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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第48話 前夜祭、そして……【学園祭編4】

「こんな時間までキャンパスにいるって……、ふふ、なんか変な感じ……。みんな楽しそう……」



 言った莉々は辺りをキョロキョロと見回す。普段見慣れたキャンパスなはずなのに印象がまるで違った。



「学園祭本番は外から来る人が圧倒的に多いけど、前夜祭参加できるのはうちの大学の連中だけだけだからな。外の目気にしなくていいってなったら、まあこうなるよな。しかし大学側もずいぶん学生のこと信頼してるよな。学園祭期間中は朝も夜も学生に開放。特に教授とか職員の見回りもなしなんだろ?」


「みたいだね。まあその辺りは学園祭の実行委員会の人たちがやってるんじゃないかな」



 キャンパスのメインストリートを並んで歩く悠貴と莉々。通り沿いには日付が変わった時間だというのに学生が集まっている屋台が幾つもあった。



「あー、あれか、先輩たちが言ってたやつ……。前夜祭の時だけやってる学内の学生専用の屋台。あの屋台やってるやつらって学園祭本番には参加しないらしいな。まさに前夜祭命って感じだな」


 言った悠貴に横の莉々が笑う。2人は通りを自分たちが出す屋台へ向けて進む。


 屋台の灯りと大学建物から漏れ出る明かりが夜を薄める。普段は人気の無いような建物の裏や地下にも人の出入りが見て取れた。



 大きく息を吸う悠貴。周囲の浮かれた空気が肺を満たした。


「何か……いよいよだな」


 言った悠貴に、うん、と莉々は大きく頷いた。



 前夜祭の開会式は先程終わり、それを皮切りに楽器の演奏やライブパフォーマンスも始まり辺りの高揚感は高まっていくばかりだった。



 ふと莉々は悠貴に尋ねた。


「悠貴はサークルの仕事無い時はどこか回るの?」


「そうだなぁ、一応パンフレットは見てみたんだけど絶対にここは行ってみたい……って所は無かったかなぁ、莉々は?」


「私も今のところは微妙かなぁ……。てか、よっしーたち心配だから屋台の近くにいたいかなぁ」


 屋台の組み立て以来、好雄も大門も協力して上手くはやっていたが心配は心配だ。何かあっても優依や琴音に仲裁は期待できない。準備の段階でそれは実証されている。



「まあ、ほら、一緒に行く相手が居ないってのが大きいけどねっ」


 そう続けた莉莉は、ははっ、と自嘲する。そんな莉々を悠貴は複雑な気分でチラリと見た。



(今回は何人フラれたんだろうなぁ……)



 悠貴の耳にもサークルの先輩や同期、学部の男たちが学園祭マジックを期待して莉々を誘ったという話は入ってきていた。しかし、誰かが成功したという話は全く入ってこなかった。



「莉々さ、そんな調子だと貴重な大学生活……ずっと彼氏無しってことになるんじゃないか?」


「ぐ、人が気にしていることを……。私だって機会あればって……、てか悠貴だって大学入ってからずっと独りじゃん!?」


「お、俺は……、あれだ、独りが好きなんだよ……」


 悠貴はそう言って視線を逸らしたが、逸らしたはずの視線の先に回り込んだ莉々が覗き込んでくる。


「えー、ほんとかなぁ……。悠貴ってホントは……割りと寂しがりじゃない?」


 じっと莉々に見られる悠貴は目のやり場に困る。下からの上目遣い……。これが良くないのだと何故気づかないのか。もしかして分かっててやっているのだろうか……。



「お、俺のことは良いから好雄とか優依のこと心配してやれよ!」


「えー、よっしーかぁ。よっしーはいいよぉ、心配しなくても……。今もどっかで自分から女の子にちょっかい出して自爆してるんじゃん? あ、そっちの心配はしてるよ?やりすぎの方のね……」



 悠貴は渇いた笑い声で返す。そういう意味では自分も好雄を心配はしている。



「優依は?」


 聞かれた莉々はうーん、と(うな)る。


「優依かぁ、たぶんだけど……、何もなくなくなくなくない?」


「いや、どっちだよ……」


「それくらい、多分、無いってこと……。優依とは良く話すんだけだ、その、直接あんまりそういう話しないんだよね」


 てっきり学年合宿の2階洋室では女子トークが炸裂し、しかも優依が集中的にいじられているものだとばかり思っていたので悠貴には意外だった。



 でも、と莉々続ける。


「これもたぶんなんだけど……、優依ね、好きな……、いや、うーん、気になるくらいの人だったらいるかもね……」


 歯切れ悪く莉々はそう口にした。へぇ、と言った悠貴が(こぶし)を握る。



「そうか……。まあ、どこのどいつかは知らないけど、うきゅんには俺の許可を得てから手を出してもらおうか」


「あー、はいはい」


 辟易(へきえき)した様子でそう返した後、莉々は黙って歩き続けた。



 莉々が黙ってしまったので悠貴も黙って歩くしかなかった。続けて聞こうと思っていたことを切り出すタイミングが難しい。



 少し歩いたところで莉々が何かに(つまず)いた。


「キャッ……」


「大丈夫か? 莉々」


「う、うん。ごめんね。ふう……。荷物、結構重いね」



 悠貴と莉々は自分たちの屋台へ荷物を運ぶ途中だった。莉々に言われ悠貴も荷物を持つ手が地味に痺れていることに気がついた。


「だな……。少し休むか?」


 頷いた莉々が通りのベンチに荷物を下ろして、うーん、と身体を伸ばす。


 悠貴もその横に荷物を下ろす。大きく息を吐いた悠貴。


「さっきの話さ、優依は優依として……、莉々は……、そういう、何て言うか……気になるやつ、みたいなのはいないの?」


 ベンチに座っていた莉々は悠貴を見上げる。そして、うーん、と小首を(かし)げた。


「まあ、あれだね、いなくもなくなくなくなくなくなくなくなくなく……」


「分かった分かった! もういいから!」


 あはは、と莉々は軽快に、笑う。悠貴は莉々の笑い声に、この話はこれで終わり、と言われてるような気がした。



 悠貴は荷物を持ち上げ、莉々と並んで通りを更に進む。幾らもしないうちに、視界に自分たちの出店が入ってきた。



「おお、お疲れっ、悠貴! 悪いな、手伝って貰っちゃってよ。暫くこっちはもういいから休んでてくれ! 他のやつらも交代で休憩に入ってるからよ」


「了解、大門。じゃあそうさせて貰うなっ」


 悠貴はその場を離れ、サークルで用意した休憩場所へ向かった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 学部棟のとある教室の一角。通路に寝袋を敷いて横になる悠貴。仮眠と荷物番を兼ねてサークル同期で順に休むことになっていた。


 悠貴は仰向けで腕組みをしながら天井を見つめる。ただひたすらに白い天井。教室を照らす明かりが眩しく感じ、手近にあったタオルを顔にかける。


 暗くなった視界の中で()()()()について考える。




 発端はつい先刻。


 休憩に入る前に軽く夜食でも、と志温と買い出しに出た時に目にした掲示板の広告。



『現役魔法士による対抗戦』



 見れば悠貴たちの大学に在籍する学生魔法士から選抜された5人と外部から呼ばれた魔法士の実戦形式の対抗戦を見学できるというものだった。



 横にいた志温は、


『魔法士対抗戦なぁ……。何かさ魔法士って、結構……秘密っていうか公の場では深いことまでは話せない雰囲気あるのに、たまーにこうやってイベント染みたことしてちゃっかり存在をアピールしてるよな。好雄とか優依とか……、良い奴も多いけど、何か俺は好きじゃないんだよな……』


 と言って目を向けてきた。ドキッとした悠貴は頷いたがそれ以上は何も言えなかった。



(まさかあそこで、『ごめん! 実は俺も魔法使えるようになっちゃってさ!』なんて言えないしな……)



 魔法士になるかどうか迷う悠貴は最近好雄や優依から魔法士や魔法士界隈の話を良く聞いていた。



(日常生活では魔法の使用は制限される……なんて言ってたけど……まさか学園祭でこんな企画やるなんてな……)



 そう思った悠貴だったが好雄のある言葉を思い出した。治安維持で魔法士の力が必要になることは頻繁にある。だから国としては魔法士のレベルを上げておきたい。そういった事情で魔法使えるようになってからは国が主催する戦闘訓練が多い、と。


 悠貴が目にした大学の学園祭内の対抗戦のポスターの端にも内務省(特務高等警察)と法務省が協賛とあった。





(正直……、見に行きたい……)


 魔法士になるかどうか迷う自分としては実際に魔法士同士が戦うという対抗戦はぜひ見ておきたい。そうは思う悠貴だったが対抗戦が行われるのは本部キャンパスとは別のキャンパスだった。



(ここからだと片道で最低40分はかかるよなぁ……。実際に対抗戦を観戦する時間も考えると、自由時間は完全になくなる……、いや、屋台に立ったり他の仕事手伝ったりする時間だって……。あぁ、好雄か優依だったら対抗戦のこと知ってただろうし、何で前もって教えたくれなかったんだよ!)



 そうすればサークルの同期メンバーに相談して、時間のやり繰りができていただろう。



 さっき、偶然休憩室に荷物を取りに来た好雄に悠貴は対抗戦のことを切り出した。切り出された好雄の顔は何故か複雑そうだった。



『いやー、悪い悪い! 聞かれなかったし……、まあ、何だ、俺たち、ああいうのはちょっとな……』


 とだけ言って好雄は休憩室を出ていった。




(優依も優依もだろ。教えてくれてもいいのに。同じ魔法士がやるんだから2人とももっと興味持っても良さそうなんだけどな……)



 釈然としない悠貴だったが、明日の自分のスケジュールを思い描く。



「どう考えても……、うーん、やっぱ普通に無理だよな」



 寝転がる悠貴がそう口にしたときにドアの開く音が聞こえた。タオルで視界を覆っていたが足音の軽さから、何となくその足音の主が分かったような気がした。



「優依?」


「正解。ふふ、よく分かったね」


 横になりタオルを被る悠貴の側までやって来た優依はどこか嬉しそうにそう言った。


「うきゅんのことなら何でも分かるさ」


「えっ……、えー! な、何でも?」


「な、何そんな大袈裟に反応してるんだよ! じ、冗談だよ!」


 そこまで言うと悠貴はタオルを取って体を起こした。光が目を刺しているようで眩しかった。景色が白んで見える。目を擦って改めて見る。優依は悠貴の近くの椅子に腰掛けた。


「あ、あのね、そろそろ交代の時間だから呼びに来たんだけど……悠貴君疲れてる? もう少し寝る?」


「いや、大丈夫。それに……優依こそ眠いだろ?」


「うん、そうだね、少し……」


 学園祭の係として前夜祭の間も優依は忙しく動き回っていた。悠貴の目の前にいる優依の顔には疲労の色が(にじ)む。


 悠貴は枕代わりしていた自分のラケットバックを退けて寝袋から立ち上がり、入りなよ、と優依を促す。


「えへへ、ありがとー」


 入れ替わりに優依が寝袋に座る。リュックの中から大きめのタオルを出して頭の下に敷ける大きさに畳む。あとは寝袋に入るだけ、と準備が整うのを見計らって悠貴は尋ねる。



「優依さ、何で魔法士の対抗戦のこと教えてくれなかったんだよ? いや、それ以前に好雄の話だとお前たち見にも行かないんだろ?」



 寝袋に完全に入り込んで先程まで悠貴がそうしていたように仰向けで天井を見る優依。


「そうだなぁ……」


 そう言った優依は少し困ったような表情を浮かべる。そんなに答えにくい事を聞いてしまったのかと悠貴は困惑した。



「あのね、別に行きたくないとか、嫌とかそういうのじゃないんだよ……。知り合いの魔法士だって参加するみたいだし……。でもね、うーん。何て言ったら良いか分からないんだけど、なんかね、雰囲気が……、わたしは苦手だなって……」


「雰囲気?」


「少しね……独特な雰囲気なんだ、ああいう大きな魔法士の対抗戦って。学園祭とかだけじゃなくて結構色んなところでやってるんだけど……、偉い人とか強い人とかも見に来て、わたしはあんまり楽しいって思えなくて。それに、ちょっと怖いかな……」


 悠貴にはいまいちピンとこなかった。確かに対抗戦とは言え本格的な戦闘を見れば怖いと思うかもしれない。しかし、業界未経験の自分なら兎も角、優依は研修などでも実戦形式の演習を経験を積んできているはずなのに……。



 悠貴の様子に優依は慌てる。


「あ、ご、ごめんね、分かりにくい説明になっちゃって……」


 しゅんとする優依。首を振った悠貴は、


「いや、こっちこそ……。あ、ていうかごめん、疲れてるよな。おやすみ!」



 と言って、足早に部屋を出た。教室のドアを閉めきったところで、教室に入ろうとする琴音に出くわした。


「お疲れー、悠貴。あ、優依、休憩時間の筈なんだけど見なかった?」


「優依ならもう中で横になってるよ、って言っても今さっき寝袋に入ったとこだけどな」


「あ、じゃあさっきまで2人で一緒に部屋いたんだ……、へー……、ほー……、ふーん……」


 そう言って琴音は顔を近づける。


「な、何だよ?」


 少し顔を赤くする悠貴。


「べっつにぃー……」


 意味深に返答して琴音はドアの向こうに消えていった。


(あれ、もしかしてあいつ何か盛大な勘違いを……)


 そうは思ったが改めて教室の中へと入る気にもならず悠貴は歩き出す。



 外の喧騒が静かに届き渡る学部棟の廊下を歩く悠貴。少し喉が渇いたと思い、手近の自動販売機へ向かう。特に何も考えずにミネラルウォーターを選ぶ。


 出てきたペットボトルを開け、それを飲む悠貴の目に学部の掲示板が入ってきた。ここにも悠貴が見た魔法士対抗戦を紹介するポスターが貼ってあった。


(対抗戦……、行ってみるか……)


 好雄や優依の反応がやや気にはなるが、逡巡にはほぼ答えが出ている。やはり行ってみたい。あとはどう予定を遣り繰りするかだ。


(誰かに係の予定、入れ換えてもらうか……)


 そうと決めた悠貴はサークル同期が集まる屋台へ向かい、足早に歩き始めた。

今話もお読みいただきありがとうございます!


次回の更新は6月7日(日)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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