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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第57話 play on the waterfront! ③

 悠貴と優依は足早で駅へ向かう。


 悠貴は歩きながらハンカチで汗を拭った。12月にしては暖かい。ラジオの予報通りだと思った。汗ばみはするが、横からの潮風が心地好かった。



 駅が近づいてくる。ほとんどの人が地下の駅から地上へ出てきて、足を止めずにそのまま湾岸ドームの方へ歩いていく。


 悠貴は前方に見えてきた莉々と志温に向かって手を振る。横で歩く優依も2人の姿を見留めた様で軽く手を振っている。向こうもこちらに気付いたらしい。



 悠貴たちが更に近づいた辺りで、よう、と口を開いた志温。それに応じた悠貴は次いで莉々を見たが、莉々は辺りを眺めていて目が合わなかった。



 優依が莉々に声を掛ける。


「莉々ちゃん、おはよー」


「優依ー!」


 莉々が優依に抱き付く。莉々の優依に対するいつものスキンシップ。悠貴には心なしか、いつもより莉々が優依を強く抱き締めているように見えた。


 先程まで悠貴たちがいた公園とは逆の方へ向かって4人は歩き始める。湾岸ドームまではまだ少し距離があるが、悠貴たちのいる辺りからでも十分目立っている。


 ドームの大きさに感嘆した莉々が、


「うわぁ……。下調べはしてきたけど、やっぱり大きいねぇー」


 と声を上げる。他の3人もドームを望む。間近だとどれほどの大きさになるだろうか。


 進む4人の後ろから名物だという巨大ウォータースライダーに期待する男女の声が聞こえてくる。それを聞いて、


「やっぱウォータースライダー、有名なんだな」


 と言う悠貴に、


「へー、そんなのがあるのか」


 と志温が応じる。志温にとっては4人での打ち上げ自体が目的で場所に特に拘りはなかった。大学で友人が口にするのを聞いたり、ネットの広告で目にしたりはしたが、それだけだった。志温はスマホを取り出し、今になって調べ始める。


 その志温の様子を見た莉々が、


「もー、志温。少しは興味持ってよ! プール以外にも楽しそうな所、沢山あるんだよ!」


 打ち上げ場所に湾岸ドームを提案したのが莉々であったので、当然下調べには余念がなかった。


「ドームは中心部が屋内温水プールになってて、その周りにショッピングエリア、グルメエリア、エンターテイメントエリア、スポーツエリアがあって全エリア共通の入場券があれば、どこのエリアでも出入り自由。あ、少し高いけど泊まれもするんだよ。その部屋ってのも種類が色々とあってね、例えば……」


 と莉々が得意気に興奮しながら早口で下調べの成果を披露する。志温は莉々の説明を感心しながら聞いて、手元のスマホの画面に映し出された情報と照らし合わせている。


 興奮する莉々を見た悠貴と莉々が顔を見合わせて笑う。


 一頻(ひとしき)り湾岸ドームの説明を終えた莉々が、


「あ、でね、プールに入る前に、私ここ行ってみたいんだ!」


 と言って3人に見せたスマホの画面に映っていたのは湾岸ドームの展望室だった。


 湾岸エリア、太平洋、都内のビル群を見渡せる展望室。今日の天気の良さを考えると相当遠くまで見渡せそうだ。いいじゃないか、と悠貴が応じて優依と志温も頷く。



 湾岸ドームが間近に迫る。ドームの入り口付近まで来たところで目の前の光景を見た優依の口から、


「うわぁ……、す、すごい人だね」


 と声が漏れた。


 ドームの中へ入るゲート付近から受付を待つ列が伸びている。そこまでの順路がロープで仕切られている。敷地内では蛇行している列は通りに出ると一直線になり、悠貴たちの目の前まで続いていた。


 湾岸ドームや周辺施設の開場直後の時間でもなく、昼まではまだ少しあるこの中途半端な時間帯。そこをめがけてやって来たのは混雑に巻き込まれないためだったが、それでもこの有り様だった。


 取り敢えず最後尾に並ぶ4人。まだ湾岸ドームの敷地にすら入れていない。受付をして中へ入るまでにどれくらい時間がかかるのかと悠貴は溜め息をつく。しかし思ったよりは進みが早い。


「ここに来る人たちはね、大体は事前に予約しててね、あとはこの入場用のQRコード、機械に(かざ)すだけだから」


 そう言って莉々が示した画面には今日の日時と莉々の氏名、電話番号、4名の予約が完了した旨が表示され、その最後に入場用のQRコードがあった。


「おー、用意がいいな莉々。流石!」


 そう悠貴が口にして感心している今も列は進んでいく。悠貴たちはほぼ足を止めることなくドームの中へ入った。


 ドーム内へ入り、少し進んだ辺りで4人は頭上を見上げる。改めてドームの大きさに目を奪われる。遠目でもそれは分かっていたが、実際に中から見ると実感が伴った。


 受付を待つ列はドームの中へ入ると係の案内に従って、AからZまでの各入場ゲートに合わせて分かれていった。どうやらエリア毎にゲートが決まっているらしい。


 屋内プールのエリアを目指す悠貴たちはTゲートの列に並ぶ。展望室にはどのエリアのゲートからでも行けるらしいと志温が調べ、それについて優依と話している。


 悠貴は進みながら屋内を見渡す。屋内の壁の至るところにサイネージが設置されていて各エリアの紹介がされている。屋内プールを紹介するサイネージでは飲食スペースで開催中のつけ麺フェアについての広告が流れていた。



 受付用のゲートが近づいてくる。莉々はスマホを取り出し、先程の入場用QRコードを映し、それをゲート手前の読み取り機に翳す。


 ゲートが緑色に光り入場を促す。ゲートを越えた先でリストバンドを受け取った。


「莉々、このバンドってずっと着けてなきゃいけないのか?」


 一度バンドを着け、手首が締め付けられるのに僅かに不快を感じた悠貴が莉々に尋ねた。


「そだよー。これがないと屋内プールエリアに入れないし、これがロッカーの鍵にもなってるんだよ。あと、ドーム内で買い物するときはこのバンドを機械に読み取らせてね、それで出るときに精算だから」


 どうやらこのリストバンドをしていないとドーム内では何も出来ないし、動き回れないらしい。悠貴は納得し、改めてリストバンドをつけ直した。


 4人は取り敢えず莉々が行きたいと言っていた展望室へと向かった。展望室へ直接行けるエレベーターは3階にあるらしく、3階まではエスカレーターで行かなければならなかった。


 吹き抜けになっている空間を昇るエスカレーター。昇るにつれて見下ろすの景色は広がり、ドームの大きさを感じさせる。


 3階まで昇ってきた4人。入り口付近と比べると落ち着いた雰囲気の空間が目に入ってきた。敷居の高そうなカフェがあり、その横の通路のところに、展望室へはこちら、と表示されていた。


 通路を進んだ先のエレベーターホール。展望室へ向かうエレベーターの前には列はない。


「景色良さそうなのに、人気ないのかな?」


 と、怪訝そうにする莉々に、


「どうやら展望室が混むのは夕方前かららしいな。夜景が人気らしい、口コミにはそう書いてある」


 と志温が答えた。


 なるほど、と言った莉々が進み、上へ向かうボタンを押す。エレベーターを待っている間に悠貴たち以外にも展望室へ向かう人たちが集まってきた。


 展望室から降りてきたエレベーターが着いた。ドアが開くと中からぞろぞろと降りていった。最前列でエレベーターを待っていた悠貴たちは必然的にエレベーターの最奥につめることになった。


 ドアが閉まり、エレベーターは上昇を始める。エレベーター特有の気まずい沈黙の時間は短く、すぐに展望室に着いた。


 展望室に着いたことを知らせる音が鳴りドアが開く。一番奥にいた悠貴たちは最後にエレベーターを降りた。


 湾岸ドームの頭頂部に位置する展望室は天井が丸かった。天井から壁が1つの半球状の大きなガラスだった。ただひたすら景色が景色そのままでそこにあった。ガラスの透明度が高いのか、外で見た濃い青を戴く空を直接見ているような感覚におそわれる。


 それは視線を少し下へ向けても同じことだった。建物も少なく更地が目立つ寂しい印象の湾岸エリアもこうやって上から見下ろすと広々とした気持ちよさの方が勝る。


「うわぁー、凄い凄い凄い!」


 そう言って莉々は駆け出して行った。志温もそれにつられたわけではないだろうが興味深そうに辺りを見回しながら進んでいく。


 悠貴もまた一歩を踏み出そうとしたが、


「ふぇっ……」


 背後から優依の変な声が聞こえたので動きを止めて振り返る。


 優依は頭上や側面の絶景……ではなく、ただ悠貴の足元辺りへ目線を向けている。何事かと悠貴もまた自身の足元を見やる。強化ガラスの床は透けていてドーム内部、特に直下の屋内プールのエリアがよく見回せた。


 特に高い所が苦手ではない悠貴はそれを見てやはりプールエリアは人が多いな、位にしか思わなかったが、優依は涙目で内股の足を軽く震わせて悠貴に目で訴える。


「あれ……。あー、もしかして、優依高いとこ……」


 ダメ? と言い終わる前に優依は激しく首を縦に振る。ため息混じりに悠貴は続ける。


「頑張ってこっちの方来いよ、ほら、あっちのほうがむしろ安心だろ?」


 悠貴は莉々が駆けていった方を指で示した。強化ガラスの床は円周部に向かう途中で終わり、その先は普通の床になっている。


 そう言われた優依だが今度は首を横に振る。小動物のように小刻みに震える優依。


 背後のエレベーターのドアが開く。中の人たちがわっと出てきた。


 悠貴は少し強引に優依の手を引き寄せて、そのままガラスの床が終わる辺りまで連れていった。


「……ったく、うきゅんホントぽんこつだな」


「ご、ごめんね、悠貴君……ありがとう……」


 ぽんこつと言われたことには特に何も言わず、うつむき加減にそう返す優依に、


「高い所が苦手ならエレベーター乗る前にそう……」


 と悠貴が口にしたところで、


「ゆ、悠貴君!」


 と優依が制す。いつもより大きな優依の声に悠貴は少し驚く。


「どうした優依? まだ怖いのか……?」


 と聞く悠貴に、必死に首を横に振る優依は絞り出すような声で、


「あ、あの……て、手が、ちょっと、あの……」


 と口にした。何のことかと思った悠貴だが優依の視線を追って理解した。引き寄せたときに握った優依の手がまだ自分の掌の中に収まっている。優依の手をばっと放す。


「ご、ごめんっ」


「うんうん! えと……、あ、ありがと……」


 紅潮した優依は消え入るような声でそう発した。優依がそんな調子だったので、それが伝播したのか、悠貴まで急に気恥ずかしい様子になり、お互いに無言で俯く。





「ねぇねぇ悠貴! 凄い景色だねっ!」


 テンション高くそう言って振り向いた莉々の目に入ってきたのは悠貴が優依の手を放した瞬間だった。



 莉々は告げた相手に届かない、自身の発した言葉をそのまま引き取る。改めて、敢えて遠くの景色に目を向けた。


 冬の澄んだ空気と景色の奥まで遮るものが何も無いこの高さ。


 本当に綺麗だ。莉々はもう少し、この景色に目を奪われていようと思った。

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は7月10日(金)の夜を予定しています。

6月は日曜と木曜の更新でしたが7月は少し変わりそうです。


宜しくお願い致します!


お楽しみ頂けましたらブクマ、評価などもお願いしますー!

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