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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第62話 月下の少女の問いは日常を纏う

 学年合宿係の晩餐が始まった。こうやって係の4人で夕飯を作り囲む。そのこと自体が合宿を思い起こさせる。


 莉々が作ったサラダドレッシングはレモンの酸味が効いていて食欲をそそる。牛肉の味付け自体は甘めで、それがドレッシングと相まって食が進む。サラダとの相性も良かった。


 食べながら合宿の思い出を語る。



「だからね、私はちゃんと前の日によっしーに連絡して遅刻するなって念を押したんだよ! それなのにさぁー……」


 莉々は手始めに合宿初日の好雄の遅刻を話題に出す。残りの3人はあぁ、と苦笑した。



「期待するのもどうかと思うけどな。好雄、遅刻しない方が珍しいだろ。本当に遅刻させたくないんなら莉々が好雄の家に泊まるか、莉々の家に泊まらせれば良かっただろ」


 と、志温は莉々に挑発的に返す。志温も1学期までは好雄の遅刻を口うるさく注意していたが、夏休み以降は慣れてしまったのか、あまり気にする素振りは見せなかった。


「冗談っ。何で私が……。そんなの悠貴か志温がやればいいじゃん」


 莉々は鍋から自分の皿に取り分けながら志温をねめつける。


「それ言ったら大門だろ、やばかったのは。日程の勘違いとかどんだけ……。誰かからは日程の連絡いってたはずだろ、しかも何回か」


 悠貴も鍋をつつきながら大門の遅刻ネタを出す。


「あー、あの莉々が包丁投げたやつか?」


 と志温が悠貴に便乗して莉々をからかう。


「違うわよ! 確かに包丁は持ってたけど投げたのはスリッパ! 死んじゃうでしょいくら大門でも」


 と、莉々が返すとその通りだ、と悠貴と志温は吹き出し、つられて優依も笑い出す。


 笑い声が悠貴の部屋を満たす。


 優依が立ち上がって、残っていた具材を取りにキッチンへ行く。戻ってきた優依に悠貴が暑くなってきたから少し窓を開けてくれと頼む。


 優依は野菜や肉が入ったボウルを志温に渡すと窓辺へ向かい窓を開ける。



 冬の凛とした空気が部屋へ入り込む。


 鍋と、そして何より弾む会話で火照った体を冬の空気が優しく冷ましていく。その心地よさに4人は浸り、打って変わって安楽な静寂が部屋を満たす。



 その後も宴は続き、話は合宿から年末、年始、そして来年の新歓のことへと移っていった。


 他の3人がそれで盛り上がる中、悠貴は、


(俺は……、参加できないかもなんだよな)


 と、内心に浮かぶ寂しい気持ちを噛み締めている。


 魔法士の登録。もし今月登録申請をすれば年明け1月から3月は新人研修に参加しなければならない。


 その間は大学も休むことになるし、サークルで行われるイベントに参加はできず、こうやって同期の友人と集まって楽しむことも出来ない。


 ふいに自身の内に生じた切なさを吹っ切るように悠貴は目の前の飲み物を(あお)って空にする。


「あー、それ私のだよぉー……」


 どうやら悠貴が空にしたのは優依のグラスだったらしい。


「あ、俺のはこっちか。悪いっ」


「え、えと、うんうん! 全然、大丈夫……」


 紅潮した、慌てた様子の優依は悠貴から空になったグラスを受け取って飲み物を注ぐ。勢い余ってグラスから飲み物がグラスから溢れる。


「あ、ご、ごめんね!」


 何をそんなに慌てているんだか、と悠貴は笑いながらテーブルを拭く。恥ずかしさを誤魔化すように優依は、


「でも悠貴君も残念だよね。登録したら来年の春合宿とか参加できな……」


 自分でもまずいと気付いたのだろう。優衣の表情が固まる。登録、の言葉が優依の口から出て悠貴も青ざめる。


「ん、登録てなんだ? 悠貴、春合宿行かないのか?」


 悠貴は出来るだけ自然を装って、そう聞いてきた志温に、


「いや、ちょっと用事が入るかもしれなくて……。そ、そう言えば春合宿はシングルの部内戦あるんだろ? 志温なら優勝できるんじゃないか?」


 と聞き返し、話題を変えようとした。功を奏したようで、テンションが上がった志温は雄弁に語り出す。


「それなんだよ! もう優勝狙ってる先輩たちから個人練の誘いがあってさ……」


 優依が漏らした『登録』の言葉は頭から消えているらしい。春合宿の部内戦へ向けていかに備えていくか、語る調子はいつもはどちらかというと寡黙でクールな志温だが、やはりテニスのこととなると熱くなる。


 優勝候補に名を連ねる莉々もまた志温に応じて熱く語り出す。暫くテニス談義で盛り上がる。誰それが最近上手い、ラケットやガットの良し悪し、春合宿はハードコートらしいなどなど……。



 ーー



 一頻り話が終わり、ふと気づくと優依は横になりクッションを枕にして静かな寝息を立てている。


「悪い、俺も眠くなってきた……、優依もだろうけど俺も泊まっていく」


 志温はうとうとする目を擦りながらそう悠貴に告げた。告げられた悠貴は壁に掛けてある時計に目をやる。終電は既に終わっている。


 立ち上がって収納スペースからタオルケットを2枚取り出し、1つを志温に手渡す。志温はそのまま悠貴のベッドへ向かい横になった。


 悠貴は取り出したもう片方のタオルケットを優依にかける。タオルケットの端が優依の顔を覆ってしまい、改めてかけ直すと優依の鼻先をかすめ、優依は軽くクシュン、とくしゃみをした。悠貴と莉々は顔を見合せ微笑んだ。


 莉々には自分が普段使っている布団を使わせればいい。自分用に確か薄手ではあるがもう1枚タオルケットがあったはずだ。



 収納スペースをまさぐる悠貴に後ろから莉々が声を掛ける。


「ねぇ、悠貴。良かったらちょっと散歩しに行かない?」



 特に断る理由もない。何となく莉々とゆっくり話してみたかった。ああ、と悠貴は首肯してコートを羽織る。莉々もそれに続く。玄関のドアを開けると寒気が流れ込んでくる。部屋の寒暖差で鼻がツンとする。


 2人は外へ出る。悠貴はドアに鍵を閉め、ちゃんと閉まったかガチャガチャとドアノブを引っ張り確認する。



 神経質だね、と莉々は馬鹿にしてきた。気になるものは仕方がない、そう示すように悠貴は肩を(すく)めて薄く笑った。2人は歩き出す。


 近くの川沿いを少しいった辺りに小さな公園がある。この寒さでは遠くまでは行くのは気が引けるが、あの辺りならちょうど良いだろう。悠貴の提案に頷く莉々。



 冬の静寂と月の光が川沿いの細い道を包む。


 悠貴が今の学生マンションに引っ越してきた時には川と道に沿って植えられた桜が見事だった。桜の枝々は川へ向かって()り出している。


 反対側の遊歩道にも同じように桜の木が植えられていて、そして同じように川へ向かって迫り出す。春、川の上には桜が浅紅の天井を作る。



 そうやって人々の目を楽しませるこの道も冬場は閑散とした印象になる。閑散と言うよりもどうにかすると不気味な様にも映る。花と葉を失った桜の木の幹と枝の黒が夜の漆黒に相対的に薄く浮かび上がる。


 バイトやサークルで遅くなった帰りにこの道を歩くこともある悠貴はこの辺りで自然と早歩きになった。


 しかし、今夜の印象はどこか異なる。月明かりがいつもより濃いので夜が薄くなっているからかもしれないし、横に莉々がいるからかもしれない。



 特に何を話すということもなく2人は歩を進め、件の公園に辿り着く。小さな公園。ブランコ、ジャングルジム、ベンチといった定番は備えているが、ただそれだけ。


 悠貴は(おもむろ)にブランコのうちの1つに座り、軽く漕ぐ。ブランコの音が公園に静かに響く。



 自身がそうしたので莉々も横のブランコに座るかと思ったが、莉々は少し離れたジャングルジムへ向かう。軽々とした身のこなしで莉々は頂上へ辿り着く。



 少しの間、頂上で夜空を見上げる莉々。


 意を決したように急に体勢を変えてジャングルジムを降りる。すとんと着地すると軽やかな足取りで悠貴の元へ近づいてくる。


 ブランコに座る悠貴にも莉々の表情が捉えられる位の近さになる。莉々は薄い笑顔を浮かべている。やはりブランコに座るのだろうかと悠貴は思っていたが莉々は急に立ち止まる。


 近いとも遠いともどちらとも言えないような絶妙な距離で莉々は月明かりに照らされながら佇む。



 どこか幻想的だった。そうして莉々が口にした言葉は冬の凛とした空気と白い月の明かりに乗せられて悠貴の耳許へ届いた。


 幻想的な雰囲気の中、口調や声色はまるで雑談をするときのもの、そのものだった。



 凄く自然なものだった。台詞の中身に反して。





「悠貴ってさ。魔法……、使えるよね?」

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は7月27日(月)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!



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