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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第一章 『始まり』への日々
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第35話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編11】~

 優依が部屋を出たのに好雄たち3人も直ぐに続いた。



 部屋を出たところで優依は好雄たちに背を向けて立ち止まっている。好雄が声を掛けようとすると部屋の中から職員たちが出てきて、好雄たちを一瞥(いちべつ)して駆け去っていった。


 駆けていく音が遠ざかり、辺りは無機質な静寂に包まれた。



「優依……」


 好雄は改めて優依に話し掛けた。しかし、その先が続かなかった。優依の言う通り、何事もなければ朽木をここまで連れてくれば良い。ただそれだけだ。逆に言えば何かあれば、場合によっては手塚の言う通り朽木を傷付けなくてはならなくなる。



「好雄君……」


 言って顔だけを好雄たちに振り向かせた優依も言葉が続かなかった。絶対に自分が朽木を助ける、その思いに変わりはない。しかし、だからと言ってそれを独りでやってのける自信はなかった。




 そうしてやってきた重苦しい沈黙がそれまで辺りを包んでいた静寂に重なっていく。






「ホントあのおじさん最低……!」


 唐突に葉月が吐き捨てるように言った。残りの3人が葉月を見る。腕組みをしながら3人を見回した葉月。



「何かわかんないけど独りで抱え込んで、皆に迷惑かけて……。挙げ句に深夜に施設を抜け出して森の中で怪しげに動き回る……。殺されたって文句言えないわよ!」



 殺されたって文句は言えない。実際その通りだ。それでも何とかしたいと震える優依。



「お、お姉ちゃん……、落ち着いて……」


「落ち着いてなんかいられないでしょ! もう時間がないの!」



 つかつかと優依の前まで進む葉月。優依が顔を上げる。



「文句を言わなきゃいけないのは私たちよ! 同じG(グループ)6にこれだけ迷惑掛けて……。特に優依には……。だからね、他の人たちに殺される前に私たちが見つけて、それで一発ぶん殴って、朝まで……、うんうん、もう思い浮かばなくなるまで文句を良い続けてやらなきゃ気が済まないわよ!」


 組んでいた両腕をほどき、優依の両肩に乗せて、そして強く握る。


「だから……、私たちの手で絶対に連れ戻さなきゃ!」


 葉月が優依を見る。見開いた優依の瞳に涙が浮かぶ。


「葉月ちゃん……。うん……、うん! うん! そうだよね!」



 自分の肩に載せられた葉月の手を優依が握る。



「しょーがねーな、朽木さん……。よし、行くぞ、優依」


「好雄君……」


「俺も朽木さんには言わなきゃならないことが山ほどあるからな。あのおっさんのせいで俺が教官の前でどんだけ冷や汗をかかされたか教えてやんなきゃならない」


 好雄の言葉に侑太郎が頷く。


 4人は互いに目を合わせ、誰からということもなく駆け出した。



 駆ける最後尾、優依は熱くなった目頭を押さえる。

 自分独りで何とかしなきゃいけないと思った。同じG(グループ)だから助けてくれるとは限らない。むしろ葉月や好雄は朽木に対して思うところがあるようで自分のように無条件で彼のことを助けようとするかは分からなかった。


 前を行く3人の背中が心強い。まだ何も解決していない、これからが正念場だ。先を思いやれば不安と恐怖しかない。


 ──ありがとう。口にしかけた言葉を改めて心に浮かばせる。口にするのは今じゃない。優依は駆ける足に力を込める。






 4人は階段を駆け降りて施設のテラスから森へ向かう。向かいながら優依はことの経緯(いきさつ)を葉月と侑太郎に話した。


「手塚教官から簡単には聞いていたけど……、あのおじさん、無駄に根性あるじゃない……。なんでそれを演習とかに活かさなかったのよ……!」


「うん、確かに。コツコツ魔法かけてあの高くて分厚い塀に脱出用の穴を掘るなんて……。凄い根気だよね。短気なお姉ちゃんには絶対無理……」


「誰が短気よ!!」


 葉月が横を走る侑太郎に蹴りを入れる。


「ほら、短気じゃん! いっつもそうやって手が出るの、お姉ちゃんのわるいクセだよ!」


「フンッ! 手じゃなくて足が出たのよ、足が!」



 事態は緊迫しているが姉弟のやり取りで場が和む。2人のやりとりに好雄と優依は目を合わせて肩を(すく)めて笑う。


「それにしても……」


 好雄が葉月と侑太郎に割って入った。


「朽木さんてさ……、何でそんなに外に出たかったんだろうな……」


 好雄に言われて、確かに、と改めて葉月と侑太郎は考えてみた。朽木はあの一件以来特に他のグループの研修生から(うと)まれたり陰口を叩かれることが多くなった。


 しかし、それでも施設からの脱走とは簡単に結び付かない。国が行う、しかも魔法士の研修。この研修を受けることで国の機密に関わることになる。だから、研修が終わるまで施設からは絶対に出ることは出来ないと何度も言われた。許可無く施設を出れば重罪として扱われる、と。場合によっては死にも直結する、と。



 それでも朽木は抜け出した。好雄たち3人には朽木が何を考えているのか分からなかった。



 優依がふと(こぼ)すように言った。


「きっとね……、朽木さん、帰りたくなったんだと思う、自分の世界に……」


「じ、自分の世界?」


 聞き返してきた葉月に優依は続ける。

 よく朽木と空き時間に話していた。遠慮がちで卑屈、自分に自信がなくお人好し……。自分のことをそう思っていると話すと、朽木も自分も同じだと笑った。

 朽木は心を許してくれたのか、自分に自身の生い立ちを語ってくれるようになった。


 若い頃、勤め先の人間関係に疲れて引きこもり、それでも頑張ろう、やり直そうと勇気を振り絞ってアルバイトに出てみた。

 しかし、要領の悪い自分を使えない中年だと陰口を叩かれるようになっていった。最後には無視しかされなかった。


 そうして再度引きこもるようになった。やはり自分は無能の役立たず。社会で必要とはされず、ただ老いていき、無為に死んでいく、ただそれだけの男。


 そうして自分を諦めて暫くして魔法の力を得た。最後にもう一度、頑張ってみよう、と。そう思ってこの研修に参加した。


 そんな話を不器用な笑顔を浮かべてしてくれた朽木の姿が優依の脳裏に浮かぶ。


『ほんと、情けないおじさんだよねぇ』


 朽木は、頭を掻きながら卑屈さも(にじ)む、しかしそれでいてどこか優しい笑顔を優依に向けながらそう言った。



「あの人はね、優し過ぎたんだと思う……。いつも自分は誰かに迷惑をかけちゃってるんじゃないか、自分が悪いんじゃないかって。そうやって考えていくうちに疲れちゃって、それで自分の世界に閉じ籠りたくなっちゃうの……」


 優依が語った朽木の内面。最後の辺りは自分自身のことも合わせて語っていた。



「優しい……ねぇ。根暗なだけなんじゃないの? 言いたいことあったら言えばいいし、疲れたら休めばいいじゃない。ただそれだけじゃないの?」


 ため息混じりに言った葉月。

 横で走る侑太郎がチラリと姉を見る。


「お姉ちゃんにも朽木さんの繊細さが少しはあったら学校でのトラブル減らせるのに……」


「ゆたろーあんたねぇ……、私ほど繊細な女の子なんて他にはいないわよ!」


 姉弟の会話に優依は笑う。


(何だろう……。とんでもないくらいに切羽詰まっているのに……、落ち着く……)


 2人の存在が心強かったし有り難かった。共に研修に参加した魔法士の同期で同じグループとはいえ、そして手塚に言われたとはいえ、面倒だ、関わりたくないと言って距離を置くこともできたはずだった。


 それでもこうして、場合によっては自らの身も危険に(さら)されるかもしれないのに朽木のことを探しに一緒に来てくれた。




(朽木さん……。私以外にもね、優しくて、ちゃんと朽木さんの話聞いて受け止めてくれる人いますよ。だからもう無理しないで良いんですよ、戻ってきて良いんですよ……)





 朽木がいるはずの森が間近に迫った辺りから4人は研修で学んだ魔装を自身に纏わせる。魔装したオーラを放ちながら駆ける4人の速度が上がる。



 朽木が施設の外へ逃げ出した箇所は手塚から聞いていた。魔装した4人は直ぐにそこに着いた。


 物々しい雰囲気が辺りを包んでいた。施設の職員や魔法士のローブを羽織った人間が行き交っている。現場の状況を確認して話し合い、どこかへの報告を上げている。



「朽木さん……、ホントに……」



 思わず好雄は声を漏らした。朽木が森で怪しげなことをしている。優依からそう聞いた。手塚にも報告をして、手塚もそれを確認した。そして、施設から脱走した。そう聞いた。



 しかし、好雄は実際には何も目にしていない。どこか現実感を欠いていた。だから、こうして今、朽木の脱走の証を目の前にして、好雄は現実を知る。朽木が空けた穴を見て震えた。自分たちはこれから脱走者を追うのだ。



 優依は朽木の奇行を目の当たりにしていたので好雄、葉月、侑太郎ほどの動揺はなかった。しかしその優依にしても目の前の色濃く夜を映す池と、その先の塀に空く穴には不気味さしか感じない。


 それでも、沸き上がってくる気持ちが押さえられない。朽木のこと、朽木のこれまでのこと、朽木のことを助けようとしてくれている皆のこと……。様々な思いがひとつの言葉になる。



 ──朽木さん、今行きます。待っていて下さい。

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回は4月12日(日)の更新を予定しています。


宜しくお願い致します!

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