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そして、いつか、余白な世界へ  作者: 秋真
第四章 クロイキリの行方
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第134話 拳と指先 (桐花杯決勝トーナメント編Ⅳ)

 悠貴が(こぶし)で壁を叩いた音が通路に響く。


 無事一回戦を勝ち上がった悠貴はアリーナを出た。誰もいない通路で足を止め、思わず拳を壁に叩きつけた。



 気持ちの整理がつかなかった。



 北関東州の都市圏(エリア)、その下層で知った下層の人々の生活、都市圏(エリア)の外に生きる人々のこと……。桐花杯を勝ち抜けば特務高等警察に高官として入ることが出来る権利が与えられる。特高に入るのは気が引けるが、国の実情が知れるかもしれない、あんな生活を強いられている人たちを助けられるかもしれない、そう思っていたのに……。



 偽善。

 柴関が投げ付けてきた言葉が胸に突き刺さって抜けない。否定したいが否定が出来ない。現に自分は都市圏(エリア)の下層や外のことを知らずに、柴関が言うようにのうのうと生きてきた。そう思われても仕方がない。



「くそっ……」



 もう一度壁を叩いて唇を噛み締める悠貴。歩きかけたがフラついて膝をつく。右腕の傷から流れる血が止まっていない。魔力の消費も思っていたよりも激しい。


 さっきまで痺れていた右腕だったが今はかなり痛む。傷口が熱い。



「これは……、ちょっとヤバいかも……」


 立ち上がりかけた悠貴だったが視界がぐらついて、また膝をついた。





「悠貴!!」


 通路の向こうから莉々が声を上げた。悠貴の側まで急いで駆ける。



「酷い傷……。悠貴、しっかりして!」


「莉々、でかい声出すなって……。これくらい治癒魔法でいくらでも……」



 言った悠貴だったが正直治癒魔法は苦手だった。おまけに魔力も減っている。


 独りで立ち上がろうとする悠貴を莉々が支える。



「無理しないで! 向こうに選手用の医務室があったからそこまで……」


 莉々がそう言って悠貴に肩を貸して立ち上がらせたところで優依と好雄が駆け付けてきた。


「悠貴君!」


 優依も莉々と同じように悠貴の傷を見て悲鳴にも似た声を出す。悠貴に近づこうとした優依だったがそこに好雄が割って入る。


「悠貴! 大丈夫か!?」


「好雄……。ああ、これくらい何とも……」


「ったく……。油断するからだぞ! まだ試合が続いてるのに対戦相手から目を離すなんて……。対戦相手の奴が弱ってて狙いが甘くなってたからこれくらいで済んだけどよ……」


 言いながら悠貴の傷を見る好雄。


「ねぇ、よっしー……、悠貴は大丈夫って言ってるけど……」


「大丈夫……、とはいかねぇみたいだな。傷は浅くねぇし血も止まっていない。ちゃんと診てもらって、専門の魔法士に治癒魔法をかけてもらった方がいいな」


「でしょ! あっちに医務室があったから、そこなら治癒魔法使える人いるよね!? ほら、悠貴、行こう!」


 莉々は悠貴を支えながら医務室へ向けて歩きだそうとした。その莉々の前に優依が立つ。



「あの、その、莉々ちゃん……。私なら治癒魔法かけながら悠貴君を医務室まで運べるから、私が……」


 遠慮がちに優依はそう言ったが莉々は首を横に振る。


「それはそうかもしれないけど……、でも今は少しでも早く悠貴を医務室に運んだ方がいいと思う! それに、優依だって試合があるんだから魔力は温存しておいた方がいいよ! さ、悠貴!」



 悠貴を促す莉々。優依の横を通り過ぎて医務室へ向かって二人で進んでいく。


「いてて……。悪いな、莉々。迷惑かけて……」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! ほら、医務室はそこを曲がって、その先にあるからもう少し我慢してね……」


 莉々が悠貴を支え直す。



「俺も手伝うぞ!」


 好雄が莉々とは反対側から悠貴を支える。


「悠貴しっかりしろよ……。おい、優依! 何ぼーっとしてるんだよ! 行くぞ!!」


 好雄の声に優依は、うん、と小さく返事をした。そして、少し遅れて三人に続いて歩き始めた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はいはい、動かないでね……」



 医務室にいた女性医務官は特務高等警察に所属する魔法士だった。悠貴を自分の前に座らせた医務官は傷口を確認するとひとつ頷いて、そして治癒魔法をかけ始めた。


 徐々に傷口が塞がっていく。それに従って苦痛に(ゆが)んでいた悠貴の表情も落ち着いていく。



 右腕を動かしてみる悠貴。痛みも痺れもない。治癒魔法のおかげか、さっきまでは重かった身体が少し軽くなった気がする。


「これでよし、と。本当なら『暫くは安静に』と言いたいところなんだけど、次の試合までそんなに時間はないわよね……」


 溜め息をつきつつ、医務官は悠貴の目を覗き、身体を調べていく。


「職責としては傷を治せばそれでいいんだけど、そんな魔力量じゃ試合にならないでしょ?」


「あ、はい……」


 頷く悠貴。魔力が残り少なくなっている自覚はある……、いや、あった。傷が癒されていくのと同時に身体に何かが染み渡っていくような感覚がした。


「さすがにこんな魔力の状態で試合に臨ませるわけにはいかないからね。治癒魔法をかけるついでに私の魔力を分けてあげたわ。これでちょっとはマシな試合が出来るでしょ」


「ありがとうございます。あの、凄く有り難いし助かったんですけど……、良いんですか?」


「貴方ね、さっきの状態で試合に出たんじゃボコボコにされてここに戻ってくるでしょ? そうしたら私の仕事が増えるじゃない。今日はここは野戦病院ばりに入れ代わり立ち代わりでケガ人が運ばれてくるんだもの。余計な仕事を今のうちに減らしておきたかっただけ」


 それにしても、と医務官は続けた。


「貴方、とんでもない魔力の持ち主みたいね……。私もこんな仕事してるくらいだから魔力量には自信があるんだけど、貴方に魔力を分けようとしたらゴソッともっていかれたわよ。しかもそれでも全然完全回復には足りない……。おかげで私も少し休まないと仕事にならないわよ」


 そこまで言って医務官は机の上のパソコンに向かい直す。目線をそのままにして「もう行っていいわよ」とだけ言った。


 はい、と頭を下げて立ち上がる悠貴。部屋の(すみ)で待っていた莉々たちの所まで歩く。



「えと、悠貴……、大丈夫……?」


 心配そうに声を掛けてきた莉々に悠貴は笑う。


「大丈夫だって言ったろ? 大袈裟すぎるんだよ莉々は」


「だって……。傷、(ひど)かったし……」


「まあな。でも、ほら、もう治っただろ?」


 傷が(ふさ)がった右腕を悠貴は莉々に見せる。破れたローブは血だらけだったが傷は完全に無くなっていた。ホッとした莉々の横に好雄が進む。


「傷は塞がっても体力は回復しねぇ。二回戦は直ぐだろうけど少しでも休んでおけよ。それにしても、ホントお前、あれはないぞ」


「あれって?」


「いいか……、桐花杯に限らず魔法士と戦うときは相手が完全に動かなくなるまでは絶対に油断したらダメだ。さっきだってお前は審判が相手の試合継続不能を判定してお前の勝利を宣言するまでは気を抜いちゃいけなかったんだ。それに……」


「それに……?」


「お前さ、何であんな中途半端な攻撃しかしなかったんだよ? それでこんなに魔力を消費……、いや浪費することになって。相手はボロボロだったんだから強めの魔法撃ち込んでさっさと決めたら良かっただろ?」


 好雄の言うことは全くその通りだった。しかし……。


「さっき戦ったあの柴関って奴……。残された人々(レフト)だったんだってさ……」


 悠貴の言葉に莉々、好雄、優依が息を呑む。


「戦いながらアイツ、言ってたよ。俺たち都市圏(エリア)に住む奴らは自分たちのことを知らずにのうのうと生きてる、ってな」


「そうか……」


 とだけ好雄が言うと四人は口をつぐんだ。


 四人が北関東州で見たこの国の姿。武井から口外は厳禁されていたので南関東州に戻ってきてからはこのことについて話してはいなかったがそれぞれに思うところはあった。



 沈黙を破って悠貴が口を開く。


「早めにアリーナの近くに行くよ。そこで少しでも休んでおくよ」


「おうっ。今は余計なこと考えずに二回戦のことだけに集中しろよ!」


 拳を握って好雄に見せる悠貴。その悠貴の右腕を莉々は(さす)る。


「ここまで来たら止めないけど……、無理はしないでね!」


「おう、莉々、ありがとな! 優依も確かこれから一回戦だろ? 頑張れよ!」


「う、うん……。悠貴君」


 言って悠貴に手を伸ばしかけた優依だったが直ぐにその手を引っ込めた。



 悠貴は仲間の三人に笑顔を向けて外に出る。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 医務室を出て直ぐに悠貴にかけられた声があった。


「悠貴さん!」


 悠貴はその声に振り返る。


「ゆたろー!」


 駆け寄ってくる小村侑太郎に悠貴は驚く。高校生で年下の侑太郎だが魔法士としては先輩になる。侑太郎は悠貴が参加した新人研修にスタッフとして参加していた。



「新人研修以来ですね! と言ってもまだ半年も経っていませんが。ていうか、悠貴さん、桐花杯に出てたんですね! トーナメント表で悠貴さんの名前見つけて。それで探してたんですよ」


 言って相変わらず人懐っこい笑顔をする侑太郎。


「ああ、力試しとか、あと、まあ色々あってな。えーと、ここにいるってことはゆたろーも?」


「いえいえ! 自分の実力は知ってますから。僕はあの研修の時みたいに運営側の補助として来ているだけですよ、急に呼び出されちゃって」


 侑太郎が桐花杯の運営スタッフとして参加することになった経緯(いきさつ)を話しているとき医務室のドアが開いた。



「あ、悠貴、お前まだいたのか! 早めにアリーナの近くに……、あれ! ゆたろーじゃん! お前こんな所で何してんだよ!?」


「よっしーさん! お疲れ様です!」


 魔法士の仕事でたまに会うこともある二人だったが最近は直接顔を合わせることなかった。悠貴の新人研修についてのやりとりも全てメールか電話だった。



「あれっ、ゆたろー君!」


 好雄に続いて医務室から出てきた優依に名前を呼ばれた侑太郎が振り返る。


「優依さん!」


 優依も侑太郎と会うのは久しぶりだった。「元気にしてた?」と聞こうとした優依だったが……。


「あれ、悠貴まだ……」


 最後に医務室から出てきた莉々がそう口にしたのとほぼ同時に悠貴に近寄った。


「悠貴君、あの、その、そろそろ時間……」


 優依に言われてハッとする。侑太郎との再会で時間のことを忘れていた。


「悪い! じゃあ俺行ってくる!」


「はいっ、頑張ってきてください!」


 言った侑太郎に続いて仲間たちから上がる応援の声を受けてその場を後にする悠貴。



 悠貴の姿が見えなくなって辺りが静かになったところで「ん?」と好雄が思い出したような声を漏らす。


「ちょっと待てよ……。お前がいるってことは……」


 そこまで言った好雄に侑太郎も何かを思い出したような顔を慌てて声を上げる。


「あ、悠貴さん! 次の二回戦なんですけど実は……」



 しかし、悠貴の姿はない。溜め息をつく侑太郎の横で好雄が震える。


「おい! 莉々! お前確か決勝トーナメントの対戦表持ってたな!? あと誰が勝ち上がったかとかもチェックしてたよな!?」


「えっ……、う、うん、持ってるけど……」


 そう言いながら莉々が取り出した対戦表を取り上げる。



「きゃっ! な、何よ! よっしー急に……」


 ムッとする莉々に構わず好雄は二回戦で悠貴が対戦することになる相手を探す。


 トーナメント表を指で追う好雄。悠貴の対戦相手となる魔法士の名前が目に入る。


「マジかよ……」

今話もお読み頂きありがとうございます!


次回の更新は1月24日(月)の夜を予定しています。



宜しくお願い致します!

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