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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第50話 号砲は音高く【学園祭編6】

 東の空が白み始める。


 前夜祭の高揚は一段落し、多くの学生は休憩スペースで仮眠し、外にいる学生も寒さから持ち寄った毛布にくるまり、ひそひそと話している。



 悠貴は早めに朝食の買い出しに行こうとキャンパスを歩く。サークルに(あて)がわれた教室で同期と話し込んでいたが、気付いたら起きているのは自分だけになっていた。



「うお、結構冷えるな……。着てきて正解だったな」



 サークルの同期で揃えたウインドブレーカーを羽織ってきた悠貴。ポケットに手を突っ込んでキャンパスの正門を出る。大きく息を吐くとうっすら白く宙を伝った。



 キャンパスから出て一番近いコンビニへ向かう。


 キャンパスの中もそうだし、周辺も落ち着いた雰囲気だったが、これから本番を迎える学園祭への熱気があちこちで(くすぶ)っている。



 いつもであれば日中の喧騒に飲まれる車やバイクの音がやたらと響く。朝の空気は澄んでいて心地よかった。



 深呼吸する悠貴。


「おはよ、悠貴っ」


 新鮮な空気で肺を満たした瞬間に背後から突然声を掛けられた。()せる悠貴。声から相手が誰かは直ぐに分かった。



「莉々、お前、少しは話し掛けるタイミング、考えろって……」


「何よっ、そんなに私に話しかけられたのが嬉しかったの?」


 茶化すようにそう言った莉々は悠貴の横に並ぶ。どちらからともなく2人は歩き出す。



「早起きだな。まだ寝てても良かったんじゃないか?」


「それ言ったら悠貴だってそうでしょ。コンビニで朝ごはん買おうかなって思ってね。で、そしたら悠貴の後ろ姿見えたから」



 正門から出たところにある悠貴たちの大学の顔とも言える時計台を(いただく)く講堂。講堂の前にも夜を明かした学生たちの姿が見えた。そんな光景を目にした莉々が笑う。



「なんか合宿の朝思い出すねー」


 そう口にした莉々は、続けて、んー、と両腕を天に向かって伸ばす。


 合宿のことを口に出され悠貴はドキッとした。風の魔法に目覚め、およそ1ヶ月。もう1ヶ月ともまだ1ヶ月とも思えた。


(相変わらず……森でのこととか魔法のこと……、莉々とは話せてないんだよなぁ……)



 そんな内心を避けて別のことを口にする悠貴。


「合宿の時はまだ暑かったけどな。莉々寒くない?」


「少しね……」


 そう言って莉々はこの時期にしては薄手な紺色のパーカーのフードを被った。






 コンビニに着いた悠貴と莉々。悠貴の横で莉々はカゴに次々と食料を放り込んでいく。


「お前、朝からそんなに食うのかよ」


 驚く悠貴に莉々が(あき)れる。


「悠貴馬鹿なの? 私1人でこんなに食べれるわけないでしょ? サークルのみんなの分だよっ」


 分かっててそう聞いた悠貴は莉々に代わってカゴを持つ。莉々はその他の雑多な物も放り込んでいく。



 コンビニから出ると外は明らかに朝に傾いていた。さっきまでは寒色と暖色が(まだら)になっていた朝と夜の境界は今ははっきりと朝のそれだと分かる。



 莉々は買った缶のミルクティーで両手を暖めながら体を(すく)める。そうして寒がっている割りにはやはり薄着ではないかと悠貴は思い、


「お前、やっぱ薄着過ぎない?」


 と莉々に尋ねた。


「うーん。私、結構暑がりなんだよね。まあ流石に今はちょっと寒いかもだけど……」


「莉々は今日は屋台の仕事以外は何してるんだ?」


「うーん、実は結局予定あんまり無いんだよね……」


「誘われたの全部断ったんだからそりゃそうなるだろ」


「それはそうなんだけどね……。うん、そうだね、だから、まあ自業自得だっ」


 残念だけど、と添えて笑う莉々からは残念がっている気持ちは垣間見えない。



 キャンパスへと続く通り。車道と歩道を仕切る一段高くなっている所を、子供がそうするように、どこか無邪気に莉々は歩いている。


「でもせっかくだし色んな所回ってみるよ。私は明日のシフト多めに入れたから、割りと今日は時間あるしねっ」


 莉々にそう言われた悠貴は改めて考える。確かに今日は昼前まで屋台に立ち、それから対抗戦を見て戻ってくる予定だったが明日のことは何も考えていなかった。




「悠貴こそ……今日はどうするの?」


 言ってチラリと見てきた莉々の問いに一瞬答えに詰まりそうになる悠貴だったが出来るだけ自然に答える。



「あー、うん……。ちょっとさ、魔法士の対抗戦でも見に行こうかなって……」


「魔法士の対抗戦……? でもあれって確か別キャンパスが会場だったよね? 何でわざわざ……。悠貴って魔法士に興味があったの? あれ、てか、そもそも屋台のシフト的に、行って戻って来れる?」


「ま、魔法士のことは、まあ、何となくな。シフトは対抗戦と時間被ってたけど、好雄に代わってもらうから、たぶん大丈夫……」


 ふーん、と足を止めて莉々は悠貴をじっと見つめる。表情からは何も読み取れない。黙る悠貴。ふっと莉々は表情を柔らかく崩し、


「なーんか最近よっしーとか優依と仲良いねー?」


 と尋ねる。



 そうかな、とだけ答える悠貴。莉々が歩き始めたので悠貴も後を追う。



 街は学園祭のモードへと移行しつつある。学園祭に呼応して商店街や地域の団体もイベントを行う。いつもより人通りは多く、仮眠から起きた学生たちの動き出しているようだ。


 悠貴と莉々の横を、立て看板の束を載せた台車が通りすぎていく。台車を押す3人の男子学生の顔からは相当な焦りを感じる。


 その光景が、いよいよ学園祭が始まるんだと実感させてくれた。



 キャンパスの正門が見えてきた辺りで莉々が口を開く。


「気をつけてね」


 と言った莉々に悠貴は、ああ、とだけ応じた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 学園祭の開催を告げる号砲が空に放たれる。



 開場して直ぐにキャンパス内は人で(あふ)れかえる。メインストリートは黒山の人だかりで数メートル進むのにも悠貴は難儀した。



「ふぅ……、予想はしていたけど……これはスゴいな……」



 言って見上げる悠貴。学部棟の窓から見える建物の中も人だらけだ。


 去年、受験生として学園祭に訪れたが当時はあくまで客として訪れただけで、やる側に立つ今年は見える景色が違う。



「昼まではそんなに……って思ってたんだけど」



 と悠貴は自分たちのサークルの屋台を見る。昼まではまだ時間があるが、祭気分も手伝い客足は途切れない。



「ほいっ、たこ焼き20個お待ち! えーと次は……さ、30!? り、了解! あー、もう材料がヤベェ!」


 悲鳴を上げる好雄を中心にたこ焼きを作っては売り作っては売り……。屋台を切り盛りするメンバーと、行き交う人々に声をかけて屋台へと連れてくるメンバー。


 さっきまでは焼き方をしていた悠貴は今は客の呼び込みをしている。


 雑踏の中で呼び込みをしていた悠貴。調子よく呼び込めていて気分を良くしていたが、すれ違いざまに人とぶつかった。


 相手は急いでいたのか結構なスピードでぶつかってきた。身長差があるにも関わらず悠貴のほうが大きく揺れて、相手を受け止める形になっていた。


「きゃっ」


 と声を上げたのはぶつかってきた相手。反射的に悠貴は、


「あ、すみません!」


 と声を掛けた。その相手の少女は高校生ぐらいのようにも見えるが、どこかのサークルのウィンドブレーカーを着ている。自分と同じ大学の学生と分かり悠貴は僅かに安堵する。


「こちらこそ! すみません……、急いでいたもので……」


 と、頭を下げた彼女は悠貴たちとは別の団体の屋台に向かって走り出した。──そして屋台からは歓声が上がる。


 何なのだろうかと悠貴はその光景を眺める。ウィンドブレーカーを脱いだ彼女が代わりに(まと)ったのは、魔法士のローブ。



「頑張れよ! 会場に見には行けないけど応援してるからな! お前なら勝てるよ!」


「勝てるかどうかは……相手は私たちよりも実力上だし……。うん、でも頑張ってくるよ!」


 そう言って軽く手を挙げた彼女がまた走り出す。


 あ、と悠貴を見留めた彼女はもう一度悠貴へ向けて軽く頭を下げ、その場を後にした。



(もしかして……、いや、きっとこれから俺が見に行く対抗戦にあの子は出るんだ……)



 対抗戦が遠い世界のことのように思えていた悠貴だったが急に身近になった気がした。




 その場に立ち尽くす悠貴。



「ねぇ! ねえってば! せんせっ!!」


 ハッとする悠貴だったが学内で自分のことを「先生」などと呼ぶ知り合いはいない。声の主に心当たりがあった。振り向くと予想通りの人物がそこにいた。



「やっと気付いてくれた……。何回呼んでも無視されるんだもん……」


「なつ、お前本当に来たんだな」


 バイト先の学習塾の生徒、新島なつみ。なつみの姿に悠貴は思い出す。そう言えば確か塾で学園祭の話をしていたような気も……。


「なーに、来ちゃいけなかったの? せんせー(おご)ってくれるって言ってたし、大学ってどんな所かも見てみたかったからね」


 はにかんで言ったなつみと取り敢えず2人で屋台へ向かう。


「てか……、何で休みなのにわざわざ制服なんだよ?」


「いや、ほら、先生制服好きかなと思ってー」


「人聞きの悪いこと言うなよ! 他の奴に聞かれたら俺が変態みたいじゃないか……」


「あら、違うの? てっきりいつもジロジロ見てくるからそういう趣味があるのかなって」


「お前なぁ……、人のことを何だと……」


 ため息をつく悠貴になつみは笑う。


「まあそれはいいとして。制服なのは友達と一緒だからよ。ほら、あそこにいるでしょ。高校からの課題なんだよねー、大学の文化祭とか説明会に行って課題レポート出せって」


 友人に手を振ったなつみがため息気混じりに言う。



 課題という言葉を聞いて、あっ、と悠貴は思い出す。


「お前、次の授業までの宿題やってるんだろうな!? 前の授業で間に合わなかったからもう一週だけ待ってやるってことにしたやつ……」


「えぇと……、さて、何のことかしらね……」


 なつみはいつもそうしているように明後日の方向を向いて下手な口笛を吹く。なつみのそんな様子を見て悠貴は大きくため息をつく。


「お前なぁ……、俺だって監督不行き届きで怒られるんだぞ……」


「せんせーってさ、ホントいつも宿題宿題って言ってばっかりだよ!? それしか言わないんだからっ!」



 宿題を予定通りにやってこないのは毎度のことだったが、悠貴をはじめ塾の大人たちはなつみに強くは言えない。


「せんせーだって私の成績は知ってるでしょ? 何も心配はいらないわ。なつ天才だから!」


 そう言うなつみは満面の笑みで右腕を前に出して親指を天に突き立てる。なつみのこの決め台詞が出ると決まって黙り込む悠貴。なつみは常に学年トップをキープしている。何も言えなかった。




「まあ、宿題のことは置いておいて……、そう言えばなつ、年明けから塾暫く休むんだろ? なんかあるのか? 留学とか習い事とか」


 悠貴としては仲が良い塾の教え子と暫く会えなくなるのは寂しい。理由だけでも聞いておきたかった。



「習い事……、うん、まあそんな感じかなっ」


 なつみにしては珍しく歯切れの悪い答えだった。続けて聞こうと思った悠貴だったが、ちょうどその時、なつみを呼ぶ声がした。



「せんせー、ごめんね! 私もう行かなきゃ! この話しはまた今度っ。さっ、たこ焼きたこ焼き!」


 ねだるなつみに悠貴は屋台に並ぶ出来立てのたこ焼きを手早く詰めてなつみに手渡す。


「わーい、ありがとっ。美味しそう……。じゃあ、せんせ、なつもう行くね、ばいばい!」


 悠貴に手を降りながらなつみは友人に駆け寄っていき、2人で歩き始める。次第に人混みに紛れて完全に見えなくなった。



(莉々といい、なつといい、才能のある奴らってやっぱどっかオーラがあるよな……)


 なつみにしても莉々にしても、確固とした自分なりの世界観があると悠貴は思う。自分の時間を生き、自分の考えるように生きている。そう考える悠貴の右手に自然と力が入る。



「あ、やばい! 時間!」


 思わず声に出してしまった悠貴は腕時計を見る。


 13時30分から始まる魔法士対抗戦に間に合わせる為にはぎりぎりの時間になっていた。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は6月14日(日)を予定しています。



宜しくお願い致します!

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