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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第54話 逸れた小道のその先で。【学園祭編10】

 対抗戦から戻ってきた悠貴の目に人で溢れるキャンパスの光景が入ってきた。


 正門から自身のサークルの屋台へと向かう。

 

 行き交う人々。立ち止まり店やイベントを眺める人々。


 気の早いサークルは既に店じまいを始めている。片付けをしながらどこへ飲みに行こうかと盛り上がる。そこをカップルが身を寄せ合いながら通りすぎていく。


 受験生だろうか、制服姿の女子が数人でかたまって辺りを見回しながら通りを進んでいる。絶対に合格すると意気込む。


 初老の男性2人が互いに久しぶりと言い、手を握る。大学のOBなのだろう。元気にしてたか、いつ以来かと話に花が咲く。



 平和そのものだった。

 ここには魔法も黒い歓声もない。

 ただの大学の学園祭。


 悠貴は空を見上げる。

 キャンパスは広く、開放感があるがそれでもやはり高くそびえる学部棟が空を切り取る。狭められた空。陽は傾きつつある。直に赤く染まっていくだろう。


 狭く小さな空だがどこか安心できる。

 競技場の上空は高く青い空がどこまでも広がっていたが、競技場の黒と対を成しているようで不気味にも思えた。



 空から目を戻す悠貴。

 足早で通りを進む。好雄のことを思い出す。少しでも早く好雄とシフトを代わってやり、学園祭を楽しんで欲しかった。



 キャンパスのメインストリートを進む。左右の屋台が目に入ってくるうちに悠貴は空腹を覚えた。そう言えば昼食をとる前に対抗戦を見に出て、今の今まで何も口にしていなかった。


 手近の屋台でアメリカンドック2本と焼きそばを買う。屋台には『買って損はさせません!!』とペンキで荒々しく書いてある。手渡された焼きそばを見ると蓋が閉まりきらない程、焼きそばが詰まっている。これで500円なら売り文句は嘘ではない。


 品を受け取った悠貴は代金を渡す。渡した相手は女子学生。先程の対抗戦で倒れた嵯峨有紗に顔立ちが似ていた。その面影に対抗戦でのことを重ねる。


 一矢報いようと白側の残る2人が相手のうちの1人に飛びかかり、見事に打ち倒した。しかし、これは美談ではない。競技場を包んでいた加虐を嗜好するような空気。最後の方は自分が座っていた側も毒されていたのではないかとも思う。周囲の観戦客の目がそれを物語っていた。そう言えば横の男にはそういった毒された雰囲気はなかった。対抗戦のことも、特高のことも妙に冷静に語っていた。何者だったのだろう。



 悠貴のサークルの屋台には多くの客が並んでいる。莉々や琴音の客寄せが奏効しているようだった。今も2人はサークルの他の仲間と次々に行き交う人に声を掛けている。そのせいか並んでいるのも男が多いように見受けられた。



 屋台で客の応対をしていたサークル同期が悠貴を見留めて声を掛ける。それに手を挙げて応じた悠貴は屋台の裏に回る。


 屋台の後ろで休憩している様子の好雄。悠貴は話し掛けようと近づいたが、逆に悠貴を見留めた好雄が切り出した。


「おー、悠貴、お疲れっ。どうだ、繁盛しているだろう?」


 ペットボトルの中身を(あお)りながら好雄は誇らしげに破顔する。


「すごいな、これなら打ち上げの費用どころかコート代とか活動費にも回せそうじゃないか」


「そうなんだよ、もう今日の分の材料が尽きかけて明日の分から回してるぐらいさ。また買い出しにいかなきゃだな」



 そこまで聞いて悠貴は好雄の横に座る。買ったアメリカンドックを1本手渡す。


「今日はありがとな」


「お、気が利くな。ありがとよっ」


 受け取った好雄は直ぐに紙の包みを剥いで頬張り始める。悠貴もそれに続いた。


「これと焼きそば食べ終わったら屋台手伝うよ」


 おう、と好雄は屋台の中や周りで(せわ)しく動き回るサークル同期を見やりながら答える。


 悠貴がアメリカンドックを食べ終えて木の串を紙に包み、そして焼きそばに取りかかろうとした時に好雄が口を開く。


「どうだった?」


 本当は開口一番それを聞きたかったのだろう。自分が少し落ち着くのを待っていてくれたのでは、と心の中で有り難く思う。一拍置いて悠貴は答える。


「好雄とか優依が言っていた『ああいう雰囲気は好かない』って言葉の意味が何となく分かったよ」


 そうか、と表情を変えること無く好雄はそう答えた。悠貴がそうしたように串を紙に包むと悠貴が食べ終わった分も持ち、手近のゴミ箱に放り込む。


「じゃあ俺は学園祭回ってくるよ。ごちそうさん」


 そう言って立ち去ろうとする好雄。


 歩き出す間際に悠貴に、


「登録の申請をする12月までは時間がある。今日のことも参考にしながら色々考えてみろよ」


 と静かに伝えた。



 好雄を見送る悠貴。風が吹いた。風が屋台を軋ませる。向かいに見える別のサークルの長テーブルに置かれていたチラシが宙に舞う。近くにいた学生たちが少し慌ててそれらを拾う。


 その光景に誘われた訳でもないが悠貴の右手に自然と力が入り、つむじが起こる。競技場で話し掛けられた男の言葉を思いだし風を呼ぶのを止めた。


 大きく息をついた悠貴は焼きそばの残りを平らげ、ゴミを片付けて屋台の手伝いへ向かった。




 学園祭初日が終わる。既に一般客の退場時間は過ぎており、辺りには片付けに忙しい学生の姿のみがある。


 悠貴たちも機材の洗浄など今日の片付けと明日の準備を平行して進める。好雄が言ったように明日の分を今日に回したのでこれから買い出しが必要だった。


 悠貴は今夜は一度帰宅して休むつもりだった。対抗戦を見に行ったことを考えると二日連続のほぼ徹夜は避けたかった。疲労のこともあるがそれ以上にこれからのことを独りでゆっくり考えたかった。


 すぐに家路につこうとしたが買い出しの手伝いを頼まれた。大学のすぐ横にあるマンションの一室に大門は下宿しているが、今は学園祭用の物置小屋と化している。これから買い出しに向かい、その大門の部屋まで運ぶ。


 買出班は悠貴や優依など今夜一度帰宅するメンバーと物置小屋の主人である大門。


 買出班の面々が集まり、大学から近い業務用のスーパーへ向かう。キャンパスは今夜も学生には開放されているが、流石に昨晩より人気は少ないと感じる。それを分かっているので学生を相手にする屋台も今夜は(まば)らだ。


 とは言え、盛り上がる衆も当然いないわけではなく、悠貴たちが今しがた通り過ぎた居酒屋を模した屋台は昨晩同様、無法地帯と化している。


 悠貴たちはその喧騒を遠巻きに見ながらキャンパスのメインストリートを進む。悠貴は歩みの遅い優依に合わせ、並んで歩く。


 前を行く同期と少し距離が開く。悠貴が口を開こうとしたときに優依が、


「悠貴君……、あの、対抗戦どうだった?」


 と、遠慮がちに悠貴に尋ねた。


 歩みの遅さは自身にそれを尋ねるためだったのかと悠貴は納得しながら、


「俺も『ああいう雰囲気』は好きじゃない、な」


 と返した。



 優依は内心ほっとした。悠貴の性格からして可能性は低いが、あの空気感にあてられて、そして呑み込まれないか、と。

 事実、そうやって幾人かの知り合いが特高やそれに賛同する魔法士の集まりに傾倒していった。


 優依は薄く笑って俯いた。悠貴は続ける。


「魔法士になるってのはさ、俺にとってどこか夢物語みたいなところがあってな……」


 優依は首肯する。かつての自分もそうだった。


「でも綺麗事だけじゃないんだなって思ったよ。人を傷付けることもあれば傷つけられることもある。特高みたいな危険な連中とも付き合っていかなきゃいけないだろうしな」


 それを聞いた優依は僅かに表情を曇らせる。

 悠貴には、悠貴だからこそ見せたくなかった魔法士の世界の影の部分。もし魔法士になれば今彼が語っている世界は未来ではなく経験となっていく。出来れば辛く、悲しい思いはさせたくない。


「それで俺、思ったんだよ。優依も好雄も凄いなって。たぶん俺には言えないような辛いこと、キツいこと、大変なこと沢山抱えてるんだって。それでも大学ではそういうの全然出さなくてさ……」


 優依は口には出さないがそれを否定する。自分は悠貴が言うように強くない。日々好雄を頼っては泣き言を連ね、支えて貰っている。


「正直俺は魔法士になりたかった、憧れてた。優依と好雄を羨ましく思ったことも、まあ、あったな」


 頭をかきながら悠貴は言った。


「今も魔法士に登録しようって考えているよ。でもまだまだ考えなきゃいけないことが沢山在る、覚悟だってまだない、だからさ……」


 そこまで言って言葉をとぎらせたので優依は悠貴を見た。


「これからも色々話聞いて、聞かせてくれよな、先輩」


 照れ笑いを浮かべながら明るく悠貴はそう言った。


 悠貴が魔法士となり自分の横にいてくれたらどんなにか心強いことだろう。同時に悠貴を危険に晒すことを厭う自身の声にも耳を傾ける。


 優依は、そうだね、と悠貴に笑顔を向ける。願ってはいけない願いを心の奥底に隠し、この話はこれまでと言わんばかりに優依は足を僅かに早め、先行する同期の方へ向かう。


 優依が先に行ってしまったので悠貴は1人、先を行く仲間たちからとり残される。悠貴の目に映る仲間たちの後ろ姿。楽しそうに盛り上がっている。自分も追い付こうと足に力を入れる。





 その時だった。


 多くの学生が行き交う。

 その光景のなかで、なぜか向かって歩いて来る()()だけが浮かび上がっているように悠貴には見えた。


 先程の屋台で品物を受け取って代金を渡した女子学生の顔がまだ印象に残っていたので、すれ違った()()のその顔にいまいち悠貴は確信が持てなかった。


(今のは、嵯峨、有紗……)



 悠貴の横を通り過ぎた有紗はメインストリートから脇の小道に逸れていった。


 その先にある学部の研究棟は学園祭期間は閉鎖されている。小道の両脇の窓から漏れる灯りはなく、小道は薄暗くなっている。有紗の足音だけが妙に響いているのは辺りに他に人がいないから、そして有紗を追う悠貴が自身の足跡を忍ばせているからだった。悠貴はなぜかそうしなければいけないような気がしていた。


 前を進む有紗が纏うのは黒い長袖のワンピース。腰のところで絞るようにリボンが結ばれている。長袖だが肩の辺りだけが露出している。薄暗いなか、彼女の白い肩が目につく。



 突然、有紗が立ち止まる。それに合わせて悠貴も立ち止まった。有紗は静かに振り向き、棒立ちになる悠貴を眺める。


 不審に思われてしまったかと悠貴は思ったが有紗に特に警戒しているような様子はない。


 思いきって口を開こうとした矢先、有紗は、「君は?」と、明らかに悠貴に声を向けた。


 戸惑う悠貴だが、


「あ、えと、ごめん。俺、羽田悠貴、です。あの……嵯峨有紗先輩ですよね?」


 と平静を装って答える。


 悠貴の問いに、ええ、と返した有紗。表情にも声にも感情がない。


「俺、対抗戦見に行って、それで、嵯峨先輩が戦っているのを見て……」


 ああ、と再び感情を含まない様子で有紗は答える。


「それで、あの、体、大丈夫ですか?」


 何のことか分からないといった様子の有紗だったが、思い出したように、大丈夫よ、と答える。尋ねられたことに義務的に答えるかのような有紗。会話の糸口を見つけようとする悠貴。


 その有紗が黒く、長い髪を揺らしながら悠貴に近づいてくる。気がつけば手を伸ばせば触れられる位置まで来ていた。


 興味深そうに悠貴を見つめる有紗に、


「ホントに体、大丈夫ですか? それにしても、あの黒いローブの連中……、対抗戦って言ったってあそこまでやらなくても」


 と言った悠貴の声の最後の方には怒気が滲む。


 その悠貴の言葉を聞き、何故か有紗は、ふふ、と薄く微笑む。


「心配してくれてありがとう、羽田君。でも大丈夫よ、あれくらい。それに……」


 妙に勿体つけるように自身の言葉を途切らせる有紗。いえ、何でもないわ、と続けた。嵯峨先輩は、と口を開いた悠貴に有紗は下の名前で良い、と言った。


「じゃあ俺も下の名前で大丈夫です。ありさ先輩は……」


 と、続けようとした悠貴が途中で言い淀んだのは有紗が一歩近づいたからだ。手の届きそうな位置から有紗が更に一歩進み、2人の距離は30センチもない。



 悠貴を見上げる有紗。

 悠貴は有紗の瞳から目が離せない。漆黒の瞳。薄く微笑んでいるはずの表情からは何故か、悲しみ、怒り、嘆き、そして自身に対する哀れみのような感情が読み取れる。


 悠貴が何も言わないので有紗は踵を返し、そのまま、一言だけ残し、立ち去って行った。


「またね。悠貴君」

今話もお読み頂き、ありがとうございます!

今回で学園祭編は終わりです。


次回の更新は6月28日(日)を予定しています。

宜しくお願い致します!



お読み頂き、お楽しみ頂けましたらぜひブクマ、評価などお願いします。励みになります!

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