第28話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編4】~
「ん、んん……。ふわぁ……」
目を覚ました好雄は身体を起こして腕を伸ばす。
「あれ……、ここは……」
自分の部屋じゃないと思った直後に魔法士の新人研修に参加していたのだと気づく。窓を開け放つ。朝の空気が気持ち良い。
「いよいよ始まったな……。よし、グループの研修生も良い人たちみたいだし、今日から頑張るとするか! えぇと、時間は……」
時計の時間が目に入った好雄は愕然とする。
愕然としたがそれに浸る前に駆け出した。
既に昨日伝えられた朝食の集合時間は過ぎていた。部屋を飛び出し、階段を二段飛ばしで駆け下り、そして昨日夕食をとった食堂へ駆け込む。
「すみません! 遅れました!」
息をきらしながらそう言った好雄だが、部屋の光景を見て唖然とした。
「あ、あれ……」
食堂で朝食をとっていた研修生たちが一様に好雄を見る。その全員が魔法士のローブを羽織っている。
(な、何でこいつら揃いも揃ってローブ羽織ってるんだよ……、暑いだろ……。昨日そんな指示なんてされてたっけか……)
昨日の記憶を呼び覚まそうとする好雄。
後ろからの笑い声に好雄は振り向く。
「て、手塚教官……」
「取り敢えず、君がマニュアルをあまりよく読んできていないことははっきりしましたね……。さ、まずは席に着きましょう」
微かな笑い声が室内を行き交う中、好雄は顔を赤くしながら早歩きで移動し優依の横に座った。
「よ、好雄君……」
非難めいた視線を好雄に向ける優依。
「ん、なんだ、優依。気にするなって。気にするから気になるんだ。ほら、クラスに1人はいるだろ? 毎日のように遅刻してくる奴……。でもそういう奴に限って憎めないって言うか……」
開き直っている風を装って堂々と語る好雄。他のグループの研修生たちの笑い声も大きくなっていく。
横にいる優依は赤くなって下を向いてしまう。
遅刻者は得てしてクラスの人気者になるという持論を述べ続ける好雄。
「好雄君! も、もうお願いだから黙って食べて!」
朝食が終わり研修生たちは食堂を出て午前の演習授業が開始されるのを待っている。早めに演習場へ向かったグループもあれば、暑い外を避けて施設内のロビーでくつろいでいるグループもあった。
好雄たちG6の5人、それに担当教官の手塚は施設建物と演習場のちょうど中間辺りにある噴水の縁に座って話している。
「あー、もうホント、マジ、ごめん!」
食堂を出てからずっと睨み付けてくる優依に好雄は手を合わせて謝った。
「わ、私ホント恥ずかしかったんだからね!」
膨れる優依。
「ま、まあ、ほら、あれだ……。これからもっと暑くなってくんだし、今からそんな顔赤くさせてるともたないぞ?」
「だ、誰のせいだと思ってるの……」
俯いた優依は噴水の水を両手で掬って頬を冷やした。
普段から寝坊癖のある好雄だったが、この研修中はさすがにそれはまずいという自覚はあった。普段の高校生活においてであれば教師に怒られて終わりだが魔法士新人研修となると話が全く異なる。
「いや、俺だってさ、自分の寝坊癖は自覚してたんだぞ? 昨日だって早く寝たし、今朝だってむしろ早起きしようなんて思ったりして……。たださ、身体がついてこなかったんだよ」
濡れた手で優依がばしっと好雄の腕を叩いた。
その光景に笑った手塚が続ける。
「うんうん、まあね、仕方ないよ。まだ2日目だしね、私もそんなに怒らなかっただろう?」
座る好雄の傍らに立つ手塚。口にした言葉は優しかったが、好雄には、言外に次はないとも告げられているような気がした。
「なんだー、よっしー、朝弱いのね! ゆたろーと一緒っ、ドンマイ!」
明るい調子で葉月は好雄をバシッと叩きながら言う。
(こ、こいつ……。年下のクセに知り合って2日目からタメ口とあだ名かよ……)
思った好雄だったが遅刻してグループの他のメンバーにも迷惑をかけた手前、強い態度には出られなかった。
「だ、大丈夫ですよ! よっしーさん! 僕もきっとそのうち何かやらかしますから……」
と、侑太郎がフォローに回るが、中学生の後輩に慰められ好雄は更に落ち込む。ため息をついて顔を覆う。
「好雄君ごめんね、ローブのこともちゃんと伝えてあげられれば良かったのに私全然気がつかなくて……」
「いや、朽木さん……、もういいですよ、なんか古傷を抉られてるような気がしてくるんで……。ありがとうございます……」
好雄たちがいた噴水の辺りは広々とした公園になっている。施設から続く一本道はその公園を通り、研修場へ続いていた。
その道に演習場へ向かう研修生たちの姿が目につくようになってきた。
「ほら、そろそろ時間みたいよ。行きましょ! ほら、よっしーも落ち込んでないで!」
葉月に手を引かれて立ち上がった好雄。
「そうだよな……、そうだよなっ。よし! 気持ち切り替えてやってやるぞー!」
叫ぶ好雄。通りかかった他のグループの研修生たちがクスクスと笑う。優依が好雄のローブの袖を引いた。
好雄たち5人は演習場に着く。
その5人の目に入る演習場。とにかく広かった。施設から向かって反対側は森になっていて、その奥に施設を囲う高い塀が見えた。
手塚は演習場の中心に全員を集め、そして座るように指示をする。どうやら実技演習は手塚が担当するようだ。
「午前の実技演習を担当する手塚です、皆さん宜しく。普段はG6の担当教官なのでG6以外の研修生とは初めましてですねー」
実技演習についての諸注意を伝える手塚。
今度は伝達事項を聞き逃すまいとする好雄だったがそれにしても暑い。好雄は演習場の砂の下に手を潜らせる。ひんやりと気持ち良い。
演習場に降り注ぐ夏の日差し。さっきまで話していた場所は噴水があり、幾分か暑さを和らげていてくれたが、演習場はただただ暑かった。
夏用のローブは薄く風通しはよかったが、裾が長く、肌に纏わりつくような感じがすることは否めない。好雄はローブの袖で汗を拭い、周囲を見る。
周りの研修生たちも自分と同じように袖やタオルで汗を拭くが、止まる所を知らない汗を甘受している者も多かった。
南から研修施設へ吹く風。山の斜面を駆け上がり、斜面が溜め込んだ熱を浚う。熱気を含んだ斜面風はそのまま研修施設のある山の中腹へ到達するので、標高の割には周辺の気温は高い。
「うんうん、皆さん暑そうですね。まあこれも訓練です。一人前の魔法士になればこういう状況にも対処できるようにならなきゃですよ……。あ、でも今日は軽めで終わるのでそこは安心してください」
研修生たちが辟易する暑さにも関わらず手塚は顔色を変えることなく淡々と語る。手塚の言葉に何人かの研修生がほっとしたような表情を見せる。
「初日から脱落者は出したくないですからね。少しずつペースを上げていくので無理はしないで下さい。さて、前置きはこれくらいにしましょう……」
手塚は右手を少し挙げて掌を天に向け、風を巻き起こした。風の渦に、おぉ、と研修生たちの間から声が上がる。
「今日はグループ每に各自が使える魔法を見せあってください。メンバーそれぞれの属性を把握して、今のレベルを確認し合ってください。まだまだ先の話ですが、研修期間の終わりにはグループ対抗の模擬戦が行われる予定です。今のうちから戦力の分析をちゃんとしておかないと模擬戦では勝ち上がれませんよ。では各グループ指定された場所へ移動してください」
G1から移動を開始する。
好雄たちG6は施設からは反対の森に近い方へ行くよう伝えられた。
「さて……、じゃあ早速それぞれ魔法を披露し合いましょう。最初は……、はい、よっしーからどうぞっ」
葉月の指名に「俺からかよ……」と好雄は汗を拭った。途轍もなく広い演習場の端まで移動してきた。それだけで疲れたし汗が止まらない。
「分かったよ……、見てろよ……」
遅刻の負い目もあって好雄は素直に『木』の属性の魔法を披露する。やはり森が近いこともあって呼びやすく感じた。手近の木の枝を伸ばし、葉月を突っつかせたりして遊ぶ。
「ち、ちょっと! 止めなさいよ! 分かったから! もう、止めてってば!」
嫌がる葉月は自分の属性の砂の魔法を使う。砂の壁を作って好雄が這わせてきた木の枝を退けた。
「お、俺の可愛い枝が……。まあいい。じゃあ次はゆたろーか?」
好雄に言われて侑太郎は構える。横の朽木も同じように構えて魔法を使おうとする。しかし、水系の属性の2人にとってやはり場所的に分が悪い。侑太郎は霧を呼ぶが、気を抜くと文字通り霧散しそうになる。同様に朽木も水の塊がまとまらない。昨日よりも綺麗な球の形には程遠い。
肩を落とす侑太郎と朽木。
「2人ともドンマイ。まあ、俺も森とか林が近くに無かったら似たようなもんだし……。えっと、優依ははっきりと見える魔法じゃないから地味だなぁ。何してるか分からないな……。夢は呼ぶって感覚じゃないのか?」
侑太郎と朽木から目を移し、ピンクとも紫ともつかない薄い光を纏っている優依を見ながら好雄はそう言った。
「うんうん……。地味だけどね、やっぱり『呼ぶ』かなぁ。何かね、魔法をかけようとしている相手の中に呼び起こす、みたいな感じなの……」
それはそれで好雄は恐怖だと思った。実際に夢の魔法をかけられた人間を見たことはなかったが、目の前に広がる光景が現実なのか幻なのか判別がつかない状態に陥るという話をどこかで聞いたことがある。
(あんまりコイツのことはからかわない方が良いのかもしれないな……)
好雄が震えたところでG6の5人に近づいてくる人影があった。
「うんうん、さすが我がG6……。優秀だね」
拍手しながら手塚に目が入った5人は発動していた魔法を止めた。
「たまたまですが、バランスが良いグループになりましたねぇ。水や木で攻撃をしつつ霧や夢で相手を撹乱する。そして、砂は撹乱にも攻撃にも使えます」
手塚の言葉に葉月が鼻を鳴らす。
「そーよ、砂は最強なんだから! どう? よっしー、分かった? 私のスゴさが」
「ぐっ……、コイツ……」
年下に挑発的な笑みを向けられた好雄は悔しげにしたが、実際、葉月の砂の魔法は凄かった。操れる砂の量がまだまだだと本人は不満そうにしていたが、それでも自分の木の魔法は完全に防がれていた。
「初日から皆ある程度ちゃんと『呼べ』ていますねー。模擬の団体戦の前に担当教官相手の一対一の模擬戦もあるのですが、私もうかうかしてられないかもしれませんね」
言った手塚は踵を返し、各グループが点在する演習場の中心に戻る。
「さあ、皆さん。午前の実技演習は終わりですよ!」
終了の合図代わりに風の魔法を使った。地面の砂を巻き込み轟音を響かせた竜巻が天に伸びる。
「おいおい、冗談だろ……。あれと、模擬戦をやるのかよ……」
手塚の魔法の威力を目の当たりにし、戦慄を覚える好雄。横に立つ葉月もそれは同じだった。
「な、なによ、よっしー。あれくらいで……、び、びびってるんじゃないでしょうね!」
「お姉ちゃん……。声、震えてるよ……。イタッ!」
葉月が叩いて始まった侑太郎との姉弟喧嘩。優依が仲裁に入って落ち着き、好雄たちは昼食場所へ向かう。
『手塚教官の魔法えげつなかったなぁ!』
『私たちのグループの教官もあれくらいの使い手なんだろうか』
手塚が放った魔法への驚嘆を口々にしながら施設へ戻る研修生たち。一日でもっとも暑い時間帯に入ろうとしている。演習自体は確かに互いに魔法を見せ合うだけの軽めのものだったが、それでも暑さと緊張感で体力を削られた。道端の木陰で座り込んでいる研修生が何人もいた。
中央棟へ向かう道に陽炎が立つ。
急に疲労感が襲ってきた好雄は早く建物の中に入りたかった。優依や葉月、侑太郎も同じようで自然と足が早くなっていた。
好雄がふと前を行く朽木を見た。
気のせいか背中が小さくなっている。肩もだらんと垂れていた。そう言えば、実技演習の途中辺りから口数が少なくなっているような気がする。
「朽木さん……、大丈夫ですか?」
好雄に尋ねられた朽木は、ああ、と咄嗟に笑顔を向けたが、直ぐに前を向き、周囲の研修生たちよりも足早に建物へ向かっていった。
その朽木の背中を目で追う好雄。追いかけようとも思ったが足がついてこない。汗を拭いながら熱気が立ち上る道をフラフラと歩いていった。
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