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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第71話 右の荒野と左の街

 最後尾の座席からでもバスのフロントガラスの先の視界の悪さは見て取れた。風は更に強くなり、バスの低いエンジン音に混じって吹き(すさ)ぶ風音が時折聞こえてくる。


 悠貴は自分が座る席の直ぐ横にある薄く曇った窓から外を見る。吹雪の隙間から見えてくるのは(おおむ)ね何の変哲もない閑地と山々だった。その光景のなか、時たま目に入ってくる、ぽつんと立つ家屋や店舗のような建物。人の匂いを感じさせる筈なのに、寂れた印象を際立たせる。

 駅に着いて直ぐに見て回った時はまだ日があった。厚い雪雲に覆われ、時間の割りには薄暗くなっている今は余計に物悲しい風景に思えた。


 悠貴はその反対側の景色を見ようと顔の向きを変える。向きを変えて直ぐに目に入ってきた俊輔。寝ているのだろうか、腕を組ながら下を向いている。俊輔が座る横の席には俊輔が置いた荷物があり、その先の席は空いていた。


 しかし、悠貴たちが座る席とは反対側の窓からは外の様子は窺えなかった。灰色に曇った窓からは街の鈍い明かりが漏れるように入ってくるだけだった。


 研修生たちを乗せたバスが進む、幅員の広い道。その道を挟む左右の景色の違い。それは先刻、悠貴がもて余して辺りを軽く見て回った時に肉眼で確認している。


 実際の景色が見えなくとも、窓を通して繰り返される明滅の頻度だけで街の存在を物語るには十分だった。


 バスの進行方向から見て左手の街から放たれる明かりが、遠慮がちに、そして単調に、鈍く車内を照らす。


 視界の右端が光を捉えたような気がして、悠貴は右手の窓を見るが、対向車線を通り過ぎた車のヘッドライトだった。


「気になるか?」


 左右を見比べていた悠貴に気付いた俊輔は静かに話し掛けた。少し驚いて悠貴は俊輔を見る。俊輔は変わらず腕を組んで下を向いている。ああ、と応じた悠貴に俊輔は続けた。


「あっちの左側が特別行政区だ。もともと魔法士の新人研修施設があったんだが、内務省がその周辺をまるまる直轄地にしたんだ。むりやり特別行政区に指定してな。それから徐々に直轄地を広げて、そこに内務省やら特高やらの関連の施設が作られていったんだ。この辺り一帯は事実上やつらの街で、そして基地だ」


 父親が内務省に勤めるとあって流石に詳しい、と俊輔に感心した悠貴だったが疑問が浮かんだ。


「でもさ、都市圏(エリア)以外には誰も住めないんじゃないのか?」


 原則として人が住まうのは都市圏(エリア)のみ。国が管轄して施政をするのも都市圏(エリア)とその周辺、それらの都市圏(エリア)同士を繋ぐ交通網に限られている。少なくとも悠貴はそう習ってきた。


 南関東州ばかりは人口が多過ぎ、行政上では都市圏(エリア)と定められた境界を越えて街が続いているが、地方では厳格に守られている。

 ここ、高原駅周辺は旧行政区分で言えば静岡県。現在では東海州に属する。だとすれば人や街は東海州の都市圏(エリア)が置かれている旧名古屋市周辺に集められているはずだ、ここにこうやって街があるのは自分のそういった知識とは齟齬(そご)がある。


「だから言っただろ、特別行政区、ってよ。実際問題、物流とか国防とかのこともあるから要衝には目を届かせておかなきゃならない。それで置かれるのが特別行政区だ。基地や施設だけってところもあれば、ここみたいにちょっとした街が造られることもある。まあここいらの街も出来たのはここ2年くらいって話らしいけどな」


 悠貴にとっては興味深い話だったが、俊輔自身は退屈な話題だったらしく、言い終わった俊輔はスマホを取り出していじり始めた。


 悠貴は俊輔の言葉を聞き、窓の外に目を移した。更に疑問が浮かんだ。


「でもさ、この……特別行政区、だっけか、その反対側にも家とか見えたぞ。あれは……」


「ああ、たぶん、残された人々(レフト)の連中だろ」


 俊輔の返答の中に聞き慣れない単語が出てきたので聞き返す悠貴。


残された人々(レフト)?」


 悠貴の疑問の深さが声に乗る。俊輔は手許のスマホから顔を上げ指を立てる。


「馬鹿っ。声がでけぇよ。いいか、悠貴。残された人々(レフト)ってのは都市圏(エリア)での生活を嫌って都市圏(エリア)を出ていった連中、あとは始まりの山が現れた後の強制移住から逃れた連中の総称だ。少なくとも内務省や特高の連中はそう呼んでる」


 なぜ俊輔がわざわざ声を潜めて話すのか分からない悠貴。戸惑う感情が表情に出る。それを読み取った俊輔が続ける。


「はぁ……。いいか、悠貴。都市圏(エリア)の外に自分の意思で出ていくっつうのはな、国に喧嘩を売るようなもんだ。自分たちも国に関わらないから国も自分たちには関わるな、てよ。国民全員をきっちり管理したい内務省、特高からしたらそんな奴らの存在、煙たくてしょうがないだろ。実際、目の敵にしてるぜ。特高の連中の前で残された人々(レフト)の話はしねぇほうがいい」


 悠貴に念を押した俊輔は再びスマホをいじり始める。気付けば悠貴の側の窓からも街の明かりは消えていた。悠貴は窓に触れる。莉々が作って渡してくれた手袋をつけていても冷たさが伝わってきた。



 どうやらバスは坂道に入ったらしい。好雄から聞いていた通りだった。森に挟まれ、くねりながら進む坂道の先に施設があると言っていた。


 既に陽は完全に暮れた。薄暗い車内。バスのライトと定期的に車窓を横切る外灯以外には辺りを照らすものはない。


 辺りの暗さに加えて曇る窓。それでも辺りの様子を窺えないかと悠貴は窓を見てみたが無駄だった。窓に張り付いた小さな雪の塊はバスの振動に合わせて小刻みに水の跡を残しながら窓の枠の下の方へ這うように動いていき、そして消えていった。



 それからどれくらい経っただろうか。窓からは冷気が伝わってくるが、それでも概ね車内は暖かかった。暗闇に包まれていたので、妙な眠気に誘われる。研修がこれから始まるのだ、緊張感を保たねばとも思う悠貴だが、手持ち無沙汰も手伝い目蓋が重くなる。


 悠貴が目を(こす)ったその時だった。坂道を上がっていたバスは平坦な道に入ったようで、にわかに速度を上げる。並ぶ外灯の多さが整備の行き届いた道に出たのだと伝える。


 俊輔もそれに気付いたようで、横の空席の連なりを移動し、反対側の窓に近寄る。曇った窓を指で(こす)って外を眺める。そして元いた席に戻り悠貴に話し掛けた。



「いよいよだな、着いたぞ」


 俊輔がそう口にしたのを合図にし、外に見えてきた研修施設を一目見ようとする研修生たち。窓を(こす)る、キュッキュッ、というくすぐったい音がそこかしこからする。



 研修生たちの目に入ってくる、どこまでも鈍白で、そして、どこまでも高い隔壁。



 厳粛な空気に包まれる車内。どこからか、ため息が上がる。それに続くため息があって、そして、ため息とまではいかなくても、ふぅ、と低く息を吐く音が混じる。



 やはりサークルの友人たち……莉々、好雄、そして優依に一言ずつでも何か送ろうかとスマホを取り出す悠貴。ボタンを押し、明るくなったスマホの画面を見て、あ……、と悠貴は声を漏らした。


(電波が……)


 そう言えば俊輔が言っていた。研修中、施設の中は電波が遮断され外部との連絡は許されず、施設の周辺でも電波は妨害されると。


 悠貴は先程の他の研修生たちの溜め息の意味を知り、自身も同じように深く息を吐いた。そしてスマホを、両足で挟むラケットバッグの奥深くにしまい込んだ。暫く使うこともないだろう。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は9月18日(金)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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