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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第63話 始めから決まっていた答え

 後ろで手を組みながら至極自然にそう莉々は口にした。『明日の3限って休講になったんだよね?』とでも尋ねるように悠貴に尋ねた。



 莉々が言い終わると静寂が辺りに木霊する。


 その静寂を割って微かに流れてきた風が莉々の長い髪を揺らした。莉々は僅かに乱れた髪を片手で横へ寄せて悠貴の言葉を待つ。



 悠貴は莉々が口にした言葉の意味を正確に捉えられなかった。莉々が自分へ向けて放った言葉が自分に届かずに虚空をさ迷っているのではないかとさえ思った。


 しかし、静かに流れる時は無意識に言葉の意味を理解することを拒む悠貴を優しく(さと)す。



 理解した後、どう返答すべきか悠貴は思案する。冬の夜だが嫌な汗が止まらない。


 莉々は表情こそ笑顔だが、その視線は自分を射抜いているように感じる。この、一見すると隙だらけで人懐っこそうな少女の、透き通る、どこまでも聡明さを映す相貌。


 嘘はつけない、通じない。そう思った悠貴は一息ついて、──そして答えた。



「ああ、莉々の言う通りだよ」



 そう答え、どういう反応が返ってくるか、と固唾を飲んでいた悠貴には、ふふっといつも通りの魅力的な可愛い笑顔を浮かべた莉々の反応は意外だった。


「あはは、ごめんねっ。困らせるつもりはなかったんだけど……、どう聞けば、どう切り出せばいいか私、分からなくてさっ」


 莉々は悠貴に背を向けて再び夜空を眺める。



「今日は月がなんだか明るいね。綺麗だけどそのせいで星があんまり見えないねー。て、贅沢かなっ」


 改めて悠貴の方を向いて苦笑しながらそう言った。そうして夜空について水を向けられた悠貴だったが正直なところそれどころではない。


「どうして……」


 そう尋ねようとした悠貴。しかし悠貴が思い浮かべ、そして発しようとした台詞は最後まで悠貴の口から発せられることはなかった。呟くようにして悠貴が口にした、どうして……の言葉に重ねるようにして莉々も口を開いたからだ。


「どうして分かったんだ?」



 どうして、の台詞は2人の声に乗せられて、そしてそこから先は莉々1人の台詞となった。言い終わった莉々は少し挑戦的な、それでいて優しい笑みを浮かべながら月明かりの下に(たたず)んでいる。



(俺の記憶の中では莉々の前で口を滑らせたことはない……。さっきの鍋の時の、優依の『登録』か……。いや、それだけで魔法と結びつけられるわけが……)


 莉々は変わらず悠貴の答えを待っている。


(だとすれば、好雄か優依が莉々にばらしたってくらいしか……)


 悠貴の思考を見透かしたかのように莉々は口許に指を当てて口を開く。



「うーん、たぶん悠貴が考えていることは、違う、かな」



 微妙な距離感のその先にいた莉々はそう言いながら悠貴に近づいてくる。手を伸ばしたら届きそうな位の距離になり莉々は続ける。



「えーとね、うーん。どう言ったら分からないし、もしかしたら信じて貰えないかもしれないんだけどね、私、魔法を使える人が分かるんだ」



「え、じゃあ……莉々も、もしかして魔法を使えるのか……」



 ──にわかには信じがたい。

 莉々が魔法士……。そんな話聞いたこともないし、素振りも見たことがない。それに大学に入ってからはお互い異性では一番仲が良い友人という自負がある。ずっと隠されていたのか……。


 何とも言えない気分に悠貴は(さいな)まれたが、それは自身がこの瞬間まで莉々にしてきたことだ。それを棚に上げて責めることは出来ない。



「あ、違う違うっ。そうじゃないよ! 魔法は使えないよ!」


 必死に否定する姿を見て、何処か少し普段の莉々が戻ってきたようでほっとした。それと同時にますますどういうことなのだろうと悠貴は混乱した。


「でも、じゃあなんで……」


「まあ当然、不思議に思うよね。うーん。ちゃんと答えてあげたいんだけど……、私にもね、分かんないんだ」


 足許に目を落とし、莉々は小さな石を蹴った。蹴られた小石は宙に舞い、コツンと小さな音を立てて着地した。転がっていく小石を2人の目が追いかける。


「分からない?」


 怪訝そうな顔で悠貴がそう問うと莉々は、


「うん、そう。分からない」


 とだけ返した。



 どういうことなんだろう。魔法士でもないのに何故か魔法を使える者のことが分かる。しかし、何故分かるのかが分からない。


「あはは、ごめんね。訳分からないよね! キモいよね!」


「いや、そんなことはないけど……。不思議なこともあるもんだな」


「私も。本当にそう思う……」


 悠貴は半信半疑だが事実、自分が風の魔法の力に覚醒したことを当てられた。その事実は揺るがない。


「実はね、学年合宿のあの夜にね、悠貴がよっしーと優依と森から出てきたら時にはもう、もしかしたら……、とは思ってたんだ。確信したのは学園祭の頃かなぁ」



 そこまで言って莉々はふと公園の時計に目を移す。時間を見留めてそろそろ戻ろうかと悠貴を促す。歩きながら話そうと言われたので悠貴は頷いた。公園を出て、2人は来た道を戻っていく。


 冬の桜並木が続く川沿いの小道を2人は歩く。


「昔からね、なんか魔法を使える人って分かるんだ。……もっと言うと『呼ぼう』としている、『何』を『呼ぼう』としているか、とかね。悠貴は……、うーん、風、だね」


 少し覗き込むようにして莉々はそう言った。少し距離が近かったことと目が合っていた時間が長かったので悠貴はにわかに目線をそらした。


「すごいな……。そこまで分かるのに何で莉々自身は魔法使えないんだろうな」


「ホントそれ。感覚的にこれだけ分かるのに、いくら頑張っても何も呼べないんだよ、ぽんこつだね、私」


 両手を前に出し、うーん、と力を込めて魔法を使う、呼ぶ素振りを見せるが何も起こらない。莉々は薄く笑う。悠貴はどう答え、どのような表情をすればいいか分からなかったので、ひたすらに前方に目をやる。


 そういえば、と莉々が切り出す。


「どうするの? 魔法士(まほうつかい)の登録。研修受けるのに申請とかが必要なんだよね?」


 まさに今、悠貴自身が迷っている、その核心をつく。



 うーん、と少し思案して悠貴は口を開く。


「莉々はどうしたら良いと思う?」


 莉々は薄く笑って答える。


「ふふ、そう聞くってことは自分の中では結論、出てるんだよね」


 莉々にそう言われ、悠貴は改めて内心を量る。


 そう、自分はやはり魔法士になりたい。研修に参加して登録し、自分のこの力を生かして成長していきたい。そして好雄や優依が生きている世界の中で自分も頑張っていきたい。


 一方で、大きく変わってしまう日常への不安もある。研修に参加すれば春の合宿や新年度の新歓にも参加できないかもしれない。特高の奴らのような危ない連中と関わることもあるだろう、危ない事件に巻き込まれることも……。


 逡巡が顔に出てしまったのだろう、莉々はため息混じりに問いかける。


「もー、ウジウジウジウジ考えて! 悠貴の悪い癖だよっ、考えすぎ! 魔法士(まほうつかい)、なりたいの!? なりたくないの!?」


「そりゃなりたいよ! でも……」


 でも、と悠貴が口にしたところで莉々は悠貴の肩をばしっと叩く。


「なりたいなら……なる! それでいいじゃん!」


 叩かれた肩を押さえながら悠貴は莉々を見返す。莉々の言は正しい。正しいが自分も訴えたいことはある、あるはずだが……。真っ直ぐな視線が、優しく、そして強く悠貴を射抜く。


「私は……、悠貴のこと応援するよ、ずっと」


 最高の笑顔でそう莉々は言った。その笑顔に魅せられながら悠貴は思う。やはりこいつ、目の前の少女はどこか苦手だ。自分の心の奥深くにもずかずかと入り込んでくる。いとも簡単に。


(莉々には、勝てないな)


 そこまで思って悠貴は破顔する。笑い合う悠貴と莉々。



 歩きながら悠貴は莉々に叩かれた肩を撫でる。まだ少し痛い。いつもの男殺し(ニコポン)とは違う。だいぶ強く叩かれた。どこかその痛みに心地よさを覚え、去り行く痛みを惜しむように肩を擦った。


「ありがとな」


 囁くように悠貴はそう言った。考えてみれば答えは最初から決まっていた。魔法士(まほうつかい)になる。必要なのは決断だった。


 そして、その決断をさせてくれたのは莉々だった。莉々が背中を押してくれた。決めることのできない自分を悠貴は薄く笑った。


 「ん? 何?」と口を開いた莉々に悠貴は首を横に振る。感謝の言葉をちゃんと伝えるのは立派に魔法士になってからにしたい。


 そう思って悠貴が踏み出した一歩は、紛れもなく魔法士としての第一歩だった。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は7月31日(金)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!



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