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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第三章 白銀世界の卵たち
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第67話 冬の車窓から

 同じ景色を、季節と乗り物を変えて見ているのは不思議な気分だった。悠貴は、窓越しに冬の海を眺め、学年合宿の時に見た光景を重ねる。


 車窓から見える太平洋は季節を映し、学年合宿で見たときよりも幾分か黒く見える。その海の色とは対照的に、線路と平行して海岸線をはしる道路はこの時期にしては珍しく、白く覆われていた。海とは反対側の車窓から見える丘陵も同様で、遠くに見える山々の上には雲が垂れ込めている。



 今年の雪は早い。早いのみならず降雪量が記録的なものとなっていた。例年であればちらつく程度の南関東の雪は多摩地域から神奈川北西部を中心に降り積もった。


 1週間前の予報でも今日は雪だった。数十年に一度とマスコミが騒ぐ割には、都心では街に薄化粧を施す程度にしか降らない。


 悠貴も当初こそは降雪を気にはしていなかったが、多摩から山梨への陸路の交通が雪で遮断されたとの一報を聞き、自分が伊豆へ向かうのに乗る電車の遅延が心配になった。予定よりもだいぶ早い電車に乗った悠貴は集合場所である高原駅へ向かう。



 サプライズで東京駅まで好雄、優依、それと莉々が見送りに来た。好雄は開口一番に悠貴が足元に置いてあったラケットバッグに突っ込みをいれた。


 現地で洗濯はできるし、必要なものも向こうで調達できるらしいが、それでもやはり荷物は多くなった。それらが入るとなると手持ちの中ではこのラケットバックくらいしかなかった。


『悠貴さっ、何でラケバなんだよ!? 独りで冬のテニス合宿に行くんじゃないんだからよぉ』


 腹を抱えて笑う好雄が妙にバカにしてくるのでムッとしたが、今思えば緊張を解してくれようとしていたのかもしれない。つくづくお節介なやつだ。


 これまで大学やサークルでほぼ毎日顔を合わせていた。これから3ヶ月、魔法士の新人研修に参加する悠貴は彼らと会うことはできない。


 好雄と優依が渡してくれたのはカイロの束だった。こんなに、とも悠貴は思ったが、好雄たちの知り合いに冬期の研修に参加した魔法士がいるらしく、出立に当たって何を渡したらいいかと尋ねたところ、実践演習を野外で行うとのことで、防寒対策にカイロを渡せと伝えられたという。



 一頻(ひとしき)り別れの挨拶が済んだ。


 (おもむろ)に莉々は薄い茶色の紙袋を悠貴に手渡した。電車の中で開けて、と添えて。


 律儀に莉々からの言いつけを守った悠貴。電車で開けた紙袋の中から出てきたのは手編みの手袋だった。中には一枚の四折にされた手紙も入っていた。



『初心者だし……、あと、悠貴の手の大きさ分かんなかった。サイズ合わなかったらごめん。研修頑張ってね!』



 悠貴は手紙を読んだ後、莉々が編んでくれた手袋を両手にはめてみた。薬指が僅かにきつく感じる以外はちょうどいい大きさだった。莉々に感謝しつつ手袋を外し、窓辺の台の上に置いた。包まれていた感覚をどこか名残惜しく思い、時折手袋を視界の端に捉えては笑みを浮かべる。




 冬景色の海岸線を、淡々と電車は進む。


 海だけを見ていると気付かないが、過ぎる駅、目に入る地名から目的地に近づいていることが分かる。悠貴は冬の海を見ながら3ヶ月の研修へ思いを馳せる。


 同期の資格者(まほうつかい)たちとの出会いも楽しみだし実践演習だって興味がある。自分ではあまり好戦的な方だとは思わないが、それでも魔法を使って同期相手に戦うと聞くと熱くなる。


 一方で、不安がないかと言うと嘘になる。登録申請の時に出会った俊輔。言葉は交わしたが為人(ひととなり)を知っている訳ではない。見知らぬ研修生たちの中に飛び込んでいく……。


(まあ、他の人たちだってそうなんだしなっ)


 悠貴はそう思って気を取り直す。気づけば海岸線は先程よりも遠ざかり、なだらかな起伏の向こうに隠れることもしばしばになり、そして見えなくなっていった。



 海が見えなくなってから悠貴は、車窓からの山間の景色を見ては、ラケットバッグの他に持参した小さなリュックから取り出した参加者用のマニュアルや資料に目を通す。そして、暫くするとまた外を眺めた。


 窓から感じられる冷気と電車の中の暖かさの境目にいることで、悠貴は妙な心地のよさを感じた。リズミカルな揺れもあり目蓋が重くなってくる。いっそ一眠りしようかとも思ったが、目的地である高原駅まではもう遠くない。寝過ごすことは出来ない。


 やんわりと自身を包む眠気を追い払うように軽く頭を振って車内を見渡す。向い合わせのボックス席が並ぶ車内。この車両を見る限りは乗客はそれほど多くなさそうだ。


 車窓からの冬の景色は単色単調で寒々しく思えたが、何故かその光景に心が踊る自分がいることを悠貴は認めざるを得なかった。思い出したようにまた姿を見せる海が何故か嬉しい。




 車内アナウンスがあと数分で高原駅に着くことを伝える。暫くすると、どこか電車の進む音が低く聞こえるようになってきて速度が減速してきたのだと分かる。


 窓辺の台に広げていた莉々から貰った手袋や研修の資料なんかを横の座席に置いてあったリュックにしまう。窓際のフックに掛けてあったコートを取り、(まと)う。ボックス席の反対側の座席に立て掛けるようにして置いてあったラケットバッグを手近に寄せる。


 更に電車は減速する。到着は近い。


 悠貴は立ち上がり、忘れ物がないかどうかを確認してリュックを背負い、ラケットバッグを持ち上げてデッキへ出る。ドアの前に立ったちょうどその時、窓から駅のホームが見えた。



 ドアが開く。外気が流れ込んできた。本当に寒い。外へ踏み出した悠貴の足元、ホームにも雪が薄く積もり、踏みしめるとぎゅっと音がした。


 もしかしたら同じように降りた客は同期の研修生かもしれない。見渡そうかと一瞬思ったが、吹き抜ける風がコートの隙間から入り込み、()みるように寒い。


 悠貴は足早にエスカレーターの方へ向かった。そうやって駅の構内に入ると幾分か寒さは薄まり、更に進むと暖かささえ感じるようになってきた。


 悠貴は辺りを見回す。改めて見ると大きな駅だ。人気は少ないが店は多く、新しい。それぞれの店内に人の姿もないではないが、それでもやはり店の数と釣り合わない。店の多さと新しさに反して華やかさは感じられなかった。


 悠貴はそのアンバランスな感じに違和感を覚えつつ、改札へ向かって歩く。


 壁の表面のレンガ造りのせいで、どこかクラシックな作りにはなっているが、パネルや機器は最新のものだ。駅の建物自体が新しいように感じた。


『駅とか駅の周りには何もないぞ』と伝えてくれた好雄の台詞との齟齬に少し戸惑いつつ改札を出る悠貴。出るとドーム状になっている空間が目の前に広がる。


 ドームの頂上は天窓のようになっているが、生憎の空模様で雪に塞がれていて光彩の用を為していなかった。そのせいもあって、改札の内とは異なりドーム内は薄暗い印象だった。


 改札の外にある店も少なくない。こちらの方が店内にある人の姿が多いように思える。地元の人間も利用しているのだろう。


 だいぶ早く着いてしまった。雪のことを考え乗る電車を早めた悠貴だったが、それにしても集合まではまだ2時間はある。


 ただ、好雄からの事前情報で心配していた時間を潰す場所に困る、ということはなさそうだった。


 少し進むと出入り口が見えてくる。出入り口は大きく開いており、外気が無遠慮に流れ込んできている。その外気に乗って舞い込んできた雪で出入口付近は白く彩られていた。


 薄く積もった雪に足跡はない。店内の地元民も長居を決めてここに来ているのだろう。そう思って悠貴が見やったカフェ。ガラスから見える店内の客は誰もがパソコンやスマホをいじるか、本や新聞を読んでいる。



 悠貴はドームから出る。車窓から見えた印象よりも雪の降り方は強い。強まった、とも言えるかもしれない。視界は悪く、おまけに風も出てきて、降り積もった雪の表面を(さら)って宙に舞わせている。


 降る雪と、風に吹き上げられる雪を見ながら悠貴は思った。いよいよだ……、と。

こんばんは、秋真です。

8月8日以来の更新となりますが、本日から第三章スタートです!


お読み頂き本当にありがとうございます。

次回の更新は9月4日(金)を予定しています。


宜しくお願い致します!



もしお楽しみ頂けたようであればブクマや評価、ランキングのタグ踏みなどお願い致します!

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