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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第一章 『始まり』への日々
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第29話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編5】~

「はぁはぁ……、し、死ぬ……」



 好雄は容赦のない日差しを浴びながら倒れ込みそうになる自分を叱咤(しった)して駆ける足に力を入れる。



 午前の魔法実技演習の前に行われる基礎体力トレーニング。研修生たちは広い演習場をランニングしている。



「よっしー! そんなチンタラ走ってたらいつまで経っても魔法の練習始められないわよー!」



 先にランニングのノルマをクリアした葉月が木陰から好雄を(あお)る。葉月の横では同じようにノルマをクリアした研修生たちが座り込んで休んでいた。



(チクショウ……、なんでアイツ、あんなに体力あるんだよ……。俺だってテニス部で走り込んでるはずなのに……、この差は……)



 好雄は葉月を一瞥して速度を上げる。先輩としての最低限の威厳を見せておかないと後で何を言われるか分からない。


 前を見据えてただ脇腹の痛みを堪えて走る好雄。魔法士新人研修が始まって気付けば1ヶ月が過ぎていた。地表に照り付ける8月の陽光は容赦なく、日を追う毎に熱量を増していた。






「ゴ、ゴール……!!」


 何とかノルマを走りきった好雄はその場で倒れる。仰向けで大の字になって天を仰ぐ。苦しげに大きく呼吸する好雄の横に葉月がしゃがむ。



「『お疲れ様です、好雄先輩……』とか本当なら言ってあげたいんだけど、このザマじゃねぇ……」


「はあはあ……、う、うるせぇ……。ったくよ……、こんだけ走らせといて、これから対戦形式の演習とか鬼畜過ぎるだろ……」


 当初こそ魔法を『呼ぶ』こと、つまり呼んだ魔法をしっかりと形にすることに主眼が置かれた基礎訓練が行われていたが、2週間を過ぎた辺りから対戦形式の演習へと変わっていった。



「まあまあ……。ほら、今日は(シールド)の訓練なんだからまだマシでしょっ? 一昨日の対戦演習で怪我をした人たち、まだ治らないから対戦演習の再開は早くても明日からだってね」


 対戦演習が始まってから生傷が絶えなくなった。医務室に運び込まれる研修生が日に日に増えていった。医務室で待機する魔法士が治癒魔法を施せば傷自体は治ったがそれでも2日は安静にしていなければならなかった。



 今日の実技演習が(シールド)の訓練だと葉月から聞かされた好雄は、助かった、と思う反面、苦手な盾の練習があるのだと知り気持ちが折れそうになった。



 それが顔に表れたの見逃さなかった葉月が笑う。


「よっしー、盾作るの下手くそだもんね……。まあそれは私も同じななんだけれど……。あぁ、お疲れー」



 侑太郎が息も絶え絶えにゴールする。好雄の横に倒れた侑太郎は脇腹を抱えて(もだ)えている。そんな侑太郎を見下ろす葉月は大きく息を吐く。


「ゆたろー、アンタねぇ、恥ずかしくないの? 双子の姉の私が楽勝でこなしてるものをアンタがそんな苦戦しててどうするの?」


 なかなか整わない息の隙間をぬって侑太郎が反論する。


「お、お姉ちゃんは……部活で、毎日……走り込んでる……、じゃんか……。僕は文化部、なんだから……」


「言い訳になってないわよ。文化部って言っても吹奏楽部じゃん。なら毎日楽器吹いて肺活量は鍛えられてるはずでしょ?」



 再反論する気力のない侑太郎は顔を背けて苦し気に息を吐く。


 ちょうどその時、優依がゴールした。

 何とか立ち上がれるまでに息を整えた好雄が優依を向かえる。


「お疲れ、優依。よく走り切れたな」


 優依は膝に手をつきながら顔を上げる。


「あ、ありがとう……、好雄君。わ、私はランニングって言っても(ほとん)どウォーキングみたいに走ってたから……」



 距離のノルマはあったが時間制限はなかった。優依のように自分のペースで無理せず走り切る研修生も多くいた。そうして全員がゴールしたグループから魔法の実技演習を始めていった。




「優依もゴールしたんだし、さっさと盾の訓練始めましょう? ほら、途中で脱落したおじさんはあっちの木陰でずっと休んでたんだし、もう動けるでしょ」


 言った葉月が目を移し、好雄、優依、侑太郎も同じように葉月が目を移した先を見た。


 同じG(グループ)6の朽木が向こうの木陰で(うずくま)っていた。体力のない朽木は基礎体力訓練が始まって以来、一度も完走できていなかった。そのせいで好雄たちG6は魔法の実技演習が行えず、見かねた手塚の配慮で朽木は基礎体力訓練のノルマをこなせなくても途中で抜けることを許されていた。




 好雄たち4人は休む朽木の傍らまで進む。


「朽木さん……」


 優依が朽木に声を掛けようとした時、他のグループの研修生たちが通りかかった。


「おいおい、またG6だけ楽してんのかよ……いいよなぁ、全員ノルマをクリアしなくていいんだからよぉ」


「ホントそれな……。あぁ、ノルマ免除されるなら俺もおっさんみたいに生まれてくれば良かった」


 同じグループの研修生たちが笑う。



 過ぎ去っていった研修生の後ろ姿を見る好雄たち。


「……、何よ! あんな言い方しなくたって!」


 駆け出そうとする葉月の腕を掴む好雄。


「止めとけって……。実際、特別扱いされてるんだし何も言えねぇよ」


「でも……」


 (うつむ)く葉月。その横の優依が朽木の傍らにしゃがむ。


「朽木さん……、全然気にしなくて良いですからね? ほら、盾の演習始めましょう!」


「ゆ、優依ちゃん……。そうだね……」



 優依に引っ張られて立ち上がる朽木。

 G6も他のグループのように盾の訓練を始める。




「よし……。まあこんなもんか……」


 両手を(かざ)す好雄。呼んだ魔力を加工した盾を宙に浮かばせている。


「よっしーの盾もやっと(さま)になってきみたいね。本当に最初は酷かったもんね。手塚教官に感謝しなきゃいけないわね」


 笑う葉月だったが葉月も当初は盾を形作るのに苦戦していた。自分が有する属性の魔力を薄く盾状に(なら)す。上手くいけば魔法だけでなく物理的な攻撃をも防ぐことができた。しかし、単純に『呼ぶ』だけでは駄目で、呼んだものを自分の意思で『加工』しなければならなかった。


 高度な集中力と呼んだ魔法を加工する精神力。繊細な作業だった。自身の不器用さを自覚する好雄。何とか盾を作っても小さかったり薄すぎたり厚すぎたり穴があったり脆かったりと散々だった。



『危機感が足りないからだね』と、手塚が放った風の魔法。手加減したとはいえ、暴風が好雄を襲った。命の危険から身を守ろうと自分でも信じられない位の集中力を発揮して好雄はまともな盾を作ることに成功した。


「感謝ねぇ……。俺、死にそうになったんだけどな……」


「それで盾を習得出来たんなら安いもんでしょ? ああ、盾じゃなくてデカいコンタクトだっけ?」



 盾の訓練初日。手塚が見本としてやって見せた盾。どよめく研修生たちの中で好雄は「デカいコンタクトレンズだ!」と思わず叫んで研修生たちを笑わせた。その話を聞いていた優依が赤くなる。



「好雄君て……、その、ああいうのワザとやってるの? 私ね、横にいて凄く恥ずかしかったんだよ……?」


 優依に(にら)まれた好雄。集中力が途切れ、作っていた盾の形が崩れ霧散する。


「あ、あぁ……。せっかく上手くいってたのに……。優依さぁ、あん時は何度も謝っただろ……。ホント根にもつタイプだよな……。ていうか……、そんなことより、やっぱ優依は盾作るの上手いな……」


「そ、そうかな……?」


 照れる優依が手を(かざ)して作る盾。大きさ、強度、厚さ……、手塚をして完璧と言わしめた。多くの研修生たちが盾を作るのに苦労する中、優依は周囲を驚かせた。



「よっしーの言う通りね……。優依、何でそんなに盾作るの上手いのよ!」


 言った葉月が作る盾は強度は十分だったが厚さがありすぎて無駄に魔力を消費していた。


「優依さんがスゴく繊細だからだよー、お姉ちゃん。夢の属性の魔法って扱うのが凄く難しいんだって。ただでさえ使うのが難しい夢の魔法を加工して盾を作れる魔法士なんてそうそういるもんじゃないって教官が言ってたよ。しかも、手加減はしていたかもだけど、教官の風の魔法を優依さんの盾はきっちり防いだからね! つまり、ガサツなお姉ちゃんとは正反対ってことだね」


「ゆたろー! 言ったわね!? だいたいアンタだってまともに出来てないじゃない!」


 詰め寄った葉月に侑太郎は(ひる)まない。


「僕のはちょっと強度が劣るだけでむしろ魔力を節約して使えてるんだよ! 直ぐにガス欠になるお姉ちゃんよりマシだよ!」


 睨み合ったまま動かない2人。

 その2人の間に割って入る好雄。


「はいはい、それくらいにしとけ。お前らホント仲良いな。良くこんな暑い中で熱くなれるな……。何故か盾だけは上手い優依を見習えって。それにほら、朽木さんを見てみろ? お前らもあんな風に黙々と訓練できないのかよ」


 そう言って朽木に目を向ける好雄。黙々……と肯定的に口にしてみたが実際には朽木が他の4人とは少し距離をとって独りで訓練をしているに過ぎなかった。未だに水属性の魔法を呼び出すことさえ困難な朽木には盾を作ることは不可能に近かった。今も呼び出した水の魔法が盾を作る前に消えてしまっていた。



 心配そうに朽木の姿を目で追う優依。

 朽木の方へ行こうかと踏み出した時に葉月が優依の腕を掴む。



「あー! もう! ホント何でそんなに盾作るのが上手いの!? 何か、何かコツがあるはず……。優依! 出し惜しみしないで私にもそのコツを教えてよ!」


「お姉ちゃんだけズルい! 抜け駆けしないでよ! 優依さん! お姉ちゃんに教えるなら僕にもお願いします!」


 両腕を姉弟に捕まれる優依。

 一瞬だけ朽木を見る。


「う、うん、分かったよ。参考になるか分からないんだけど私の場合はこうしてね……」


 改めて手を(かざ)して(シールド)を作る優依。

 葉月と侑太郎がそれを食い入るように見る。好雄も優依を真似て盾を作る。


 朽木は独りで直ぐに消えてしまう盾を繰り返し作り続けた。





 午前の実技演習が終わり休憩時間になった。好雄たちG6はいつもそうしているように、演習場と中央棟の中間辺りにある公園で休んでいた。


 ふと、優依は噴水の縁から立ち上がり、少し離れたベンチに座っていた朽木に声をかける。


「朽木さん、お疲れ様です。その……大丈夫ですか?」


「あぁ、優依ちゃん。全然ね……、私は大丈夫だから……」


 優依の耳に入る朽木の声。全く大丈夫そうではなかった。(うつむ)いて地面を眺める朽木。


 朽木の消耗は演習の結果を見れば明らかだった。当初こそ使い勝手の良い、しかも属性的にも上位である『水』が注目されたものの、(いま)だに水を形作ることも覚束(おぼつか)なく、本来であれば操れるはずの下位属性の氷や霧でさえお世辞にも形になってるとは言えなかった。



 優依が慰めの言葉を探しているところに、他のグループの研修生たちが通りかかった。



「ねぇ、やだ……。おじさん、疲れてるっぽいよ……」


「勘弁してくれよ……。ランニングだって途中で抜けて十分休めてたはずだろ……。それで疲れてるふりとか冗談だろ」


 笑い合った男女の研修生がベンチに座る朽木と、その横で立つ優依の横を過ぎていった。


 絶えきれずに優依が声を上げる。


「ね、ねぇ! いい加減に……」


 咄嗟に朽木が優依のローブの袖を強く引っ張る。


「ゆ、優依ちゃん! 良いから……。あの人たちの言ってることは……本当のことだから……。ごめんね、私のせいで嫌な思いさせちゃって……」


 一番嫌な思いをしたはずの朽木にそう言われて優依はいたたまれない気持ちになった。下を向く優依に朽木は乾いた笑みを浮かべる。



「優依ちゃんは凄いね……。盾……。今回の研修生の中で、いや、歴代の研修生の中でもトップクラスだって聞いたよ……」


「そんな……、私なんて……全然」


「はは、優依ちゃんで全然だなんて……。そうしたら私なんてもう……」



 優依を見上げていた朽木は下を向く。

 何もない地面に目を見開く。


「ちょっと……最近ね、疲れてきちゃってね。もしかしたら無理してるのかなぁ……」


 (しお)れた朽木の声。


「あ、あの、無理しない方が……いいと思います! 教官とかに相談して……部屋で休んだり、医務室に行ったり……」


 優依言葉に朽木はゆっくりと顔を上げた。

 充血した目を優依に見開く。


「あぁ、それはいいね……。そうだ、そうだ、そうだ、そうだ……、そうだね。うん……それがいい……」


 フラりと立ち上がる朽木。手を貸そうとする優依に首を振り、中央棟の方へ向かっていった。夏の太陽のせいで中央棟へ向かう道の脇に等間隔で立つ木々の陰は濃い。



「優依ー! そろそろ演習始めるよー!」



 葉月に呼ばれて振り向く優依。直ぐに再び道の奥を見やる。遠ざかる朽木の後ろ姿。陽炎のせいだろうか、やたらと歪んで見える。炎天下の中、優依は自分の背中を汗が冷たく伝うのを感じた。

今話もお読み頂きありがとうございます!


節目の30話へ向けて頑張りますっ。


次回の更新は金曜日を予定しております。

宜しくお願い致します!

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― 新着の感想 ―
[良い点] いい意味でストーリー展開が自然な気がします。 [一言] 朽木さん…。
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