第141話 クロイキリの行方・前編(桐花杯決勝トーナメント編XI)
「あら……」
ある人物を目にし、意外そうな声を出した三條陽菜乃だったがすぐに微笑んだ。
四回戦、羽田悠貴との試合へ向けてアリーナに続く通路を進んでいた陽菜乃を待っていた人物は腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「どうしたの? こんな所で……。見回りで忙しいでしょうに」
わざとらしい声音でそう問われた嵯峨有紗は静かに目を開いて、そして、すっと陽菜乃の前に進む。
「もちろん、陽菜乃に会いに来たの。次の試合の激励よ」
激励と言った割に抑揚のない有紗の言葉。陽菜乃は笑う。
「嘘つき。激励なんかじゃなくて警告の間違いでしょ? 彼を殺すなって」
明らかに自分をからかいにきている陽菜乃に有紗の表情は変わらない。
「何のことかしらね」
「見え透いた芝居をせずに最初から言えばいいのよ。『羽田悠貴は私のお気に入りだから殺すな』って」
お気に入り……、と有紗は繰り返したが、やはり表情は変わらない。
「私は、ただ彼が計画に必要だから……」
「同じことよ」
ふふっと笑った陽菜乃は有紗の背後に回る。
「ねぇ、前から一度ちゃんと聞きたかったんだけど、有紗はなぜ彼にそこまで拘るの? 誰にも、誰の命にも無頓着な貴女が……」
陽菜乃の質問に目を閉じた有紗が答える。
「だから何度も言ってるでしょ? 彼は私の計画にとって必要な人間なの。それ以上でも、それ以下でもないわ」
「ふーん。必要な人間、ね。確かに彼は強いわ。新人研修のことを考えてもそれは明らか。せっかく有紗が放った眷属だってあっさり撃退されてしまったものね。貴女が大嫌いな新島なつみが肩入れするのも分かるわ……」
なつみの名前に有紗が一瞬反応する。声色がにわかにイラついたものになる。
「陽菜乃……。あの子が本格的に介入してくることだけは避けてってあれだけ言ってたのに。それに目立つことも控えてって頼んだわよね? それなのにあの子と直接戦闘になるだなんて……。陽菜乃を新人魔法士として紛れ込ませた苦労が水の泡ね」
「心配性ね、有紗は。悪かったとは思っているわ。ただね、私にも言い訳をさせて。あんな大事になったのは特高の奴らが先走ったせいよ」
陽菜乃の弁明に有紗は眉ひとつ動かさない。有紗の様子を窺いながら陽菜乃は続ける。
「まあね、確かに私ももっと上手く立ち回れたとは思うわ……。でもね、どうしても戦ってみたかったのよ。有紗と因縁の……紅夜の魔女とね」
陽菜乃の挑発に有紗は乗らなかった。新島なつみの名前を聞いて感情的になりかけた自分を立て直し、そして元の無表情に戻る。
「繰り返すわよ。次の四回戦、悠貴君を殺しては駄目。これはお願いじゃない。良いわね?」
そう言って目線を向けてきた有紗に陽菜乃はため息混じりに、
「でも、もし私が勝ってしまったらそれまでの男だったってことになるんじゃないかしら? 私の力の方が上だと証明されたら有紗の計画に彼が本当に必要なのか、甚だ疑問だと私は思うけど……」
とつまらなそうに腕を組む。
「それは私が決めることよ、陽菜乃」
以上。そう言わんばかりに有紗は陽菜乃の方を向き、目の前の友人を見据えた。
向き合うふたり。
アリーナからの喧騒が静かに伝わってくる。
有紗の視線を暫く受け止めていた陽菜乃だったがふっと表情を緩める。
これ以上聞いても有紗は何も話しはしないだろう。お手上げだと言わんばかりの仕草をしながら陽菜乃は、
「はいはい。分かったわよ。仰せのままに……」
と、恭しく一礼し、陽菜乃はアリーナへ向けて歩き出す。
その背中へ向けて有紗は口を開いた。
「勘違いしないで。陽菜乃。これは貴女のためでもあるの。貴女の悲願の成就の為にも私の計画は必要なのでしょ?」
足を止めた陽菜乃は、
「もちろん」
とだけ背中越しに口にしてそのまま通路を進んでいった。
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悠貴はアリーナから観客席を見上げた。四回戦ともなると観客が多い。
満員御礼の観客席の中段の少し上。桐花杯の優勝トロフィーが置かれていた。
悠貴のいる辺りからは遠くて良く見えなかったが、ちょうどそのトロフィーが大型スクリーンに映し出される。
クリスタルのトロフィーの正面には黒い桐が描かれていた。この大会が桐花杯と呼ばれる所以だ。
自分の力を試してみたい。優勝だって狙っている。何より、都市圏の外のことを含め、今この国がどうなっているのか知りたい。
そのために桐花杯を勝ち上がって特務高等警察に高官として入ることが出来る権利を得たい。
その気持ちは変わらない。
しかし……。
(俺は……、三條陽菜乃を倒さないといけない……。優依や俊輔にしたこと、それに新人研修のときのことだって……)
悠貴がそう思って拳を握ったとき、アリーナの向こうに三條陽菜乃が姿を現した。
剣を片手に軽い足どりで悠貴に近づいてきた陽菜乃は微笑んだ。
「こんにちは。羽田悠貴君。新人研修の時以来ね。よろしく」
悠貴は「よろしく」と返事はしたものの表情を緩めることはしなかった。
そんな悠貴に陽菜乃が一歩近づく。
「もしかしたら少し待たせてしまったかしら? ごめんなさい。激励に来てくれた友達と少し話し込んでしまって」
陽菜乃は世間話でもするような感じでそう言ったが、悠貴はこれにも低く「いえ……」と返すだけだった。
陽菜乃は好意的とはとても言えない悠貴のそんな態度に「ふふっ」と声を漏らした。
「そんな顔をしないで悠貴君。お優しい貴方らしくもない。それに、あんなことがあったとは言っても私たちは同期の新人魔法士同士……。言わば仲間よ。仲良くしましょう?」
悠貴は陽菜乃の言葉に頷かなかった。その代わり、
「なんで、あなたはあんなこと……」
と尋ねた。
首を傾げる陽菜乃。
「あんなこと……? ああ、一回戦の、ええと、俊輔君だったかしら? あれは試合だもの、仕方ないわ。まあ確かに実力差にも関わらず少し本気でやってしまったのは大人げな……」
「俊輔のことだけじゃない。どうして優依のことを……」
何のことか。そんな顔をする陽菜乃に悠貴は声を上げる。
「とぼけるな! 優依と戦って、アイツにかかっていた魔法を解くときにあなたの魔力の波動を感じた。新人研修の時に感じた波動と同じだった!!」
陽菜乃は感心したように表情を変える。
「へぇ、流石ね。でもね、私にもプライドがあるからひとつ言い訳をさせて。私はね、まさか私の幻術があんなあっさりと解かれるなんて思っていなかったから油断していたの。魔力の波動の痕跡を残してしまうだなんて……。普段の私なら有り得ないことなのよ」
ふう、と一息ついて陽菜乃は続ける。
「だから、一度くらい私の幻惑魔法を破ったからって、言い気にならないでね?」
そう言って一瞬悠貴を睨んだ陽菜乃だったが再び穏やかな笑みに戻る。
そんな陽菜乃の態度が悠貴をイラつかせる。
「どうして優依を操ったりなんかしたんだ?」
悠貴の怒気をはらんだ声にも陽菜乃は表情を変えない。
「操る……とは心外ね。私は彼女を『解放』してあげただけよ」
「解放……?」
「そう、解放。確かに私は彼女の心に幻惑魔法を使ったわ。でもそれは無を有にしたわけじゃない。私は彼女に、彼女自身の深層心理の声を聞かせてあげただけ。そうして彼女は心の奥底で願っていた自分の本当の心の声を聞いて……、そしてその声に従って行動した。素晴らしいことでしょ。これを解放と呼ばずして何を解放と言えるのかしら?」
どうしてそんな当たり前のことが分からないのか。そんな視線で三條陽菜乃は悠貴を見つめる。
悠貴は有り得ないと首を振る。
「優依はそんなこと、いや、あんなこと願っていない……」
表情はいつも通りなのにどこか虚ろな目で優依は戦っていた。普段の優依とはかけ離れていた。
そんな優依と戦うのは、辛かった。
陽菜乃の声が一段、低くなる。
「あなた……、傲慢ね……」
「傲慢?」
「ええ。悠貴君は『彼女』じゃない。それなのに『彼女』の本心が分かるとでも言うの?」
それまではどこか飄々としていた陽菜乃だったが今やはっきりとした敵意を悠貴に向けていた。
憶さず悠貴は言い切る。
「分かる……!」
悠貴の言葉に陽菜乃の手が剣に伸びる。
悠貴はそれに構わずに続ける。
「優依にかかっていた魔法を解いた時、俺は優依の心に触れた。いや、触れなくたって分かる。優依は、仲間だから!」
悠貴は陽菜乃を指差す。
「俺はあなたを倒す。優依、俊輔、そして新人研修で真実たちG3にしたことを償ってもらう」
陽菜乃が冷えきった瞳で悠貴を見る。
「償う……ねぇ」
陽菜乃はそう呟いて、そして剣を抜いた。
「あなたは2つ間違えている。ひとつ目。羽田悠貴は私を倒せない。なぜなら私の方が圧倒的に力が上で私が勝者となるから。ふたつ目。私には償わなければならない罪がない。なぜなら私は償わなくてはならない側の人間じゃないから。私こそ償わせる側の人間なのだから……」
三條陽菜乃は静かに魔装をして、そして剣を構えた。
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あと第4章も終わりが見えてきました。
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