第22話 学年合宿 ~帰還~
「ふぅ……、これなら何とか明けきる前にはコテージに戻れそうだな……」
一度空を見上げて発した好雄の言葉に、後ろに続く悠貴と優依が頷く。辺りはまだ暗い。この騒ぎが他のサークルの友人たちに伝わってしまうのは何とかして避けたい。3人は足早に森を進む。
悠貴は好雄の背中を追いながら手塚に言われたことを思い返していた。
──魔法が使える。そして……、魔法士になる。
悠貴は右手に力を込める。呼べば風を起こせるこの感覚はとても自然で、不自然なものだった。実感は湧かないがこの感覚は既に自分の身体の一部になっている。
優依の靴底が小枝を捉える。折れて上がった乾いた音を合図にしたように好雄が口を開いた。
「悠貴さ……、さっきの黒淵眼鏡が言ってたこと、どう思った?」
本人の前では教官と呼んでいた男への含みのある好雄の言い方が悠貴は気になったが、それ以上に魔法士に類する話を、昼間には自分を襲い、威し付けた友人がいつもの調子で話しているのが可笑しかった。
「どう……って言われてもな……。まだ頭の整理が追い付かないな」
「ま、そうなるわな。俺も魔法に覚醒した日の夜は寝れなかった……。何で俺が……、この力は一体何なんだ……、この力を使って自分はどうしていくべきか……。もう頭の中ぐちゃぐちゃでよ。それから暫くの間はずっとそんな感じだったなぁ……」
好雄の言葉がそのまま今の内心に当てはまるように悠貴は思った。
「実際、正直なところ今でも気味が悪いな……、得たいの知れない力を使ってる自分がさ……」
言った好雄は自分の木の属性の魔法を使う。前方の木の枝が太く伸び、行く手を流れていた沢の上に橋のように掛かった。
「ほらなっ、便利だけど……不気味だろ?」
振り向いた好雄は笑った。
「いや……、やっぱ凄いなって思うよ。普通の人には出来ないこと、出来るんだからさ」
「悠貴ももうこっち側だぞ? もう普通の人じゃない」
好雄に言われて悠貴はドキッとした。
耳に入ってきた瞬間はどこか嬉しい気もしたが、次第に冷えて自分の中に染みていった。
悠貴の表情が曇ったのを見留めた優依は横を歩く悠貴を見上げた。
「ゆ、悠貴君! 大丈夫だよ! 別に人間じゃなくなったとか、そんな深刻に捉えなくても良いんだよ!? 確かにちょっと普通の人たちとは変わったところがあるけど……、わ、私だってそうなんだし、仲間だって沢山いるし……」
早口で必死にフォローをしてくれようとしている優依に悠貴は笑った。
「ありがとな、優依」
続けて悠貴は、魔法か……、と呟いた。
そして右手を森に向けて翳す。つむじ風が土の上の葉を巻き上げる。
「凄いね、悠貴君……。最初から魔法の力を使いこなせてる……。あんな怪物だって倒しちゃうし……」
感心する優依に好雄が振り向く。
「ま、そりゃそうだな。しかも風の力……。優依なんて夢なんていうクッソ地味な属性の魔法だもんな」
「よ、好雄君! また私のことを地味って言った!」
「俺は優依の魔法のことを地味つったんだよ! ま、どっちもどっちだ。優依だって自分の地味属性に自覚があるから魔法じゃなくて自分のこと言われたって思ったんだろ」
からかう好雄の背中を優依が叩く。
悠貴は心地好さを感じた。目の前の好雄と優依のやりとり。魔法のことを除けば普段から大学やサークルで繰り広げられている光景だった。
怒る優依を宥めた好雄が悠貴に目をやった。
「あ、そうだそうだ。取り敢えず普段はあんま無闇に魔法を使うなよ。まあ俺自身が結構普段から使っちゃってるけど……、今でも魔法とか魔法士のこと、良く思ってない連中もいるからさ」
好雄にそう言われた悠貴は、ああ、と神妙な面持ちで返した。
悠貴にも心当たりがあった。高校にも魔法士の同級生や先輩後輩がいたが、彼らを良く思わない生徒も教師もいた。本人たちは自覚していないかもしれないが、そういった魔法士の学生は自分は他とは違うのだという言動が多かった。中には自分が魔法士であることをひけらかすような学生もいたし、それを陰で悪くいう学生もいた。
「まあ……、そりゃそうだよな。そういう意味でも2人も色々と大変なんじゃないか?」
悠貴の言葉に、まあな、と返した好雄の横を歩く優依が寂しそうに口を開いた。
「仕方ないよね……。自分でも、私って変なんだなって思うし……。始まりの山が現れて、魔法が使えるようになってもう結構経つのにね……。やっぱり普通にはならないんだね……」
「国が魔法士を特別扱いしてるってのも大きいな……。実際、俺たちには結構な特権が与えられてる。当然、それに苛立つ奴らがいるってのも分かる。魔法への態度は両極端だ。悠貴、選民って聞いたことあるか?」
選民、と繰り返した悠貴だったが首を横に振った。
「文字通り魔法士は天から選ばれた存在だって考える連中がいる。ま、言わば魔法士至上主義……だな。そういう奴らは魔法士がこの世を統治して、それ以外の人間はそれに従うべきだって考えている。で……、それと真逆なのが魔法士の排斥。魔法にしてもそれを使う人間にしても、そんなのは自然の法則に反している。自然への背理だってな。どっちかって言うとそういう連中の方がやることは過激だ、悠貴もそういう連中から狙われることもあるかもしれないから気を付けろよ」
頷いた悠貴。
何でそんなにも両極端になってしまうのだろう。魔法が使えるか、使えないか。それは人を人と測る物差しではないはずだ。釈然としない悠貴の気持ちを代弁するかのように優依が言った。
「魔法士だとか魔法士じゃないとか関係なく仲良く出来れば良いなって思うし、私は自分の力を皆の為に使えたらって思うんだけど……、お子様な考えなのかなぁ……」
肩を落とす優依。
悠貴には優依の言っていることが正しいと思えたし、自分もそう思いたいと思った。一方で理想に過ぎるとも思った。自分がこれまで学生生活を送る中で目にしてきた魔法士と非魔法士の学生の間に少なからず存在していた軋轢。紛れもない事実だ。
「まあそういう難しい話もあるけどよ……、取り敢えずは悠貴、登録申請のこと考えなきゃな。魔法士になるか、ならないか。申請して魔法士になるなら、その前に新人研修を受けなきゃだしな……。覚悟しておけよ……、キツいぞーあれは!」
笑う好雄に怒ったような顔を向ける優依。
「や、やめなよ、好雄君っ! だ、大丈夫だよ、悠貴君! 研修所の人たちも皆いい人だし……、研修生の仲間も出来るし! 研修もね、為になること多いしが楽しい講義もあるよっ。ちょっとね、あれなこともあるけど……」
「なんだよ、あれなことって……。その優依の言い方だと余計に不安になるだろうが!」
悠貴に言われて、あう……、と困った声を出した優依。一頻り笑い合って進む3人。辺りが白んでくる。
道なき道を進んでいた悠貴たち。
一本道に出る。
「ここまで来ればもう大丈夫だな。もし早起きな奴らに見つかっても朝練前に散歩してた、とか言って誤魔化せる……、いや、難しいか……、悠貴と優依、泥だらけだしな……」
言われて悠貴と優依は互いの姿を見る。
確かにこれではただ散歩してきたと言い逃れるのは難しそうだった。
「言い訳するのも面倒だな……、急ごう」
言った悠貴が足早に森を進み、好雄と優依も続く。
森を抜けてコテージの裏に出る。
そのコテージの庭に面した縁側。莉々がぽつんと1人で座っていた。
「あ……」
俯いていた顔を上げた莉々。悠貴たち3人の姿を見留め立ち上がる。駆け出して、先頭を歩いていた悠貴に無言で抱き着く。
「ただいま、莉々。悪いな、遅くなって……」
「うんうん! お帰り……、3人とも無事でよかった……!」
莉々は悠貴の胸元に埋めていた顔を上げて、優依、次いで好雄を見る。
莉々が何かを言おうと口を開きかける。
遮るように悠貴が言う。
「莉々……。ちょっと聞いて欲しい……。こんだけ待たせておいてふざけるなって思うかもしれないんだけど……、ちゃんと来る日が来たら話すから、今日のこと、今は聞かないでくれないか? 俺もまだ頭の中で整理できてないことが沢山あって……」
「悠貴……」
申し訳なさそうな視線を向ける悠貴を見返す莉々。伝えられた言葉の意味を理解するにつれて自分の中に蟠る気持ちが広がっていく。そんな傾いだ心を押し込めて、笑みを浮かべ、……頷いた。
「ありがとな、莉々……。じゃあ、今日のことは4人の秘密だな!」
莉々は、うん、と言って、そして声を上げた。
「わ、3人とも格好ヤバイよ! まだ皆起きてないし、早くシャワー浴びて着替えないと!」
「あ、そうだった! 行くぞ! 好雄、優依、急げ!」
悠貴たちはコテージに小走りで戻っていく。
莉々はその場に立ったまま動かなかった。
うーん、と背伸びをする莉々。
結局起きたままで3人の帰りを待っていた。夜風に晒されながら外で森を見つめていた。この明けない夜が永遠に続くのではないかとさえ思われた。もう彼らとは会えないのではないかと幾度も泪に沈んだ。
「3人の秘密……だよね、悠貴……」
告げるべき相手は既にそこに無く、莉々が発した言葉は朝の凛とした空気に混じって消えた。
第22話お読み頂き本当にありがとうございます!
次回の更新は木曜日を予定しております。
宜しくお願い致します!




