶を取り出し、開けようとする。


「ちょ、まっ……違う違うゆかりさん! そうじゃなくて……」


 悠貴はゆかりを制しようとするが、


「あぁ、年齢のこと言ってるのー? 大丈夫よー。私たち魔法士は実際の年齢と関係なく、この研修に参加した時点で成年擬制になるからっ。悠貴君だって知ってるでしょ?」


 と言ってコップの中身を(あお)る。どこかふんわりとした雰囲気のゆかりが一層ふわふわとしている。既にそこそこ回っているようだ。


「いや、そうじゃなくて! 明日だってあるじゃないですか……。明日も午前中から実戦演習あって午後からも……」


 と、(なだ)めようとする悠貴に、


「大丈夫よー、大丈夫っ。私ね、これといった取り柄はないんだけど、コレには少し自信あるんだぁ」


 と、ゆかりは取り出した酒を片手にウインクをしながら返した。


 何とかしなければと思いはするが、一応年上であるゆかりに悠貴は強く言えない。


 思い付いた悠貴は宗玄に水を向ける。


「そうだ……。住職! 住職からもゆかりさんに……」


 言いかけた悠貴の目の前で宗玄は、ゆかりに注がれた酒に口をつけ、


「おお、ゆかりさん、これはなかなか……。ん、どうしたんじゃ、悠貴君?」



 いや、もういいです、と項垂(うなだ)れる悠貴。聖奈はそんな大人たちを小さい口で菓子を頬張りながら眺めている。



 (おもむろ)に俊輔が悠貴の顔を見て口を開いた。


「俺たちのグループの担当教官、新島なつみって……、あれ悠貴の知り合いなんだよな?」


「え、なつみ……、ああ、俺のバイト先の塾の教え子なんだよ。今年高2のな」


 そう口にする悠貴だが、まだ違和感しかない。なつみが、魔法士新人研修の教官……。午後の講義でも、夕食の時もそのことが頭にちらついていた。部屋に戻ってからは独りでそのことばかり考えていた。


(なつが魔法使えるなんて、全然知らなかった……)


 今でも、塾で見ていた制服姿のなつみと昼間の教官用ローブを(まと)ったなつみが一致しない。自信に満ちた挑戦的な目や長く綺麗な髪こそ変わらないが、見た目ではない。塾に通う高校生、と、魔法士の研修教官。そこには圧倒的な隔たりがあった。


(研修やっていけば……そのうち慣れてくるのか……。うーん、全くそんな気はしないけど……)


 そんなことを考え、頭を抱える悠貴に俊輔は、


「高2……。俺とタメじゃねぇか。確かに聖奈の魔法をきっちり受け止めたってのはすげぇけどよ、それでも、俺たちに教えられる程の力……、あいつは持ってるのかねぇ」


 俊輔は少しイラついた様子でそう言った。まあまあ、とゆかりが(なだ)めにかかる。


 悠貴はなるほど、と思った。俊輔からすればなつみはただの同学年の女子。同学年の女子がいきなり教官だと言われ、俊輔にも思うところがあるのかもしれない。似たような(わだかま)りが自分には無いと言えば嘘になる。



 でも……、と聖奈が遠慮がちに口を開いた。


「あの、じ、自分で言うのも変なんですけど……、私の魔法、正面からああやって受け止めることが出来たのって……、あの、なつみさんが初めてでした……」


 宗玄がそれに続く。


「じゃろうな……。ワシが住む北国にも天声の姫の名は聞こえてきていた。実際、聖奈の魔法を目にして二つ名が決して大袈裟ではないと分かった。この子は本物じゃな、と。そして……、だからこそ、あの一撃をものの見事に防いだ教官殿も只者ではない、と」



 宗玄の言葉に悠貴は静かに頷く。

 確かにそうだ。直接なつみのことを考えると思う所が無いでもないが、聖奈を挟んで考えると落ち着いて捉え直すことができた。あの聖奈の一撃を防ぎきったなつみ。なつみから教わらなければならないことは多い。


(そうだ、魔法に関しては俺は素人中の素人だ。実力とか才能とかは抜きにしても、少なくともなつには俺よりも経験がある……)


 そう思い、悠貴は自分の頬をバチンと叩いた。


「よしっ! なつが俺たちG1の教官なんだ。午前中の演習でのことを見ればあいつに力があることははっきりしてる。俊輔は同い年だからな、クラスメートみたいなもんだ。気にくわないかもしれないけど、でもさ、それとこれとは別だ。あいつは強い、ただそれだけだ。強い奴から教わる。シンプルにそれでいいんじゃないかっ?」


 悠貴は言い終わり俊輔を見る。


「へっ。俺だって別にいちゃもんつけようなんて思っちゃいねぇよ。俺にだって分かる。あいつは強ぇ。見てろよ、俺はあいつを超えて見せる、絶対にだ。よぉし、燃えてきた……、負けてらんねぇぞ!」


 俊輔は立ち上がり拳を握る。


「わ、私も頑張ります! 私もなつみさんに勝ってみたいですっ」


 やる気に満ちた俊輔を見て、聖奈もそう言って菓子を握る両手を上げる。そんな聖奈に、「え、やだ、可愛い!」と言いながら抱きつくゆかり。


 穏やかに微笑みながら、


「ほっほっほ……、皆、やる気になっとるのぉ。いいことじゃ。ワシもひとつ頑張らねばな」


 と言った宗玄に、


「よーし、じーさんにだって俺は手加減しねぇからな! あぁ、早く明日にならねぇか。この気持ちが冷めちまうだろうがよ!」


 と俊輔が地団駄を踏む。その俊輔に、


「わーい、なんか皆で盛り上がれて楽しいねぇっ。お姉さんも頑張るぞぉ。取り敢えず飲み直そう!」


 とゆかりが抱きつく。照れる俊輔を悠貴と聖奈がからかう。



 沸き返る5人。笑い声が部屋を駆け巡る。



 部屋のカーテンは開けられていた。

 部屋の外からは演習場が見える。今日は演習場やその周辺のライトは消されていた。しかし寒凪の空に雲はなく、月明かりが夜の(とばり)に包まれた冬の山々を浮かび上がらせる。


 その光景が目に入った悠貴。


 研修はまだ始まったばかり。この先、楽しいことばかりではないだろう。好雄や優依から聞いた話のことを考えても、何かある、そう思って臨んだ方が良いだろう。油断は禁物だ。生死に関わることだってあるかもしれない。それでも……、


 ──この5人ならやっていける。



 そんな気がした。




 

 盛り上がる5人の声に、部屋のドアが解錠される音が混ざる。マスターキーを手にして入ってきたなつみがキレ気味に口を開く。


「ちょっと、せんせー! なに騒いでるの!? 他の部屋も騒いでるんだけど、その騒いでる他の部屋から苦情がくるってどんだけ……って、あれ、皆も……」


 目を丸くしてなつみは辺りを見回して、静かに低く、何をしていたのか、と問う。


 5人が声を揃えて、懇親会、と返す。




 わなわなと震えるなつみ。目を見開き、声を上げる。



「何で、なつのことも誘わないの!?」

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は10月9日(金)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!



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