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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第二章 移る季節の境界線
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第47話 自分ではない、何者か【学園祭編3】

『……。次のニュースです。先日発生した四国州都市圏(エリア)で起こった爆発事件について、当局は改めて原因は不明と……』



 起きて直ぐにつけたラジオを何となく聞きながら悠貴はベッドで天井を眺める。物騒な事件のことが流れていたが遠い四国州でのことならここには影響はない。



『この程、策定が遅れていた第27次都市圏(エリア)拡張計画につき、政府の非常事態対策連絡会議は内務省素案をそのまま政府案とすることを全会一致で了承し……』


 政治には興味がなかった悠貴だが、その次の最近完成したという湾岸ドームが人気を集めているというニュースには反応した。世界最大級だというウォータースライダー。そう言えば少し前にニュースアプリで特集が組まれていたのを見たような気がする。



『タリー君のお天気コーナーです。今日は14時から天気が崩れ始め……』


 天気のニュースを聞きながら悠貴は身体を起こす。『天気が予報に合わせている』と言われる程にAIの進化で天気予報の精度は飛躍的に向上した。今では地点や時間についてかなり細かい予報がなされている。



(この分だと、午後からの屋台作りは中止だな。昼に好雄と会う頃はギリギリ大丈夫か……)


 魔法士のことについて好雄とは温泉以来話していない。一度しっかりと相談したくて時間をとってもらった。


 簡単な朝食をとった悠貴は時計に目を移し大学へ行く用意をする。リュックに今日の授業に必要なテキスト類を放り込む。


「おっと、急に天気変わるなら……。えっと、どこやったかな……。確か机の上に……、あ、これこれ」


 偏頭痛持ちの悠貴が同じ各部の友人で同じく偏頭痛持ちの宏樹に相談して薦められた『EVER DX』。



(ホント宏樹さまさまだよな。メチャクチャ効くんだよな、これ)


 薬をリュックに放り込んだ悠貴は折り畳みの傘を持ち上げ玄関に向かう。


 外へ出て空を見上げる。



「普通に晴れてるんだけどなぁ……」


 目に入る青空からは天気が崩れそうには見えないが予報が降ると言えば降る。


 悠貴は鍵を閉めてドアノブを3回引いて鍵が掛かっていることを確認して歩き出す。






 いつも通りの白く、広がる教室。


 今日もまた法学部の4人で授業を受けていた。授業が終わると後ろの席に座っていた宏樹と智香は今日は用事があるから、と先に教室を足早に出ていった。


 好雄との約束がある悠貴もまた席を立ち、外へ向かおうとする。その悠貴に横の莉々が声を掛けた。


「悠貴、合宿の打ち上げのことも話したいし、良かったら昼一緒に……」


「あ、ごめん、莉々! 今日はちょっと先約あってさ……」


「あ、そうなんだ。こっちこそごめんね、いきなり誘っちゃって……。じゃあまたね、お疲れっ」


 悠貴も、お疲れ、と返して教室を出た。



 学部棟の廊下を進んでいく悠貴。教室同様、廊下もガラス張りになっている。いつもであれば少し眩し過ぎると感じることもある廊下だったが、今は空の色を映して薄暗くなっている。



「やっぱ午後からは雨っぽいな……」


 歩きながら悠貴はこめかみを押さえた。頭痛の予兆がしてきた。


(俺の頭痛も予報ばりに当たるからな……)



 魔法士のことを話すなら人が少ない場所の方がいいだろうと好雄と話してキャンパス内の庭園で待ち合わせをすることにした。


 学部棟を出て庭園に通じる道を進む。庭園近くの売店で簡単に口にできるものを見繕い、庭園入り口で好雄を待つ。



 悠貴は空を仰ぐ。


「予報通り14時から降るんなら……、今からだと話せて……」


 時計を見たところで悠貴は好雄に声を掛けられた。


「悪い悪い! 学部の購買が結構混んでてさ!」


「だったら庭園の売店にすれば良かっただろ、全然空いてたぞ」


 庭園に付属する売店は今も学生の姿は(まば)らだった。庭園で昼を取ろうとするのは大抵は午後の最初のコマが空いている学生、あとは教授や大学職員だ。



「まあ午後直ぐに授業がある連中はわざわざここまでは来ないだろうしな。それにしてもうちの大学、何でわざわざキャンパスにこんなデカイ庭園造ったんだ? この半分でも学食にしてくれたら俺みたいな昼食難民が出ることもないのによぉ……。悠貴だって2限終わったらダッシュしないと学食の席、確保できないだろ?」


「まあ、それはそうだな……。俺の場合、授業終わったら大体莉々が引っ張ってくれるからな」


「へぇ……。やっぱ莉々ってそういうとこしっかりしてるなぁ」


 好雄が感心して言ったところで2人は周囲に人がいないことを確認して芝生に座った。



「時間とらせて悪かったな、好雄」


「いいってことよ。日々多忙な俺様も魔法士の後輩になるかもしれない悠貴の頼みとあったら断れないぜぃ」


 言った好雄が袋を開けてパンにかじりつく。それで、と好雄が切り出す。


「魔法士のこと……、どうするか決められたか?」


「うーん……」


 食べようと手にしたパンが入った袋。開けずにそれを見つめる。そして、


「登録したいとは思ってる」


 と言って、パンの袋を破った。



「『したいとは思ってる』、か……」


 そう返してきた好雄に悠貴は笑った。歯切れが悪い答えなのは自覚している。


「覚悟が足りないのは自覚しているよ」


「おうっ。その自覚があるんなら安心だな」


 そう言って笑った好雄は2個目のパンに取り掛かる。


「優依に相談は?」


「したよ」


「あいつは何て?」


「俺が決めた通りに応援してくれるって。ただ個人的には魔法士にはなって欲しくないって……」


「ま、そう言うだろうな……」


 むしゃむしゃと頬張りながら遠くを見て好雄は言う。


「他には何て?」


「登録申請は12月なんだからそれまでゆっくり考えてみたらどうかって……」


「なら俺から改めて言うことは無くなっちまったなー」


 2個目のパンもぺろりと平らげ、背伸びをした好雄は芝生に寝転がる。



「好雄はさ……、魔法士になって、その、何て言うか、変わったか?」


 優依にもした質問を投げ掛けた。好雄は悠貴の問いに反応を見せず、そのまま動かない。


 返事がなかったので待つしかない悠貴は庭園を見やる。生憎の曇りだがそれでも庭園は綺麗だった。小高くなった庭園の奥の方を眺めていると好雄から返事があった。



「変わらないな……」



 さあっと風が吹き抜けた。


 悠貴が好雄に目を移す。

 寝転がる好雄はもう暫くすると雨を降らせるであろう空をじっと見ている。


「なんかさー、魔法士になって、それで何かが変わるかもって期待はあったんだ、正直な。自分を変えられる、自分じゃない何者かになれるんじゃないかって」


 ──まさに。悠貴も、心のどこかでそれを期待している。


「でもさー、結局、三木好雄は三木好雄なんだよな。ずぼらで時間にだらしなくてお気楽なさ……」



 目の前の、魔法士の先輩になるかもしれない友人は悟ったような面持ちで自嘲している。


 起き上がって好雄は続ける。


「それでさ、俺思ったんだよ。何かになったから自分が変わるんじゃなくて、自分が変わったから何かになるんだよ。その順番は変わらない」


 そう言って自分を見てきた好雄に悠貴はドキッとした。自分の期待が見透かされているような気がした。




「そんなもんか……」


 と言った悠貴に好雄は、


「そんなもんだよ……」


 とだけ返した。



 2人は天を仰いだ。空の雲が厚みを増している。昼過ぎにしては辺りは暗い。辺りの人々も天気が変わることを分かっているようで1人2人と庭園から学部棟の方へ向かっている。



「まあさ、今までは見られなかった世界を見れて、出来なかったことが出来るようになって、初めて知ることがあって……、刺激的ではあるわな、良くも悪くも」


 好雄の言葉に悠貴は頷く。自分が魔法士になったらどんな世界を知ることになるんだろう。



「前にも言った通り、悠貴が魔法士になるなら俺は歓迎するよ。でもな……、自分じゃない何かになれるんじゃないかって期待は捨てることだなっ。そんなメルヘンな気持ちじゃ続かないさ」


「覚悟が、必要なんだろ?」


 そうとも、と好雄が言って笑ったところで悠貴の頬にポツリと空から一滴降ってきた。


「やっぱ予報通りだな」


 悠貴は庭園から見える大学の時計塔を見る。14時ぴったりだった。


 徐々に雨は強くなっていく。

 悠貴と好雄は近くの建物に駆け込んだ。



「いやー、まいったな。午前あんなに晴れてたのによ……」


「好雄、天気予報見なかったのかよ?」


「俺がそんなの見ると思うか? あーあ、今日は雨の中の演習か……」


 言った好雄が荷物を持ち上げる。


「演習って……、魔法士のか?」


「おうっ。普段は午前中が多いんだけどさ、今日は振替でな。あ、やべ……、俺そろそろ行くなっ。悠貴、考えるのは良いけどあんまり悩み過ぎんなよ、じゃあな」



 ああ、と好雄を見送った悠貴は窓から外を眺める。外は本降りだった。



(自分じゃない、何者かに、か……)



 痛いところを突かれたと思った。魔法士になった自分の姿を思い浮かべる度にその気持ちがなかったと言えば嘘になる。


(覚悟……)


 まだその覚悟がない。自分で、覚悟、と思った割には何に対する覚悟かも分からなかった。


 思い悩む悠貴。ふと目の奥が痛んだ。一度気になった鈍痛は目の奥からこめかみ辺りまで広がっていく。


(やっぱ薬持ってきて正解だったな……)


 リュックから薬を取り出しペットボトルの水で飲み込む。目を閉じてこめかみの辺りを指で押す。経験的にこうすることで偏頭痛を紛らわせられることを知っている。


 近くにあったベンチに腰掛けて痛みが引くのを待つ。痛みを掻き分けながら悠貴は思う。


(自分が……変わらないと、か……)


 雨の音が建物の中に木霊する。そうして暫く、大粒ではあるが、どこか淡々と降る雨を悠貴は眺める。


 そして、改めて、いつもそうしているように、しかしいつもよりも僅かに力を込め、こめかみを押した。

今話もお読み頂き、本当にありがとうございます!


次回の更新は6月4日(木)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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