第138話 ユイノユメ・前半(桐花杯決勝トーナメント編Ⅷ)
「あ、よっしーさんこっちですー!」
大きく手を振る眞衣が目に入り手を振り返す好雄。
「悪いな、場所取り頼んじゃって」
「いえいえっ、予選で負けて私は暇人ですからね。それはそれとして……、ここのアリーナって他と比べて随分と大きくないですか?」
キョロキョロと見回す眞衣に好雄が頷く。
「何て言ってもセンターアリーナだからな。決勝もここで行われるんだってよ。ほれ、あれ見てみろ」
「んん?」
言われた眞衣が好雄が指差した先を見る。ちょうど自分たちがいるのとは反対側の客席、その上段。
「あれは……」
「優勝のトロフィーさ」
へえ、と返した眞衣だったがそこからは距離があって良く見えなかった。
「あ、そう言えば眞衣、俊輔見なかったか? 何か随分長いこと見てない気がするんだけど……」
「俊輔さんですか? 何か俊輔さんのゾーン、試合の進みが悪いらしいんですよね。何でもアリーナの電磁障壁の調子が悪いみたいでその調整に手間取ってるらしくて……。一時間くらい前に俊輔さんとすれちがったときにまだ一回戦の半分も消化出来ていないって言ってましたから……」
「そうか」
言って好雄は眞衣とは反対側に座る莉々にチラリと目をやった。莉々は無表情でアリーナをじっと見ている。あと十五分もすれば悠貴と優依がここで戦う。
「莉々」
好雄に呼ばれた莉々だったがそのままじっとしている。
「おい! 莉々!」
「えっ……、あ、ご、ごめんよっしー。何?」
「はぁ。何、じゃねぇよ……。やっぱ、さっきのこと気にしてるのか?」
好雄に言われて莉々は目を伏せる。
「うん……。私、なんか、つい熱くなっちゃって……。あんな言い方するつもりじゃなかったのに……」
優依と知り合ってから言い争ったことなんてない。俯いた莉々が続ける。
「落ち着いて考えてみたら優依の言ってることは正しかったよね。そう、私は魔法士じゃない……。ああやって悠貴を抱えていても治癒魔法をかけて治してあげられた訳じゃない。皆に任せて下がってれば良かったのに。私、つい……」
「いや、まあ……。でもよ、正直優依の言い方も良くなかったって思うぜ。なんつうか、俺たちって魔法を使えない奴らに対しての言動ってかなり気を付けなきゃいけなくて。その辺りを一番分かってて、普段から気を付けることが出来てるのが優依なのによ。どうしちまったんだろうな……」
莉々は好雄の言葉に、うん、とだけ返した。
莉々とは反対側からツンツンと指で突っつかれて振り向く好雄。眞衣が顔を近づけてきて小声で話す。
「ち、ちょっと好雄さん。一緒に落ち込んじゃってどうするんですか……。せっかくこれから悠貴さんたちの試合始まるんですから、この空気何とかして下さいよ……」
「お、おう」
コホン、と調子を整えた好雄が莉々に向き直す。
「取り敢えずよ、今から悠貴と優依がここで戦うんだ。いや、ホント楽しみだな! 経験値で言うなら優依が圧倒してるんだが悠貴の実力も侮れねぇ!」
無理やりテンションを上げて試合の見所を語る好雄だったが莉々からの反応は無かった。
「て言うか……、それ以前に優依が友達の悠貴を本気で攻撃できるかが怪しいけどな! 悠貴の奴も妙に優しいって言うか、甘いところがあるからな。相手が優依なら尚更ってもんだ。案外、ふたりとも手加減して戦って、頃合いを見てどちらかがわざと負ける……、なんて展開になったりしてな!」
ピエロになりきった好雄がそう締め括ったところで莉々が顔を上げる。
「あはは。確かにそれはあるかもね」
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悠貴は巨大なスクリーンを見上げる。写し出されているのは桐花杯の優勝トロフィーだった。
透明なクリスタルのトロフィーに黒い桐の花が描かれている。この決勝トーナメントを勝ち抜いた魔法士があの黒い桐を手に入れることになる。
優勝までいかなくとも、あと一回勝ってベスト8入りすれば特務高等警察に高官として入る権利が与えられる。
そうして国の懐に潜り込んで、今この国で何が行われているのか、悠貴はそれが知りたかった。
しかし、それでも今の悠貴はこれから戦う優依のことが気になっていた。
「優依……」
なつみに魔力を分け与えられて意識がはっきりとしてきた頃には医務室は険悪な雰囲気だった。
莉々やなつみと何か話していた優依は医務室から走り去っていった。その姿は普段の優依とはあまりにもかけ離れていた。
医務室から出ていく優依を呼び止めた。しかしその声は届かなかった。
「ホント何があったんだろうな。まさか試合中に聞くわけにもいかないしな……」
これから対戦するというのに気まずさの方が先に立つ。
「……というか、優依のキャラからして、あいつも試合に出てきてこうやって俺と顔を合わせるの気まずいだろうな。すげぇ変な空気で試合始まりそうな予感が……」
天を仰いで「ああ、もう」とため息をついた悠貴にかかる声があった。
「どうしたの? 悠貴君……。試合前にそんな声出して……」
声のした先を見る悠貴。
魔法士のローブを羽織る優依が鉄球を引きずりながら近づいてくる。まだ試合前だ。魔装していない優依では鉄球を引きずるのでさえ精一杯なのだろう。
対戦するふたりが揃い、アリーナに歓声が響く。
しかし、それに気付かないくらい悠貴は優依から目が離せなかった。優依が予想に反して普段通りだったからだ。
驚く様子の悠貴を他所に、アリーナの中央まで進んだ優依は、ふう、と汗を拭う。
「うわぁ、広いね、ここ。それに凄い人の数……。あれ、もしかして悠貴君、緊張している?」
「そりゃあ、まあ、少しはな……。でもそれは優依もだろ? こんだけの人に見られてたら」
ふふ、と笑って優依は頭を横に振る。
「そんなことないよ。だって……」
優依がそこまで言った時に審判員の魔法士が近づいてきた。
「定刻です。試合を開始します。双方、所定の位置まで下がって」
「あ、はい……」
優依の言葉の続きを聞けないまま悠貴は言われた所まで下がる。
悠貴と優依が位置についたのを確認して、審判員の魔法士が「試合開始!」と宣言する。
悠貴は優依を見据える。
特訓では何回も戦った。でもそれはあくまで特訓だ。心のどこかで本気で戦ってはいなかった。
改めてこうやって桐花杯の場で優依と対峙して思う。覚悟はしていたがやはり本気で戦う、優依を傷つけることに対する抵抗はゼロにはならない。
(俺でさえそうなんだ。優依だって全力で俺を攻撃するのには躊躇いがあるはず。魔力は満タンだ。序盤は様子を見て……)
作戦を立てる悠貴。
アリーナの歓声、熱気は最高潮に達する。
そして、その歓声は悲鳴に変わる。
試合開始の宣言直後、魔装した優依が放った鉄球が凄まじい速さで悠貴をとらえ、吹き飛ばしたからだ。
観客席との間に張られた電磁障壁にぶつかった悠貴がどさり、とアリーナの地面に落ちる。
静まるアリーナ。
「ゴッ……、ふッ……」
口から血を吐く悠貴。直ぐに治癒魔法を自分にかける。
考えもしなかった。
優依は何も躊躇することなく攻撃してきた。悠貴には信じられなかった。
向かってきた鉄球が目に入った瞬間、悠貴は直ぐに魔装をした。それでも優依の攻撃を緩和しきれなかった。
「ゆ、優依……」
刀を支えにして立ち上がる悠貴。
魔装をしたままの優依は手元に戻した鉄球を見つめる。鉄球の表面についた刺からは悠貴の血が滴っていた。
血の一滴を指で受け止め、その血をもう片方の手の甲に塗った優依が顔を上げる。そして、嬉しそうに声を出す。
「凄い……、凄いね! 悠貴君! 私、完全に隙をついたつもりだったんだけど……。流石だよぉ……!!」
ガシャッ、と鎖を鳴らせた優依が一歩一歩、悠貴に近づいていく。
悠貴は身構える。自分が悪い。完全に油断した。確かにこれは魔法士同士の試合だ。しかも優依は魔法士としては先輩。
痛みに耐えながら優依の次の攻撃に備える悠貴。
守りを固めた悠貴に優依が再び鉄球で攻撃を仕掛けてきた。鉄球での攻撃を予想していた悠貴は魔法の盾を張る。
「同じ攻撃を続けて食らうと思うなよ!」
悠貴は盾で鉄球を弾く。弾いた鉄球と入れ替わるようにして優依が目の前に迫っていた。
「えッ……」
驚愕する悠貴の背後に優依は回り込み、すっと鎖を悠貴の首に巻き付ける。
「ガッ……はッ」
焦る悠貴。首を締め上げてくる鎖から伝わってくる力で分かる。優依は本気だ。
魔装をしているから耐えられている。自分が魔装を解いたら鎖は首を引きちぎるだろう。
(優依が……、俺を……、殺そうとしている……)
首に巻き付く鎖を振りほどこうともがく悠貴。
優依は、そう言えば、と口を開く。
「悠貴君、さっき私に聞いたよね? こんなに観衆がいて緊張しないのかって……」
まるで世間話でもするように優依は話す。
「するわけないよ……、だって……」
鎖を締める優依の手に一層の力がこもる。
「だって、この人たちは見届けてくれるんだもん……。私が悠貴君を手にいれる瞬間を!」
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3月28日追記
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