第136話 傀儡使いの少女・後編 (桐花杯決勝トーナメント編Ⅵ)
勝ち誇ったように言い放つ葉月。土の傀儡の肩の上で悠貴を見下ろしながら、余裕の笑みを崩さないように必死だった。
悠貴には気づかれないよう大きく息を吐く。
(な、何なのよ……。あの出鱈目な威力は……!?)
今までに風属性の魔法士とは何回も戦ってきた。さっきと似たような風刃の魔法を受けたこともある。しかし、土の傀儡の表面に多少の傷がつくことはあってもこれほど大きく抉れることなどなかった。
葉月は出来るだけ自然に土の傀儡の右足を前に出す。
(動けないことはないけどさっきまでみたいな速さは出せないわね……。魔力を使って直すことも出来るけど、土の傀儡への魔装のせいで私自身への魔装は最低限……。これ以上他のことに割ける魔力はない……)
思いながら葉月は土の傀儡に施す魔装を防御に特化していく。攻撃力や速度が落ちるのは痛いが、これであの風の刃の攻撃にも少しは耐えられるはずだ。
(足回りのことは……、いったん無視するしかないわね……)
動かしてみて分かった。仮に土の傀儡の足を直すとすれば自分への魔装は一度解かなければならない。そうすれば今でさえ薄い自分自身の守りが完全にゼロになる。それだけは避けたい。
(よっしーのことだから、また大袈裟なこと言ってると思ってたんだけど、まるっきり嘘って訳でも無さそうね。確かに魔力量だけなら序列入りしてもおかしくはないかも……)
葉月は態勢を立て直した悠貴の風の刃を使った攻撃を土の傀儡で受け止めつつ表情を固くする。
(何とかハッタリにビビって降参してくれれば良いんだけど……、どうやらアイツにはそんな気は無さそうだし……。早めに決着をつけるしかなさそうね……)
土の傀儡の右足のダメージのせいでコントロールが安定しない。移動速度が落ちたことをバレないように近接戦闘に持ち込んでそこからは波状攻撃。
(新人相手に本気出すなんて癪だけど、そんなこと言ってる場合じゃないわね……)
よし、と葉月は土の傀儡を前に動かし始める。
「グッ……、このっ!!」
土の傀儡の拳を盾で受け止めて押し返す悠貴。しかし、直ぐに次の攻撃が繰り出される。
執拗な攻撃を悠貴は必死に凌ぐ。
(このままじゃマズイ……。でもどうすれば……)
一回戦で受けたダメージの回復が不完全だったがそれ以上に魔力を消耗してしまったことが悔やまれる。魔装や盾で辛うじて土の傀儡からの攻撃を防いでいるが魔力の残量を考えるといつまでもつか分からない。
何とか打開を……、と考えを巡らせる悠貴。
その思考が僅かな隙に繋がる。葉月は悠貴のその隙を見逃さなかった。
「もらったぁー!!」
土の傀儡の攻撃が悠貴に迫る。
悠貴が盾で受け止めようと反応するが一瞬遅かった。土の傀儡の拳が悠貴の身体にめり込む。アリーナの端まで吹き飛ばされる。
「がはっ! く、は……ッ」
地面に倒れる悠貴。魔装していたとはいえ直撃をくらい、まともに呼吸が出来ない。全身に激痛が走る。
ホッとした顔を浮かべた葉月が声を上げる。
「ほら、もうアンタ限界でしょ? 無理しないで敗けを認めちゃいなさいよ! 」
葉月はゆっくりと土の傀儡を動かして横たわる悠貴に近づいていく。
「……ていうか、審判! どこ見てるの!? ほら、アイツ動けないわよ! 私の勝ちってことで良いわよね!?」
と審判に声を張り上げる葉月。一度悠貴をチラリと見た審判が葉月に向かって首を横に振る。
まさかと思って葉月は目を移す。
悠貴がそれまでは抜いていなかった日本刀を支えに立ち上がろうとしていた。
「アイツ……」
葉月が唇を噛む。さっきの攻撃で相当なダメージを受けたはずだ。立ち上がれるはずがない……。
悠貴は一歩一歩近づいてくる土の傀儡を見ようとするが焦点が定まらない。視界が霞む。
(これは……、マジで、ヤバイな……)
土の傀儡が遠慮なく吹き飛ばしてくれたお陰でまだ距離がある。恐らく土の傀儡からの遠距離攻撃はない。一度魔装を解いて治癒魔法を自身にかける悠貴。痛みは僅かに薄れたが残り少ない魔力を一気に消費してしまった。
「これまで、か……」
満身創痍の身体は限界を超えているし、残りの魔力のことを考えれば最後にギリギリ一回攻撃を仕掛けられるかどうかだった。
(一か八か……、正面から突っ込んでいって、風の刃が葉月に命中するのを祈るしか……)
しかし、ここまで悠貴が葉月に放った攻撃は全て土の傀儡に防がれていた。成功する可能性はほぼ無かった。
視界がグラつく。悠貴は膝をついた。身体に力が入らない。魔力が尽きかけている。
刀を支えにしていた悠貴が倒れる。徐々に近づいてくる土の傀儡が発する地響き。もうそんなに距離はない。
「ハアハァ……、は……、グッ……」
何とか立ち上がろうとする悠貴だったが身体に力が入らない。意識が薄れていく。
薄れていく意識の中、悠貴は思う。
(情けないな……。何とか、したいって、しなきゃいけないって……)
この国の形は歪だ。少し前の自分のように多くの人は都市圏の下層やその外にいる人たちがどんな生活を強いられているか知らない。いや、そもそもそんな人たちがいることすら知らない。
知っていたとしても残された人々だと切り捨てて何も考えない。
自分一人に出来ることなんてたかが知れている。声高に事実を叫んでも国に消されるだけだ。もしかしたら自分の周囲の人間にも危険が及ぶかもしれない。
だとすれば、国の中に入り込むしかない。幸い自分は魔法が使える。そしてこの桐花杯で勝ち上がれば特務高等警察に高官として入ることが出来る。そうすれば何かを変えることが出来るかもしれない。
(でも……、それも思い上がりか……)
魔法の力に覚醒して、新人研修では他の魔法士を纏めて戦い抜いた。天狗になっていたのかもしれない。思いを、願いを叶える力が自分には──ない。
更に薄れていく意識。その意識の底で悠貴は微かに、しかしはっきりと自分の意識に直接語りかけてくる声を聞く。
──呼びなよ。
何を……?
俺はもう限界で……。
──限界かどうかは関係ない。大事なのは『呼ぶ』かどうか。君にはその力も、その資格も、そして、その責任もある。
声の主は最後に言った。
──君にはまだ成すべきことがあるんだろう? だとしたら君が為すべきことはただひとつ。さあ……。
悠貴は目を見開く。
誰かと、何かを話していたような気がする。しかし、夢の中でのことのように、両手に掬った水が指と指の隙間から落ちていくように、思い出そうとするそばから記憶から抜け落ちていく。
それでもひとつ、確かなことがあった。
悠貴が、立ち上がる。
身体の傷が癒えたわけでも、魔力が回復したわけでもない。ここから逆転して勝てる可能際は皆無に等しかった。
しかし……。
「呼べる……」
悠貴は呟くように口にした。
会場全体がどよめいた。
観客席の誰しもが土の傀儡使いの少女の勝ちを確信していたからだ。もう試合は終わったと席を立った観客すらいた。その観客たち全ての視線が悠貴に集中する。
再び立ち上がった悠貴に驚愕の表情を浮かばせた葉月だったが直ぐに取り繕う。
「へ、へぇ……。その根性だけは認めてあげるわよ。でも、もう魔力も尽きたみたいだし、そのボロボロな状態で何が出来るっていうの? よっしーの友達だし侑太郎も世話になったから手加減してきたけど、正直もうウンザリなのよね……。悪いんだけど決めさせて貰うわよ!!」
葉月は残りの距離を一気につめて止めを刺そうと土の傀儡を動かそうとした。
その時。
悠貴が土の傀儡に向かって手を翳す。
「風の鎖!!」
悠貴が翳した掌から発せられた風の魔法。風の魔法で産み出された幾つもの鎖が土の傀儡の手足に巻き付いていく。
土の傀儡は完全に動きを止めた。
「な、何なのよ!? これは!」
土の傀儡を何とか動かそうと必死に魔力を込める葉月。しかし悠貴が放った風の鎖が手足を完全に縛っていてびくともしない。
「何よ、こんな強力な魔法……、見たことない……! ううん、そんなことより、アイツどこにこんな魔力が残って……」
葉月はハッとする。
「そうだ! アイツは!?」
口にして辺りを見回した葉月が青ざめる。距離をつめて攻撃に移ろうと姿勢を低くしていた土の傀儡の足、腕を抜刀した悠貴が駆け上がってくる。
「し、しまったぁっ!!」
土の傀儡を封じられた瞬間に土の傀儡は諦めて自分への魔装に魔力を集中すべきだった。そうすれば魔力の残量からしても自分の優位は揺るがなかったはずだ。それなのに……。
「くッ……!!」
気づいた時には悠貴は間近に迫っていた。葉月が盾を張ろうと両手を翳す。
その葉月の両手の下を悠貴の刀がすり抜けていく。
「ウォりゃぁーーーーッ!!」
悠貴の刀の峰が葉月の身体にめり込む。
「か……は……ッ」
悠貴の攻撃にフッと葉月の身体から力が抜ける。悠貴はその葉月の身体を抱えた。
次の瞬間、葉月からの魔力供給が止まった土の傀儡は音を立てて崩れ、元の土に戻っていく。
最後に残った魔力で魔装する悠貴。葉月を肩に乗せて飛び降りる。
激しく土埃が舞い上がる。
土埃から庇うように悠貴は葉月に覆い被さった。
土埃が落ち着き、静かになったアリーナで悠貴は立ち上がる。
審判員の魔法士が駆け付けてきて、気を失った葉月を見留める。その魔法士が大きく息を吸い込む。
「勝者、羽田悠貴選手!!」
その高らかな宣言にアリーナは歓声に包まれる。
止まない歓声を聞き、ふっ、と微笑んだ悠貴。気が抜けたと同時にドサリと倒れた。
今話もお読み頂きありがとうございます!
次回の更新は2月21日(月)の夜を予定しています。
次回もどうぞ宜しくお願い致します!
2月21日追記
本日更新予定でしたが、筆者の体調不良と多忙により更新予定を変更させて頂きます。次回の更新は2月26日(土)の夜とさせて頂ければと思います。どうぞ宜しくお願い致します!




