第26話 学年合宿 ~追憶【好雄と優依の新人研修編2】~
好雄の目に入ってくる、窓の外のどこまでも同じような景色。途切れることのない道と森。駅から暫くの間視界に入ってきた茜色の海岸線は今はもう見えず、既に外は暗くなり始めている。
集合場所を出た辺りからもう1時間近く経った。道幅はあるが割りと傾斜がある、蛇行した坂道をバスは登っていく。
車窓の外の森はまだ陽が沈みきっていないせいで余計にその奥の陰鬱さを際立たせている。好雄は頬杖をつきながら、代わり映えのしない景色を何ともなしに眺めている。葉の濃い緑、木の幹の茶、そしてその隙間を黒が埋める。
これから3ヶ月、外の世界とは切り離されて生きていく。勢いだけでここまで来てしまった。変わらない景色のせいで徒に思考を巡らせたことが祟ったのか、好雄は少しこれからの研修生活に不安を覚え始めた。
それは好雄の横に座る、若槻優依と名乗った少女も同じで、駅前で見せていた意識的な虚勢は潜んでいて、不安げな視線をさ迷わせている。
好雄は、そんな優依に話し掛けようとしたが、何となく躊躇われた。そうして窓の外に目をやった。車窓の枠と森に挟まれ、僅かに見える紫紺の空はどこか物寂しげに思えてくる。
消極的な物思いに耽っていた好雄。
「おっ……」
思わず好雄が声を上げてしまったのは急に森が途切れたからだった。途切れた森の先には閑地が広がり、さらにその向こうに検問所のような建物が見えてくる。
「いよいよだね……、好雄君……」
外の景色が移り変わったのに気づいた優依が好雄に声を掛ける。その声は沈んだ調子だった。
「なんだよぉ、優依、緊張してんのか? ここに来てる連中は全員がド素人の新人なんだぞ。右も左も分からない連中ばっかなんだからお前もでかく構えてろって!」
「新人なのに、でかく……。ふふっ、ありがとう、好雄君。あのね、私って本当に要領悪くて……。研修ってグループ単位で動くでしょ? 自分だけならいいんだけど、他の人に迷惑かけちゃったらって……」
俯く優依。
バスは減速し始めている。
好雄は優依の名前を呼んだ。優依が顔を上げる。
「キャッ……」
好雄は優依の頬を指でツンと突いた。
「だから気にしすぎだって! 確かに迷惑かけることもあるかもだけどさ、それだって新人同士お互い様だろ? 迷惑かけた分、そいつのことも助けてやれば良いんだって、なっ?」
「好雄君……、うん。そうだよねっ」
笑顔になった優依を見て好雄は窓の外に目を逸らした。
「着いたみたいだぞ」
検問所の手前で止まるバス。警備員が近づいてくる。バスに乗っていた職員が外に出て警備員と何かを話している。
職員がバスへ戻るとすぐにゲートが開き、バスは検問所を通り過ぎる。施設の中へ入りバスの中が騒がしくなる。陽は落ちたが施設の照明の数が多く、景色の奥まで見通せた。その広大さにバスのあちこちから声が上がる。
「す、凄い所に来ちゃったんだね……、私たち……」
渇いた声で言った優依に好雄がうなずく。
好雄は前の席の研修生が指差している先に目を移す。
施設を囲う、高い塀だった。この距離で、しかもバスの中からでも分かるその高さに前の席の2人は驚きの言葉を口にしていた。
好雄が塀を眺めているのに気づいた優依が呟くように言った。
「そう言えば……、私たちって、一度研修施設に入ったら研修が終わるまでは外に出られないんだよね……」
3ヶ月の研修期間が終わるまでは何があっても施設からは出られない。徹底的に国の管理下に置かれる。優依の言葉を耳にした好雄の目に、そびえる塀が余計に威圧的に映ってきた。
「おい、見ろよ……」
バスの前の方からそう声が上がった。
バスは敷地の坂を上がり、白い建物群が見えてきた。
「あれが中央棟みたいだね……」
優依が手にしているパンフレットと目に入ってきた建物を見比べる。研修生たちが寝起きをする部屋が割り当てられたり食事をする場所などがここに集約されていることは好雄もパンフレットを見て知っていた。
中央棟と呼ばれた白い建物群は小高い丘の上にあった。バスが丘の上に到達する。丘の向こうにも広大な敷地が広がっていて、その奥にはやはり塀がそびえていた。
中央棟の中でも一番背が低い建物に横付けをするバス。
「ここが入り口みたいだね……」
優依が口にしたようにバスの窓の外にはエントランスがあった。煌々とした明かりがバスの中にも届く。
「では全員降車の用意を! 係の者がいますから、そのままエントランスから中のホールへ進んで下さい!」
職員の声に研修生たちが慌ただしく用意を始める。
駅を出る頃には期待と不安、途中の海岸線や山道では妙な倦怠感に包まれていた車内。今はいよいよだという高揚感に包まれていた。
研修生たちはバスから降り、先導されて進み、丸みを帯びた広いエントランスホールを抜けて2階へ上がった。
「こちらです」
先導していた職員に促されて研修生たちは小会議室に入った。中には人数分の椅子が並べられていた。一瞬戸惑った研修生たちだったが取り敢えず前から詰めて座っていった。移動する列の中でも前の方にいた好雄と優依は最前列に並んで座った。
「はぁー……。緊張する……。き、きっとここでグループの発表がされるんだよね……。ど、どんな人たちと一緒になるのかなぁ……」
横から聞こえる優依の声は震えている。しかし、好雄も好雄で少なからず緊張していたので、優依には笑顔で頷くだけにして前を見て成り行きを見守っていた。
研修生全員が座り終わると先導してきた職員が前に立ち、手元の端末に目を落としながら話し始めた。横にいる職員が研修生たちに渡す部屋の鍵の用意をしている。
「夏期魔法士新人研修生の皆さん、この暑い中、長時間の移動お疲れ様でした。早速ですが新人研修の案内にあった通り、所属するグループと部屋の番号をお伝えします」
研修中、同期は5人程度のグループに分けられる。午前に行われる演習など、基本的に研修中はそのグループ単位で行動する。自由に座って良い午後の講義でもほとんどの研修生たちはグループ単位で固まっていた。
そのように研修中は集団行動の時間が大半を占める。その一方で一人一人に個室が宛がわれていた。
「では研修中のグループを伝達します!」
次々に名前が挙げられる。呼ばれた研修生は立ち上がり、前に出て職員から部屋の鍵を受け取って席へ戻った。
「三木好雄!」
「は、はい!」
呼ばれた好雄は立ち上がり、職員の前まで進む。
「君は……、G6だな。ほら、これが鍵だ」
鍵を手渡された好雄が足早に席に戻る。
戻ってきた好雄に鍵を見せて貰おうとした優依だったが直後に名前を呼ばれた。
「若槻優依!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
裏返った声で立ち上がった優依。周囲からクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「静粛に! 君もそんなに緊張しなくていいから……。これが君の鍵……、グループは……、ええと、6だな」
好雄と同じグループの数字を言われた優依の顔がぱぁと明るくなった。駆けるようにして席に戻った。
「好雄君好雄君! やった、やったよ! 同じグループだねっ!」
「分かった! 分かったから落ち着けって!」
職員からの刺さるような視線に好雄は興奮する優依を宥める。その最中にも研修生たちが呼ばれ続け、最後の研修生が鍵を手渡され自分の席に戻った。
職員は一度全体を見回し、そして口を開いた。
「では各自一度それぞれの個室へ向かい荷物を置いてきて下さい。その後、夕食となるので食堂へ集まってください。夕食はグループ単位でとってもらいます。それぞれの札の付いた席に着き、自己紹介を済ませておいて下さい」
言った職員は足早に会議室を後にした。
「好雄君好雄君! やったね! 同じグループだね!」
「それはさっきも聞いたって! てかお前のせいで他のG6になった研修生がどんな人だか見れなかったじゃねぇか!」
はっ、としてしゅんとした優依。
通り過ぎていく研修生たちが自分たちを見て笑っている。紅潮する好雄。
「じゃ、じゃあ俺はいったん部屋に行くから、また夕飯でな!」
他のグループは挨拶も兼ねて集まっているところもあるようだったが、好雄は一刻も早くその場から離れたかった。
「はぁーーーー」
自分の部屋に入ってベッドに倒れ込む好雄。
(ったく、勘弁してくれよ……。最初から変な目立ち方しちゃったじゃんかよ……)
女子と仲良くするのは嫌ではないが、初対面の研修生が集まるあんな場所で悪目立ちはしたくなかった。
好雄は仰向けになって改めて軽く息を吐く。
駅から小会議室までずっと誰かと一緒で独りになれる時間がなかった。
これから3ヶ月の間、自分の居場所となる部屋。広くはない。部屋の半分はベッドで埋まっている。簡単な食事もとれるくらいの書卓、クローゼット、そしてバストイレ……。
(まあ自分一人だけで生活するんだし、こんくらいあれば十分な広さだろ)
部屋を見回した好雄の目に部屋の窓が入る。カーテンがかかっていた。徐に体を起こした好雄。カーテンを開けて外を見る。
既に陽は落ちていて辺りは暗かったがやはり照明の数が多く、周辺の景色を浮かび上がらせていた。窓から見える景色の奥に実技演習などで使うグラウンドが見える。暮れ切ったと思っていたが、塀の向こうの山の稜線だけがまだ夜になりきれていなかった。
好雄は荷物を整理し、そろそろ夕食かと食堂へ向かう。階段で上から下りてきた優依と会った。
「よっ。どうだ、少しは落ち着いたか? 改めて宜しくなっ」
好雄に言われ、慌てたようにペコリとお辞儀をする優依は、
「う、うん。ごめんねさっきは……。こちらこそ宜しくね、好雄君!」
と言って破顔した。
「そう言えば、俺と優依……G6の他の研修生って誰なんだろうな?」
「あ、さっき好雄君が部屋に行った後に朽木さんに話し掛けられたんだ、朽木さんもG6なんだって! うう、知ってる人と同じグループで私ホントにほっとしたよ……。好雄君に朽木さん、それに私……。あとの2人はどんな人たちなんだろうね……」
「まあ夕食は同じグループで食うんだしすぐ分かるだろう」
「そ、そうだね……。はぁ、仲良くしてくれるといいな」
好雄と優依はそうやって同じグループの研修生や研修のこれからのことを話しながら食堂へ向かった。
2人で部屋の中を見回す。優依が、あ、と指差した先、G6と書かれた札が真ん中に置かれている円卓があった。そこには既に朽木が座っていた。
近づいてくる好雄と優依の姿を見留めた朽木が手を上げる。
「好雄君、優依ちゃん。いやぁ、良かったよ同じグループで! これから宜しくね!」
こちらこそ、と返し好雄も席に着く。優依も同じように朽木に改めて挨拶をして椅子に座った。
「そう言えば朽木さん、G6の残りの2人ってどんな人だか知ってます? 俺と優依、さっき見逃しちゃって……」
はは、と笑った朽木。
「なんだか2人で盛り上がっていたからね。私は見ていたよ。ええーと、その2人はね……」
朽木が周囲を見回そうとした時。
「すみませーん、ちょっと良いですかっ?」
好雄たちの背後から揃った声が掛けられた。
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