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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第53話 魔法士対抗戦Ⅲ【学園祭編9】

 学生選抜の白いローブのうちの1人が火の柱を呼び起こすのと同時に同じチームの4人が分散し、敵陣へ向かっていく。


 駆け出した4人のうちの1人が急に立ち止まる。大画面には各チームの魔法士の位置、名前がリアルタイムで表示されていた。


「嵯峨有紗……先輩……」



 悠貴が彼女の名前を口にしたのと同時に嵯峨有紗は片手を相手チームの5人へ向けて(かざ)す。



 次の瞬間、黒の5人を闇が包む。黒い霧のようでもあり、煙のようでもあった。


 どよめく競技場。


 タイミングを見計らっていたのだろう。火の柱を呼んでいた白側の魔法士は、その闇を目掛けて火の柱を降り注がせる。彼らを囲っていた闇もろとも相手チームの5人が炎に飲み込まれる。



「おいおい……。これは流石(さすが)にもう決まっちまったか……」


 悠貴の耳に前にいた観客の言葉が届く。


 グラウンドで燃え盛る炎を見つめる悠貴。その炎の中で(かす)かな()らめきがあった。



(いや……、()だだ!)


 悠貴がそう思った、次の瞬間。炎の勢いが急激に衰えていく。火の勢いが弱まるにつれてその姿が明らかになってくる。青白く光る、透明な三角錐。



 その光景がスクリーンに映し出され、どよめきが喚声に変わる。



 黒いローブの内の1人が片手を天に(かざ)している。炎は完全に消え去り、黒い側の5人を炎から護っていた三角錐が消える。



 そこへ魔法の力を纏った白いローブの3人が黒側に近接して三方からそれぞれの属性の魔法を射掛ける。後方で火の柱を呼んでいた魔法士も加わり、黒の5人へ絶え間なく波状攻撃を加える。



 白い側が次々に繰り出す魔法。悠貴は目を奪われる。



(す、凄い……)


 白側の4人が放つ魔法は互いに角度やタイミングを合わせ、相手に逃れる隙を与えないようにしているのではないかと思えた。それくらいに緻密な連携だった。


 そう言えば……、と悠貴は嵯峨有紗の姿を探した。嵯峨有紗は仲間たちから少し距離をとって後方に控えていた。思い出したように時折、魔法で仲間を援護している。



「おいおい、なんだありゃ……。1人だけビビって後ろに下がってるぜ」

「ちげぇよ、敢えてああやって距離をとって仲間を援護してるんだ。何かの作戦だろ」


 前の客席の観客たちのやりとりを耳にしながら嵯峨有紗の姿を食い入るように見ている悠貴。


(ひと学年上の、同じ大学の先輩……。俺も……経験を積めばいつかあんな風に……)



 悠貴は右手を強く握り締めた。それと同時に悠貴は違和感を覚える。


(あの人……。何だか余裕……というか……、本気を出して戦っていない気が……)


 スクリーンに時折映し出される嵯峨有紗はどこか笑っているようにも悠貴には思えた。



 会場がどよめく。悠貴はグラウンドに目を移した。


 白い側の魔法士の1人が突然、膝をつき、そのまま倒れた。次いで後方にいた嵯峨有紗を波状の風の魔法が襲う。


(危ない!!)



 思った悠貴は身を乗り出し、そのまま動きを止める。自分に向かってくる風に手を(かざ)した嵯峨有紗がその手を下げたからだ。


 そして、嵯峨有紗はそのまま更に後方の壁まで吹き飛ばされ、体を壁に打ち付けた。


 悠貴には何が起こったのか分からなかった。


(今のタイミング……、防げたんじゃ……)



 悠貴はそう思ったが、周囲の観客は気づかない様子でスクリーンに映し出された映像に声を上げている。


 突如倒れた学生選抜側の魔法士。口から吐き出された血の赤がローブの白に混じっていく。


 もがきながら腹部を押さえている。両手で押さえる腹部に突き刺さる石は古代の尖頭器を思わせた。



 黒側を囲んでいた残りの3人にも反撃が加えられる。逃げ遅れた1人を綺麗な三角錐の水の檻が閉じ込める。水を掻いて外に出ようとするがそれに合わせて檻も動く。暫くするともがく動作が止み、白いローブが水中を漂うだけとなった。水の檻は弾け、閉じ込められていた学生はその場に倒れた。


 石の凶器に倒れた学生と、水の檻に溺れた学生のもとに救護班の魔法士たちが駆け寄る。それぞれ担架に乗せられ応急措置用のテントに運ばれていく。



「ひ、(ひど)い……」

「対抗戦って言ったって……、あそこまでやらなくても……」


 周囲からはそんな声が聞こえてきたが、反対側の観客席からはやはり喚声が上がり続けている。



「おい! あれを見ろ!」


 その声に悠貴はグラウンドの壁際に目を移す。


 風の魔法で吹き飛ばされた嵯峨有紗は壁に打ち付けられ壁を背にして座るようにしていた、ヨロヨロとする()()()立ち上がる。


 そこへ黒いローブの魔法士が近づき魔法を射掛けようとする。立ち上がる悠貴。



(おい! 止めろよ! もう決着はついてるだろ!)



 嵯峨有紗の姿がスクリーンに映し出される。

 嵯峨有紗が僅かに顔を上げ、向かってくる魔法士を一瞥(いちべつ)した。悠貴はゾクッとした。氷のような微笑みだった。



 攻撃を仕掛けようとしていた魔法士は立ち止まり、そして進む方向を変え嵯峨有紗から遠ざかっていった。



 何があったのだろうとざわつく悠貴の周囲。しかし、直ぐにまだ続いている戦闘に興味をひかれ、そちらに目を移す。



 悠貴はそのまま嵯峨有紗を見つめていた。気のせいか、嵯峨有紗もこちらをみているような気がしていた。


 救護班が駆けつけ、嵯峨有紗は担架に乗せられ運ばれていった。




 序盤の形勢とは完全に逆転した光景が繰り広げられていた。白側の学生に既に余裕はなく、残る2人は背中を合わせ防戦一方だった。



 5つの黒い影は2人を囲み攻撃を加える。しかしその攻撃は明らかに真剣さを欠いている。石の刃にしても水の檻にしても学生魔法士を即座に仕留めた。辛うじてとは言え、残る2人が攻撃を防ぐことができているのがその証拠だった。


(完全に……遊んでいる……)


 正面のスクリーンに映し出された黒側の魔法士たちの情を見て悠貴はゾッとした。どう考えても加虐を楽しんでいる。



 反対側の観客席は繰り広げられる加虐に、やはり喚声を上げている。一方、悠貴の側の観客席は静まり返っていた。皆、顔をしかめてはいるものの、それでいて光景から目を離さない。




 悠貴は冷ややかな思いでグラウンドを見つめる。



(こんなの……、対抗戦、試合……そんなもんじゃない……。ただの暴力だろ……)


 嵯峨有紗の退場際に何があったのかは分からない。しかし、嵯峨有紗に向かっていったあの魔法士は止めを刺そうとしていたとしか思えない。



 悠貴の瞳に怒りが(にじ)んでいく。




「ちょいと、お兄さん!」


 悠貴は横に座る男から声をかけられて我に返る。右を向き男を見る。


「気持ちが入ってるとこ悪いんだけどよ……、さっきから……その右手の風がよ、気になっちまって」



 そう言われて悠貴は自身の右手を見る。強く握り締めた右手の拳は風を(まと)って今も小さなつむじを形作っている。


「あ、す、すみません……!」


 慌てて悠貴は風を呼ぶのを止める。右手を纏っていた風は余韻を残しながら消えていった。完全に無意識だった。


「兄ちゃん、まだ初心者だな、いつ魔法に目覚めた?」


 横の男はサングラス越しに品定めするような視線を悠貴によこす。


「えっと、9月の終わり、ですね……」


「てことはまだ1ヶ月そこらだ。無理はない、まだコントロール出来ていないんだろう。それに何より……」


 男はすっと体を悠貴に近づけ、声を潜めて続けた。


「1ヶ月そこらってことはまだちゃんと魔法士には登録してないんだろう? だったらここで魔法を使うとやつらの不興を買うことになる……。お兄さんだってアイツらとは揉め事なんてゴメンだろう?」



 目線で示す先には黒い制服姿の男たちがいた。こっち側にまだ他にも特高がいたのか、と悠貴は緊張した。悠貴と横の男の視線の先で、彼らはもっとやれ、どんどんやれと盛んに黒いローブの魔法士に声援を送る。




「あいつらはもともと魔法士のことを快く思っちゃいない。ああやって応援しているのは人のほうじゃなくて、いたぶっていることの方だ」


 忌々(いまいま)しそうに男は言った。


「もともと魔法を操る人間が嫌いなんだ。登録もしないでやつらの目の前で魔法なんて使ったら難癖つけられて、下手すりゃ詰め所に連れていかれるぞ。とにかく気を付けるこったな」



 そう告げると男は体を離して対抗戦の方に目を戻す。


 グラウンドでは相も変わらず残る2人を囲む黒い壁からの執拗な攻撃が続いていた。


 突如、防戦に徹していた2人が動き出した。一斉に黒側の5人の内の1人に向かって走り始めた。


 白側の2人は自身に魔力を纏わせる。

 突然動き出した白側の学生に黒い5人が動きを乱す。


 学生魔法士2人が駆ける先の黒いローブは目の前に魔力の盾を作る。その盾を白側の1人が全力の魔力で打ち破ったが、その直後、側面からの攻撃で倒れる。


 盾を失った黒いローブの魔法士の顔面に魔力を纏った白側最後の1人の拳がめり込む。吹き飛ばされてグラウンドと観客席を仕切る壁に叩きつけられてそのまま沈む。


 その光景に黒い4人は呆気に取られていたが、直ぐに怒りに任せた攻撃を1人残る白いローブに加える。黒側の集中攻撃を受け、その場に倒れる。



 白側の全滅。対抗戦終了のブザーが鳴り響く。



 沸き立つ会場。

 悠貴の周囲は呆気にとられたような観客が多かったが、反対側から聞こえてくるのは喝采だった。




(好雄とか優依が言っていたのはこういうことか……)


 2人は、ああいう雰囲気は好かない、と言っていた。今ならそれが分かる。


 スポーツの試合のようなものをイメージしていた。爽やかな秋の空の下、実際に繰り広げられたのはただの暴力とそれを賛美するような喚声だった。



「帰ろう……」


 呟くように言った悠貴は立ち上がる。さっき言葉を交わした男の姿はなかった。周囲の観客もその大半が既に帰ってしまっていて人影は(まば)らだった。


 大きく息を吐いて天を仰ぐ悠貴。

 場違いな快晴が広がっている。



 観客席から建物に入り階段を下りていく悠貴。足音が響く。



「あ、そう言えば……」


 悠貴はポケットに手を突っ込む。取り出した実行委員の腕章をつけて関係者用の出入り口へ向かう。



 仲間たちと談笑していた千沙。悠貴の姿を見留め、駆け寄ってくる。


「おーい! 悠貴君、どうだった? 私も中で見たかったなぁ……。ここにもね、中の喚声は聞こえてきたんだよ! スゴかったんだろうなぁ。魔法を使って戦って……」


 悠貴の横を歩きながらはしゃぐ千沙。

 悠貴は何と返して良いか分からなかった。


「ねぇ、聞いてる? 悠貴君。ねえねぇ、対抗戦、どうだったの!?」


「ああ……、そうだな……、凄かったよ、うん……。あ! 俺もう学園祭の方に戻らなきゃ……。好雄たち待たせてるからな。これ、ありがとなっ、助かったよ!」


 外した腕章を千沙に手渡した悠貴は駆け出した。



「えっ、ち、ちょっと! 悠貴君!?」



 呼び止めようとする千沙に手を振って悠貴はそのまま駅に向かって走る。対抗戦の会場から響いてくる、鳴り止まない黒い歓声があとを()けてくるような、そんな気がした。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は6月25日の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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