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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第69話 揺れる窓とドアの鈴

 斜めに降る雪の向かう先が目まぐるしく移り変わる。その雪の隙間を縫うようにして街並みが見え隠れしていた。


「外……、すげぇな」


 俊輔がそう口にしたその時、一際(ひときわ)大きな風が悠貴と俊輔が座る席の窓に吹きつけた。窓は大きくガタガタと音を立てて揺れた。


 その直後、カランとカフェのドアについた鈴が低い音を鳴らした。目を移す悠貴と俊輔。入ってきたのは魔法士のローブを羽織った男と女だった。応じた店員を男の方が片手を上げて制す。どうやら客として来た訳ではないようだ。女の方が一歩進み出て口を開いた。


「突然失礼します! この中に魔法士の冬期新人研修に参加なさる方はいらっしゃいませんか!?」


 悠貴と俊輔は何事かと一瞬目を合わせて怪訝な表情を浮かべたが、どちらからということもなく手を挙げ、女の呼び掛けに応じた。


 それを見留めた2人が近寄ってくる。近づいてくる2人から俊輔に目を戻す悠貴。その目に入ってきた俊輔の無表情な顔。金髪の上に若干目付きにキツい所がある俊輔。

 まだ知り合って間もないが、そんな外見に反して表情は豊かで人懐っこい所もあると悠貴は俊輔を見ていた。その俊輔が見せた感情を含まない顔が悠貴には少し意外だった。



 ただ、彼らが近づいてくるにつれて悠貴の表情もまた何ともいえないものになっていく。近づいてくる2人が魔法士のローブの下に特高の黒い制服を着用していたからだ。


 悠貴と俊輔の側まで来た女と男。女の方が話し掛けてきた。


「まず君たちが本当に研修生なのか確かめなくてはならない。参加証は?」


 名乗りもせず、挨拶もなしか……。悠貴はそう思いはしたが表に出さず、リュックを手繰り寄せ、法務局から送られてきた顔写真入りの参加証を出して女に示す。


 示すために出したはずだったが、女はそれを取り上げ、まじまじと参加証をチェックする。顔写真と悠貴を見比べてやっと得心したようだった。参加証を悠貴に返す。


 同じようなやり取りを俊輔と男もしていた。俊輔に参加証を返した男は女のほうを見て軽く頷いた。女も男に頷き返し、そして口を開いた。


「協力ありがとう。君たちの研修への参加を歓迎しよう」


 歓迎する気持ちはあるようで、凛とした口振りだったが、女の顔には、一応、と前置きが付くような笑顔が浮かんでいた。


 悠貴は、ありがとうございます、と軽く頭を下げた。ふと目を移す。目の前に立つ女のローブ。付いている徽章の中心の宝石は美しい青色に輝いていた。


(藍玉(アクアマリン)……。水系の魔法士か……)


 と、悠貴が改めて女を見ようとしたその時、



「で、俺たちに何か用かい?」


 無愛想に、そして、挑戦的な含みを込めて俊輔がそう言ったので、男の方が俊輔を(たしな)めるように、おい、と一歩間合いを詰めたが、女の方が、良い、と言ったので下がった。


「いきなり失礼した。私たちは今回の冬期研修の研修生移送の担当者だ。天候による遅延で集合時間もそれに合わせて2時間遅くすることになった。もて余すかもしれないが暫く待っていてくれ」


 歯切れよくそう伝えると女は男を伴い、足早に離れていった。


 そのやり取りを少し離れていた所から見ていた店員が、お待たせしました、と悠貴たちがオーダーしたものを遠慮がちにテーブルの上に並べていった。俊輔はどこか憮然としながら出てきたトーストにかじりついている。


「あいつら知り合いなのか?」


 今しがた去っていった男と女に明らかに含むような所があった俊輔の態度。気になった悠貴は俊輔に尋ねたが返答はない。

 尋ねた言葉が宙に浮いたままになり、どうすることも出来なくなった悠貴は目の前に置かれた紅茶にミルクを注いでスプーンでかき回す。


 口をつけようかと悠貴がカップを持ち上げた所で俊輔が口を開く。



「──悠貴も気づいたと思うけどよ、あいつら特高だろ? 俺、嫌いなんだよ、特高(あいつら)……」


 悠貴もまた特高に良い印象は持っていなかったが、流石に初対面の相手に、あそこまで露骨に態度に出す程ではない。


 悠貴は紅茶に口をつけた。俊輔はトーストの最後の一口をコーヒーで流し込み、一息つく。そして続けた。


「あのさ……、俺の親父、内務省の役人なんだ」


 悠貴は俊輔を見つめた。どう返答すれば良いか迷った。特高──特務高等警察は内務省の管轄。父親が内務官僚だとすれば先程やって来た2人は父親の同僚とも言える。父親と確執でもあるだろうか、などと悠貴が思い巡らせていると俊輔が続けた。


「内務省の役人つっても親父は『外様』だけどな」


「外様?」


 聞き慣れない言葉に悠貴は首を捻る。


「内務省のお役人様って言ってもピンきりなんだよ。親父は元々経産省だったんだけど、内務省が国を締めるようになってから志願して内務省に移ったんだよ。で、内務省が出来たときからずっといる連中が『譜代』、後から入った来た連中が『外様』。どっちも正式な言い方じゃなくて省内のやつらが勝手に区別してそう言ってるだけらしいけどよ」


 考えてみれば、学年合宿からこっち、魔法の力に覚醒してから好雄や優依から魔法士の内実を聞いたり、彼らの教官であった手塚と面識を得たりということはあったが、魔法士を()べる側の話を聞いたのは初めてだった。

 好雄からの話や、実際に自分も学園祭の対抗戦で特高の連中を目にして良い思いは抱いてはいなかったが、それまではどちらかというと内務省にも特高にも良いイメージを持っていた。



 そもそも国民全体の内務省や特高への評価は高かった。始まりの山の出現に端を発した社会の混乱を迅速に終息させ、散っていた人口を都市圏(エリア)に集め、効率的な行政運営、引いては国家運営を可能にせしめた、その立役者が内務省とその内務省が管轄する特高であった。国と言えば内務省を指し、国の安寧を直接担っているのが特高。国民からの人気は高い。


 そうであったから悠貴にしても高校生の時まではそういった良いイメージを持っていたし、一時期は国家公務員の登用試験を受けて内務省を希望しようとまで考えていた。


 しかし、内務官僚になるための道筋を調べてみて進路を変えた。あまりにも人気が高く、倍率が高騰していたからだ。


 内務省が設立されたとき、意欲があり有能な官僚の多くは公募に応じて内務省へ移った。

 形の上では各省の位置付けは同等だったが、非常時の大権を持った内務省の権力は群を抜いている。内務省が他の省の所掌する政策について決定を下し、その省は内務省の意に従って動く。他の省庁は内務省を補完、補助するというのが実態だった。


 当然国を動かしたい、国を助けたい、国の役に立ちたいと燃える青年たちは内務省を目指す。全国の名だたる進学校のトップ層が難関国立、私立の大学へ進み、入学直後から国家試験合格を目指して大学生活の傍ら、予備校にも通うダブルスクールをして勉学に励む。狭き門を通過して合格した、更にその中から選抜された者だけが内務省の門を叩くことを許される。


 悠貴は興味本位で俊輔に尋ねてみた。


「外様でもなんでも内務官僚なんだろ? 俊輔は目指さないのか? それか親父さんが俊輔にも内務官僚になって欲しいとかさ」


「はは、俺が? まさかっ。そんな頭の出来よくねぇからさ。親父も親父で俺なんかにはさっぱり期待してない。妹がさ、俺のなんかよりもずっと出来がいいからよ、親の期待は完全にそっちに向かってたよ。ただ……」


 そこまで言うと俊輔は一度、窓の外を見た。外は昼間だというのに暗い。


「ただ、さ、俺が魔法を使えるようになって、魔法士になるって言ってからは……、親父の態度はそれまでとは真逆になったよ。露骨なもんさ」


 俊輔は軽く笑ってコーヒーを飲み干した。


「やっぱ外様と譜代じゃ出世のスピードも与えられるポストも全然違うらしくてさ……。魔法士は法務省の管轄だけど、特高に入ることもあるからな、内務省の連中はどうしたって魔法士には気を使う。だから親父からしたら俺が魔法士になって特高に入ることで、少しでも自分の立ち位置を良くしたいんだろうよ……」


 言い終わった俊輔がコーヒーカップを静かに置く。声色は微かな怒気をはらんでいるようだったが表情はどちらかというと寂しそうにも悠貴には見えた。



 店に入ってくる客がにわかに増えた。鈴がカランカランと続け様に鳴っている。入ってくる客はそのほとんどが一人で大きな荷物を持っていたので恐らく研修生だ。運休が決まる前に駅を出ていた、遅れていた特急が着いたのだろう。残りあと一本、高原駅に着けばそのあとは運休だ。遅れている、最後の特急が着くのを待っての集合まではまだ暫く時間がある。



 俊輔との会話のネタもつき、俊輔は手元のスマホを暇そうに弄いじっている。悠貴もスマホをチェックしようとポケットに手を伸ばしたとき、一人の少女が店内に入ってきた。

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は9月11日(金)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[一言] ノベプラ同様お邪魔しております。 続きを楽しみに、正座して待ってます。ご無理はしないようお身体に気を付けて作品を綴って下されば幸いです。それではまた。
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