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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第四章 クロイキリの行方
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第135話 傀儡使いの少女・前編 (桐花杯決勝トーナメント編Ⅴ)

(とにかく今は目の前の試合に集中だ……!!)



 頬を叩いて自分を叱咤(しった)する悠貴。柴関に投げつけられた言葉が今も耳に残るがもう試合が始まる。通路を進むにつれてアリーナから聞こえてくる歓声が大きくなっていく。



 その歓声に試合への集中力を高めようとする悠貴だったが急に視界がぐらついた。


「あれ……」


 フラッとして方向感覚を失った悠貴が通路の壁に手をつく。


「医務室で治してもらって魔力分けてもらったとは言ってもそりゃ完全回復とはいかないよな……」


 怪我自体は治っていたが回復魔法をかけられた後の特有の気だるさが抜けない。そして何より魔力が心もとなかった。


「いつもと比べると……、魔力はまあ残り半分てところか……」


 好雄の言葉が耳に痛い。一回戦。柴関の言葉に耳を貸して無駄に魔力を消費し過ぎた。必死に食らい付いてくる柴関の攻撃を防ぐため魔装を続け、攻撃も(とど)めを刺すのを躊躇(ためら)って中途半端なものにとどまった。その結果の魔力の浪費だった。



 一度目を閉じ、重い身体に気合いを入れ直して再び悠貴は通路を進む。


(負けられない……。この国の真実を知らないといけない。それに、ああいう人たちのことも何とかしないと……)


 北関東州の都市圏(エリア)下層で見た光景を思い出し、悠貴は通路の先を見据えた。



 アリーナへ出る悠貴。一回戦で戦った場所とは違うところだったが作りは一緒だった。それもあり悠貴の目は()()に釘付けになる。


「な、何だよ、……あれ……」



 アリーナの地面は土だった。そして、その土とよく似た色をした巨体がアリーナの中央で仁王立ちをしている。アリーナの観客席は三階から上だったがその三階と同じくらいの高さに見えた。



「まさか次の対戦相手がアイツ……だなんてことは……」



 一回戦と同じように壁際に並べられた武器の中から日本刀を手に取る悠貴。チラリと巨体に目をやる。とても魔法士(にんげん)には見えない。魔装したってあんな異物にはならないだろう。



 刀を片手にアリーナの中央に向けて進む悠貴。


 まさか、とは口にしたがああやって自分を向いて立っているのだから間違いなく次の対戦相手はアレなんだろう。ひきつった顔をした悠貴だったが、巨体の肩に人が乗っていることに気がつく。



 更に近づくとその人影が少女であることが分かった。


 巨体の足元にいる審判員の魔法士も物珍しそうに巨体を見上げている。目の前に迫ってきた巨体。どうやら土で出来ているようだった。



 そうしてアリーナの中央に進んだ悠貴の上からよく通る声が降ってきた。



「ふふふっ……。来たわね、羽田悠貴……!!」



 仁王立ちする土の巨人。

 その肩の上で仁王立ちする少女。



 少女が軽く手を上げると巨体が動く。少女は自分の前に出された掌の上に乗った。そこでも仁王立ちする少女。その巨体の動きに会場がどよめく。


「ふっふっふ……。刮目(かつもく)しなさい、私の美しい土の傀儡(ゴーレム)に……」



 そう口にしながら両手を広げる少女。土の巨体の掌が地面に着いて悠貴の前で動きを止める。


「えっ……、キャッ!!」


 急制動の勢いで少女は顔面から地面に突っ込む。


「ぐふぃえっ……!!」



 歓声やどよめきが消え去り静まりかえる会場……。


 アリーナの地面にうつ伏せになったまま動かない少女に悠貴は近づく。


「あの……、その、何て言うか……、大丈夫か……??」


「ゴホッ、ゲホッ! つ、土が……、砂が……、口に!!」


 四つん這いで口の中に入った土を吐き出す少女。息を整えてから土まみれの顔をローブの袖で(ぬぐ)う。そして何事もなかったかのように立ち上がり、そしてまた仁王立ちして悠貴を見据える。


「ふぅ。……来たわね、羽田悠貴!!」


「いや、それはさっき聞いたけど……」


「う、うるさいわね! 仕切り直しよ!」


「はぁ。えぇっと、それは良いんだけど、それよりもお前大丈夫か……?」


「は……、はあっ!? な、何のことよ?」


「いや、だってさっきお前盛大に顔面から……」


「な、何よ! ちょっと(つまず)いて転んだだけじゃない!! ふ、ふんっ。細かいことばかり気にして……。それにしても初対面の女子相手に『お前』だなんて、やっぱり聞いていた通り相当な女たらしのようね!」


 一歩迫ってビシッと悠貴の顔を指差す少女。


「わ、私はアンタなんかにひっかからないわよ! ち、ちょっと顔が良いからって調子に乗ってるんじゃないわよ! この私が瞬殺してやるんだから!!」



 ぎゃあぎゃあと(わめ)きたてる少女だったが一方の悠貴は黙ったままだった。その悠貴の様子に少女がニヤリとする。


「ふっふっふ……。どうやら私のオーラと、土の傀儡(この子)を見て言葉を失ったようね……。まあそれも当然のことね……」


 自分や土の傀儡(ゴーレム)にいかに強く、素晴らしいかをツインテールの髪を揺らしながら滔々(とうとう)と語り続ける少女。


 しかし、少女の言葉は何一つ悠貴の耳には入らなかった。



(に、似てる……)


 悠貴の頭の中にはそれしかなかった。目の前の饒舌(じょうぜつ)な少女の顔がさっきまで話していた年下であり、かつ先輩でもある魔法士の少年の顔に瓜二つだった。


 そう言えば……と悠貴は思い出す。好雄と優依の新人研修のことを聞いたときに、確か……。



「あのさ、お前……、まさか……」


「ま、またお前ってゆった! 私には小村葉月っていうちゃんとした可愛い名前があるんだから!! ん……、いや、でもそれだと下の名前でいきなり呼ばれることに……。それはそれで良い……じゃなくて馴れ馴れしいわよ!」



 赤くなって喚くトーンを上げる少女。悠貴が口を開きかけたとき、観客席から二人の所まで届いた声があった。



「悠貴さんー! 頑張ってくださいー!! それと、まあ、お姉ちゃんも適当に頑張れー……」



 その声に悠貴は振り返る。


「ゆ、侑太郎……」


 まさに悠貴の頭の中にあった人物がそこにいた。そして、悠貴は確信する。侑太郎は確かに『お姉ちゃん』と言っていた。


 改めて悠貴は小村葉月──侑太郎の双子の姉の方へ振り向く。



「やっぱりお前、侑太郎の双子の……」


「そうよ! 何よ! 悪い!? ……ていうか、侑太郎がこの試合の前にアンタのとこに挨拶に行くって言ってたけど……。その時に私のこと聞かなかったの?」


「いや……」


「そう。まあそんなことどうでもいいわ。よっしーはアンタのこと序列(オーダー)入りしてもおかしくない実力だ、なんて過大に評価していたけど、それはよっしーが雑魚だからそう思うだけね。よっしーからの情報で確かなのはどうやらアンタがチャラい奴だってことだけ……、私は確信したわよ!」


 言って悠貴の顔を見てハッとして一歩離れる葉月。警戒するような顔をする葉月に悠貴はため息を漏らす。


(好雄の奴、葉月(こいつ)に俺のことどんな風に伝えてたんだ……)


 それについて後で好雄にきっちり問いただそうと心に決める悠貴。ふと自分たちのやりとりを困ったように眺める審判役の魔法士が目に入った。


 慌てて悠貴が口にする。


「なあ、取り敢えず試合を……」


「わ、分かってるわよ! 勝手に話を進めないで! ほら、審判! 合図!!」


 葉月に言われ直ぐに反応し、片手を上げ『試合開始!!』と大きく宣言する審判。アリーナが沸き立つ。



「さあ、アンタなんか私の足元にも及ばないってことを証明してあげるわ!」


 構えた葉月が同時に魔装する。


 いきなり戦闘モードに入った葉月に悠貴も直ぐに魔装して身構える。


 目の前の葉月に集中したいが、後ろの土の傀儡(ゴーレム)も気になる。自分からは動き出せない悠貴。


 悠貴からの攻撃がないのを見て葉月が声を上げる。


「来ないのならこっちからいくわよ! 一文字の砂!!」


 砂属性の魔法が悠貴を襲う。咄嗟に(シールド)で防ぐ悠貴。反撃しようとした悠貴だったが葉月の姿がない。



「どこを見てるのよ!」


 葉月の声は上からだった。声の方を向く悠貴。葉月は土の傀儡(ゴーレム)の肩の上にいた。


「なぁに? 反撃してこないの? じゃあ……、続けていくわよ!」


 葉月の声に反応して土の傀儡(ゴーレム)が動き出す。その巨体にしてはあり得ないスピードで(こぶし)が悠貴を襲う。



(は、速い!!)


 一回戦の柴関との戦いで見よう見まねで獲得した速度特化の魔装に切り替える悠貴。土の傀儡の攻撃を寸でのところで避ける。さっきまで悠貴の立っていた場所が拳で(えぐ)れ、大きな穴になる。



「ふんっ。器用なことするじゃない。新人研修が終わったばかりの魔法士のクセに魔装の特化応用だなんて……。でも、いつまで避けていられるかしらね!!」



 土の傀儡(ゴーレム)の攻撃が続く。魔法で産み出されてるとはいえ物理攻撃だ。直撃しても魔装状態なら防げるはずだと思う悠貴だったが、この速度と重さでは確信が持てない。

 速度特化の魔装で攻撃を避け、避けきれない攻撃は(シールド)で受け流す。



「ほらほらっ、そんなんじゃ勝負にならないわよ!」



 攻撃を繰り出し続ける土の傀儡(ゴーレム)の肩の上で余裕の笑みを浮かべる葉月。


 攻撃をかわしながら反撃の隙を窺う悠貴。



 土の傀儡(ゴーレム)を操って悠貴に襲い掛かる葉月。接近し攻撃するが悠貴はその殴打を(シールド)で防ぎ、距離をとる。それが繰り返される。



「この……、ちょこまかと逃げ回って……!」


 俊敏に動く悠貴にイラつく葉月。


「いい加減にしなさいよね!」


 土の傀儡(ゴーレム)を操りながら自身も魔法の攻撃を仕掛ける。そのせいでコントロールが甘くなり、土の傀儡(ゴーレム)の動きが一瞬(にぶ)る。



「今だ! まずは足を止める! 風の刃!!」


 所詮は土だ。傀儡の片足を切り落として動きを止め、葉月に直接攻撃を仕掛ける。そう考えて次の攻撃に移ろうとした悠貴だったが動きを止めた。


 魔法で産み出されてるとはいえ、元はただの土のはず……だった。悠貴が放った風の刃は土の傀儡(ゴーレム)の足の表面を大きく(えぐ)りはしたものの、それだけだった。




「なっ……!!」


 悠貴の攻撃に僅かに態勢を崩した土の傀儡(ゴーレム)だったが直ぐに悠貴への攻撃を再開する。


 攻撃が効かなかったことに気を取られた悠貴。


(マズイ……! 避けられない!)


 速度特化の魔装で回避することを諦めた悠貴。(シールド)を張って土の傀儡(ゴーレム)の拳を受け止めようとする。



「くそっ! 重い……!!」


 正面から受けた土の傀儡(ゴーレム)の拳に(シールド)を弾かれ吹き飛ばされる。土煙を上げながら地面を転がっていく悠貴。


「ぐっ……、はっ……」


 (シールド)で緩和したが逆に身体を守るはずの魔装が薄くなってしまった。全身の痛みに顔を(ゆが)める悠貴。



 悠貴が何とか立ち上がったところで葉月が口を開く。



「無駄よ! アンタがいくら魔法で攻撃しても土の傀儡(この子)にも魔装をほどこしているんだから!」


土の傀儡(ゴーレム)にも魔装……?」


「そうよ。この土の傀儡(ゴーレム)は私が『地』の属性の魔法で産み出したもの……、確かに元々はただの土。魔法で形作っているとはいえ、本来だったら魔法の攻撃なんかには耐えられないでしょうね、でも……」


「作り出した土の傀儡(ゴーレム)に更に私が魔装を施したの……。無敵の(しもべ)の完成って訳よ!」


 悠貴は改めて土の傀儡(ゴーレム)を見る。言われてみれば土の傀儡(ゴーレム)の表面から魔力のオーラを感じる。



「自分以外への魔装か……、そう言えば研修で話だけは聞いたな……」


 悠貴は新人研修でのことを思い出す。


 研修では魔力を自らに供給して身体能力を向上させる基本の魔装を習ったが、高位の魔法士ともなると自分以外の他者にも魔装を施したり、更には物質にすら魔装を施したりする応用があるという話を聞いていた。



「アンタも分かってると思うけど、魔装自体はそんなに難しいことじゃない。自分の身体に魔法をかけるだけだもの……。あとは慣れるだけ。でも……自分以外への魔装は違う。自分の身体のように感覚が繋がっている訳じゃない。まして、それが生き物ですらないなら、その魔装は淡雪のようにデリケートなものになるわ。魔力の消耗も半端ない……。膨大な魔力と繊細な感性を持ち合わせる私のような天才じゃなきゃ為し得ないのよ!」



 試合開始のときと同じく、土の傀儡(ゴーレム)の肩の上で仁王立ちする葉月。天才という言葉に葉月を見据える悠貴が苦笑する。


(天才か……。なつみほどの化け物じゃないけど、コイツは……、強い……)


 なつみのように規格外の魔力や信じられない威力の魔法を使ったり、こてつのような従者がいるわけではない。


 しかし、魔装した土の傀儡(ゴーレム)で攻撃をしつつ同時に自分の身を守らせる。隙をついて自身も魔法で攻撃を繰り出す。そのバランス感覚が絶妙だった。明らかに目の前の少女は戦いに慣れていた。



 悠貴は痛みに耐えながら思考を巡らせる。


(クソッ……。どうする……。風の刃はこのデカブツには効いてないみたいだし、研修のときに呼んで特高の奴らを吹き飛ばした竜巻……、いや、あの巨体はびくともしないだろうな……。一か八か、風の刃を撃ちまくって葉月(アイツ)に当たるのを祈るしかないか……)



 攻撃に転じようと構える悠貴。

 しかし、さっき地面に叩きつけられ転がった痛みが消えない。ただでさえ満タンではなかった魔力の減りも著しい。


(もう……、魔力もそんなに長持ちしなさそうだな……。ぐっ……)


 ビキッと酷く痛んだ左腕を押さえる悠貴。さっき吹き飛ばされたときに一番衝撃を受けたのが左腕だった。脂汗が悠貴の顔を伝う。




 葉月が悠貴を指差す。


「さ、お喋りはもう終わりよ……。アンタに勝ち目はない。降参するって言うならこれ以上痛みを感じないように……、眠るように倒してあげるわよ?」

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は2月7日(月)の夜を予定しています。



どうぞ宜しくお願い致します!

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