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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第一章 『始まり』への日々
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第39話 学年合宿 ~彼方~ (前編)

「──それで、優依(じぶん)が殺した、か」


 優依らしい。そう思って悠貴は目を細めて薄く笑う。だろう、と好雄もまた肩を(すく)めて笑った。それでも、と好雄は続ける。


(とど)めを刺したのは俺さ。それが事実だ。優依じゃない」


「でもさ、それだって優依を助ける為だったんだろう?」


「まあな。悠貴にもそう言って貰えると救われるよ。優依は……、殺したくなかった、死んで欲しくなかった、助けたかっただろう。優依から見たら俺は(かたき)だな」


 いつものひょうきん者らしく、しかし何処か憂いを帯びて好雄は自身を笑った。いや、それは……と口を開いた悠貴を、首を横に振って制して好雄は続ける。


「分かってる。そう思ってるのは俺だけだよ。優依はあの一件について一度だって俺を責めたことはない。まー、俺からしたらそっちの方が辛かったりするんだけどなー、実際……」


 そうして2人の間に沈黙が訪れた。2人は何とも無しに海の方に目をやる。


 潮風が2人の髪を揺らす。好雄の話が終わった辺りから風が心なしか強くなった気がした。波音に辺りを吹き抜ける風音が混ざる。


 景色を大きく占める海面は相変わらずきらきらと陽光を反射していて悠貴には眩しかった。風が強くなって波が高くなったのだろう、反射する陽光が小気味良く明滅している。



 好雄が話している間に露天風呂に半身まで浸かったり脚だけ浸からせたりしていたが、急に寒くなってきた。悠貴は肩まで湯に入る。好雄も倣って湯に浸かった。



「あの場所の経緯(いきさつ)はざっとこんな所だ」


 そう言って好雄は湯を両手で(すく)って顔を洗った。あくまでも自然とそうすることで、ある表情を隠したかった。包み隠さずに自分と優依の新人研修中の出来事を語った。


 しかし、ただ1つ、迷った挙げ句に悠貴に語らなかったことがある。そのことが顔に出て悠貴に感づかれるのは嫌だった。


 好雄は顔をそのまま下へ向け、自身が浸かる湯の揺れる水面(みなも)を見つめた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 森から好雄たち4人が施設へ戻る頃には他の研修生たちは朝食を終えていた。施設職員から、今日は午前の演習や午後講義へは参加せずに自室で休養するように、との手塚の伝言が伝えられた。





 好雄は優依を部屋へ送り届ける。優依は泣き止んではいたが明らかに憔悴(しょうすい)していた。



「あのさ、優依……、俺……!」


 好雄がそこまで言った時、その先はいい、と言わんばかりに優依が首を横に振った。言葉を途切らせた好雄に代わって優依が口を開く。



「好雄君……、その、ありがとね。朽木さん……、あんなことになっちゃったけど……、好雄君が私を助けようとしてくれたからだって……、ちゃんと分かってるから……。だから、気にしないでね……。気にされると……、私も辛いから……」


 精一杯無理をして笑顔を作った優依がそう言ってドアの向こう消えた。一気に辺りは静かになった。



 優依の魔法にかかった朽木。闇雲に動き回っていた朽木の視線が何故か優依を正確に捉えた気がした。あのままでは朽木が優依を殺してしまう。優依を守りたかった。優依も気にするなと言ってくれた。それでも……。


「俺……、殺しちゃったんだな。朽木さん……」




 好雄は部屋へ戻って軽くシャワーを浴び、簡単に体と髪を乾かしてベッドに横になる。



 何の感情を浮かべない瞳で天井を眺める好雄。掌を天井へ向かって伸ばした。人を(あや)めた感覚が生々しく残る。手塚が今日は休めと言ってくれて本当に助かった。正直何もする気にならない。



「本当に……、本当にこんな結果にしかならなかったのかよ……」


 呟くように言った好雄。頭の中では朽木を魔法で貫いた瞬間が繰り返し浮かんできた。


 それでも好雄の体と心は相当に疲れていた。自然と眠りに落ちた。途中何度か目を覚ます。やはり何もする気にはなれず、その度にただ眠った。





「ん、んん……」


 やっと起きようかと思って上半身を起こした好雄の目に茜色に染まる自室の光景が入ってくる。ずいぶん時間が経ってしまっていた。


 黒い森を駆け巡り、人を殺して、その相手を葬った。ずいぶんと遠い日の、別の世界の出来事のように思えた。


 窓辺へ向かい開け放つ。夕暮れの山と森を撫でた風が吹き込んでくる。窓の外、幾人かの研修生や職員が施設の近くを行き来し、人声もあったが概して静かだった。午後は講義が中心なので演習場に人気はない。



 その先の──森。

 黄昏時の森は昨日の夜とは全くの別物で夕日を戴く空と濃い緑の森のコントラストが美しい。



 しかし、それでもやはり悲劇はあそこで起こった。好雄が見つめる掌には一眠りする前と同様に今もまだ朽木を貫いた生々しい感覚が残る。



 一度、弔うかの様に目を瞑り、そして開く。目を自分の掌から窓の外へ向ける好雄。その目線の先。今の目の前の光景では空と森の境界となっている、高く(そび)える塀。



「そう言えば……」



 好雄はその塀で昨夜見た光景をふと思い出した。

 朽木が空けた穴を通り抜けた時に感じた違和感。状況が状況だっただけに取り敢えずは朽木の追跡に向かったが、頭のどこかにその違和感が残っていた。



「何なんだ……、俺は何が気になっているんだ……」


 好雄は違和感の正体を探ろうと昨日の記憶を手繰り寄せる。


 手塚に言われて優依たちと森へ入り、塀の穴を抜けて朽木を追った。朽木を殺して崖の上に墓を作って葬った。違和感を覚えたのは塀を抜ける前後だった。



「塀の手前には池があって、穴を抜けた先には池はない……。違う……。それだけじゃない……」



 何なんだ、と好雄は更に記憶を追う。

 しかし、塀の穴を抜けた辺りのことをどんなに思い出しても違和感の正体は掴めなかった。好雄は一度、その先の記憶に進んだ。


 好雄の記憶が朽木の墓前での些末なある光景に至った時、あ……、と好雄は声を漏らした。



 朽木を穴に埋め、墓に見立てた岩を置き、葉月が花を供えた。その段になって優依は泣き出し、葉月も目を伏せ、侑太郎も悔しさを滲ませた表情を浮かべていた。

 自分は景色の奥の淡い色に包まれる暁の空を眺めていた。皮肉にもとても清々しいこの景色だった。崖から駆け上がってきた風を追って墓に目をやる。



 風が、手向けられた花を揺らし、そして小高くなった墓の周囲の小さな石塊(いしくれ)を転がし、砂を宙に舞わせた。


 ただ、それだけの光景。



 その光景から考え付いた可能性を好雄は穴を抜ける前後の記憶と照らし合わせる。



「なるほど……、そういうことかもしれない……」


 朽木の行動に対する手塚や施設の職員たちの動きや反応のことを考えても(あなが)ち間違ってはいないように好雄には思えた。好雄は大きく息を吐く。


「今さらそれを確かめたところでな……。でも……、それでも俺は……」



 茜色に包まれる部屋の中、好雄は1人窓辺に(たたず)む。


 やはり、思い問いたださなければならない。朽木や優依のことを思ってのことでもあるが、自分も納得がいかない。事実をはっきりさせたい。しかし、同時に、自分がしようとしていることは手塚たちが秘密にしていることを暴くことでもある。


 自身に纏わりつく恐怖心を一掃しようと好雄は顔を叩いて気合いを入れる。


 服を着替え、ローブは、と部屋を見回す。ローブは書卓の椅子に掛けてあったが森をかけずり回ったせいでボロボロに汚れている。好雄は予備の研修生用のローブを取り出して羽織り、外へ出た。



 切り出し方を考えたかったのでエレベーターは使わずに階段で向かおうとした。階段を上ろうとしたときに下から声をかけられた。


「好雄君……?」


 名前を呼ばれて振り向いた好雄の先にいたのは優依だった。



「え、あれ、優依!? 部屋にいるはずじゃ、今日休みで良いって……」


 困惑する好雄。手塚から今日は休むように伝えられていたが、目の前にいる優依は研修生用のローブを羽織り午後の講義用のテキストとノートを抱えていた。



「午後の講義、出てたのかよ……」


「うん……、独りで部屋にいるとなんか塞ぎ混んじゃって……。何か、他のことに集中してた方が気を紛らわせられるかなって」


 そうか、と好雄は微笑む。──優依は、強いな。口にはしない。その代わりに、


「でもよっ……、どうせまだ疲れが残ってるだろうし講義に出てもずっと寝てたんだろうっ?」


 いつものようなひょうきんな表情と仕草で優依に近づいた好雄は優依が抱えていたノートをすっと奪った。


「あ、こら! 好雄君!」


 好雄は抗議の声をあげる優依を尻目に階段を半分程駆け上がりノートを開く。魔法士法の施行規則の講義のものだった。あまりにも退屈で今まで好雄は一度もまともに聞いたことがない。



「おいおい……、相変わらず綺麗なノートだな。あんな授業のノート、ちゃんととってるのなんてお前ぐらいなもんだよ」


「そんなことないよ! も、もういいでしょ! 返してよー、恥ずかしいよ!」



 ノートを取り返そうとする優依をかわした好雄。他のページを開いて、気づいた。真ん中より少し下の一文の最後の辺りの字が(にじ)んでいる。


 好雄は指先でそっとなぞる。指の表面から感じ取る、その湿り気。優依に背を向けた好雄は一瞬表情を(ゆが)めた。


 しかし、直ぐに元のふざけた様子で振り向いて階段の下からノートを取り返そうと駆け上がる優依にそっと優しくノートを放る。


「わわっ!」


 急にノートを放り投げられた優依は慌ててノートをキャッチした。その優依に好雄が笑う。



「あんまり真面目過ぎるのも考えもんだなっ。長生きできないぞ?」


「よ、好雄君こそ、あんまりふざけてると……、って、あれ、どこか行くの?」


 からかってきた好雄からノートを取り返すのに必死だった優依。ふと、なぜ好雄がここにいるのかと思った。しかもローブを羽織って。自分は確かに講義に出ていたがもう今日の講義は終わった。夕食なら階下へ向かう筈だが……。


 好雄が軽く笑って答える。


「今日は休みだったからな、宿題はないだろ? 前に溜めた分の課題やろうかと思ったんだけど、そもそも課題の中身分からなくなってさ。それで担当の先生のとこに聞きに行くところ」


 言った好雄が教官階がある上の方を指差した。

 溜め息をつく優依。


「そんなに課題溜めてたの? ダメだよっ、ちゃんとやらなきゃ。あ、じゃあ夕飯、食堂で食べるよね? 葉月ちゃんとゆたろー君も来るって言うからから好雄君も後でちゃんと来てね?」


「はいはい、了解っと。じゃあまた後でなー」


 言った好雄は優依に軽く手を振って階段を駆け上がる。



「やっぱ……、はっきりさせなきゃな……」



 そうでなければノートに残った優依の想いが無駄になる。


 駆け上がった先。少し息を整え、教官室が並ぶ廊下を好雄は進む。廊下もまた窓の外から入り込む西日で赤く染まる。


 静寂が包む廊下を好雄の足音だけが響き渡る。そうしてそこへ着いた。

今話もお読み頂きありがとうございます!


自分の冗長な悪い癖が出まして、校正と加筆をしていた所、1話にしては少し長過ぎるかなと思い、前半後半に分けて更新致します。



ではまた後半の後書きにて!宜しくお願い致します!

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