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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第一章 『始まり』への日々
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第20話 学年合宿 ~求援~

 莉々は目を覚ます。暗いと感じたが何度か(まばた)きを繰り返すうちに目が慣れてきた。そして良く見ればやはり階下から漏れ伝わるオレンジの薄明かりと月明かりが相変わらず部屋を頼りなく映し出している。


(なんで……私……、こんな夜中に……)


 寝付きはいい方だ。眠りについて気付けば朝。そんな自分の意識を覚醒させた理由を探す。


 目を(こす)りながら見回したその先、優依が居なかった。乱雑に(めく)られた布団、ベッドの下から引っ張り出され放置されたリュック……。



「優依……!」



 莉々は部屋から飛び出て階段を下り、そのまま裸足で玄関を出た。扉を開いた瞬間、外から入ってきた寒気で寝ぼけたところもあった意識がはっきりとしてくる。深夜の冷たい、秋を感じさせる澄んだ空気が肺を満たす。


 辺りはまだ暗い。


「優依……、どこに……」


 呟いた莉々はハッとする。

 優依は森へ向かった。何故かそうとしか思えなかったし、根拠はないが確信があった。



(でも……、私1人じゃどうしようも……)



 思って直ぐに悠貴や好雄の顔が浮かぶ。莉々は直ぐにコテージへ戻り、廊下からリビングに駆け入り、


「悠貴! 優依が……」


 と言った言葉はそのまま虚空に消えた。



 悠貴は居なかった。

 和室の一番手前の布団で寝ているはずの悠貴の姿はなく、優依のベッドと同じように乱雑に捲られたままになっている。



(まさか……、悠貴……、優依を追って森に!)



 心臓の音がうるさい。(まと)まらない思考を強引に手繰り寄せて莉々は自分が何をしなければならないか考える。直ぐに2人を追い掛けようと一歩を踏み出した所で止まる。



(私が行って……、何が出来るの……。あの広い森に入って2人を見つけるなんて……。ううん、見つけたとしても2人が森に入った理由を何とか出来なきゃ意味がない……)


 私じゃ無理だ……。(うつむ)きかけた莉々の耳が捉えた音があった。


「んがぁぁ……、ずぴぃ………」



 好雄のイビキ。考えるよりも先に莉々は動き出す。志温を起こさないように好雄の側へ行く。寝起きの悪い好雄が素直に起きてくれるか一抹の不安もあった。



「ねぇ……、よっしー、よっしー!」



 何度か揺らすと思っていたよりもあっけなく好雄は起きた。寝ぼける好雄をひっぱって廊下へ連れ出し、リビングとの間の扉をそっと閉める。


「なんだよ……莉々、夜這いかぁ……」


 あくびをしながら目を擦る好雄。



「2人が……、優依と……悠貴がいないの……」


 言いながら莉々の目から涙が(こぼ)れ落ちる。




 その言葉で状況を察した好雄の顔付きが変わる。


 好雄は自分を落ち着かせるように息を吐く。


「そうか、分かった。今何時だ、莉々?」


 咄嗟のことで時間の確認などしていなかった莉々は無言で首を横に振る。好雄はリビングへの扉を静かに開けて壁に掛けてある時計を見ながら自分の枕元へと向かう。



 スマホと、ラケットバッグの奥から魔法士のローブを取り出す。廊下へ戻り、扉を閉めて莉々を見据える。



「よっしー……」


 不安そうに自分の名前を口にした莉々に好雄は笑う。



「大丈夫だって、安心しろ。俺がちゃんと何とかする。2人とも無事に連れて戻るから」


 言外にお前はここに居ろと告げられた気がする。莉々が、私も……、と口にして手を伸ばしかけたが、その前に好雄が外へ向かって一歩進む。



(私が行っても……、そう……、足手まといにしかならない……)



 気落ちしたように、うん、とだけ呟いた莉々に好雄が振り向く。


「莉々はもし志温とか琴音……、他の連中が気づいたときに上手く誤魔化しておいてくれ!」


 莉々は頷く。頷くことしか出来なかった。


「絶対……、よっしーも無事に帰ってきて……」


 ふん、と鼻を鳴らす好雄。


「ああ、約束だ。悠貴と優依も絶対に。知ってるか莉々……、俺はこういう時だけは約束は破らない男なんだぜ!」


 言い放って好雄はコテージの外へ出る。








(夜明けまでには方をつける……)


 森へ向かう好雄。一本道を魔法の力を自らに(まと)わせながら走る。


(優依の奴……、昼間あんだけあそこにいたのに……、まだ足りないってのか……。悠貴も忠告しただろうがよ……)



 忠告を無視した悠貴には怒りもあるが嬉しくもあった。優依のことを思ってのことだろう。そうして自分の仲間のことを思いやってくれるのは正直に嬉しかった。



 更に森を進む好雄。昼間に優依と2人で腰掛けた岩場まで来た。


 立ち止まった好雄が、ふいに思った。


 確信はない。根拠もない。他に思い浮かぶ可能性もない。しかし、何故か、あそこに優依と悠貴がいる、その光景がどうしても想像できない。




((あそこ)じゃない……)


 自分の中の自分がそう告げる。迷いが生じる好雄。迷っている時間はない。自分1人ではどこへ向かったか分からない2人をこの広い森と山の中から見つけ出すことは不可能だ……。




(ああ……、クソ……。初めて来た場所って訳でもねぇのに! こんなことなら新人研修の時にもっとこの辺りのことを……)



 新人研修のことが頭に浮かんだ好雄。唐突にある人物の姿が脳裏を(よぎ)る。この状況を好転させてくれそうで、かつ直ぐに助けに来てくれる距離にいる、そんな人物が1人いる。




 大きく息を吐く好雄。


(あいつの力を借りるのか……)


 気が進まない自分がいるのは否定できない。しかし手段は選んでいられない。漆黒の森の中、好雄は一度目を閉じて深く息を吸って、そして静かに吐き出した。


 スマホを取り出し、その人物の名前を見つけ、一瞬躊躇する自分に首を振って、画面をタップする。そして1コール目で好雄から切った。


 ()()()ならこれでいい。どうせスマホはサイレントのままだろうから気づかない。気づいても気分が乗らなければ出ない。つまり折り返しを待つしかない。いや期待はしない。待つ時間もないから当てはないが探しまくるしかない。期待はしないと思ったが無意識に祈っていた。自分の無力と不甲斐なさを呪いつつ。


「頼む……」


 そう一言呟いて、とにかく手当たり次第に探すしかないと決して好雄が踏み出した、その瞬間。スマホの画面が光る。



 着信画面を目にして(はや)る気持ちと熱くなる自分を深呼吸で押さえつけて好雄は電話に出る。




「こんばんは、よっしー。こんな時間にどうしたんだい? 確かサークルの合宿中、だったかな? 君は魔法士でもあるけれど、ただ学生でもある。今は(わずら)わしいことなんて忘れて、学生としての時間を心から楽しんで欲しいと、そう思っているよ」


 好雄が口を開きかけたが、スマホの向こうの相手が先に続けた。


「それとも……、魔法士のことを忘れることが出来ないような……、かつ、私に連絡をしてこなければならないような何かがあったのかな?」


 好雄の耳に入る通話相手の声はどこか挑戦的なものだった。


(ふん、この辺りのことは筒抜け……ってことか……)


 好雄は薄く笑った。差し障りのない言い方、迂遠な言い回しで協力を求めようとしていた自分が可笑しかった。そういうことが出来る相手ではないことを知っていたはずだった。



「ええ、手塚教官。その通りです。時間もないので単刀直入に言います。──助けて下さい」


 言った好雄の頭にある記憶が思い浮かんだ。自身の魔法士新人研修。その一幕だった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ぐっ……、うぅ……」


 好雄が膝をつく。体には無数の切り傷。研修施設の演習場は広かった。好雄ともう1人、黒淵眼鏡の男が対峙する。2人とも魔法士のローブを羽織っている。



「うんうん、よっしーね、もうよく頑張ったと思うから、そろそろ終わりにしよう?」



 頷きながら落ち着いた口調で優しくそう告げた男のローブの胸元には魔法士徽章。その中心、本水晶(クリスタル)が光る。右手の上で小さなつむじ風を操って遊んでいる。



「冗談でしょ、教官、これで終わりとか……。あんまナメてると足を(すく)われますよ……!」


 言って好雄の目に力が入る。好雄の体の周りに木のナイフが浮かび上がる。表面は光を反射して金属を思わせた。



「ふむ……。見事なものだね……。君の魔法属性は木。その力をもうこんなにも使いこなせている。君ならより上位の認識に到達できるかもしれないねぇ」


 自身に向かってきた何本もの木のナイフに男は手を(かざ)す。弾丸のような速度で放たれたはずの木のナイフは風に包まれて動きを止め、そして文字通り木っ端微塵に砕かれる。


 好雄の視線の先、粉々にされた木の破片のその向こうに穏やかな笑みをたたえた男の顔が見える。



(終わったな……)



 好雄がそう思って自嘲した瞬間、好雄の体は宙に舞い、自由の利かない体はそのまま地面に叩きつけられた。周囲から悲鳴とも歓声とも判別できない声が上がった。対峙していた男は動かなくなった好雄へ近づき背負って研修施設の建物へ歩いていった。



「うんうん、君はまだまだ強くなるね。なに、焦ることはない。今は未だ私と君の間に絶対的な(へだ)たりがあるけれど、それは絶対的だけど不変的ではない。私は君に期待している。それを忘れないでいて欲しい」


 冷静な口調が好雄をイラつかせた。


(ちくしょう……)



 好雄の意識が途切れた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「うんうん、なるほどね、大体の事情は分かったよ。うーん、そうだなぁ……、まずは優依と、えーと、もう1人が、悠貴君、だっけ? 2人の居場所見つけないとだね、施設(うち)から人を出すから合流してくれ、私もすぐに向かうから」


 そう言った男の周辺には魔法士のローブを纏った4名の姿があった。電話をしながら男が手で合図するとそれに応じて部屋から静かに出ていった。



施設(うち)の連中が向かう途中で2人を見つけるかもしれない。その時はよっしーに連絡するから、直ぐに電話に出れるようにしておいてね」


「私は今の居場所に待機していれば宜しいでしょうか?」


「うん、まあ、そうだね。分かりやすそうな所?」


「施設から海側へ向かった辺りに民間の宿泊施設があります。大きな中心施設があり、その周囲にコテージが点在しています。その中のコテージの……」


 分かりにくい、と男が好雄の説明を(さえぎ)った。


「取り敢えずそこにいて貰ってもいい? たぶん施設(うち)のが上手く見つけてくれるんじゃないかって思うんだよね。だから私が電話するまで待っててくれないかな」


「合流はどうすれば?」


「んー、よっしー探すより2人探した方がいいよね? 今、大事なのは君がどこにいるかじゃなくて、2人がどこにいて、2人に何があったかだよね」


 承知と伝えた好雄が電話を切った。



 黒淵眼鏡の男は掛けてあった自身の魔法士のローブを手に取る。徽章を何度か指で撫でてローブを羽織る。


 男は後ろで手を組み、窓辺に立つ。部屋の窓から森を見下ろす。今夜は月が綺麗だ。月が森を穏やかに照らすのがよく見える。森の濃い緑に月光の淡い白が混ざる。



「……よっしーが私を頼る、かぁ。君は大人になったね。それもまた君が成長している証だ。君は私の期待通りに成長している。私はその事をとても好ましく思っているよ」


 薄く微笑んで男は部屋の外へ出た。

こんばんは!

お読み頂きありがとうございます!

気付けば20話まで来ていました。


これからも日々淡々とではありますが頑張っていこうと思っています。


次回は土曜日の更新を予定しております。

宜しくお願い致します!

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