第23話 学年合宿 ~告解~
先に入った優依に続いて好雄がシャワーを浴び終わり、次いいぞ、と声を掛けられた悠貴が立ち上がる。
好雄は乱暴に髪を乾かす。
「ふぅ、なんとか志温を諦めさせられたぜ……。ほぼ徹夜だってのに朝練なんか行ったらマジで死んじゃうよ、俺……。ふわぁ……。今からなら……、朝練終わった連中戻ってくるまで1時間は寝られるな」
シャワーを浴びようと一歩踏み出した悠貴が好雄の言葉に足を止める。悠貴には好雄に聞きたいことが沢山あった。
「好雄、さ……」
「……ん?」
好雄がバスタオルを枕の上に敷き、生乾きの頭を乗せる。
「何て言うかさ……。色々と聞きたいことがあってさ……」
「ま、そうなるな。いいぜ。教官からも色々と話してやってくれって頼まれたしな。あいつからOKが出てるんだ、何を話して良いのか、何を話したらダメなのか、気にしなくて良いから俺としても気が楽だな」
言った好雄は笑った。
取り敢えず一度寝かせてくれ、と言われたので悠貴はシャワーを浴びに部屋を出た。
シャワーを浴びる悠貴の耳に外から志温の声が届いた。これから朝練に向かうんだろう。
好雄の機転でテニスボールを入れておくカートを外へ出しておいた。まだ時間的に余裕はあるが、仮にもし誰かが早く起きてきても、自分たちは朝練には行かないけど係として用意していたところだ、と言い訳ができる。
問題は格好だった。好雄と優依は魔法士のローブを脱げば衣服は多少汚れている位で誤魔化せるレベルだったが悠貴はそうはいかない。寝間着にしていたスエットはボロボロだった。
優依がシャワーを浴びている間に好雄に着替えを部屋まで取りに行ってもらった。その時に志温が起きて頻りに好雄を朝練に誘ったが何とか撒いた。
外から悠貴の耳に届く声は昨日の朝練よりはやはり少ない。それでも係が予想していたよりは多い気がした。談笑する声が少しずつ遠ざかっていく。
和室へ戻った悠貴。
不思議な感じがした。昨日の夜、あれほど遠くに感じていた好雄が今は以前のように身近に感じる。悠貴と好雄の間に敷かれていた志温の布団が片付けられ、2人の間を隔てるものがないことが余計にそう感じさせてくれた。
汚れた服を入れた袋をラケットバッグにしまう。好雄のように朝練組が戻ってくるまで少し寝ようかとも思ったが眠気はない。
悠貴は窓辺へ向かいガラス戸を開けて庭を見やる。
漆黒の森の濃い緑に目が慣らされたのか、庭の芝生の緑がやけに薄く感じた。その奥の森。相変わらず鬱蒼としているが、一晩中歩き回って森の中の景色を知り、あの森の中に何があり、何がいたのかを知った為か不気味さは感じなかった。
(俺……、生きてるんだよな……)
右手を開いて、握って、と繰り返す。両腕を天に伸ばす。生きているのが実感できた。
(森の中の岩……。それに、あんな化け物とやりあって……。助けに来てくれた好雄や優依の教官……)
幾つかのことについて考えたが、それらは自身の覚醒への想いに収斂していった。
(俺は……)
右手の掌の上に、呼ぶ。
小さいつむじ風が起こる。
その風を消して頭を軽く振った悠貴。リビングに目を戻す。
昨夜、この光景を見ていたのは魔法士ではない自分。今、この光景を見ているのは魔法士である自分。同じものを見ているようで全く別のものを見ているようでもあった。
吹き抜けの中空。その先の洋室の窓を見る。
「あ……、莉々のこと置いてきちゃったな……」
急いでいたとは言え莉々には悪いことをした。話したい、伝えたいことは沢山ある。しかし、どこまで話して良いものか分からなかったし、それ以前に自分の中でも整理ができていない。
(「俺、風の魔法使えるようになったから宜しくな!」なんて訳にはいかないだろうしな……)
悠貴は笑って柱にもたれ掛かった。高揚する気持ちは押さえられないが、それでも疲労感ももたげてくる。目を閉じる。
(ダメだ……。やっぱ寝れないな……)
悠貴は立ち上がり、ウィンドブレーカーを羽織って外に出た。
コテージの周りを歩いて回った。他の客とすれ違うこともなく、綺麗に整理された森の道を悠貴は歩く。
ぐるっと一周してコテージへ悠貴が戻ってきた頃には朝練組を含め、サークルの仲間たちが朝食へ向かおうと集まっていた。
悠貴の姿が目に入った琴音が駆け寄る。
「おはよぉ、悠貴。朝練来ないでどこ行ってたの?」
そう訪ねてきた琴音はテニスウェア姿だった。
朝練には参加しないで朝食まで寝ているだろうと思っていたので意外だった。
「ああ、ちょっと散歩な。琴音、朝練行ってたんだな?」
「そ。せっかくの合宿だし、悪くないかなってさっ。うーん、朝から体動かしたせいかな、お腹減ってきちゃったよ。莉々! もう移動しちゃおうよ!」
琴音が上げた声に莉々は手を挙げて応じた。その近くに優依もいた。優依が莉々に話し掛けて2人で笑い合っている。
「あ、好雄起こしてこなきゃ」
そう言った悠貴を志温が制した。
「ラケット置いてきたいし、俺が起こしてくるよ」
志温は横に居たメンバーに声を掛け、2人でコテージの中へ姿を消した。少しして、中へ入った2人に左右から抱えられて出てきた好雄の姿は昨日の朝の大門を彷彿とさせた。
「あれっ、大門は?」
悠貴がそう口にすると、何人かのメンバーが、あぁ、と言って指で示す。示した先には大門が倒れていた。昨日と同じように着替えさせて外へ連れ出すまではよかったが、全く起きる気配がない。足に力も入っていなかったためそれ以上運べなかった。
「もういいよー! 放っておこう! 死にはしないでしょ。さ、ご飯ご飯っ」
歩き始めた琴音に、それもそうだな、と他の仲間も続いた。
サークルメンバーが朝食をとっていると大門が駆け込んできた。
「おかしいだろ! いや、ていうかおかしいだろ! 何で起こしてくれなかったんだよ!」
泣き喚く大門を莉々が一括する。
「起こしたんだよ! 起きなかったあんたが悪いの! 着替えさせて外まで出すのがどんだけ大変だったか分かる!? もういいから黙ってご飯食べてて!」
莉々の剣幕に、はい、と項垂れた大門だったが、莉々から離れた席に座るとぶつくさと文句を垂れ始めた。
一頻り朝食が済んだのを確認した莉々が号令を掛けてメンバーにコテージに戻るよう促した。今日の予定は温泉に寄って都内に戻るだけとはいえダラダラしてると昼のタイミングを逸する。それぞれ荷造りとコテージ内の簡単な片付けもしなければならなかった。
他の仲間たちが戻ったのを確認して係の4人は食堂を出た。
莉々と志温が前を歩き、その後を悠貴と優依が並んで歩いている。
「悠貴も優依も急げよ! 出発までに確認しなきゃいけないこと多いんだからな!」
言った志温は莉々と並んで早足でコテージへ向かう。
「あいつホント神経質だよな……。まあ確かに係の仕事はあるんだけどさ」
ため息混じりに言った悠貴に優依が、ふふ、と笑う。
「志温君、真面目だもんね。前にも言ってたんだけど、計画立てて、その通りに動けないのが嫌なんだって。私もどっちかって言うとそっちのタイプなんだけど、あそこまできっちりはやれないなぁ……」
優依の言葉に頷いた悠貴。前を行く2人との間が少し開いていた。
「悠貴君……、あのね、ありがとう……」
突然そう言われた悠貴が優依を見る。優依も優依で自分を見ていたので目が合う。どこか気恥ずかしくなった悠貴は目をそらした。
「ぜ、全然。優依も好雄も俺も結局無事だったんだしな。それにさ……何て言うか、まあ、魔法まで付いてきたしな」
悠貴がふざけた感じでそう言ったので、優依も応じて、ふふ、と軽く笑い、そして視線を前に戻す。
「私ね、こんなこと言うと怒られるかもしれないんだけど……、嬉しかったんだ、悠貴君が追って来てくれたんだって分かったとき」
悠貴は空を見上げる。
「かっこよかっただろ?」
茶化して言う悠貴に、前を向いたまま優依は応える。
「うん……、本当にかっこよかったよ……」
低めの声に悠貴はドキッとした。普段は幼く見える優依の顔が少しだけ大人びて見えた。揺れる前髪から覗く優依の瞳が言葉に乗せた真剣さを物語っていた。
少し歩き、徐に優依が口を開く。
「あのね……、たぶん、悠貴君はさ、私が何で飛び出していったのか、昨日の昼間のあの場所は何なんだって気になっていると思うんだ」
悠貴は黙ったまま頷いて先を促す。
「その全部がね、あの墓に、ね……繋がってるんだよ」
風に優依の前髪が揺れる。
「それでね……、私はまだあの事を引きずってるからね、たぶんちゃんと上手く話せないと思う。でね、好雄君がね、悠貴には話すって言ってたから……、それで分かると思うんだけど……」
悠貴はそれを知りたいとも知りたくないとも思った。再び風が吹いて先程よりも少しだけ大きく優依の前髪を揺らした。
優依は視線のその先に悠貴が入らないように、ただひたすらに前を見据えて、そして静かに口にした。口にする直前に風が止んだので優依の言葉は綺麗に悠貴の耳に染み渡っていった。
「墓にはね、私が殺した男が眠っているの」
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