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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第60話 play on the waterfront! ⑥

「ぷはぁー……」


 水中から顔を出す悠貴。

 一足先にプールから上がった莉々はプールサイドで待っていた優依、志温と話している。悠貴も上がって3人に近寄る。


 志温も優依も濡れている。自分たちが列に並んでウォータースライダーから滑ってきた最中に2人もプールで遊んでいたと見える。


「よー、悠貴、どうだった?」


 と尋ねる志温に、


「いや、あのスピードはヤバいぞ……。ほぼ減速なしでさ。まあ一番ヤバかったのは莉々の悲鳴だったけどさ」


 と悠貴は莉々を見ながら返した。


「自分のこと棚に上げて良く言うねー。悠貴の叫び声で私まだ耳痛いんですけどぉ」


 と莉々は悠貴をあしらった。


 肩を(すく)めた悠貴が時計を見る。昼を少し回った頃だった。誰からともなしにそろそろ昼に、という流れになり飲食スペースへ向かう。



 フードコートの周囲には和洋中の店が軒を連ねている。それに加えて様々な種類のつけ麺の屋台があちこちにあった。悠貴はドームへの入口付近で目にしたつけ麺フェアのことを思い出した。



「悠貴悠貴、見て見て! つけ麺の種類があんなにある!」


 はしゃぐ莉々。


(そう言えば、莉々って学食でもいつもつけ麺ばっか食べているな)


 屋台も含めて一通り何があるのかを見て回る4人。


「私はもう決めたけど皆はどう!?」


 すでにどの屋台のつけ麺にするかを決めた莉々は3人を見つめながら急かす。悠貴たちは顔を見合せ、軽く吹き出した。吹き出された側の莉々は小首を傾げた。



 4人は少し歩いて比較的空席があるところまでやって来た。


 4つの椅子が周囲に置かれた丸テーブルの真ん中には注文用の端末が置かれていた。莉々は素早く自分の注文を入力して、はいっ、と満面の笑みで端末を優依に渡す。残る3人も入力を終えて、最後に入力した悠貴は元あった場所へ端末を戻す。


 改めて辺りを見渡す悠貴。フードコートの先にもプールが点在している。家族連れが多い、比較的浅めのプールが多いようだった。


 そこから視線を右へずらすとプール、というよりは温泉に近いような作りになっていて、周囲の喧騒を余所に落ち着いた雰囲気になっていた。


「色んなタイプのプールがあるんだなぁ……」


 感心したように悠貴はそう口にした。


「それがウリだもん。小さいのを含めると種類だけでも100! あそこに温泉っぽいのもあるけど、他の階にはもっとちゃんとした温泉もあって、あと露天風呂もあるって。その他にもね……」


 予習の成果を遺憾無く発揮する莉々。



『一週間遊び倒せる』のウリ文句は(あながち)そう外れてはいないかもしれない。他のエリアの規模や充実度がここと大差ないなら一週間あっても回りきれないかもしれない。莉々の説明を聞きながら悠貴はそう思った。




 程なく配膳用のロボットが来た。遠くから見ると小型のドラム缶のようにも見える。上の平らな部分には4人が注文した料理が並び、透明な半球のカバーが覆う。


 悠貴たちのテーブルに近づくとディスプレイ部分に料理の一覧が示されて間違えがないかの確認を求める旨が表示された。続いて合計金額が示されてそれぞれのバンドを読み取り部分に(かざ)すように伝えられる。


 取り敢えず4人分まとめて悠貴が払うこととなったので自身のバンドを翳すとピッという電子音が鳴ってカバーが開く。途端に食欲をそそる香りが広がる。莉々は4人の料理を手早く並べる。



「いただきます!」



 4人で声を合わせ頬張り始める。期待以上に旨い。悠貴は少し驚いた。



 もし1月から魔法士の研修に参加するとなると暫くバイトはできない。研修中も登録後も国からの俸給があるとはいえ、色々と物入りですぐに吹っ飛ぶと好雄に聞かされた。


 11月、学園祭が終わってから悠貴は塾講師、事務所両方でバイトに入る日数を増やした。そのせいで貯金は多めにある。


 その油断もあって奮発して少し高いと思ったが海鮮丼を注文した。トッピングでサーモンも加えた。とろける魚介に舌鼓を打つ。


 パスタを注文した優依も、親子丼を注文した志温も味に納得したらしく顔を(ほころ)ばせている。


 食後の心地よい沈黙が4人を包む。お茶でも、と莉々は立ち上がってセルフサービスのコーナーへ向かって行った。


 莉々が4人分の温茶を入れた紙コップをトレイに載せて戻ってきた。4人に配りながら話し始める。


「ねぇねぇ、向こうで聞いたんだけど足湯があるんだって! 食べてすぐ泳ぐのも何だし行ってみないっ?」


「お、いいじゃんっ。2人はどうだ?」


 悠貴が水を向けると2人も頷いたので、4人は食器を片付けて返却口へ置いて足湯へと向かった。


 フードコートを中点にしてウォータースライダーとは反対側に足湯はあった。屋内プールエリアの中では奥まった場所だった。沢のように湯が流れていて、その両脇に岩が並ぶ。


 雰囲気を演出するためか、間接照明の朧気(おぼろげ)な明かりが辺りの岩場を浮かび上がらせている。


 4人は座るのに適当な岩を探して辺りを少し歩く。プールの喧騒もここからは遠く、喧騒が変じた籠った音が時折聞こえてくる。


 志温が指差した先に2人ずつが腰掛けられそうな大きさの平らな岩が湯の沢の両脇に並んでいた。男女に分かれて座る。


 悠貴が座った近くに足湯の説明が書かれていた。


 薬湯であるらしく、そう目にしたせいもあってか、立ち籠る湯気からは微かに熟した森のような香りがした。


 悠貴は足を湯に浸ける。辺りの薄暗さと薬湯ゆえの濃さ、そして足湯の底の岩の色も相まってのことだろうが、黒とも焦げ茶とも判ずるのが難しい色合い。


 他の3人も足のすねまで湯につけて心地良さそうにしているのを見留めて自身もそれに倣う。


 湯は少しぬるいようにも感じられたが、かえってそれが辺りの淡く浮かび上がる光景と不思議に調和して心地よかった。


 4人で振り返るサークルの学年合宿。夏休み中はバイトやサークルの練習の合間を見つけては打ち合わせを繰り返した。


 そうした準備も大変だったし、合宿初日には好雄や大門の遅刻もあった。それでも本当に楽しかったし、良い思い出になった。


 莉々が、今から来年の学年合宿も楽しみだ、と言った。悠貴、優依、志温が深く頷いた。


 そうして暫く話に花が咲いた。




 心地よさに浸りながら、ふと悠貴は足湯の流れを遡るように見た。流れる足湯の上流は更に薄暗くなっている。何となく悠貴はその先が気になった。


 立ち上がる悠貴。


「悠貴?」


 と湯を堪能する莉々が口を開く。


「ちょっと奥の方がどうなってるか見てくる」


 了解、と足湯を楽しむ莉々は気の抜けた声で返した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 悠貴は岩場を進む。次第に人影は(まば)らになって、そして誰もいなくなった。悠貴は誘われるような足取りでそのまま歩いていく。


 岩陰の奥。少しばかり開けた場所。岩を伝う湯の音が木霊する。



 岩が幾つか積まれ、滝を模していた。ここが足湯の沢の始まりのようだ。今まで以上に湯気が立ち込める。


 薄暗い中、その小滝の傍らに座る人の姿が見える。向こうも悠貴に気付いたようで、顔だけを悠貴のほうへ向ける。


 浮かび上がる人影は微動だにしない。戻ろうかと思った悠貴に湯気の先から声がかかる。


「悠貴君?」


 自分の名前を唐突に呼ばれ悠貴はビクッとした。聞き覚えのある、少し低く、落ち着いた声。


 声のした方へゆっくりと進んでいく。進むに従って霞む輪郭がはっきりしてくる。


 更に少し近づいたところで悠貴は、


「有紗先輩……」


 と、湯気の向こうの人物に声を掛けた。悠貴が口を開いたのを合図にしたように湯気が割れる。


 悠貴の大学の先輩、嵯峨有紗がいた。


「少し……、久しぶりね。学園祭以来。やっぱりキャンパスが違うと中々会わないものね。会いたかったわ」


 有紗は確かに理工学部。理工学部のキャンパスは本部キャンパスからは少し離れている。悠貴も行ったことは数えるくらいしかない。



 有紗は上から湯が伝う、積み上げられた岩の傍らで、小さな平たい岩の上に足を組んで腰かけている。然り気無くフリルが散りばめられている黒のビキニを纏って、薄く悠貴に向かって微笑んでいる。


 黒く長い、ストレートの美しい髪。大人びているようにも幼いようにも見える有紗は文句無しで可愛く、悠貴はドキッとした。それを隠すように悠貴は尋ねる。


「有紗先輩は、独りですか?」


 有紗は岩を伝う湯を両手で集め、少し溜まったところでその湯を自分の肩から掛けて肌に滲ませていった。


「ええ。そうよ。悠貴君は友達と?」


 悠貴が頷くと有紗は、そう、とだけ言って改めて悠貴を見る。


「身体は、本当にもう大丈夫なんですか?」


 学園祭の魔法士対抗戦で負傷した、負傷したように見えた有紗を悠貴は気遣う。


「ふふっ。ありがとう、悠貴君。でも大丈夫よ? ほら、傷一つ付いてないでしょう?」


 自分の身体を眺めた後に有紗は悠貴にそう返した。


「独りで……、こんな所にいるんですか? もし良かったら、俺たちと一緒に遊びませんか? 一緒に来ている友達も紹介したいですし」


 請われた有紗は一拍置いて答える。



「ありがとう、悠貴君。優しいのね、君は。でも遠慮するわ。私はね、こうやって、独りで遊ぶのが好きなの」


 そう言った有紗は、右腕をすっと上げる。辺りを漂う湯気が漆黒を纏う。


 ──闇が、煌めく。



 その光景を見て、


「綺麗でしょ?」


 と、満足げに微笑む有紗。


「私の属性は『闇』。まあ、対抗戦を見に来てくれた悠貴君には言うまでもなかったわね」


 そう言われた悠貴は少し驚いていた。確かに辺りに人気(ひとけ)はない。しかし、人目につきそうな所で魔法を平然と使うとは……。


「あ、有紗先輩! こんな所で魔法を使うのは……」


 小首を傾げる有紗。悠貴が何故そんなことを言うのか分からないといった様子だった。


「あの、特高の連……人たちに見つかったら、その……」


 言い淀む悠貴に有紗は、ああ、と納得したような表情を見せる。そして、


「ありがとう、悠貴君。やっぱり君は優しいのね。でも大丈夫よ。彼らは私に指一本触れられないもの。それにね、彼らも優しいのよ、実は」


 特高の連中が、優しい……。一瞬、悠貴には有紗が言ったことの意味が分からなかった。しかし、有紗は本心からそう言っているようだった。


「優しい……、あいつらが、ですか?」


「ええ……。とても優しいわ」


 やはり当然のことのように有紗は返した。悠貴には全くそうは思えなかった。どういうことなんだろう。尋ねようとしたとき、


「悠貴ー?」


 と、莉々の声が聞こえた。耳栓をしているのに伝ってくる、何故か、そんな遠い聞こえ方だった。


「あら。()()()をしていたのに……。お友達?」


「はい。俺、もう行きますね」


「そう。じゃあまたね」


 有紗がそう返したところで悠貴は振り向き、莉々の声のした方へ歩き出す。



 歩き出した悠貴に、


「悠貴君、頑張ってね」


 と、有紗は低く、優しく、そして静かに言った。


 悠貴には何のことか分からなかったが、頑張れと言われたので、取り敢えず、はい、と返してそのまま進んでいった。




 有紗は悠貴が去っていくのをずっと眺めていた。悠貴の後ろ姿は湯気に混じり、そのまま消えていった。


 静寂のなか、唯一、湯の流れる音だけが木霊する。


 有紗は上半身を倒し、両手で湯を掬う。上半身を起こして両手にたたえた湯を見る。湯が黒く変色していく。


 漆黒に染まった湯をやはり満足そうに見つめる有紗。指の間に隙間を作ると湯はこぼれ落ちていく。


 組んだ足の膝に落ちた湯は有紗の足を伝って足湯に混ざっていく。混ざったところで漆黒の色は姿を消し、ただの元の、普通の湯に戻る。



 それを見やった有紗は静かに頷いて微笑み、


「そう……。悠貴君。頑張って、










 ──生き残ってね」

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は7月20日(月)の夜を予定しています。



活動報告の方にも載せましたが、1月16日から投稿を始め、昨日でちょうど半年となりました。


勿体なくも沢山の方に絡んで頂き感謝、感謝、ただひたすら感謝です。


これからも仕事と両立しながら楽しくやっていければと思います。


少しでも皆様方の気分転換、暇潰しにでもなれば幸いです。


今後とも宜しくお願い致しますっ!!

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