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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第52話 魔法士対抗戦Ⅱ【学園祭編8】

 目の前の光景から自然と悠貴の脳裏に浮かんだのは黒い歓声、という言葉だった。


 自分とはグラウンドを挟んだ反対側の観客席。黒一色に染まっている。凝らして見るとその黒一色は黒を纏った人々の集まりだと分かる。


 黒い制服。黒い旗。

 黒い制服の上に黒い魔法士のローブを羽織っている姿も目についた。


 そうやって黒で統一された人々がグラウンドへ向ける歓声。その歓声は、どこか、熱気を通り越して熱狂、いや、狂気すら滲ませている、そんな異様さを纏っていた。


 その上空の晴れ渡る雲一つ無い青空。混じりけの無い単色同士の黒と青が不思議な調和を見せる。



 悠貴は目線をそんな異様な光景から自分の立つ側に戻し、辺りの観客席を見回す。学生が多い。魔法士のローブを羽織った姿もところどころに見える。街中でもときどき目にする一般的な魔法士のローブだった。



「これが……、魔法士対抗戦……」



 口にした悠貴は目の前の光景に驚きつつ、妙に納得していた。



(単純な……、スポーツの大会みたいなもんだと思ってたけど、なるほどな、好雄とか優依が微妙な反応をしてたのはこういうことか……)



 悠貴は自分も何処かの席に座ろうと思ったが、後ろから聞こえた声に振り向いた。


「おいおい、何だよ。逆側に出たじゃないか」



 悠貴が振り向いた先。反対側の観客席を埋めている黒い制服を着た2人の男の姿があった。



(特務高等警察……)


 悠貴は2人の姿をまじまじと見る。

 腰のベルトに着けている拳銃。そして、刀。


 普段、街中でも見ることが無いということもない。ニュースでも良く取り上げられている。小学校から教科書に何度も出てきた。


 始まりの山の出現で未曾有の混乱に陥った社会を沈静化させるため通常の警察力を超えて組織されたのが特務高等警察、通称『特高』だった。


 非常事態に対応するために設置された内務省。特高はその内務省の所管となっている。今では国の治安、公安を一手に担っていて、警察組織はもちろん、自衛隊の人員、戦力も大半が特高に接収されていた。



(そういえば大学の中でも内務省とか特高に入りたがってるやつ……結構いるんだよな)



 悠貴が所属している法学部では公務員志望の学生が多かったが、ほとんどの学生の志望先が内務省だった。非常事態に迅速に対応するため行政権限のほとんどが内務省に集められた。おまけに今では軍事組織となった特高も抱えている。



(官庁の中の官庁……。そんな言い方されたら誰だって内務省志望になるよな)



 悠貴は大学に入学して試しに受けてみた模試を思い出した。公務員志望の学生を対象にした模試だったが内務省の合格ラインには程遠かった。



 2人の特高隊員が悠貴に近づいてくる。

 手摺(てすり)まで進んだ2人は反対側の観客席を眺めた。


「おいおい、こりゃ今から移動するとなると結構面倒だな……」


「ああ……、近道でもあればいいんだが……」



 2人のやりとりを見ていた悠貴だったが好雄の言葉を思い出しハッとする。



『いいか、悠貴。表向き特高の連中は魔法士には友好的だ。特高が魔法士と戦うことになったときに魔法士に頼りたいからな。魔法士が法務省の所管だからってのもある。でもな、実際には魔法士のことを良く思っていない連中が多い。魔法士と特高の関係は微妙なんだ。だからあんまりアイツらとは揉め事は起こすなよ』



 ソロリとその場を離れようとする悠貴。



「おい、お前!」



 その声に振り向く悠貴。

 特高隊員のうちの1人の目は明らかに自分を見ていた。


「お、俺ですか……?」


「お前以外に誰がいるんだ? ちょうど良かった。反対側の招待席に行きたいんだ。案内してくれるか?」



 固まる悠貴。何で自分に……。


(しまった……、腕章か!)


 思った悠貴が腕章に目をやる。

 焦る様子の悠貴に特高の隊員が苛立つ。


「おい、早くしろよ。実行委員だろ? 早くしないと対抗戦が始まるぞ!」


「あ、はい……。いや……俺、ちょっと……」



 直ぐにでも移動したい様子の黒い制服の2人。

 悠貴の背中を嫌な汗が伝う。


(ヤバい……。俺、ここの中のことなんて全然知らないぞ!)



 悠貴は2人を先導するような素振りだけは見せるが、どの道をどう進んでいったら良いのかさっぱり分からない。


(こうなったら適当にでも何でも、とにかくコイツらを向こう側に連れていかないと……)



 意を決して歩き出そうとする悠貴。

 ちょうどそこに掛かった声があった。


「おい!」


 その声に振り向いた隊員2人が振り向いたと同時に声を上げる。


「小隊長!」


 2人は顔を上げたまま立礼式の敬礼をして小隊長と呼んだ男に向かってそのまま不動の姿勢をとった。


「まだこんな所にいたのか。休憩も兼ねた視察とは言え小隊単位で動かねばならないことを忘れるな。行くぞ」


「「はっ!」」


 声を合わせた2人が歩き出した上官の後を追っていった。



 特高が去って悠貴は大きく息を吐く。


「間一髪だったな……。これはまた後で関係者出入り口を使うまではしまっといた方が良さそうだな……」



 悠貴は急いで腕章を外してポケットにしまった。

 まだ嫌な汗が止まらない。



(あれが、特高か……。魔法士になったら……ああいう連中とも付き合うことになるんだな……)



 気を取り直し、先ほどまで特高の2人が立っていた手すりの辺りまで進み、改めてグラウンドへ目を向ける。



「おっ、もう対抗戦に出る奴らが整列してるな」


 言った悠貴は向かい合って並ぶ魔法士たちを見た。列をなして並んでいる5人は黒いローブを(まと)っているが、それに対峙する5人が纏うのは白いローブだった。



 悠貴の正面に設置かれている巨大スクリーンにグラウンドに立つ10人が順を追って映し出される。どうやら黒いローブ側が招待された魔法士で白い側が大学選抜の魔法士のようだ。



 写し出される顔。その中に悠貴が知っている顔があった。


(あの子だ……)


 ちょうどスクリーンに映し出されたのは前夜祭で悠貴にぶつかってきた女だった。魔法士のローブを羽織っていて周囲からの声援を受けていたのでもしやと思っていたが的中した。


 映された姿にプロフィールが添えられている。大学2年生。嵯峨有紗、理工学部。


 他の大学生魔法士の4人は明らかに緊張している様子だったが嵯峨有紗は落ち着いていた。雰囲気としては黒いローブの5人に近い。黒いローブの5人は余裕そうな表情で悠然と構えている。



 審判員らしい男が両側を見て促すと向かい合っていた5人と5人が歩み寄り、それぞれが対峙する相手と握手をする。それに合わせ歓声が高まる。



 手すりを掴む悠貴の手に自然と力が入り汗が(にじ)む。


「いよいよだなっ。……て、俺もどっか席に座らなきゃな」


 悠貴は辺りを見回すがどこの席も埋まっていた。しかし、目を落とした先。掴んでいた手摺(てすり)の前の通路側の席が空いている。


「こんだけ混んでるのにちょうど近くに空いてる席があるなんてついてるな!」



 言った悠貴が座った席のすぐ横にはサングラスをかけた男が足を組んで座っていた。男はチラリと悠貴を見たが直ぐにグラウンドに目を戻した。



 悠貴もチラリと男を見たが視線をグラウンドへ移す。


 試合前の挨拶を終えた5人と5人はそれぞれ所定の位置まで下がっている。



 競技場を包む歓声に割って入るようにして甲高いブザーが響き、試合が開始される。


 最初に仕掛けたのは白い側で、1人が両手を天に向かって(かざ)すと魔法の火柱が起こり、残りの4人は黒の5人へ向けて駆け出していった。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は6月21日(日)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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