表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
49/143

第49話 明日吹く風に身を任せ……【学園祭編5】

 休憩を取っていた学部棟からキャンパスのメインストリートへ悠貴は出る。まだ通りには学生の姿も多いし屋台では火も使っている。そのせいか、思ったほど寒くはなかった。


 通りを進む悠貴。


 通りの左右から出店がせりだし、更に学園祭に必要な材料物資が所狭しと置かれていて雑然としていた。


 その通りの向こうからやって来る人の姿に悠貴は反応する。


(魔法士のローブ……)



 魔法士のローブを(まと)った2人の学生が楽しそうに話しながら悠貴とすれ違っていった。



(あの人たち……、もしかしたら明日の対抗戦に……)



 次々に繰り出される魔法……。観客の歓声……。

 悠貴は対抗戦の様子を思い浮かべた。見に行こう、どうしても見てみたい。魔法士が戦う姿を。進む悠貴の足が速くなる。



 悠貴が休憩から屋台へ戻るとサークルの同期たちは好雄を中心に、たこ焼き作りの練習中だった。練習とは言ってもこれまでに十分練習はしてきたわけで、自分たちが平らげる夜食作りというのが実際のところだった。



「おー、悠貴、やっと戻ってきたな! ほれ、俺が作った最上級のたこ焼きを食してみろ!」


 ねじり鉢巻が何故かやたらと似合っている好雄に悠貴は笑い、差し出された紙皿を受けとる。


 載せられたたこ焼きからは湯気が立ち上る。悠貴は添えられたつま楊枝を刺して、口に放り込む。最上級かどうかは知らないが普通に旨かった。


 自分の食いっぷりを見て満足げな様子の好雄に悠貴は口を開く。



「なあ、好雄……、ちょっといいか?」


「ん?」



 悠貴と好雄は屋台近くの芝生に座る。通りと学部棟の境目に植えられた芝生の周囲は薄暗い。通りの屋台の明かりは届くが、悠貴たちが背にしている学部棟の1階の明かりは落とされていた。



「何だってんだよ? せっかくの前夜祭だってのに浮かない顔だなぁ……」


 並んで座って直ぐに好雄にそう言われ、自分はどんな顔をしていたのだろうかと悠貴は内心驚いた。自覚はないが、魔法士対抗戦への複雑な気持ちが顔に出てしまったのだろうか。



「好雄……、あのさ……」


 悠貴が言葉を続けようとした、そのとき……。



「ん、あれ、悠貴君?」


 (うつむ)き加減だった悠貴は顔を上げる。


 悠貴の視界の先にいたのは小潟千沙。悠貴や莉々と同じ法学部の一年生。普段は智香と一緒にいることが多いが、今は一人のようだ。



「げっ……、千沙……」


 言った好雄が悠貴の後ろに隠れようとする。



「げっ、とは何よ、失礼ね、好雄君。はぁ、大丈夫よ。この期に及んで魔法士の仕事手伝えだなんて言わないから」


「わ、悪かったよ! 魔法士の仕事任せちゃってさ。で、でもよ、俺だってサークルで忙しかったりしなかったりしてさ……。あー、ほら、今度千沙が巡回の番の時、俺が代わるからさ!」


「ホント調子良いわね。でもさ、好雄君。そう言って私に頼みごとして、結局巡回代わってくれたことなんて無いじゃない」



 魔法士のローブの長い袖をたくし上げて腕を組んだ千沙が大きく溜め息をつく。屋台の明かりに照らされ、悠貴の目に()()が入ってきた。


「ん、千沙、その腕章……」


 ローブの上から千沙の右腕に付けた腕章には『魔法士対抗戦実行委員』の文字が書かれている。悠貴の視線を追って、あぁ、と自身の右腕の腕章を見る千沙。


「そ、明日の準備で。まあもう少ししたら実際に対抗戦やるキャンパスに移動するんだけどねー」


 眼鏡をくいっと直しながら千沙は言った。その千沙に好雄はため息混じりに言う。


「対抗戦委員とか……。好きだなー、お前も。わざわざ()()()連中と絡むこともないだろうに……」


 好雄の言葉に千沙は露骨にムッとすふ。


「ねえ、好雄君。その、『あんな連中』が都市圏(エリア)……私たちの街を守ってくれてるんだよ? しかも私たち魔法士とも協力関係にあるんだから」


 好雄にそう言い返した千沙の表情はどこか明るい。悠貴には少し意外だった。千沙が魔法士であることは知っていたが学部で会う時にローブ姿のことは少なかったし、魔法士の話題が出ることも無かった。それに、学部で見る千沙はもう少し落ち着いたイメージだった。



「だったら千沙も特高に入れば良いだろ? お前くらい腕がたつ奴の入隊志願だなんて喜ぶぞー、アイツら」



 んー、と千沙は考えるような声を出す。


「それも考えなくはないのよ? 実際、勧誘されたりもするし……。でも今はまだ大学生だし勉強だってちゃんとやりたいしね。卒業近づいてきたら、そうね、ちゃんと考えてみようかな……。ねぇ、好雄君、やっぱり対抗戦の手伝い一緒に行かない? 好雄君、たぶん特高の人たちのこと誤解してる。話して一緒に仕事してれば考えも変わるかもしれないよ?」


「まあ……また機会あったらなっ。いや、手伝いたいのは山々なんだぞ? ただな、生憎(あいにく)サークルの方の仕事が多忙を極めててな。もう俺抜きには回らないって言うか……」


 そう言いながら悠貴を一瞥(いちべつ)する好雄。


「あ……。あー、うん、そうだな。好雄はうちのサークルの学園祭の係だからな。ちょっと今抜けられるのは痛いな……」


 実際には既に学園祭の準備も終わり予行演習も万端だ。今好雄に抜けられても全く問題は無かった。後ろめたさに視線を外す悠貴。


「悠貴君がそこまで言うなら……まあ仕方ないか……。でもさ、好雄君。仮にも魔法士なんだからもっとちゃんと活動に参加していかないと」


「分かってるって! それにな、定期巡回とか他の都市圏(エリア)の支部の応援とか……実は俺だって結構ちゃんと魔法士としての職責を全うして……」


「好雄君……。定期巡回……半分くらい優依ちゃんに押し付けてるよね? あと他の支部の応援……。予定より2、3日遅く帰って来るよね? まさかと思うけど……、応援にかこつけて他の都市圏(エリア)で遊んできたりしてないよね?」


「も、もちろん……! あ、当たり前だろ! さぁ、もう良いだろ。お前だって対抗戦の用意で忙しいだろうし、俺たちも学園祭の用意あるからさ!」


「ホントかしら……。まあ、その話はまた後日。じゃあまたね。悠貴君も」


 千沙は魔法士のローブを(ひるがえ)してその場を後にした。千沙の後ろ姿が遠ざかったのを確認した好雄が口を開く。



「千沙は魔法士の活動に積極的すぎるんだよ。普段やってる巡回から治安維持の補助……、こういうイベント事まで……。ホントご苦労なこった」


 千沙の後ろ姿を見ながら、半ば呆れ顔で好雄は言った。魔法士の日々の活動についても気になるところだが、それよりも悠貴はローブに付いていた徽章のことの方が気になった。


「そう言えば今まで聞いたことなかったんだけど、千沙の属性って……?」


 今しがた見た千沙の徽章の宝石の色は青かったような気がした。


「んー、確か『氷』だったんじゃなかったかなぁ。まあ、徽章の宝石が藍玉(アクアマリン)だったから水系なのは間違いないな」


 ある程度の期間を魔法士として過ごすと宝石や石の名称とその属性について詳しくなっていく。好雄も無意識に千沙の徽章の宝石を記憶していた。顔よりも先に相手の徽章を見て属性を確認する。魔法士にとっては職業病のようなものだった。




 既に遠く消え去りそうな千沙の後ろ姿を目で追っている悠貴。


「気になってるのは千沙の属性か……。それとも対抗戦か……」


 好雄が呟くようにそう言ったので、ハッとした悠貴は対抗戦の事を思い出す。



「なあ、好雄……、俺さ……」


「どうしても魔法士の対抗戦見に行きたいから明日の屋台のシフト変わってくれってんだろ?」


「えっ、どうして……」


「お前さ……、自分の顔見てみろよ。はっきりと書いてあるぞ? 対抗戦見に行きたくて仕方がないってさ。いいぜ、行ってこいよ」


「いいのか?」


 聞き返した悠貴に好雄は頷く。


「俺はああいう雰囲気は好かねぇけど、そうだな、実際に魔法士に登録してからのこと考えると確かに見ておいた方がいい……。千沙みたいに特高の連中に近い魔法士だって多いし、特高に参加してる魔法士だっているんだ。一度魔法士になったら簡単には止められない。見てこいよ。それでお前なりの答えを出せば良い」



 好雄はそう言うとメインストリートの方へ目を移す。前夜祭に合わせて開けている屋台には、そろそろ夜が明けるのに合わせて値下げが始まるかと当て込んだ上級生たちが集まり始めている。



 悠貴は対抗戦の事についてもっと詳しく聞きたい気もした。しかし、当の本人が、好かない、と言っている。あまり喋りたくない事柄なのだろう。明日自分の目で確かめてくれば良い。




 悠貴と好雄のもとに莉々が駆け寄ってくる。



「ねぇ! 2人とも、これ見てよ! 大門に作って貰ったたこ焼きなんだけど、こんな不細工じゃ売り物にならないでしょ! 2人からも大門に言ってやってよ!」


「アイツ……、さっき手本見せてやっただろうが……。よーし……、この好雄様がもう一度『The たこ焼き』を見せてやるぜ!」



 屋台へ向かう好雄。



「あ、ねぇ、よっしー! 明日の材料無くなっちゃうから! 行っちゃった……。はあ、しょうがないな。また買い出し行かなきゃ。ん? どうしたの? 悠貴」



 心配そうに覗き込んできた莉々に悠貴は笑う。悩んでいるのがまた顔に出ていたのだろう。いつもそうだった。考え過ぎる癖があるとは自覚している。自覚してはいるが治せない。考え過ぎて答えまでの道のりがむしろ複雑になっていく。




(そうだな。見て、それで決めればいい……)





「何でもない、大丈夫! 俺ももう一回好雄に作り方教えて貰わないと!」



 好雄にシフトを代わってもらうとはいえ、自分も屋台に立つ。大門を笑ってばかりいられない。


 屋台へと向かう悠貴の耳に、宴もたけなわとなっている前夜祭の高揚した喧騒が入ってきた。

今話もお読み頂き本当にありがとうございます!


次回の更新は6月11日(木)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ