第139話 ユイノユメ・後半(桐花杯決勝トーナメント編Ⅸ)
首を締め上げていく鎖に手をかけて抵抗する悠貴。
「て、手にいれる……? お前、何言って……」
「何って……、言葉の通りだよ悠貴君……!!」
悠貴の首に巻き付く鎖に一層の力が込められる。
(こ、このままだと息が……)
優依の様子を窺っていたが余裕がなくなる。
目を見開く悠貴。
「は、離れろぉーッ!!」
悠貴は全力で魔装して優依の手を鎖から引き剥がし、優依を背に負って投げ飛ばす。
「しまっ……」
思わず全力で優依を投げ飛ばしてしまい悠貴は血の気が引いたが、優依はストンと綺麗に着地した。
そしてキョトンとした顔を悠貴に見せる。
「ええと……。悠貴君……、どうしたの?」
なぜ自分が投げ飛ばされないといけないのか。そんな不思議そうな顔をする優依。鎖を拾い上げて鉄球を引き寄せる。
優依の反応にゾクッとする悠貴。
「どうしたの、か。そりゃこっちの台詞だよ、優依……」
魔法士同士の試合だからとか関係ない。優依の様子は明らかにおかしい。
一歩近づいた優依に悠貴は一歩後ずさる。
(確かにこれは魔法士同士の真剣勝負。だけどそれにしたって……)
悠貴は近づいてくる優依を見る。見た目だけなら間違いなく自分の知る若槻優依。だけど何かが、違う。絶対に違う。
偽者じゃないかと疑いたくなってくる。
悠貴の疑念がそのまま言葉になる。
「お前……、本当に優依なんだよな!?」
「どうしたの、突然……。ふふ、可笑しなことを言う悠貴君……。いつも大学で顔を合わせて、サークルも一緒で、それに合宿だって……」
笑った優依は一気に距離をつめようとする。
「私は私だよ! そして、悠貴君は悠貴君だよ!」
優依の鉄球が悠貴を襲う。悠貴は速度特化の魔装をしてそれをかわした。
そうして再度距離をとる悠貴。
距離をあけて向かい合う二人。
「悠貴君、どうして逃げるの?」
ムッとする優依。
こんな場面でもどこかいつも通りの顔をする優依。それが優依が優依じゃないという悠貴の疑念を深めていく。
距離を詰めようとする優依に、距離を開けようとする悠貴。何度かそれを繰り返す。
繰り返すなかで悠貴は考える。
(見た目、声……。どう考えたって優依だよな。でも優依じゃない。まるで夢でも見てるような……)
そこまで思って悠貴はハッとする。もしかしてこれは優依が自分に魔法を使って見せている世界なんじゃないか。
思った悠貴だったが直ぐに否定する。
(いや、それにしては変だ……。試合開始直後、攻撃された俺は魔装した。鉄球は防ぎきれなかったけど少なくとも魔法はくらってない。その後は魔装は一度も解除していない)
試合前に魔法にかけられた可能性は……。いや、それもないと悠貴は頭を振る。
医務室には好雄や莉々、それになつみがいた。もし優依が何か変なことをしようとしたら見逃すはずがない。
そして優依は医務室から走って出て行った。このアリーナで会うまでは接触していない。
(やっぱそうだよな……。俺は魔法にかかって……)
そう、俺は……。
悠貴は背筋がゾッとした。
(そう、俺は魔法にかかっていない。魔法にかかっているのは……!!)
バッと悠貴が優依を見る。
「優依! お前……、まさか誰かに操られているのか!?」
首をかしげる優依。
「何を言ってるの? 変な悠貴君。そんなこと言って時間稼ぎしようとしても無駄だよ!」
接近してきた優依が鉄球と魔法での攻撃で悠貴を襲い続ける。
その攻撃を防ぎ続ける悠貴。
確証はない。しかし徐々に悠貴の中で疑念は確信に変わっていく。
(優依は……操られている……!!)
優依の鉄球が地面を抉る。
かわした悠貴を見て優依がため息をつく。
「悠貴君。もういい加減にして。無駄だよ? 私は特訓で悠貴君の魔法を全部間近で見てたんだよ? そう、圧倒的に悠貴君が不利。それでも悠貴君は私を倒せる、私に勝てるって言うの!?」
再開される優依の攻撃。防戦一方の悠貴が追い込まれていく。
「クッ……!!」
このままじゃダメだ。何とかして優依を倒さないと……。
悠貴が動きを止める。
(優依を倒す? いや、違う。コイツは優依であって優依じゃない。倒すんじゃない、倒しちゃいけない……!)
一瞬だが動きを止めた悠貴を優依は見逃さない。
「甘いよ!!」
「グ……あッ!!」
鉄球を正面から受け止めた悠貴はその勢いで吹き飛ばされる。
倒れた悠貴に向かっていく優依。
フラフラと立ち上がった悠貴が口を開く。
「なあ、優依。ホントお前どうしたんだよ?」
「どうって……。さっきから何なの悠貴君。そればっかり……」
「優依、お前は操られてる」
そう断言した悠貴に優依が吹き出す。
「あのね、悠貴君。私が夢……つまり幻惑属性の魔法士だって忘れたわけじゃないよね? その私がそんな簡単に魔法で操られるわけないでしょ? 同じ属性で私よりも高位の魔法士なんて数えるくらいしか……」
「それでもお前は操られてるんだよ。なあ、正気に戻ってくれよ! 今のお前を見たら皆ぜったいに心配する! 好雄とか莉々と……」
優依の表情が変わる。
「莉々ちゃんの名前は口にしないで!!」
「優依……」
「悠貴君は、何も、何も分かってない! 分かってくれない!! 私が、どんな気持ちでいるか……」
「お前、何言って……」
悠貴の言葉に優依は、あはは、と渇いた笑い声を出した。
「莉々ちゃんがいつも悠貴君の側にいて、いつも私はその次……。悠貴君が魔法を使えるようになって、せっかく私の方が近くなれたって思ったのに。桐花杯の前の特訓にも、北関東州の都市圏にも、そしてここにまで莉々ちゃんが来て……。また私は二番。そう、これからもずっと二番……」
下を向いて、優依は呟くように言った。
「私は、そんなの、耐えられない……。だから悠貴君をここで手に入れるの。そうすればずっと私が一番になれるから……」
大きく息を吐いた優依が顔を上げる。
「さあ、お話はもう終わり」
薄く笑んだ優依は続ける。
「もう逃げなくても大丈夫だよ? もう何も怖くないんだよ?」
鎖を手に優依は軽々と鉄球を引きずる。
「悠貴君だって本心では分かってるんでしょ? 分かる、私には分かるもん……」
優依の攻撃が再び始まる。優依は攻撃の手を緩めない。
それをかわしながら悠貴は優依のある言葉が引っ掛かっていた。
(本心……)
優依の口から出たその言葉に悠貴はハッとする。そして以前、優依が言っていたことを思い出す。
幻惑系の魔法が、相手をどう操るのか。
『相手の心、精神を魔法で取り囲んでいくの。それで出来上がったものを本当に自分が考えていることって思い込ませるの』
(そうだ! それが幻惑魔法の正体……)
それを解くためには……。優依との過去の会話の記憶を更に手繰り寄せる。
『本心を取り囲んでいるのはあくまで魔法で作った偽物だから……、本人に本心を気づかせる、取り戻させる』
優依自身の過去の言葉から浮かび上がった希望。しかし。
待てよ……。
でもどうやって……。
優依の心を包む『偽りの心』をどうやって剥がせば……。
悠貴は優依の攻撃をかわし、逸らしながら必死に考えを巡らせる。
(優依の心を囲んでいるのは魔法。俺の魔力でそれを吹き飛ばすせば……)
吹き飛ばす……、いや、違う。
優依の心を守る。
そうか、魔装!
優依の心を囲んでいる魔力よりも優依の心に迫る。
そして優依の心に直接魔装をかけて偽りの心から優依の心を守る。
やったことはない。おまけに魔装を自分以外に施すのは高位の術。
感覚的には出来ると思うが、それには優依に直接触れて魔力の流れを掴んでいないといけない。
これまでは距離をあけていた悠貴だったが、これからは自分から近づいていかないといけない。
(あの優依の攻撃を防ぎながら至近距離までいくのは至難の技だな……。本当は優依を直接攻撃して動けなくすればいいんだろうけど)
それはしたくない。
(それでも何とか近づかないと……)
悠貴の中である考えが思い浮かぶ。
(速度に魔装を特化するのが可能なんだ。防御に特化することだって出来るはず)
悠貴は精神を集中する。そうして魔装の魔力の質を変換していく。
(たぶん、これで少しはもつはず……)
優依の攻撃を何度か受けて効果を確認する。結構な痛みはあるが我慢できないほどじゃない。
よし、いける。
悠貴は優依に向かって歩き始める。
優依は喜ぶ。
これまで逃げるばかりだった悠貴が自分に向かって歩いてくる。
諦めてくれた。やっと自分を受け入れてくれた。殺される気持ちになってくれた。
優依がそう思えてしまうくらい悠貴は無防備だった。
「悠貴君、やっと分かってくれたんだね! 大丈夫……、安心してね、最初に少し痛いくらいだから!!」
優依が放った鉄球を悠貴は避けなかった。会場から悲鳴が上がる。
正面から鉄球をくらってぐらつく悠貴。
(こりゃ……思ったよりもきくな……。防御特化の魔装のお陰で死なずには済んでるけど。これはそう長くはもたないな……)
優依の攻撃が激しくなっていく。
しかし、悠貴は歩みを、止めない。
「ゆ、悠貴君。どうしたの、避けもしないで……」
近づいてきた悠貴に喜んでいた優依だったが次第に焦りが混じっていく。
「あ、あのね、立ち止まってくれてたら……、私がちゃんと殺して……」
優依の鉄球が悠貴の胴体を、足を、腕を襲う。そのたびにぐらつく悠貴だったが歩みは止まらない。
「くッ……」
焦る優依は魔装を強化していく。
身体能力が向上した優依が繰り出す攻撃が熾烈になる。
「な、何で!? どうして!? 反撃してくればいいじゃない!!」
優依の叫びに悠貴は首を振る。
「俺は、お前を……傷付けない……」
止まらない悠貴。余裕がなくなっていく優依。全力で魔装して攻撃を続ける。
それでも、悠貴は止まらない。
痛みに悠貴の顔が歪む。
(マズイ……。魔力が、もう……。頼む、もってくれ……。あと少し、あと少しなんだ!!)
「ハァハァ……ッ」
優依の魔力は尽きかけていた。それまで自在に操っていた鉄球が重い。
(一度距離をとらないと……)
そう思う優依だったが動けない。自分のことだけを見据え、ただひたすら自分に向かってくる悠貴から目が離せない。
その場に縫い付けられたように動けない。
目の前に迫る悠貴。
しかし見たところ悠貴も魔力が尽きかけている。
薄くなった魔装では防げなかったのだろう、全身キズだらけだった。
フラつきながら進んでくる悠貴。
「こ、これで終わり……!!」
あと一撃直撃させることができれば倒せるはず。優依は渾身の力で鎖を引っ張る。
ガシャ。
引っ張った鎖が止まる。
「え……」
振り向く優依。
引っ張った鎖の先、鉄球は動かない。
魔力が尽きた。
もともとの自分の力では鉄球を振り回すどころか持ち上げるので関の山だ。
しまった、と思った優依が視線を悠貴に戻す。
「あ……」
振り向いて固まった優依に手を翳す悠貴。
悠貴の掌が、優依の額に届く。
悠貴は最後の魔力を振り絞って優依の心に触れる。
(優依の、心を、守る……!!)
優依の心に魔装をかける。優依の心を包んでいた何かが薄氷が割れるように砕けていった。
「戻って来い、優依」
優依の中で、何かが剥がれ落ちていく。
「あ、あれ……。私……」
何をしていたんだっけ。
桐花杯。
そう、桐花杯に参加していたはずだ。
三回戦で悠貴と戦うことになった。しかし、その悠貴は二回戦で酷い傷を負った。
そして、医務室で……。
その先の記憶が、思い出せそうで思い出せない。
何だかフラフラとする。全身の感覚が鈍い。その中で、額の辺りだけがなぜか暖かい。
視界が開けていく。
「え……」
目の前にいるのは悠貴だった。
悠貴は優依が目を開くと、よお、と声をかけた。
「悠貴君……」
何で三回戦で戦うことになっている悠貴がここに。それ以前にここは……。
考えがまとまらない。
魔力が底をついた優依。
身体に力が入らない。
倒れそうになる優依を悠貴が抱き支える。
「あの、えと……、何が……」
困惑する優依に悠貴は笑う。
「大丈夫。もう終わったんだ、優依」
優依には悠貴が何を言っているのか分からなかった。しかし、悠貴の言葉が耳に入った優依の身体からふっと力が抜ける。
気を失った優依を見た審判員の魔法士が宣言する。
『勝者、羽田悠貴選手!!』
その声に沸き立つアリーナ。
悠貴は気を失った優依を抱きかかえて歩き出す。
魔力も体力も限界はとうに越えていた。全身が痛い。
しかし、悪夢から覚めた優依をどこか安全な所で寝かしてやりたい。
そして。
悠貴は唇を噛む。
優依の心に触れた瞬間。
優依とは違う魔力を感じた。
悠貴はその魔力の主に覚えがあった。
新人研修。真実たちG3を裏切ったG4のひとり。
彼女は同期の新人魔法士のはずなのにあのなつみと互角に戦った。
「どうして……、こんなことを……」
優依を抱く悠貴の手に力がこもる。
大変お待たせ致しました!
体調も回復し、年度の移り変わりも無事通過しました。
次回の更新は4月25日(月)の夜を予定しています。
どうぞ宜しくお願い致します!
4月25日追記
筆者体調不良につき、更新はもう数日お待ちください。
宜しくお願い致します。




