第140話 戦う理由(桐花杯決勝トーナメント編Ⅹ)
「も、もう限界……」
魔力が空っぽになったなつみが白い布団の上にポフッと倒れる。
その横にはなつみよりも先に悠貴に治癒魔法をかけ同じ様に力尽きた医務官が倒れていた。
試合に勝った悠貴は優依を抱き抱えてアリーナを出た。
通路で仲間たちの顔を見て安心した悠貴は優依を庇うようにして倒れ、優依と共にこの医務室まで運ばれてきた。
「なつ、ありがとな」
治癒魔法をかけてくれただけでなく、次の試合もあるだろうからと魔力を分けてくれたなつみに悠貴は礼を言う。
上半身だけ身体を起こしている悠貴になつみが顔だけ上げて答える。
「二回戦の後にも言ったけど……、せんせぇホント出鱈目な魔力量のキャパよね。私と、そこの人の魔力を全部使っても満タンって訳じゃなさそうだし」
言ったなつみはチラリと倒れている女性医務官を見る。
医務室に入ってきた悠貴を見るなりひきつった顔をした医務官。一回戦の後にも悠貴の治療を任され、その時の記憶が残っていた。
案の定、魔力の殆どを費やすことになり今はベッドで倒れてピクリとも動かない。
「その、なんだ、悪い」
「謝らないで。何だか嫌みに聞こえるわよ」
「いや、そんなつもりじゃ……」
「分かってるわよ。でも言い方に気を付けた方が良いわよ? 魔力のキャパはもともとの才能に因るところが大きい。訓練とかで変わる性質のものじゃないの」
身体を寄せてなつみは悠貴を見上げた。
「魔力量だけで言ったら、もしかしたら本当に私の知る中でもトップクラスかもしれないわね」
「そうなのか? 自覚はないんだけど」
「だから言い方に気を付けてって言ったでしょ? 別に偉そうにする必要はないけど、謙遜が過ぎると嫌な奴と思われるわよ」
分かった、と頷いた悠貴。
ベッドに腰かけた莉々も「そうよ」となつみに続く。
「悠貴、もっと自信持った方がいいと思うよ。元から悠貴のこと凄いとは思ってたけど……、その、今日の試合とか見て改めて悠貴って凄いんだなって」
「莉々……。でもそんなこと言ったらお前だって勉強とかテニスだって……」
「ううん。やっぱり勝てないよ。そりゃ自分なりにここまで努力して勉強だってテニスだって頑張ってきたけど、やっぱり魔法が使える……、おまけにその魔法士の中でも凄い人なんだってなるとね……」
あはは、と笑った莉々に悠貴は何と返したら良いか分からなかった。
ちょうどその時、医務室のドアが開いた。
「おっ、相変わらず女の子に囲まれてるなお前は。羨ましい奴め」
そんな悪態をつきながら近づいてきた好雄が悠貴を見る。
「取り敢えず大丈夫そうだな。あんだけ優依にボコられたのに」
「ボコられ……って、その通りだけどさ。まあ、何とかな。なつとそこの人のお陰でな」
悠貴が目をやったなつみと医務官はまだ倒れたままだった。
悠貴は表情を変える。
「あのさ好雄。優依のことなんだけど……」
「ああ。俺も自分の試合があったから途中までしか見れてなかったけど、明らかに様子がおかしかった」
「優依は、操られていた」
「やっぱりな。そうでもなきゃアイツが試合開始直後にお前に鉄球喰らわせるなんてことはしないだろうよ」
笑った好雄が医務室の反対側にあるベッドで横になる優依を見る。他の医務官たちに治癒魔法をかけられ今は眠っていた。
「一体誰が……」
「それなんだけど、好雄、俺ちょっと心当たりが……」
心当たり、とは言ったが悠貴には確信があった。新人研修で感じた魔力のオーラが完全に一致していた。
「心当たり……?」
「ああ。たぶん優依を操っていたのは三條陽菜乃。属性も確か幻惑系の魔法士だったはず。新人研修で会ったんだ。優依と戦っていたとき、優依のとは違う魔力の波動を感じた。あの波動はたぶんあの女のものだ」
「あの女のものって……。いや、でもよ、新人研修で会ったってことはソイツだってお前と同じ登録したての……」
「ああ、俺もそう思った。だけど、あの女はなつと互角に戦っていた」
「はあ!? おいおい、冗談だろ……。新島なつみと互角って。あぁ、対戦訓練で新島なつみが手を抜いていたとか?」
「いや、訓練じゃない。好雄も知っての通り、俺たちが密かに施設に戻って、それがバレて特高と戦闘になった後の話だ。だよな? なつ」
なつみは布団に顔を埋めたまま頷いた。
好雄はまだ信じられないといった顔をしている。
「マジかよ……。そんな奴が新人に……。まあでも変な話、それなら合点がいく」
「どういうことだ?」
「優依ってさ、実は優秀な魔法士なんだよ。特に幻惑系の魔法士では文句無しの高位だ。アイツが簡単に魔法で操られる訳がねぇ。相手が相当な手練れ、そして、優依自身に心の隙が無きゃ操られたりなんかするはずがない……」
心の隙。
その言葉に莉々が反応する。
「もしかして……、試合前の医務室での……」
悠貴と優依が戦う三回戦の前。この医務室で優依は莉々やなつみと言い争った。
「実際にどうかは分からねぇけど、その可能性はあるな。少なくとも優依はいつもとは違う状態だった」
「そんな……。じゃあ、優依、私のせいで」
言って下を向く莉々。
「そんな顔すんなよ、莉々。お前のせいってだけじゃねぇ」
「好雄の言う通りだ。たぶん莉々やなつとのことが無くてもあのひとは優依を何とか出来たんだと思う。それくらい得体の知れないひとなんだよ」
好雄や悠貴の励ましに一応の笑顔で、ありがと、と莉々は返した。
「そう言えば、その三條陽菜乃って……」
好雄がそこまで口にした時、医務室のドアが開いた。
「ゆ、悠貴さん!!」
悠貴の名前を叫びながら医務室に駆け込んできた眞衣。
「どうした、眞衣。そんな血相変え……」
眞衣は悠貴が言い終わるのを待てなかった。
「俊輔さんが……ッ」
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眞衣を先頭に悠貴たちは別の階の医務室に向かった。
医務室に入った悠貴たちが目にしたのはベッドに横たわる血まみれの俊輔だった。
「俊輔!!」
まさか……。
駆け寄る悠貴。
しかし、服やベッドは血にまみれていたが、大きく切り裂かれた服の下の俊輔の身体は無傷だった。息もある。
「運ばれてきたときはダメかと思ったんだがね……」
悠貴の横に来た医務官が口を開く。
聞けば試合に負けて運ばれてきた俊輔は出血多量で虫の息だったという。
治癒魔法と輸血がなければ助からなかっただろうと医務官は語った。
「俊輔……」
一命を取り留めたらしい俊輔に安堵する悠貴。そこで悠貴は俊輔の一回戦の対戦相手のことを思い出した。
さっきまで好雄や莉々と話していた三條陽菜乃。それが俊輔の一回戦の相手だった。
「悠貴さん……」
眞衣に呼ばれて悠貴は振り向いた。
「私、その……、俊輔さんの試合を見に行ったんです……。悠貴さんも知っての通り、私も因縁が……」
眞衣は肩を震わせて下を向く。
悠貴や眞衣が参加した魔法士の新人研修。眞衣たちG3はG4の酷い裏切りにあった。
そして三條陽菜乃はそのG4のひとりだった。
「眞衣、何があったんだ?」
眞衣は言葉に詰まる。
「その、私の良く分からなくて……」
「そりゃ俊輔がこんな目に遭うような試合を見てりゃ気が動転す……」
違うんです、と眞衣は好雄の言葉を遮る。
「あの、ホント言葉の通りで、分からないんです。あまりにも一瞬の出来事で……」
悠貴と好雄が「一瞬?」と顔を見合せる。
ふたりとも俊輔の怪我を見て相当な激戦だったのだろうと思っていた。
「はい……」
眞衣は語った。
俊輔が参加していた決勝トーナメントのブロックはアリーナを囲む電磁障壁の機器の故障で試合の消化が遅れていた。
他のブロックが三回戦に入ろうかという頃にもまだ一回戦が終わってなかった。
医務室で悠貴の治療を見守っていた眞衣。医務官たちの話から俊輔の試合が始まりそうだと知った。
悠貴のことは心配だ。放っておけるはずがない。いつもの自分ならしがみついてでも悠貴の側を離れなかっただろう。
しかし、眞衣は新人研修で自分たちを死地に追いやった三條陽菜乃と戦う俊輔を応援したいと試合会場へ向かった。
「試合開始が宣言されて、ふたりは構えました。ふたりとも剣を持っていて、お互い魔装して……」
「それで幻覚魔法かなんかで俊輔を撹乱……、もしくは奇襲とか……」
真っ向勝負なら俊輔が簡単に負けるはずがない。そう思って口にした悠貴の言葉を眞衣はあっさり否定する。
「いえ、少なくとも私の目にはあのひとが魔装以外に魔法を使っているようには見えませんでした。俊輔さんは剣で切られたんです」
えっ、と悠貴と好雄の声が重なる。
「だって俊輔だって剣を持っていて……」
「そうなんです。実際、接近して剣を振りかざしてきたあのひとに、俊輔さんは剣を構えて防ごうとしました。でも次の瞬間には俊輔さんは血塗れで倒れていて……」
悠貴は耳を疑う。攻撃を防ごうと構えられていた剣をかわして俊輔を切ったこともそうだが、『切った』ということ自体が信じられなかった。
「俊輔は魔装してたんだろ? それを剣で切ったのか?」
好雄も信じられなさそうに言った。
魔装は身体能力を著しく向上させ、そして基本的には物理攻撃も防ぐことが出来る。
仮に剣で受け止められなかったとしても、三條陽菜乃の剣は魔装する俊輔の身体を傷つけることは出来ないはずだ。
一体何があったのだろう。
悠貴と俊輔は考え込む。
「あの……、悠貴さん!!」
「どうしたんだ、眞衣。でかい声を出して……」
「次の試合……、辞退しませんか!?」
「えっ……」
傍らまで来て、眞衣は悠貴を見上げる。
「悠貴さんが凄い、強いっていうのは私が一番良く知っています。でも……、あのひと、三條陽菜乃は……」
その先を眞衣は口に出来なかった。
悠貴は眞衣の肩に手を置く。
「眞衣。どれだけやれるか分からないけど、俺がお前とか真実が受けた苦しみ……、それに俊輔が受けた傷の幾らかだけでも晴らしてくるから」
「だ、だめです!!悠貴さん!! 私だってあのひとは許せないですし恨みを晴らしたい、晴らして欲しいって気持ちはあります……。ありますけどあのひとの強さは、どこか異常で……」
眞衣が悠貴の服を強く引っ張る。
「それくらいにしてやれよ……。悠貴だって困ってるだろ」
微かに、それでもはっきりとその声が悠貴や眞衣、莉々の耳に届く。
「俊輔!!」
ベッドから離れていた悠貴たちは俊輔に駆け寄る。心配そうに見守る悠貴たちに俊輔がうっすらと目を開ける。
「悪い……、悠貴。こんな、ザマで……」
途切れ途切れにそう言った俊輔の手を悠貴は握る。
「いや……。てか大丈夫なのか?」
「大丈夫……とはいかねえな。身体が動かねぇ」
起き上がろうとする俊輔を医務官たちが止める。そして医務官の一人が悠貴に振り向く。
「君の友人はまだ休んでいないと。それに治療も必要だ。あとは我々に任せなさい。君も次の試合があるんだろう?」
「はい……。じゃあな。俊輔、早く良くなれよ」
言って離れかけた悠貴を俊輔が呼び止める。
「おい、悠貴……」
「何だ?」
「お前……、戦うのか……? 次の四回戦」
「ああ、俺にはあの女と戦う、倒さなきゃいけない理由がある……」
言いきった悠貴に俊輔が笑う。
「そうか……。止めねぇよ、俺は。俺は何が何でもお前に俺の敵をとってもらいてぇしよ」
俊輔はチラッと眞衣を見る。
「な、何ですか、その目は!! そりゃ私だってあの女を悠貴さんにコテンパンにのして貰いたいですよ!! でもでも……。あぁ、もう! 誰か私のこの複雑な女心を理解してッ!!」
頭を抱えて地団駄を踏む眞衣。
俊輔は眞衣から悠貴に目を移す。
「悠貴、ちょっと耳貸してくれ……」
「ん……?」
俊輔の口に耳を近づける悠貴。
耳に入ってきた言葉に悠貴は頷いた。その様子に満足したように俊輔は目を閉じた。
俊輔から離れた悠貴が口を開く。
「眞衣」
名前を呼ばれ眞衣は顔を上げる。
「心配してくれてありがとな。でも、試合とは言え俊輔をこんな風にした、そして新人研修でお前たちにあんなことをしたあの女を俺は許せない。勝てないかもしれない。それでもあの女に言わなくちゃいけないことがある……」
一度目を閉じる眞衣。そして。
「悠貴さん……。ことここに至った以上もう何も言いません! むしろ私からもハッキリとお願いします! あの女をぶっ倒してきて下さい!!」
「おう、任せろ!」
悠貴は医務室から出ようと歩き始める。
医務室の入口近くには莉々が立っていた。
近づいてきた悠貴に黙って頷き、悠貴もそれに頷き返す。
悠貴が出ていって、ドアが閉まってから莉々は口を開く。
「負けるな、悠貴」
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