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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第65話 決意の時

 優依が話していたレストランへ向かう途中の会話は他愛もないものだった。3人とも敢えて魔法士のことには触れなかった。


 優依は友人に誘われたのがきっかけで近頃は足しげく通っているとのことだったが、悠貴と好雄はそのレストランは初めてだった。


 大体の場所を聞いた悠貴。確かに通りに面したその辺りにレストランがあったような気がした。



 中央図書館の敷地を通り、大学の本部キャンパスとは逆の方へ進む。大学の近くの定食屋やレストランなどの飲食店は昼時とあってどこも学生で溢れていた。


 3人がそこから更に先へ進むと大きな通りに出た。流石にこの辺りまでくる学生は少なく、そもそも飲食店がそれほど目につかなかった。


 あそこだよ、と優依が指で示す。


 優依が示した先を見る悠貴。この辺りには授業の合間に散歩で来ることがあったのでそのレストランには見覚えがあった。


 通りに面した側は大きな窓になっていて、中には緑色の空になったワインのボトルがインテリアとして並べられている。


 控えめだがはっきりと店名が分かる木の札が目に入ってきたが、札を乗せる木の樽も雰囲気作りに一役買っている。悠貴は感じの良い店だと思った。



 優依が入り口のドアを開ける。カランとドアに付いていた鈴が鳴った。他のテーブルのオーダーを聞き取っていた女の子がお好きな席へどうぞ、と悠貴たちを促した。


 窓側の4人用の卓へ座る。ちょうど周囲に客はなく、会話の内容のことを考えても都合がよかった。



「良い感じの店だな」


 店内を軽く見回しながら悠貴は口にする。店内に照明は少なく、ややもすると地味な印象を与えたが、独りで考え事をしたいときにはちょうど良さそうだ。今度、独りもで来てみたいと悠貴は思った。



「そうでしょ。私もね、友達に連れて来て貰ってから気に入っちゃってね。あ、お薦めはね……」


 そう言って優依はメニューを手にとり、悠貴と好雄に自身の経験を踏まえたランチメニューのプレゼンを始めた。一推しがたらこパスタとのことで3人そろってそれを頼んだ。お好みで辛めにすることも出来るということだったので悠貴はそうすることにした。



 注文を確認してキッチンへ女の子が戻り、辺りは3人だけになった。


 それを確認したように好雄は給仕された水の入ったグラスを持ち上げて少し口を付け、中に入った氷を小さくカランと鳴らして、口を開いた。


「さて、単刀直入になるけど……、悠貴、どうすることにした?」


 水の入ったグラス越しに悠貴を見る好雄。


 その好雄の横、悠貴の正面に座る優依が悠貴を緊張気味に見つめる。


 悠貴もまたグラスを持ち上げて水を少し口へ含み、飲み込む。水のひんやりとした感覚が食道を伝っていくのが分かる。グラスを置くのと同時に悠貴は答える。


「やるよ、俺。覚悟は決まった。俺は魔法士になる」


 2人はどう応じてくれるだろう。好雄は応援すると言ってくれていたし、優依もまた自分の考えを尊重してくれると言ってくれてはいたが、こうして改めて向かい合って伝えるとなると(いささ)か緊張する。



 そんな感じの悠貴であったから吹き出して笑う好雄のその反応は意外だった。



「はははっ! そりゃそうだろう! 俺はまあそうするだろうと思ってたし、魔法士仲間に悠貴が加わってくれれば心強いし嬉しいんだけど、優依がなー」


 笑い涙を擦りながら好雄は横に座る優依をチラリと見て続ける。


「優依がずっと心配しててさっ。悠貴君が悠貴君が、て。昨日の夜だってわざわざ電話してきて……」


「わー、好雄君! それ秘密だって約束したでしょ!」


 紅潮して軽く声を裏返しながら優依は好雄の服を引っ張って抗議する。


「そうなのか、うきゅん?」


 優依が少し落ち着いたのを見計らって悠貴は優依に向かって尋ねる。水の入ったグラスで口許を隠しながら優依は答える。


「だ、だってぇ……。魔法士なったら、危険なことたくさんあるから。私、悠貴君には危ないことして欲しくないなって……」


「優依は心配性過ぎるんだよ。確かに俺たちの方がキャリアは長いかもだけど、悠貴は強くなるぜ。学年合宿で、狩りに漏れた元従者の化け物を軽くぶっ倒したんだからな。大体のそのお陰で優依だって助かった訳だしな」


 それはそうだけど、と優依は呟きながら、ストローを咥えて水をぶくぶくとさせている。


「心配してくれてありがとな、優依。あと相談にも乗ってくれて。でもさ、やっぱ俺、ちゃんと考えて、魔法士になろう、なりたいって思ったんだ。俺でもやれることがある、役に立てることがあるならそれをちゃんとやりたいんだ」


「悠貴君……」


 悠貴の言葉に乗る決意を垣間見た優依。それまでの、どこか釈然としない所もあった表情が晴れる。


「分かったよ。悠貴君が決めたことなんだし、私は全力で応援するよっ。あ、でも、私は悠貴君の先輩になるんだからちゃんと敬うよーに」


 優依にしては珍しくふざけて腕を組んで先輩ぶろうとした。


「りょーかいだよ、うきゅん先輩」


「うぅ、全然先輩らしくないよぉ……」


 2人のやりとりを笑いながら見ていた好雄が口を挟む。


「で、登録とか研修の申請は大丈夫なのか?」


「あぁ、来週の金曜に予約とったから高等法務局行ってくるよ」


「そう言えば実演とかやるんだっな、懐かしいな。あ、もしかしたらちょうど同じように今度の冬の研修に参加する奴と出くわしたりするかもなっ。早いうちに知り合い作っておくと何かと便利だぞ」


 なるほど、と悠貴は思った。こういった当事者ならではの話を聞きたかった。初めて顔を合わせる者同士が大半を占める新人研修だ。好雄が言うように研修前に知り合いを作っておくのも悪くない。


 考えてみると今は12月の半ば、研修は年明け直ぐだからあと半月。来週は申請をしたりと色々とあるし準備も早め早めにしていった方が良いだろう。



「くぅー、いいよなぁ、研修! なんか初々しくて。女子とも知り合えるチャンスだしなっ、特に同じグループに可愛い子とかいたらもう最高だぜ」



 好雄がはしゃぎながら話す。覚醒して魔法を使えるようになる者は10代20代に多いのは周知の事実だ。理由は良く分かっていない。


 必然的に新人研修も年齢構成的には若年層が多い。勿論中高年も散見はされるが、(なら)すと毎回の研修の年齢構成は大体同じようなものになっている。


「ったく、遊びに行くんじゃないんだからさ」


 レストランに入ったときのどこか緊張した空気はとうに消え去り、拍子抜けした悠貴はため息混じりに好雄にそう言った。


「でもよー、研修、長丁場だろ? 息抜きも大事だぞ」


「もう! 好雄君! 悠貴君に変なこと吹き込まないでっ」



 優依が好雄を嗜めた所で料理が運ばれてきた。優依が言ったようにたらこパスタは絶品だった。クリーミーで口当たりがいい。悠貴は辛めで注文したが、辛さが良いアクセントになっていたし、少し固めなパスタのゆで方が自分好みだった。


「これ……、めちゃくちゃウマイな!」


 好雄がパスタを口に運びながら絶賛する。


「でしょー。私もここ初めて連れて来られたときはハマっちゃってね、一週間ずっと通いつめちゃったんだよね。悠貴君はどう?」


「いや、普通に旨い。店の雰囲気も気に入ったし、俺、また来るよ」


 良かった、と言った優依は改めてパスタを頬張り始める。


 そう言えば、と好雄が思い出したように、


「研修施設は飯旨いぞ。ビュッフェ形式だから好きなもん食えるし、何て言ったってタダ飯だからな!」


 と語り出し、そして続ける。施設の建物の中の話。その施設も最近改修されて新しくなったと聞いた、と。自分たちが研修に行ったときは夏だったが冬は寒く、雪が降ることもある、と。


 悠貴に少しでも研修期間のことについて語り伝えようと、好雄はあれこれと丁寧に話している。


 その横で優依がうつむき加減にしているのに悠貴は気づく。


「優依?」


 悠貴に呼び掛けられた優依はピクリとしたがうつむいたままだった。好雄も話す口を止めて優依を見る。


 顔を上げる優依。

 目が僅かに潤んでいる。


「ご、ごめんねっ。別に悲しいとか、そんなことはないんだけど……。応援するって決めたんだし、その気持ちは変わらないんだけど。やっぱり研修のときって危ないこともあるし、それに……」


 ──3ヶ月って、長いね。


 最後にそう言って優依は再び顔を下に向けた。


 昼時も過ぎ、店内に見える客の姿は悠貴たちが入ってきたときよりも疎らになっていた。食べ終わった食器が片付けられ、食後のコーヒーが運ばれてきた。


 店のスタッフが3人のグラスに水を注ぎ足し、そして去っていった。


 スタッフの給仕の様子を見ながら悠貴はこれからの3ヶ月のことを思った。目の前の好雄や優依、この場にはいないが莉々、サークルや大学の友達とだって会えなくなる。好雄の話では研修施設に入れば外部との連絡もとれなくなるらしい。精神的にキツい3ヶ月になるだろう、それでも……


「俺さ……、なんか面と向かって言うと照れ臭いんだけど、2人のこと見ててさ、憧れてたんだよ」


 悠貴がそう語りだし優依は顔を上げる。好雄は窓から外を眺めている風にしている。


「好雄も優依も、何て言うんだろう、ちゃんと自分の時を生きてるっていうか、やりたいことやってるっていうかさ……、そういうのメチャクチャかっこいいなって思ってたんだよ。俺って今まで生きてて、そういう本気でやりたいって思えるものに出会えてこなくてさ」


 あまりにも真剣に自身の話を聞いてくれている優依の瞳。見つめられた照れ隠しにコーヒーを一口だけ飲んで悠貴は続ける。


「俺だって3ヶ月大学とかサークルを離れるのは正直寂しいよ。合宿だって行けないし、皆と思い出だって作れない。でもさ、それでも俺は……、2人に追い付きたいんだよ、2人と肩を並べられるような立派な魔法士(まほうつかい)になりたい。その為に3ヶ月、頑張ってくるよ」




 悠貴が語り終わると、それまで外を眺めながら話を聞いていた好雄がテーブルに突っ伏した。


「よ、好雄?」


 悠貴の問いかけにややあって好雄が口を開く。


「お前さぁー……」


 顔を上げる好雄。その顔は真っ赤になっていた。


「普通、そういうこと本人たちの前で言うか! そりゃお前の決意表明は立派だよ、すげえよ! でもさ、聞いててこっちが恥ずかしくなるんだよ!」


 頭をかきむしって好雄は水の入ったグラスを呷って空にした。


「お前、よくそういう恥ずかしいセリフ、滔々(とうとう)と語れるな……。話の腰を折らないように我慢してたけど、もう体が痒くて痒くて!」


 そう言ってコミカルな動きをする好雄。その様子を見て優依は笑い出す。好雄に言われて急に恥ずかしくなってきた悠貴は顔に手を当てて、好雄がそうしたようにグラスの水を飲み干した。


「ったく、人がせっかく珍しく誉めてやってんのに……、あーあ、雰囲気が台無しだ、どうすんだよこれ!」


 そう言って大きなため息をつく悠貴に、


「はっはっは、悪い悪い! でもよ、悠貴が悪いんだぞ、急にはじゅかちぃことを言い始めるからぁ」


 と好雄は悠貴を茶化す。


「もう! 好雄君! ゆ、悠貴君、気にしないでねっ、私はね、凄く嬉しかったから!」


 取りなしてくれる優依に感謝しつつ、まだ自分の中に残っている気恥ずかしさを落ち着けようと悠貴は窓の外を見る。


 でもさ、と調子を整えた好雄が口を開く。


「ホント、研修……、頑張ってこいよ。3ヶ月、きっと色んなことがあると思う。良いことも、そうじゃないことも。けど、お前なら大丈夫だって! 根拠はないけど俺が言うんだから間違いないって! 大丈夫!」


 言い終わり、親指を立てる仕草を見せながら破顔する好雄。


 なぜだろう、普段は全く信用できない好雄の、大丈夫、がやたらと心強く心に響く。


 好雄の横の優依。落ち着いた調子で話し始める。


「悠貴君。悠貴君は私なんかよりも全然しっかりしてるから、きっと研修なんかささっと乗り越えちゃうんじゃないかって私は思ってる。私が心配してるのは無理しちゃうんじゃないかってこと。今の頑張ろうって気持ちは大切にして欲しいけど、絶対に無事に帰ってきてね? それに……、悠貴君優しいから、向こうで出会った他の研修生の仲間が大変な目にあったときとか、助けようってきっと無茶しちゃう。それは大切なことだけど、自分独りで何でも頑張ろうとしないで、ちゃんと仲間のことも信じて助けてもらってね。約束、だよ?」


 言い終わった優依は遠慮がちに小指を立てて悠貴の方へ向ける。


 おう、と応じた悠貴も小指を立て、優依の小指に絡ませる。ゆびきりをした悠貴と優依が見つめ合い、そして笑い合う。




「あのぉ、良い雰囲気のところ悪いんだけどぉ、一応俺もいるんだけどなぁ」


 と好雄が突っ込む。


「はわわわわ!」


 と顔を真っ赤にした優依が勢いよく手を引っ込める。


「お前、恥ずかしがるなら最初からそんなことすんなよ」


 と好雄は横の優依をつついて小馬鹿にする。


「も、もう! 好雄君嫌い! ほら、もう食べ終わったんだしお店出よう!」


 そう言って優依は立ち上がり、1人ですたすたとレジまで行ってしまった。その優依の様子を見て悠貴と好雄は目を合わせ、笑った。




 別に永遠の別れでもない。


 3ヶ月、一生懸命頑張って研修を終え、それでまたこの店に来れば良い。そうして研修中にあった色んなことを2人に話そう。もうバレてるんだし莉々も誘うのも良いかもしれない。きっと楽しくなる。大学生活としての3ヶ月は無くなるけど、その分、魔法士として最高の3ヶ月にしよう。


 そう、決意を新たにした悠貴。

 ふと窓の外に目を移す。


 広い窓の外。冬の青空。


 この青空は伊豆の高原にある研修施設にも繋がっている。そこから見る、遮るものの無い青空はきっとこれより綺麗だろう。


 思いを馳せていた悠貴は好雄に呼ばれて席を立った。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次話で第2章は終わりとなります。

第3章のスタートなどについては後書きや活動報告などでお伝え致します。


次回の更新は8月8日(土)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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