第76話 放たれた幕開けの魔法
延着組の教官や研修生たちも揃い、他のグループでは研修生たちの魔法の見せ合いが始まった。演習場の至るで研修生たちは自身の魔法を披露する。
そんな中、悠貴たちG1はまだ1人も魔法を披露していない。キョロキョロと周辺の様子を窺ったなつみは、
「ん? ん? おーい、せんせー、早く私たちも演習始めようよー? 他のグループ、もう演習始めちゃってるよっ」
と悠貴に言った。
固まったままの悠貴。うーん、と首を傾げるなつみ。なつみは埒が明かないと思い、呆然としている悠貴を余所に、後ろに控えていた他のG1の研修生たちのもとへ向かい、
「初めまして、G1の皆さん。G1の担当教官の新島なつみです。宜しくお願いしますっ」
と明るく自己紹介をした。悠貴はやっと我に返り、なつみに詰め寄る。
「いやいやいや、ちょっと待て! なつ、お前、魔法士だったのか!?」
悠貴にそう問われたなつみは、振り返り、そしてキョトンとした顔で答えた。
「え、あ、うん、そうだよ?」
「そんな話、俺は聞いたこと無いぞ!」
「う、うん。言ってもないし……、それが?」
どうしてそんなことを聞いてくるのかと言わんばかりのなつみに悠貴は、
「何で言わないんだよ!」
と、更に一歩詰め寄る。気圧されたなつみは半歩下がって、
「いや、聞かれなかったし……。てか、聞かれもしないのに、気軽に口にしていいことでもないんだよ!」
なつみにそう言い返され、
「そ、それは確かに聞きはしなかったけど……」
と、悠貴が押し黙ったところに侑太郎がやってきた。
「悠貴さんー、お疲れ様ですー。皆さんに飲み物を……って、ん、あれ、どうしたんですか、おふたりとも?」
聞けば、なつみは侑太郎の魔法士の先輩だという。仕事で何度か顔を合わせていて、今回の研修にバイトで参加しているのはなつみから声が掛かったから、ということもあるそうだ。
「へぇー、なつみさん、悠貴さんの塾の生徒なんですね……。世の中狭いですねぇ」
と、どこかのほほんとした様子でそう口にした侑太郎。
悠貴の心中はまだ穏やかにはならない。
(なつが、魔法士の教官だなんて……。てか、どう接したらいいんだよ……)
悠貴の逡巡を見越したかのようになつみは、
「あ、せんせっ。別に改まらなくてもいーよ? いままで通り、なつ、でOK。どーせ研修終わって塾でまた顔合わせるんだしね」
と、どこまでも自然に悠貴にそう言った。ここまで泰然自若とされると自分がおかしいのではないか……。悠貴は大きく息を吐いて空を見上げた。冬の青空には雲ひとつない。
侑太郎はG1の6人に飲み物を配り終わると他のグループへ向かっていった。侑太郎がいなくなり、悠貴たちも他のグループと同じように演習を始める。
「じゃあ早速それぞれの魔法の力、見せて貰いますねっ。うーん、はい、じゃあせんせーからどうぞっ。風……の魔法だよね確か。取り敢えず空へ向かってどどーんとやっちゃっおー」
拍子抜けする悠貴。
魔法士の実践演習。厳かで緊張感の漂うなか、厳しくも頼もしい教官の指導の下……。そんな実践演習の様子を想像していた。
(あー、もう! なんだ、この抜けた雰囲気は……)
なつみの場違いな軽い物言いに辟易とする悠貴。指名されたので取り敢えず他の5人とは距離をとる。
(大体……何だよ、どどーん、て。俺、まともに魔法使ったことなんて無いんだぞ……。くそ、なるようになれだ)
掌に風を呼んで戯れる程度にしか悠貴は魔法を使っていない。学年合宿で魔獣を倒したときのことはあまり記憶に残っていなかった。
取り敢えずなつみに馬鹿にされないよう全力でやってやろうと思った悠貴は両手を空に向かって翳し、自身の中に思い浮かんだ最大限の認識そのままに、──呼ぶ。
目に見えるほどに凝縮された悠貴の風。渦を巻き、低く唸るような音を立てて空の彼方へ消えていった。反動で悠貴は尻餅をついてしまった。
「おぉ、凄いね、せんせっ。資料で見たんだけど、魔法の力に覚醒したのって去年の秋でしょ? ろくに訓練もしていないのにこれは……なかなかですなぁ」
風が消え去っていった空の向こうを眺め、なつみは感心しながらそう言った。
「あ、でもね、あんな全力で魔法放っちゃダメだよ? 魔力には限りがあるの。戦闘ではどう魔力を温存しながら戦うかが大事なんだよ。せんせー、体どう?」
なつみにそう言われ、自身の体を意識する悠貴。
「なんだ、これ……。力が入らない……」
尻餅をついたままの悠貴。立ち上がろうとするが足にも腕にも上手く力が入らない。
「ね? そうなっちゃうの。せんせーの場合、なまじ力があるから、力で押しきりたくなっちゃうかもだけど、禁物ね。ほらっ」
なつみに手を差し出され、その手を掴む悠貴。その瞬間、体の中に何かが流れ込んでくる感じがした。体の芯が暖かくなる。
なつみが手を引く。悠貴はすっと立ち上がることが出来た。体に力が入らない違和感は消えていた。
「あれ……」
と戸惑う悠貴になつみはクスリと笑い、
「なつの魔力、少し分けてあげたの。ちなみにこれが治癒魔法の基本でもあるのよ。どう、勉強になったでしょ」
と言い、せんせーは少し休んでて、と続けた。
悠貴は他の4人の所まで下がる。
「すげぇじゃん、悠貴。お前ともやりあえるのが楽しみだぜ」
俊輔にそう言われた悠貴は、おう、と応じたがその場に座り込む。体に力は入るようになったがまだ違和感が拭えない。どこか体が火照っているようで、雪の冷たさが心地よく感じられた。
なつみは、じゃあ次は……、と言いながら辺りを見回す。聖奈を指差し、続ける。
「はいっ、そこのあなた!」
なつみから指名を受けた聖奈はビクッとして一歩進み出る。名前は、となつみに問われた聖奈が自身の名を告げる。
聖奈の名前を聞いたなつみは、
「あぁ、あなたが噂のお姫様ね……」
とニヤリとしながら言った。そして、
「いいわ、ホントは今日は魔法の披露だけで対人演習じゃないんだけど、聖奈、私に向かって全力で魔法を打ち込みなさいっ」
戸惑う聖奈の返答を聞くことなく距離を取ろうと歩き出すなつみ。悠貴は声を掛けた。
「なつ、大丈夫か? 聖奈って……」
悠貴の声に被せるようになつみは話す。
「勿論、知ってるわよ? だから?」
さっきまでの軽い雰囲気は僅かに影を潜め、クールな声でなつみは悠貴にそう答え、遠ざかって行った。離れた所でなつみは止まり、両手を前に翳す。紅に輝く光りが発せられる。光は次第に収斂し、なつみの前に盾を作った。
「これが魔力で作る盾よ。いずれ演習でもやるから覚えておいてねっ」
片手を盾を保つ為に翳しながら、なつみはもう一方の手を挙げる。放て、という聖奈へのメッセージ。
全力で、となつみに言われた聖奈。迷ったように、後ろに控える悠貴たちを見る。
「まあ、なつが本気でやれって言ってるんだし、本気でやれば良いんじゃないか?」
と言う悠貴に、聖奈は、遠慮がちに、ですよね……、と返し、意を決したように一度深呼吸をして、そして両手を翳す。
その刹那、晴れ渡った空が突如として現れた黒い雲に覆われる。辺りから日中の明るさが失われ、他のグループの研修生たちも何事かと騒ぎ出す。
そんなざわつく周囲を余所に聖奈は集中する。空の厚い雲の至るところで雷が明滅する。雷は呼び寄せられるように聖奈が翳す両手の先に集まっていき、凝縮していく。
次第に球状になった雷の塊が周囲を照らす。
「いきます!」
その聖奈の言葉が合図になり、球体は形を崩し、直線状の光の束になり、轟音と共になつみに向かっていく。
(へぇ、これは……、面白いわね……)
そう思ったなつみが薄く笑った直後、雷撃がなつみを守る盾を襲う。盾にぶつかり、弾かれた雷撃が辺りに散る。なつみの周囲の雪や土を抉る。
光と爆音、煙に包まれるなつみ。
両腕で顔を被うようにしてガードをしていた悠貴。
(な、なつ……)
聖奈──天声の姫が放った雷撃の威力は凄まじかった。悠貴は恐る恐る目を開ける。粉雪が混じる砂ぼこりが舞っている。そよぐ風が砂ぼこりを棚引かせる。
青ざめた悠貴たちは駆け寄ろうと踏み出したが、砂ぼこりの向こうになつみの姿を見留めて足を止める。
なつみはローブについた砂を払い落としながら悠貴たちの方へ向かってくる。どうやら無事のようで悠貴は胸を撫で下ろした。
恐縮するように立ち尽くす聖奈。少し離れていた他のG1の4人が聖奈のもとに駆け寄る。
そして、聖奈に近づいてくるなつみ。
「あ、あの、えぇと……、ご、ごめんなさい!」
涙目の聖奈は頭を下げ、そう声を上げた。その聖奈を見つめるなつみ。
「聖奈……」
なつみは右手を軽く挙げる。ビクッと身を縮めた聖奈の頭の上になつみの手がポンッとのせられる。
「やるじゃん! お姫様! まあなつに比べたらまだまだだけどねっ。それでも一瞬、ほんの一瞬だけど、ヤバいと思ってヒヤヒヤしたわよー、このっこのっ」
なつみはそう言いながら聖奈の頭の上に置いた手で髪をわしゃわしゃとこねくり回す。うぅ、と戸惑う聖奈。
「う、うわぁ……、みんな、凄いな……。こんな人たちの中でやっていけるのかな、私……」
立ち尽くすゆかりはひきつった笑顔でそう口にした。横にいた俊輔は、
「んだよー、ゆかりさん。面白くなってきたんじゃねえか。せっかくこんな化け物に囲まれてるんだ、楽しまねぇと」
と、拳を握る。宗玄はそんな様子の俊輔を見て穏やかな笑みを浮かべている。
聖奈から離れたなつみが、宗玄とゆかりに近づき、2人にも魔法を見せるように告げる。
その様子を見守る悠貴。
なつみの登場という予想外の出来事で流されるままになっていたが、ようやく研修が始まったのだという実感が湧いてくる。そして、なつみや聖奈にまざまざと見せつけられた彼女たちの実力。悠貴は拳を強く握った。
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