第59話 play on the waterfront! ⑤
取り敢えずは、と悠貴たちは駅からの途中でも話題になっていたウォータースライダーへ向かった。
近づくにつれて見上げるようになってくる。外から見たドームの巨大さ。ウォータースライダーの乗り口がある頂上部はそのドームの天井に近い。先刻の京浜京葉の湾岸エリアを一望できた展望室。それにほぼ匹敵する高さ……。特段高い場所が苦手というわけではない悠貴だがゾッとしてきた。
悠貴はふと思った。
(──ん、俺ですらこんな状態ってことは、うきゅんは……)
そびえるウォータースライダーから間近に目を移して優依の姿を探すが見当たらない。そんな悠貴の様子を察して志温が悠貴の肩を叩き指で示す。
志温が示した先。優依が真っ青になり、前方を見上げながらぎこちなく歩を進めている。悠貴は苦笑し近寄って優依の横に並んで歩く。
「優依……、大丈夫か?」
と声を掛ける悠貴。
「も、も……」
「桃?」
と、怪訝そうにする悠貴に優依は首を横に振って、そして絞り出すように答える。
「も、も……もちろん、だ、大丈夫、だよ……」
言葉とは完全に裏腹に、歩く優依の振る手と進む足は左右が揃っていた。
(うん、よし。全然ダメだ)
優依を除く3人が内心で全く同じことを思った。悠貴は軽くため息をついて、
「じゃあ俺と優依は……」
そう悠貴が口にしかけたところで志温が、
「あー、俺も高いとこちょっと苦手なんだよな。優依もこんなんだし、俺と優依は下で待ってるから、悠貴と莉々で行ってこいよ」
と言い、莉々の方を見た。
志温まで高所恐怖症だったのか、今までそんな話を聞いたことはなかった。そう思った悠貴だったが、もしそうなら無理をする必要はない。ウォータースライダー以外にも4人で楽しめる所はいくらでもある。
「ん、志温、そうなのか? じゃあどっか他の……」
と、悠貴が他の場所へ行こうと提案しかけたが、
「志温も高いとこダメなんだねー。ありがとっ、じゃあちょっと行ってくるね」
と、悠貴が言い終わる前に、莉々は悠貴の手を引いてウォータースライダーへ向かう。
莉々と悠貴はウォータースライダーへ向かってプールサイドを進む。進む莉々の足は早く、手を引っ張られる悠貴もそれに合わせて足早になる。
(ドームに来る前からウォータースライダーのこと言ってたし、相当楽しみにしてたんだな)
そう思いながら悠貴は莉々を見る。その悠貴の視線に莉々が気付く。
「あ……。ご、ごめんね」
悠貴の視線を手を繋いでいることに対するものだと思った莉々は、ぱっと手を離す。
「いや、全然っ。俺もウォータースライダー乗ってみたかったからさ」
悠貴がそう言ったとき、ウォータースライダーから揃って飛び出してきた男女のペアが悲鳴を上げ、ウォータースライダーの先で待ち構えているプールに着水し、ザブン、と音を立てて水飛沫の中に消えていった。
それを見た悠貴が、
「あれ、凄いな……。結構スピード出てるんじゃないか……」
と、莉々に言ったが、すぐに反応がなかったので改めて莉々を見る。
「あ、そ、そうだねっ。あんな高いとこから降りてくるんだもんね!」
大仰にウォータースライダーを見上げる莉々。台詞もどこかぎこちない。
(なんだ、莉々もやっぱ高いところにびびってるんじゃないか)
自分の中でそう落とし込んで、せいぜい列で待ってる間に弄ってやろうと悪戯っぽく悠貴は笑みを浮かべた。
プールサイドを抜け、列の最後尾に悠貴と莉々は並んだ。階段は目の前だったが、頂上へ続くその階段には絶え間のない列が出来ている。
その列を見ながら悠貴が、
「結構時間かかりそうだなぁ……」
と口にすると、そうだね、と答えた莉々がウォータースライダーの上を見ながら悠貴に尋ねる。
「そう言えば悠貴、今日集合する前に優依と約束してたの?」
「いや、初めてここら辺来るし、少し早めに来て、見て回ろうかなって思ってさ。そしたら駅で優依に会ってな。それで、臨海公園の方を見に行ってたんだよ」
「ふーん……そっか。最近、なんか優依と仲良いね」
莉々はウォータースライダーの上の方への視線を動かさずに悠貴にそう返した。列は進み、2人はその進みに合わせて階段を登っていく。
莉々に言われて悠貴は考えてみる。確かにそうかもしれない。
合宿の一件以来、魔法士への登録やその後のことについて優依、そして好雄と連絡を取り合ったり、実際に会って話を聞いてもらったりしている。
魔法のことに触れないように、どう答えたら良いかと思案している悠貴に、
「いーよ、別に答えにくいならさっ」
と、笑顔で横に並ぶ莉々は悠貴を見上げる。
「いや、俺と優依は別に……」
悠貴がやっとたどり着いた言葉を遮るように、ほぼ同時に莉々も口を開く。
「わー、凄いね! 上から見ると飛び出してきた人たちが着水するの良く見えるよ。てかプール深いね! あ、でも深くないと衝撃に耐えられないのか……」
階段の手すりから下を眺め、そう言って振り返った莉々。言外にさっきまでの話はもう終わり、そう告げられたような気がしたので悠貴もそれに応じる。
「この高さからだもんな、相当加速してるぞ。莉々大丈夫か? 高いところ苦手なんだろ?」
「うん? 全然へーきだけど、なんで?」
「いや、だってさっきプールの脇で飛び出してきた2人、カップルが叫びながら着水するの見てびびってただろっ?」
悠貴がからかうような声色で笑いながらそう言う。
何かに気付いたように、あっ、と言って薄く紅潮した莉々は急に押し黙ってしまった。そして、
「何でもない……。そうだね、あんなスピードでプールに飛び込まされるんだもんね!」
と、悠貴に合わせるように言った。
列は順調に進んでいく。その間にも階段の周囲を取り巻く曲線状のウォータースライダーの中から男女を問わず悲鳴が聞こえてくる。
頭上から案内の係が「はい、次の方どうぞ」と促す声が聞こえてくる。頂上は近づいている。前の客が着水し、プールサイドまで泳ぎ着くのを確認して次の客をウォータースライダーに乗せているようだ。
悠貴と莉々は大学やサークルのことなどの雑談で盛り上がっていたが、気付けば結構な高さになっている。
「うお、やっぱ結構高いな……」
そう言いながら悠貴は見下ろす。手すりの高さは十分だがそれでもこうやって下を見るのは勇気が要る。
今もまたウォータースライダーから投げ出された男が豪快に水飛沫を上げてプールに吸い込まれていった。
男が水面に泳ぎ上がってくるまでにそこそこの時間があった。やはり相当深いようだ。思わず僅かに震えてしまう悠貴。
「あれぇ、やっぱり悠貴くんは怖がっているのかなぁ?」
悠貴のそんな様子を見た莉々が後ろに手を組んで、挑戦的な表情をしながら上目遣いで見つめてくる。
「ば、ばか、ちげーよ! これは、そう、あれだ、武者震いってやつだな!」
はいはい、と悠貴の言い訳をまるで信じていない莉々。ふふ、と吹き出して続ける。
「あっ、上に着いたみたいだね!」
階段を登りきった先の頂上は広くなっている。悠貴と莉々の前にまだ何人かが並んでいた。
2人の案内係。1人が下を見て、前の組が着水して浮かび上がりプールサイドに避けたのを確認してもう1人に伝え、伝えられた係が客にGOサインを出す。
悠貴と莉々の番が来たが、案内の係が莉々をちらっと見て、
「お客様、もしかして今日プールへ入るのはこちらが最初ですか? であればまずはこちらで少し準備運動をなさってください」
笑顔でそう言ったのは自分たちとさほど年齢は違わない女の子だった。どうやら莉々の髪が濡れていなかったのを見留めた様だった。
悠貴と莉々は端に寄って体を伸ばしたりねじったりする。
悠貴の目に映る莉々。スポーツをずっとしてきただけあって体は引き締まっている。そして、女性らしい曲線と肌の白さ。
男殺しのこともあり、普段は意識的に莉々をそのように見てはいない悠貴ではあるが、流石に水着で目の前にいられると……。気付けば凝視、と形容されても仕方ないような視線を莉々に送っていたようで……。
「わ、また見てるー……」
胸元を腕で隠して非難めいた視線で悠貴を刺す莉々。悠貴は言い訳せずにただ「悪い!」とだけ言った。
準備運動が終わり、係に告げると次の順番にいれてくれた。
「では2人縦に並んで座ってください。後ろの人は前の人にしっかりとくっついて下さいね、後ろから腕を前に回して……」
笑顔で案内の係にそう言われた悠貴は一瞬を固まった。
考えてみれば当然で、先程からカップルが一緒に滑り落ちてくるのを何度も見ていた。
固まる悠貴を係が不思議そうに見ている。
「ほら、行こう、悠貴っ」
と、莉々は悠貴の背中を押す。莉々は悠貴を座らせて自身もその後ろに座り密着する。
その感触にドキっとする悠貴だが、
「では、お気をつけてー!いってらっしゃーい!」
そう言った案内の係が莉々の背中を両手で勢い良く押す。さらに莉々の体が密着して恥ずかしくなる悠貴だったが堪能する暇は与えられなかった。
押し出された悠貴と莉々はそのまま水の流れに乗る。そしてそのすぐ先にあった急勾配で一気に加速する。
「うわぁー!!」
「きゃー!!」
予想の斜め上を行くスピードに驚愕する悠貴と莉々。
ウォータースライダーは上半分が透明になっていて外の景色が見える。その景色の移り変わりの早さもまた加速を体感させる。
加速する2人の身体はカーブに差し掛かっても大して速度を落とさずに流れ落ちていく。2人の悲鳴が響き渡っていく。
最終コーナーを回り、最後の直線。これまた相当な急勾配。クライマックスを予感させるのは視界の先に光る一点。
点は次第に大きくなり、近づいているというよりは吸い込まれるような感覚を覚え、──悠貴と莉々はウォータースライダーから吐き出された。
宙を舞い、思わず目を瞑る悠貴。それまでの加速が嘘のように、時が止まったような感覚。やたらと長く感じた。少しして着水の衝撃があった。
列の途中の階段で前の客がプールに落ちる様子は何度も見ていた。相当深い。それを知る悠貴は、身体が沈みきるまで待とうとそのまま目を閉じている。
無音の世界。
沈む速度は次第に収まり、そして、たゆたう感覚に変わる。その段になって悠貴は目を開く。青く透明な世界。下から見上げる水面。白く揺れ、明滅を繰り返している。
横たわるようにして仰向けで水中に浮かぶ悠貴。手を伸ばしたその先に莉々が正対するように浮かんでいる。
2人の視線は屈折することなく水中で交わる。戯れに悠貴が口から放った泡沫を莉々は差し出した手で受け止める。
四散した泡の向こうで莉々は薄く笑って、そして水面へ向かって泳いでいった。
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次回の更新は7月17日(金)の夜を予定しています。
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